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神と姉妹

   ■■■


 マラガが去った後、スヴェンとリコフォスは実験のために街へと繰り出していた。

 エノテラは二人への指示役として研究所に残っている。


「…………」


「…………」


 気まずい沈黙。研究所を出てからかれこれ十分ほど歩いているが、未だ会話の一つもない。

 幾分は話してくれるようになったかと思えば、すぐにまたこれである。

 このままだと一生話さずに終わりそうだということで、何か話題はないかと探す。


「そういえば、さっき博士が言っていた、神と精霊が実は同じなのではってのは、実際のところどうなんだ?」


「知らないってーの」


 相変わらずの素っ気ない返事。

 しかしながら、相手は雲の上の存在である。本来、こうして口を利くことすらあり得ないのを考えると、返事をしてくれるだけマシかもしれない。


「始祖たる女神の一翼が知らなかったら、誰が知っているんだよ……」


 独りごちりながら、ふと疑問に思う。


「つーか、始祖の女神たちはどうやって世界を創ったんだ? 重層世界が別だとしても、この世界は創ったんだろう?」


「だから、知らないってーの」


「いやいや。当事者が知らないのはおかしいだろ」


「だって、そのときの記憶がないんだもん。仕方ないじゃん」


「記憶がない?」


「お姉さまもそうだってーの。私たちは気付いたらそこにいただけだしぃ」


 リコフォスの話は、『ただそこに在った』という創生紀と符合する。しかし、それはそれで疑問が残る。


「え、じゃあ、どうして自分たちが世界を創ったと?」


「記憶はないけど、そうしたって自覚があるの。あんたらだって実際に見たわけじゃないけど歴史として知っていることってあるでしょ? それと同じだってーの」


「ちょっと待て……それじゃあ何か、始祖の女神が世界を創ったってのは、本人たち含めて誰も見たことがないのか?」


「……こんなこと本当は人如きに話しちゃいけないんだけど」


 失敗したとばかりにリコフォスが苦々しい表情を浮かべる。


「道理でアウラが口を噤むわけだ……」


「それだってーの!」


 突然、リコフォスがズビシと人差し指を突き付けてくる。


「どれだよ?」


「どうしてあんたみたいなのがお姉さまに馴れ馴れしく接しているんだしぃ!!」


「それは、リコフォスたちに肉体を破壊されたからだろ?」


「そうじゃなくって! どうして肉体を取り戻した後も一緒にいんだってーの!」


「そんなもん、アウラに直接聞けよ。姉妹なんだろ?」


「私如きがお姉さまに聞けるわけないじゃん!」


 横暴を身に纏ったかのようなリコフォスにしては、随分とアウラに対しては控えめである。


「お姉さまだけでなく猫娘だっているってーのに、ロロリト族や【神喰らい】なんかとまぐわいまくってるくそやろーの癖して……」


 ボソリと実に痛いところを突いてくる。しかも、イベリスとのことも既に知っていたとは。

 もしかしたら、昨夜の情事が聞こえていたのかもしれない。なおさら気まずいではないか。


「……断っておくが、不可抗力だ」


「何が不可抗力だってーの。抵抗すらしてない癖に」


「語弊がある。抵抗はしている。実を結ばないだけで」


「意味ないじゃん!」


「あのなぁ……人は絶望や苦痛には耐えられても、悦楽には抗えないようにできてんだって」


「キモ。そんなのただの節操なしの言い分だしぃ。それを人類代表面とか、勘違いも甚だしいってーの」


 ぐうの音も出ない。分が悪いのは明白。目も当てられないような旗色だ。

 何か言葉を発する度に言い訳染みて聞こえてしまう。

 それでも、事実と異なる点については否定しなければならない。


「そもそもだ。俺とアウラはそういう関係じゃない。勿論、リーナシアもな」


「どうだか。怪しいってーの」


「つーか、リコフォスこそどうしてアウラに拘るんだよ? 始祖の女神って六姉妹なんだろ?」


「ふん。私にとってお姉さまはお姉さま一人だってーの」


 リコフォスが足元の小石をつまらなさそうに蹴り上げた。


「お姉さまだけが私のことを助けてくれた。お姉さまだけが私のことを叱ってくれた。お姉さまだけが私のことを気に掛けてくれた……」


「あいつは誰にだってそうだと思うけどな」


「人間風情が知った風な口を利くなっ!!」


 轟、とリコフォスから闘気が吹き荒れる。


「お姉さまは孤高で、美しくて、儚げで、それでいてとても強かった……誇りを持って自分の道を押し通す強さがあった……人如きが口を利くことすら烏滸がましいような存在だってーの!!」


 胸倉を掴まれ、体格差などまるで関係なくグッと寄せられる。


「なのに、お姉さまは変わっちゃった! 全部全部あんたの所為だってーの!」


 悔しそうに歯噛みするリコフォスの金色の瞳に涙が浮かぶ。

 どうして、彼女がそんな表情をするのか。スヴェンは何も言えずにされるがままだ。


「お姉さまはこれまで一度たりとて人と契約することなんてなかった!『私の力は強過ぎるから』って言って、私たち姉妹とすらも距離を置いていたのに!!」


 初耳である。それもそのはず、スヴェンはアウラの過去をさほど知らない。彼女が神であることを知ったのも比較的最近のことだ。


「でも、あんたはお姉さまと契約した! あのお姉さまと! これがどんな意味を持つかも知らない癖に!!」


 それほどまでにアウラも差し迫っていたということだろう。そうでもしなければ、肉体の再生はおろか、精神体すら維持できなかったはずである。

 しかし、リコフォスはそう捉えていないようだ。


「楽しそうに笑ったり、腹立たしそうにむくれたり、お姉さまのあんな表情知らない! あんな風に気安く話す姿なんて見たこともない! 姉妹である私ですら!」


 ようやくリコフォスが掴んでいた胸倉を乱暴に放す。


「それもこれも全部あんたと出会ってからじゃん!」


「ゲホッ。別に俺だけじゃねーだろ。リーナシアやヴァルダだっている」


「違う違う違う! あんたと出会ってからだってーの! 何で私じゃなくてあんたなんだってーの!!」


 リコフォスの頬を雫が伝っていく。

 彼女が何に腹を立てているのか、ようやくわかった気がする。


 ――嫉妬。


 言葉にするとそうなるのだろうが、実際にはもっと複雑だろう。

 しかし、彼女と彼女の姉妹たちとの間で何があったのか、知る由もない。

 知ったところで、何ができるでもない。あるのは、今と言う結果でしかない。


「アウラが助けを求めているとき、偶然居合わせたのが俺だった。別の奴だったらまた違う結果になっていたかもしれないが、んなもん考えてもしゃーねーだろ」


「そんなの選ばれた奴の傲慢な言葉だってーの! あんたが私だったとしても同じこと言えんのかってーの!!」


「傲慢代表みたいな奴に言われてもなぁ。それに、俺がリコフォスになることなんて不可能だからなぁ。わからんとしか言えん」


「ああもう!!」


 リコフォスが大地に怒りをぶつけるように地団太を踏む。

 そして、彼女の腕が指の先まで真っ直ぐに伸ばされる。当然、指の先にいるのはスヴェンだ。


「やっぱり、あんたのことなんか大っっっ嫌いだってーの!! 絶対に認めてなんかやるもんかってーの!!」


 宣戦布告、のつもりだろうか。

 言うだけ言ってリコフォスが踵を返す。

 丁度、二手に分かれる地点まで来ていたらしい。

 ぷんすかと速足で歩くリコフォスの背中が遠くなっていく。

 怒りながらも実験で指定された進路を進んでいくあたり、なんだかんだ律儀である。

 その辺りはアウラと重なる。

 なんだかんだ言ってもやはり姉妹ということか。

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