作戦会議
■■■
「何があったってーの?」
エノテラの家に辿り着くと、剣呑な空気を察したのか、リコフォスが慌てた様子で駆け寄ってくる。
「博士が襲われた」
「誰に? 怪我は?」
「わからない。数は二人。買い物に行ったところを狙われた。人気のない路地だ。銃器ではなく、ナイフを使っていた。負傷はなし。博士を人質に取られたが、何とか切り抜けた」
店に入る前を狙ったのは、人目に付く前にエノテラを攫うつもりだったからだろう。
真っ先に銃器ではなく刃物を取り出したところからも騒ぎを起こしたくない意図が透けて見える。
どう考えても素人のやり口ではない。相手はプロだ。
これで、博士が狙われているという噂の真偽がはっきりした。ある意味、スヴェンとしては動きやすい状況になったとも言える。
「最近、怪しい人物を見掛けたりしましたか?」
「君たち二人だが?」
「冗談を言っている場合ですか!」
「失敬。心当たりはない……わけではない」
「あるのですね?」
「言い切れない。私の勘違いかもしれない」
「些細なことでも構いません。教えてください」
スヴェンが半ば詰め寄るように後押しすると、エノテラは記憶を探るように額に手を当てた。
「御覧の通り、嫌がらせをしてくる輩は後を絶たないわけだが、どうにもそういったのとは異なる奇妙な者たちがいたのだ」
「具体的には?」
「何もして来ないのだ」
「何もして来ない?」
「ああ。特に何をするでもなく、遠巻きにこちらの様子を窺ってくるだけ」
「それだけですか?」
「だから、言っただろう? 勘違いかもしれないと」
「ですが、博士はその人物を奇妙に思ったのですね?」
無駄を嫌うエノテラが奇妙に思ったのならば、そう感じた何かがあったはずだ。
スヴェンの予想を裏付けるようにエノテラが「実は……」と続けた。
「同じ人物だったんだ」
「博士のことを見ていた者が、ですか?」
「そうだ。連続して同じ奴が来ることはなかったが、二日に一回だったり、三日に一回だったり、日を開けて同じ奴が顔を出していた。記憶力には自信がある。間違いない」
「今日襲って来た奴らは?」
「わからない。初顔だ」
「倒したんでしょ? 何か身元のわかるものとか持っていなかったの?」
「何もなかった。通信機の類も。一般人じゃないことだけは明らかだ」
「目的はやっぱり博士の研究?」
「まず間違いないだろうな」
「敵勢力の数は?」
「それも不明。単数かもしれないし、複数かもしれない」
「はぁぁ……ほとんど情報はなしってことじゃん」
呆れるリコフォスだが、こればっかりはどうしようもない。
敵は、仮にエノテラ奪取に失敗したとしても、余計な情報を与えないよう徹底していた。
「さて、これからどうしましょうか……」
「ふむ。『これから』か……てっきり、君たちはオルスタインに帰るのだと思っていたのだがな」
「どうしてですか?」
「私の身に危険が迫っている。だが、それは助手である君たちにも言えることだ。何なら、研究を主体で進めている私よりも、助手である君たちの方が危険かもしれない。君たちだって命を落としたくはあるまい?」
「賛成ー。さっさと帰りた――」
ここぞとばかりに手を挙げたリコフォスの話を遮るために、スヴェンは彼女の前へと出た。
「博士はこのまま尻尾を巻いて帰れと?」
「少なくとも、責任は負えないな」
「責任ですか……それを持ち出すのであれば、僕が逃げ出したことで、研究が台無しになった場合の責任の方が取れませんよ」
エノテラの研究は、重層世界なき後の窮状を打破する可能性がある。そうなれば、大勢が救われるのは間違いない。ここでおめおめと帰っては何のために来たのかという話になる。
「それに、僕たちはマレニアに来てまだ二日。ここで帰ったら笑われちゃいますよ。往復代も稼げていないですし」
「金の問題であるならば、解決は比較的容易い」
「それは良いですね! 博士の助手志望詐欺が今年の流行ですか?」
「君なぁ……」
エノテラはクシャクシャと髪を掻き乱した。
「忠告はしたぞ。どうなっても私は知らんからな」
「ええ。そうさせていただきます」
ニッコリと笑って見せるスヴェン。当然、エノテラには睨まれてしまう。
「ところで、明日、大尉は来られますか?」
「さてな。別に約束をしているわけでもない」
エノテラがプイと視線を逸らす。
子どものように避けるエノテラに対してスヴェンが詰め寄る。
「はーかーせー?」
「……わかったよ、わかったとも」
降参とばかりにエノテラはヒラヒラと両手を振った。
「来るだろうよ。奴は毎日のように来ている。全く暇な奴だ。血税を返還すべきだ」
グチグチと不満を口にするエノテラを見て、リコフォスがそっとスヴェンに耳打ちをする。
「所謂ツンデレにしか聞こえないんだけど……」
「奇遇だな。俺もだ」
エノテラに聞こえないように溜息を吐くリコフォスとスヴェンだった。
■■■
二階の部屋へと戻ったスヴェンは、ベッドの上に転がった。
博士の話を聞く限り、敵はここ最近彼女のことを監視していたようだ。
それが、今日になっていきなり襲い掛かってきたことを考えると、やはり突然現れた助手二人の存在が影響しているか。
しかし、それはそれで疑問が残る。
エノテラを狙っているのだとしたら、どうして初めから彼女を攫わないのか。
最初から彼女のことを確保しておけば今日のように妨害されることもなかっただろう。
いまいち、敵の目論見が掴みかねる。
――ガチャリ。
スヴェンが思考を巡らせていると、突然ドアが開け放たれた。
上体を起こすと、部屋の中に入ってきたリコフォスが壁に背を預けるところだった。
「――折角、手を引くチャンスだったのに」
黄金色の双眸に睨み付けられる。余程不服だったらしい。
「ノックもなしにわざわざ不満を告げに来たのか? さっきも言ったが、手を引くつもりなら最初から来ないって」
「別にあんたじゃなくても、あの軍人に任せれば良いじゃん」
「だから、それも既に言ったはずだ。ケジメを付けるとな」
「阿呆くさ」
「話は終わりか?」
「んなわけないでしょ。あまりに不自然だってーの」
「俺たちが来た途端に博士が襲われたってことか?」
「それ以外にあるかってーの」
「街に着いてすぐに聞き込みをしたからな。しかも余所者が。目立つのは当たり前だろう。どこで紐が付いたかは不明だが、想定内だ」
そもそも、敵はエノテラのことを監視していた。突如として現れた助手のこともキッチリと認識しているはずだ。
「じゃあ、何? 最初から襲われるつもりだったの?」
「敵の正体が不明なんだから仕方ないだろ。だからこそ、博士を泳がせつつも、完全に一人にはしなかったわけだし」
「呆れた。囮に使われたって聞いたら怒るんじゃない? しかも、さほど情報を得られていないしぃ」
「人生と同義とまで言ってのける研究がおじゃんになるよりマシだろ。後半は指摘の通りだ。言い訳のしようもない」
「てか、どうして敵を放っておいて来たんだつってーの? 尋問でも拷問でもすれば良かったじゃん?」
「博士がその場にいたんだぞ?」
「父親に習ったとか適当な事を言えば良いじゃん」
「万が一、大尉の耳に入ったら? 大尉は歴とした軍人だ。下手なことは言えない」
「だったら、助けに来たことを博士に明かせば良いじゃん。敵がわざわざ姿を現してくれたんだしぃ」
「博士が俺たちを信頼してくれれば良いんだがな……」
「信頼してくれるでしょ?」
「敵の敵が味方とは限らないのに? 助けた振りをして信頼を勝ち取ろうとしているだけかもしれないのに?」
「……あんたって、他人の気持ちがわからない癖に思考は読めるのね」
「褒めるときは素直に褒めるのが吉、というのが通説だ」
「呆れているんだってーの」
「憎まれ口か?」
「馬鹿なの? 本心だってーの」
冷たい視線を向けられる。しかし、スヴェンは特に気にした素振りもなく、「ところで……」と切り出した。
「博士についてどう思う?」
「どうって?」
「街で聞いた情報と実際に会っての感想だよ」
そうねぇ、とリコフォスが顎に指を当てて首を小さく傾げて見せる。
「まだ間もないから何とも言えないけど……何てーか、噂ほどじゃないって感じぃ?」
「やっぱりか……」
丁度良い機会ということでリコフォスにも確認してみたが、同一見解だったようだ。
「確かに人嫌いだし、変人なのは間違いないけど……助手に嫌がらせをしたり、ハウスメイドに辛く当たったりするようには、とても思えないってーの」
「むしろ、その逆だよな。見ず知らずの二人組をわざわざ家に泊めたりするか? しかも、妙齢の女性が? 俺なら絶対にあり得ない」
「それに、意外と聞く耳は持っているしぃ?」
「人が去るだけ去ってから改心した可能性もなくはないが、そういう感じでもなさそうだよな」
「大尉とのことについては素直じゃないみたいだけど」
「よせ。本当にそういう関係じゃないかもしれないだろう?」
博士の個人的な事情に深入りするつもりはない。あくまで目的は彼女の身の安全である。
「話を戻すが、どうにも世間での博士像と実際の彼女の印象が合致しない」
「でも、それって博士が狙われていることと何か関係あるの?」
「現時点では何とも言えないな。普通に考えたら無関係だが、どうにも気になる」
「何がそんなに気になるってーのよ?」
「こうも実態と掛け離れた噂が広まっているというのがな」
「噂なんてそんなもんでしょ」
そう言われてしまうとそれまでなのだが。
しかし、スヴェンとしても奇妙な感覚を上手く言葉にできない。
何が、とは説明できないが、ただただちぐはぐなのである。
単に、エノテラの研究を狙っている、とは違うような……。
情報が明らかに欠けている。やはり、街での聞き込みだけでは、限界があったということだ。
となれば、より一層深く探るしかない。
「というわけで、リコフォスに調べて来て欲しいことがある」
「絶対に嫌」
「まずは、タイミングを見て警邏隊のところに行ってきて欲しい」
「絶対に嫌」
「それが終わったら近衛騎士軍のところに――」
「――だから、絶対に嫌だってーの」
腕を大きく振り、全身で拒絶を示すリコフォス。
しかし、スヴェンは上辺だけの返事を口にする。
「うんうん。わかった、わかった。それでだが、近衛騎士軍の後は――」
「――全然わかってないじゃん!!」
「大丈夫。俺は信じている。絶対にリコフォスなら成し遂げてくれるって!」
「何その謎の信頼は……」
「これはリコフォスにしか頼めないことなんだ……!!」
「いや、だから……」
「始祖たる女神の一翼にして偉大なる光の女神だからこそ安心して任せられるんだ!」
「ふ、ふん! そこまで言うなら、仕方ないからやってやらなくもないってーの!」
実にチョロい。自尊心が高い癖に自己評価は低い。虚勢で塗り固めた奴などおだてればこんなものだ。
「……何か、悪いこと考えてない?」
「気の所為だ。超気の所為。もしくは木の精の所為だ」
「あんた、今この瞬間世界で誰よりも何言ってんの?」
「ともかく、リコフォスにお願いしたいのは――」
スヴェンはリコフォスにつらつらと確認して欲しいことを伝えるのだった。




