強襲 その2
「……博士を守りながらは、この私と言えど無理だってーの」
不機嫌を露にするリコフォス。
彼女と博士の頭部には銃口が突き付けられていた。
「まぁ、そうだよな……」
こうなる可能性は考えていたが、それでもフォローが間に合わないほどに向こうの手際が良かった。
さてどうしたものかと思案する。
極論、強引に突破することは可能だ。
始祖たる女神の一翼であるリコフォスが小銃程度で死ぬとは考え辛い。
イベリスと同化していることもあり、こちらの耐久性も上がっている。
心臓を刺されても生き残ったというお墨付きである。
ただ、無理矢理突破した場合、博士にはどう説明するべきか。
「……くれてやる」
おもむろにエノテラが沈黙を破る。
「研究データなら持っていけば良い」
「ですが、それでは博士が命と同じくらい大事にしていた研究が……」
「どうせ、死んだら研究もへったくれもない。その代わり、私含めてこの場にいる者たちへ危害を加えるな」
「…………」
敵からの返答はなし。なぜエノテラが交渉などを持ち掛けたのか、内容と思惑を吟味しているのだろう。
「もし私を殺せば、研究に何かあった場合にパーになる可能性があるぞ? 私を攫っても良いが、その場合、私は舌を噛み切る。私はやるぞ? 私がどういう性格かとっくに調べたのだろう?」
「……ならば助手たちにも一緒に来てもらおうじゃないか」
「であれば、私は今この場で死のうじゃないか。困るのは諸君らだ」
「…………」
「簡単な話だ。悩むまでもない。諸君らは私の研究を止めさせ、研究データも持ち帰れる。私は研究を止める代わりに生き永らえられる。不安ならば、私が姿を晦ましたり、おかしな真似をしたりしないよう、これまで同様に監視を続ければ良いだけだ」
「……仲間が殺された」
「殺しに来たのだから、殺されても文句は言えまい。第一、研究者に返り討ちにされる方が悪い」
「……そんな理屈で納得できるとでも?」
「納得したまえ。できなければ、諸君らに指示した者たちに諸君らの働き振りが納得されないだけだ」
「……チッ。良いだろう」
敵の一人がエノテラのデスクを物色する。
「研究データは――」
「――どこにあるかは把握している。偽のデータを掴まされても困るからな」
すぐに目当てのものを見つけたのか、敵が撤収していく。
スヴェンが殺した三人の死体もキッチリと運んでいく。
最後に、敵の一人が銃口をエノテラに向けた。
いつでも殺せるぞ、という脅しのつもりだろうか。
「……本当に良かったのですか?」
襲撃者が去ってからしばらく沈黙が続いた後、スヴェンが恐る恐るといった様子で切り出した。
しかし、当のエノテラはというと、普段と変わらずに淡々と応じる。
「何がだ?」
「何がって、研究データが奪われてしまったことですが、ですよ」
「別に構わない。この国で研究を完成させられなければ意味がないのだからな」
「それは――」
「――第一、あいつらが奪っていったのは偽のデータだ」
「えぇ!?」
「当然だろう? 私がむざむざデータを渡すはずがない」
よくもまぁ、生殺与奪を握られたあの状況でそんなフカシができたものだ。
偏屈というか、ある意味、誰よりも強靭な精神の持ち主かもしれない。
「ですが、そんなのすぐにバレてしまいますよ?」
「だから、それまでにどうにかしてくれるのだろう?」
エノテラの双眸が真っ直ぐにスヴェンを捉える。
「助手と助手の助手が味方かどうかは不明だ。今でこそ協力関係だが、後になったらどうなるかわからない。ただ、今はまだ関係性が崩れていないと見ているが?」
「ええと、どういう意味でしょうか?」
「惚けるつもりかね? まぁ、良いだろう」
「惚けるだなんて……」
「いきなり助手志望だなどと、怪しいにも程があるとは思わなかったのかね?」
思わないわけがない。まともな思考力を残しているのであれば、疑って然るべきだ。
ただ、状況が状況だ。エノテラが単にカマを掛けて来ているだけの可能性もある。
スヴェンのそんな思考を読んだのか、彼女は「ちなみに……」と続けた。
「街で流れている私が狙われているという噂だが――あれは私が流した」
道理で。どこ発信の情報か気になっていたが、エノテラ本人であれば納得だ。
「幸か不幸か、私に関しての悪い噂は広まり易いからな。利用させてもらった」
「どうしてわざわざ狙われているなどと情報を流したのですか?」
「敵がどう動くのか見たかったのと、こちらは感付いているぞということを知らせて敵の動きを牽制したかったからだ」
「よくもまぁ、そんな噂の後に突然現れた僕たちを受け入れられましたね」
「単に、手元に置いておいた方が監視し易いというだけだ」
自身の身の優位性を理解した上での対応か。
やはり、エノテラは聡明な女性だ。偏屈だが、決して馬鹿ではない。
「状況が動いたのは、君が私に財布を届けに来たときだ」
「あぁ、ありましたね、そんなことも」
「あれ、君が盗っただろう?」
「中身は博士ご自身が確認されたはずですが?」
「中身ではない。財布そのものを、だ」
「それでは僕が、財布を盗っておきながら、わざわざ返したことになりますよ?」
「事実、そうだ。財布の類は常に身に着けているようにしている。それをどこかに放り出すことなんてあり得ない。まして、ごちゃついているデスクの上になんてな。記憶力には自信がある」
断言されてしまう。どうやら、誤魔化すのは難しいらしい。
思い返せば、エノテラに事情を説明した際、確かに彼女は何か考え込むような仕草をしていた。
「降参です。あのとき僕は、どうにかして博士を一人にしない口実を必要としていました」
「それだよ。てっきり、私の監視役として君たちが派遣されたのだと思っていた。だが、どうやら勢力は複数あり、君は今日襲ってきた奴らの勢力と敵対していることが、あの日わかった」
そうは言っても、だ。
今回の事態で言えば、敵の敵は味方とはならない。
そんな中でスヴェンたちを手近に置き続けたエノテラは、豪胆という言葉では足りないだろう。
「まだある。私が問い掛ける度、一度たりとも君の視線が揺らぐことはなかった。こんなの普通あり得ない」
「目力には自信があるものでして」
「面白くない冗談だ」
「それで? 嘘だとわかっていて、どうして?」
「気になったのだ。盗みが目的なら中身を盗らない理由がない。何より、女連れ、しかも年頃の少女というのがあまりに奇妙だった」
「その点については同感です……」
当然の指摘。ぐうの音も出ない。
「下手にこそこそ動かれるよりはマシだと思って目を光らせていたが、一向に研究を持ち去ろうとしないではないか」
持ち去ったところで、どうしようもなかったというのが正直なところだが。
「それでおかしいなと思ったのだ。観察を続ければ続けるほど、君たちは私を護ろうとしているようにしか見えなくなった」
「熱い視線の正体は博士でしたか」
「本当につまらない冗談だな。ちなみにだが、一度も君のことを『カミツレ』と呼んだことはない。どうせ偽名だろう?」
言われて記憶を辿るが、確かに名前で呼ばれた覚えがない。
「てっきり、他人に興味がないのだとばかり……」
「何を言う? その通りだが?」
「…………」
本当にこの博士ときたら大概である。
「だが、さすがに私と言えど、助手の名前を忘れるわけがない。何せ――」
「――記憶力には自信がある、ですか?」
「その通りだ」
満足そうにエノテラがフッと小さく笑う。
「君たちは一体何者なんだね?」
「申し訳ないですが、今は答えられません」
「『今は』?」
「もしかしたらこの先ずっとかも」
「本当に君と言う奴は……」
「――はぁぁ」
それまで黙ってやり取りを聞いていたリコフォスが大きな溜息を吐いた。
「どうせバレているんだったら、最初から博士に事情を説明しておけば良かったじゃん……」
「いや――私が君たちを信用していないことには変わりない。今はたまたま協力できているだけに過ぎない以上、あれが最善だったはずだ」
「そりゃそうかもしんないけど……」
「それよりも、その口振りだと、あの状況をどうにか出来る術があったように聞こえるが?」
「少なくとも、これからのことを考えるよりかはわかりやすかったんじゃない?」
「驚いた。本当に君たちは何者なのだ? 敵はプロだろう? だが、君は――君たちはまだ若い。只者でないことは私にもわかるが、たった一人で三人を相手に返り討ちにし、あまつさえあの絶望的な状況でさえも打破できたと豪語するではないか」
「訊ねなかったんじゃないの?」
「む。すまない。つい、気になってな……」
「とにかく、今は休みましょう。さすがに敵もすぐには襲って来ないでしょうし」
「あんなことがあって寝られるとでも?」
「僕は眠れますよ?」
「私も」
「君たちと一研究者を一緒にしないでくれたまえ……」
「何を仰いますか。僕も立派な研究者の端くれですよ? 助手ですが」
「本当に君はああ言えばこう言うな」
エノテラが呆れるように肩を竦めた。
結局、彼女は眠れそうにもないとのことで、自室へと戻らずに元リビングに残った。
スヴェンが警護を申し出ると、「君は妙齢の女性と夜を明かすのか?」と断られてしまった。
自室に戻りながらリコフォスに「デリカシーが本当にないってーの」と揶揄されるスヴェンだった。




