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マラガの過去

   ■■■


「――何だって!?」


 翌日も訪れたマラガに事情を伝えると、彼は勢い良くスヴェンの両肩を掴んだ。


「君がいてくれて本当に助かった! ありがとう!」


「とんでもない。たまたま何とかなっただけです」


「それで、近衛騎士軍はどうにかしてくれるの?」


 リコフォスに問われたマラガの表情が曇る。


「いや……近衛騎士軍は国防に携わる組織だ。この手の話は警邏隊の管轄だが、奴らは付き纏い系については動きが悪い」


「付き纏いじゃなくって、拉致未遂に暴行未遂だってーの!」


「わかっているとも。ただ、こればかりはどうしようもない。君たちを疑うわけではないが、言葉だけではな……」


「襲われた証拠がないって言いたいの?」


「目撃者は君たちだけなのだろう?」


「人前で乱暴な手に訴える人攫いなんてそうそういないってーの」


「勿論だ。わかっているとも。ただ、せめてその男たちの身柄を確保できていれば、警邏隊を動かすこともできたのだろうが……」


 リコフォスに「ほら、言わんこっちゃない」と言いたげに睨み付けられてしまう。

 予想していたことだが、男たちの姿は影も形もなかったらしい。


「すみません。あの場では博士の安全が第一だと判断した僕のミスです」


「いやいや。後詰がいなかったとも限らん。君の判断は正しい。むしろ、良くやってくれた」


「そう言って頂けると幸いです」


「でも、どうすんだってーの? 近衛騎士軍も警邏隊も動かせないとなると、打つ手なしだってーの。一人にしておくわけにもいかないし」


 スヴェンかリコフォスのうち、どちらか一人をエノテラの警護に回すとなると、街中での実証実験ができなくなる。

 当然、エノテラは露骨に嫌そうな顔をする。


「それは困る。研究が進められない」


「お前なぁ……この期に及んで研究か? 少しは状況を考えろ!」


「状況だと? そんなもの糞喰らえだ! この研究は絶対に完成させなければならないのだ!」


「まぁまぁ、四人もいるんですし、何か手立てがないか考えましょう?」


「賛成ー。言い争うのは無駄だってーの」


 しかし、すぐに名案が出るはずもなく。

 重たい沈黙がしばらく流れたときだった。


「……一つ、提案がある」


 マラガが真剣な面持ちで一同を見た。


   ――――――


「――でも、本当に良かったのですか? 近衛騎士軍のお務めを放ってくるなんて……」


 スヴェンは隣を歩くマラガに尋ねた。

 結局、近衛騎士軍は動かせないが、マラガが個人的に協力してくれることになった。


「構わないさ。普段から働き過ぎて休め休め言われているからな」


 口では簡単に言うが、実際には相当大変だったはずだ。

 軍人はあくまで国に属する。個人の都合などそうそう受理されるものではない。

退役した後でも強制的に軍属に戻される場合もあるという。軍というのが、如何に個を犠牲にした上に成り立っている組織であるかわかる。


「大尉はどうして軍人に?」


「愛国心、と言うと少し安っぽいだろうか?」


 気恥ずかしそうにマラガが頬の辺りをポリポリと掻く。


「あいつから聞いているかもしれないが、十三のときに両親を事故で亡くしてね。それからあちこちを転々とした」


「多感な時期に……さぞ大変だったのではないですか?」


「大変ではあったが、なに、あれはあれで良い経験だった。リポリードに滞在することが多かったが、色んな土地を見て回れたからな。十七だか八だかのときに、トーリンデルス王国にも行って、かの有名な【剣神の娘】と同じ師に師事していたこともあったぞ?」


 スヴェンの胸のあたりがチクリと小さく痛みを訴える。

 ここで『彼女』のことを耳にするとは。

 確かに、【剣神の娘】になる前は、街の稽古場に通っていたと『彼女』は口にしていた。その頃のことだろう。


「【剣神の娘】と手合わせをしたことは?」


「無論、あるぞ? だが、恥ずかしいことに負けてしまったよ、確か三歳も年下の少女にな。それはもう衝撃だった」


「【剣神の娘】とは、そんな頃合いから抜きん出ていたのですか?」


「それはもう。俺含めて他を寄せ付けないくらい圧倒していた」


「ですが、大尉も相当にお強いとお聞きしましたよ?」


「彼女に負けたのが、良い刺激になったのだろうな。驕っていた自分を叩き直し、二度と負けないように鍛錬を積みに積んだものだ。お陰で、後にも先にも負けたのはそれっきりだ」


 これからも、とは随分と大きく出たものだ。

【剣神の娘】はさておき、師事していたということは、少なくとも師匠がいるはずである。

 当然ながら、師は弟子よりも長く生き、経験数も圧倒的に勝っている。

 並んだと口にすることさえ烏滸がましい存在をも凌駕した、そう豪語するのかとスヴェンは心の内で疑問を呈した。

そんな彼の疑問を感じ取ったのか、マラガがポツリと呟く。


「弟子は師匠を超えるものだと、俺はそう考える。それが師匠への一番の恩返しだ」


 なるほど、予想に反して、マラガのその考えは実に共感できるものだった。

 スヴェンにも師匠と呼べなくもない存在がいた。一緒に過ごした時間は極めて短く、いつの間にか姿を眩ませて以来、音信不通となってしまっているが。

 それでも、もし再会することがあれば、こんなにも成長したのだというところを見せ付けてやりたい。

 もっとも、重層世界を消したり、王族を殺したり、自分が仕出かしたことを知ったらきっと半殺し、いや、九割殺しにされるかもしれないが。


「少し話が逸れてしまったが、色んな土地を経験してきたオレだが、結局故郷が一番だという結論に達してな」


 それに、とマラガが続けた。


「こう言っては怒られるかもしれないが、理術は理術で便利だった」


「大尉は理術を使えるのですか?」


「使う、使わないはあるが、使えるかどうかで言えば、使えない者の方が極めて稀だろう?」


 その極めて稀な者が目の前にいるのだが……。

 少しばかり複雑な心境になるスヴェンだった。


「ただ、あれは劇薬だ。人が万能だと勘違いさせてしまう」


 マラガの言葉にも一理ある。

 世界の理に干渉する術、それが理術だ。

 理術の発展により、世界は急速に進歩した。それこそ、精霊に頼らずにも済むくらいに。

 人同士の争いは過激化し、凄惨さを極めるようになった。道具を扱う者ではなく、道具そのものが悪いという風潮が出てもおかしくはない。


「やはり、世界に干渉できてしまう術を人程度が使えるのは、疑問だとそう思ってしまうのだ」


 大尉も反理術主義なのだろう。しかし、大尉の場合、多くの反理術主義者のように頭ごなしに否定するわけではなく、両方の視点から確認した上での結論だ。彼の言葉に説得力があるのもそのためだろう。


「ただ、全部が全部否定するのもそれはそれで違うと思う。取り入れられるところは、取り入れるべきだ」


「なるほど、その意味での愛国心ですか?」


「ああ。中と外を見てきたオレだからこそ言えることもあると思うのだ。ほんの少しだけこの国が良い方向に進められれば――その一助になればと思ってな」


「素晴らしい動機じゃないですか」


「止めてくれ。結果を出さないうちは、ご大層だと笑われるのがオチだからな」


 誤魔化すように苦笑するマラガの表情に不意に影が差す。


「む……またか……」


 歩みを止めるマラガ。彼の視線の先では、男二人が何やら言い争いをしている。


「格好を見るに行商人と露天商だろう。仕入れで揉めているらしい」


「どうしてわかるのですか?」


「最近多いのだ」


 マラガが困ったように顎髭へと手を当てる。


「マレニアは閉鎖的だが、外との交流が全くないわけではない。現に、隣国であるリポリードとは普通に交易している。ところが、最近になってリポリードとの連携が悪くなっているのだ」


「関係が悪化したのですか?」


「そういうわけでもないようだ。行商が予定通り来なかったり、向こうからの連絡が途切れたりすることが増えたらしい」


「重層世界が消失したからですかね?」


「間違いなく影響しているだろうな」


 だからこそ、とマラガの言葉は続けられた。


「あいつの研究が無事に完成することを祈っている」


「博士の研究についてはどこまでご存知ですか?」


 スヴェンが問い掛けると、マラガの目線が左下へと移動する。


「大枠だけだ。詳細についてはよくわかっていない」


「……いくら幼馴染とはいえ、軍人が一研究者の研究の仔細について知っている方が少ないでしょうしね」


「ただまぁ、敢えて幼馴染という立場から語るのであるならば……」


 思案するように腕を組みながら大層な前置きをする。


「仮に研究が完成したらあいつはどうしてしまうのだろうかと思うときはある」


 エノテラにとって研究とは命と同等、或いはそれ以上かもしれない。

 そんな彼女には研究を終えた後、何が残るのだろうか。


「昔からあんな感じではなかったのだがな……」


「そうなんですか?」


「ああ。怠惰で飽き性で、少なくとも取り憑かれたかのように研究に打ち込む奴ではなかったはずだ」


 今のエノテラからは全く想像ができない。まるで鏡の中の人物像を話されているのかとすら思うほどだ。


「では、いつ頃からか変わられたということでしょうか?」


「うむ。確か、あいつのご両親が亡くなられた辺りが境目だったように思う。人が変わった、とは正にあいつのためにあるような言葉だ。いや、人嫌いで偏屈なのは昔からだが」


「博士が助手やハウスメイドにキツく当たるようになったのもその頃からですか?」


「……ああ」


「なるほど……」


 エノテラは両親を事故で失ったことがキッカケで変わったのはわかった。

 だが、いまいち事故と彼女が研究に打ち込むようになったこととの繋がりが不明だ。

 悲しみからの逃避のため?

 いや、違う。彼女は心と物の整理は終えたと言っていたはずだ。

 そもそも、だ。

 まだ両親の死に囚われているのであれば、あれほどまでに部屋を片付けることはおろか、そこに会って間もない他人を泊めたりするとは思えない。

 何か……何かがあるはずだ。

 彼女を研究へと駆り立てる何かが。

 鍵は幼馴染であるマラガだろうか。

 彼ならば、何かヒントに繋がることを知っているかもしれない。


「そう言えば、大尉は叩き上げでしたっけ?」


「いや、士官学校卒だ」


「この国に戻ってきてから士官学校に入られたのですか? よく出戻りで入ることができましたね」


 士官学校と言えば、国防の中でも重要な役割を担っている。

 当然ながら、入学には厳しい条件が課される。

 二十七という年齢で大尉ということを考えると、彼の軍人としての資質は申し分ないのだろう。

 ただ、各地を転々としていた事情を考えると、入学までの条件をクリアできたとは思えない。


「ああ、その件についてはあまり大きな声では話せないのだが、あいつの親が口利きしてくれてな」


「博士のご両親がですか?」


「あいつの親は結構顔が広くてな。昔のよしみで頼らせてもらった」


「そんなこと僕のような者に話しても良いのですか?」


「構わん。公言こそしていないが、周知の事実だ。経歴を聞いたら、君が気付いたように一発でバレるからな。法に触れるようなことはしていないし、文句を言わせないよう実績で黙らせてきたつもりでもある」


「なるほど。心は叩き上げということですね」


「そういうことだ」


「親御さん同士が仲良かったのですか?」


「どうだろうな。オレは良くしてもらったが、親同士はそうでもなかった気がする。あいつとは、単に同い年だったのと、家が近かったのが大きいだろうな」


「でも、そうなると博士のご両親のことは、大尉にとっても心痛だったでしょう……」


「ああ……惜しい方たちを失ってしまったよ。あいつだって大怪我をしたしな」


「……え?」


「む。どうかしたのか?」


「博士もその場にいたのですか?」


「聞いていないのか? あいつは唯一の生き残りだ」


 初耳である。エノテラはそのようなことを一言も口にしていなかったはずだ。


「ところで、彼女は大丈夫なのか?」


「リコフォスのことですか? 問題ないですよ。彼女の父君は武術の師範代ですからね。頭脳面がもてはやされがちですが、腕っ節の強さたるや、僕なんか到底及びません」


「驚いた。可憐な見た目からはまるで想像付かないな……」


 それはそうだ。ほとんど嘘で、真実は腕っ節のくだりだけなのだから。


「では、この辺りで別れましょうか」


「そうだな。さっさと実験とやらを終えて戻ろう」


 スヴェンは頷いてエノテラの指示に従って道を進んでいく。

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