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強襲 その1

   ■■■


「何、ゴミ箱の中に頭から突っ込んで三回転くらいしてきたみたいなその恰好は?」


 実験を終えて研究所へと戻ったスヴェンを見て、リコフォスが端正な顔をうげぇと歪めた。

 彼女の眼前には、貧民街の住人たちよりもなお酷い恰好のスヴェンがいた。


「凄いな。良くわかったじゃないか。八割方当たっている」


 研究所を出る前は綺麗だったはずの衣服が、見事なまでに汚されている。

 黄金色の頭髪にいたっては、汚泥が絡み付き、くすんだ銅の見目と化している。

 そして、何より臭い。鼻にツーンと刺さるかのような刺激臭だ。

 実に酷い有様である。たった数時間で何が起きたというのか。


「俺たちが博士の助手になったということが十分に広まったらしいな」


 マラガと別れた後、スヴェンはエノテラの指示に従いながら規定のルートを辿っていた。

 すると、突然何かが彼の外套にぶつかったのである。

 それが何か察する暇なく次々と飛来物が彼目掛けて殺到。今の姿に至るというわけだ。


「洗礼のつもりだろうさ。ようやくこの街の一員になれた気がするな」


 スヴェンが肩を竦めながら皮肉を零すと、リコフォスがおよよと仰々しく目元を押さえた。


「うぅわ。可哀そうに……自分の存在を卑下するあまり、とうとう自分がゴミであると気付いちゃったのね……」


「話聞いていたか? 気付いていないし、勘違いもしていないし、そこまで卑屈になった覚えもない。つか、リコフォスに卑下するという概念があったことに驚きだ」


「腰が低いで有名なこの私に世界一相応しくない言葉じゃん。今すぐ地面に額埋めながら謝罪しろってーの」


「それだよ、それ。横暴が人の形を取っているだけじゃなく、言葉の代わりに吐かれている」


「御託は良いから何があったんだってーの」


「御覧の通り、待ち行く人にゴミやら泥やらのシャワーを浴びせられた」


「へぇぇ。人気者じゃん」


「世界がどうしてこんなに理不尽なのか理解できた気がする……」


 スヴェンがガックリと肩を落とすと、突然マラガが腰を折って頭を下げた。


「実にすまないことをした!」


「え!? どうして大尉が謝るのですか!?」


「オレは軍人のはしくれだからな、オレに手出しできない分の鬱憤が寄せられてしまったのだろう」


 顔を上げたマラガが意味ありげな視線をエノテラに向ける。


「ふん。私の助手を名乗り出たのだ。そのくらい覚悟の上だろう」


「あのなぁ……お前の助手がお前のために酷い仕打ちを受けているのだぞ?」


「だからどうした? 人は選択する生き物だ。自分で納得し、道を選んだ時点で過程の副産物など些事だ。路傍の石に気を囚われるくらいならば、初めから選ばなければ良い話だ」


「誰もがお前のように割り切れるわけじゃないんだぞ?」


「勘違いするな。私は他人に考えを押し付けたことなど一度たりとてない。私がそんなに他人に興味があるように見えるか?」


「少なくともお前のところの助手くらい気を配ってやれという話をしているのだ!」


「見当違いにも程がある。第一、貴様が声高に喚き首を突っ込む話ではないな」


「まぁまぁ。汚れた服は洗えば良いですし、髪や臭いはシャワーを浴びれば問題ないですし、ね?」


「しかしだな……」


「本人が良しというのだ。話は終わりだ」


 再び研究へと戻るエノテラ。

 結局、その後三日間ほど同様の実験を繰り返したが、その度にスヴェンは全身を汚しながら研究所へと帰ってきた。


「よくもまぁ懲りずにやるもんだわ」


「リコフォスが代わってくれるのか?」


「絶対にご免だって―の」


「だよな」


「わかってんなら聞くなってーの」


「何はともあれだ。実験は順調( ・・)に進んでいる。敵も今のところ動きはない」


「研究はもう少しで終わるんでしょ?」


「優秀な助手たちのお陰であと二、三日といったところか。集めたデータの解析も佳境。プログラムの修正と動作の確認を何度か繰り返せば大方問題ないだろうし、後は実際に使ってみて都度調整して行けば良い話だ」


「このまま何事もなく終われば良いのだが」


「大尉……世間一般ではそれをフラグと呼ぶのですよ……」


 とはいえ、一度は襲ってきた敵がこのままだんまりを決め込むとは思えない。

 となれば、これから数日が山場だろう。


   ■■■


 日が変わって間もないというのに、スヴェンは目を覚ました。

 また前のようにイベリスの仕業かとも思ったが、すぐに違うと察する。

 凍てつくように鋭くも腐泥のようにねっとりと嫌な空気が絡みついてくる。

 呼吸することすら躊躇ってしまうほどに張り詰めたそれは、実に馴染み深いものだ。


(闘争の気配がするではないか!)


 同居人であるイベリスが今にも喝采を上げてしまいそうなほどに嬉々とした声を上げる。


「言葉よりも武力ってか? わかりやすくてたまらんね。涙が出そうだ」


(心にもないことを言うではないか)


 イベリスのツッコミを無視してドアを静かに開ける。

 廊下の様子を窺い、誰もいないことを確認する。

 足音を殺しながらリコフォスが使っている隣の部屋へと入る。


「…………」


 スヴェンは小さな寝息を立てるリコフォスを見下ろした。

 随分と可愛らしい寝顔だ。未だ夢の中なのだろう、無防備な寝姿を晒している。

 そうしていると、ただの少女のように見える。今の彼女の姿を見て、とてもかの有名な光の女神とは誰も思うまい。


「…………んん?」


 どうやら気配に気付いたらしい。リコフォスがゆったりと瞼を開いた。


「よぉ。起きたか?」


「……んぇ?」


 寝惚けているのか、間の抜けた返事だった。

 二、三度目を擦ったリコフォスの双眸がハッと開かれた瞬間、スヴェンは慌てて彼女の口を手で塞ぐ。


(ちょ、静かに!)


(ぷはっ! 何であんたが勝手に部屋に入って来てんだしぃ! ぶっ殺だってーの!)


(仕方ねーだろ。招いてもいない客が来たんだからさ)


(客ぅ? 敵が来たの……?)


(ああ。団体さんだ)


(こんな時間に来るなんて……礼儀の何たるかを教育してやるってーの!)


 スヴェンは、腕を捲るリコフォスの手を掴んで止めさせる。


(阿呆。理術は禁じられているんだ。リコフォスは博士を守れ)


(はぁぁ!? この期に及んでまだそんなこと言ってんの!?)


(文句は後だ)


(相手は精霊術を使うんでしょ? 理術なしで立ち向かうなんて馬鹿げているってーの!!)


(何、いつものことさ)


 中腰になり、ドアへと近寄る。


「あ、ちょ、待てってーの!」


「博士を頼んだ!」


 リコフォスの制止を無視して廊下へと出る。

 階段を使わずに二階から一階へと下りる。それから裏口を目指す。

 わざわざ寝静まった夜中を狙うくらいだ。ギリギリまでは隠密していたいはずだ。

 となれば、敵は裏口から来るはずだ。

 幸いと言うべきか、一階の窓は全て目張りされている。

 侵入に時間が掛かるだろう窓は、侵入経路の候補から切って良いだろう。

 同じく、二階からの侵入の線も薄い。敵の目的は、博士と博士の研究だ。おそらく、彼女が普段どこで寝泊まりしているかも調べられているはず。

 つまりは、裏口から侵入し、博士の身柄を押さえる。これが本線だろう。

 問題は、裏口から入ってくる奴らに対処している間に正面から突入された場合だ。

 どう考えても手が足りない。

 理術を封じたリコフォスがどれほど戦えるかは未知数。

 というより、あまり勘定に入れるべきではない。

 だからこそ、博士の護衛を頼んだ。

 万が一の場合は、やむを得ず理術を発動する可能性もあるが、可能な限り避けてもらいたい旨は伝えている。

 さっさと裏口から来る奴らを伸し、リコフォスたちに加勢――これしかないか。

 裏口前へと到着したスヴェンは息を殺し、ドアを見張る。

 そんな彼の視線の先で、裏口の鍵がカチリと開かれた。

 そして、ゆっくりと開かれた扉から、闇に溶けるような真っ黒の装いの敵が三人入ってくる。

 それぞれの手には小銃が握られている。スヴェンを警戒してのことだろう。

 近接戦闘が強いられる狭い家屋内では、精霊術を行使する暇などない。

 もっとも、スヴェンは精霊術を使えないが。ただ、当然ながら敵はそんな事情など知るはずもない。それでも十分に対策を講じてきたらしい。

 事実、脅しとしての効力も高いという点では、小銃は十分に脅威だ。

 一方で、この狭い空間では同士討ちに繋がり兼ねないという危険性も孕んでいる。

 狙うべきはそこだろう。

 ハンドサインでやり取りしながら三人組が近付いてくる。

 先頭の男の伸ばされた腕が横に来た瞬間――


「――こんばんは。そして、おやすみ」


 スヴェンは男の腕を絡め取り、通路の角に叩き付けてへし折る。

 グシャリという嫌な感触がすると同時に零れ落ちた男の小銃を拾う。

 セーフティを外し、即座に構えて引き金を引くが、本人認証システムが起動しているのか、弾が発射されない。

 代わりとばかりに残った二人の銃口がスヴェンに向けられ、弾丸の嵐が放たれる。

 スヴェンは腕を折った男を盾代わりにしつつ突進。

 防弾ベストを身に着けているのか、実に良い肉壁である。

 時折「うっ」というくぐもった声が男から聞こえる。防弾ベストが万能ではない証だ。

 二人組に十分に近付いたときには、呻き声すら聞こえなくなっていた。

 絶命した男を二人組目掛けて突き飛ばす。

 二人組がよろけるのと同時にスヴェンは腰に提げたナイフを取り出し、飛び込む。

 片方が絶命した男を押し退けて小銃を構えた瞬間、小銃を下から跳ね上げる。

 あらぬ方向に発射した衝撃で男の脇が空いたところを見逃さず、ナイフを走らせる。

 短い悲鳴が上がると同時に首元にナイフを突き立てる。

 太い動脈が通っている急所を二箇所。一分と持たないはずだ。

 最後の一人は小銃では不利だと判断したのか、スヴェン同様にナイフを手に取る。


「悪いね。こっちは剣なんだわ」


 スヴェンは男に向かってナイフを投擲すると同時にどこからともなく『プロト・グラディウス』を構える。

 男がナイフを避けるとほぼ同時に『プロト・グラディウス』が袈裟懸けに振り下ろされる。

 次の瞬間、防弾ベストなどまるで関係なかったかのように男は二つになって息絶えた。


「後は、リコフォスの方だが……」


 急いでエノテラの寝室へと向かう。

 しかし、スヴェンが到着したときには事態は決していた。

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