マラガ・ハーミット
「悪いが、出てくれたまえ」
「わかりました」
頷き、スヴェンは扉へと近寄り、鍵を外す。
「――驚いた。エノテラがまた助手を取るとは」
扉の向こうから目を丸くした男が現れる。
歳はエノテラと変わらないだろう。
紺を基調とした軍服のようなものを纏っている。肩のあたりに施された鳥のような刺繡は、彼がこの国の近衛騎士軍であることを表している。胸にはいつくもの勲章。随分な活躍振りである。階級も年齢の割に高そうだ。
パッと見は中肉中背。しかし、軍服の下には筋肉の塊が潜んでいるのだろう。立ち姿から、ずっしりと重心が座っているのが見て取れる。
「初めまして。昨日からエノテラ博士の助手になりましたカミツレです。あちらは同じく助手のリコフォス」
「よろしく。オレはマラガ・ハーミット。大尉だ」
差し出された手を握り返すと、肉厚の皮膚とゴツゴツとしたタコの感触が伝わってくる。
剣を振るう者特有の手付きだ。
反理術主義が跋扈するこの国では、理力銃は主流ではないのだろう。
実弾銃も精霊術の前では効果が薄い。
結局は、理術同様に大規模な精霊術か、精霊術も併用した近接戦闘に行き着くのだろう。
「――む」
マラガが何やら怪訝そうな声を上げる。
その瞬間、スヴェンは自分が過ちを犯したことを悟った。
「君も剣を?」
心の内で額を押さえる。髪や瞳の色、立ち居振る舞いは繕えるが、手までは誤魔化せない。
「代々、士官の家系でして。上級学校に入る前は、父親や兄に散々扱かれていました」
「それはそれは。上級学校に入るときもさぞ大変だっただろう?」
「それはもう。士官学校に入れ、入らなければ絶縁だと、何度も脅しめいたことを言われましたよ。まぁ、僕としては清々していますが」
「そう言わずに顔を出してやると良い。家族というのは、一つの拠り所だからな」
「ありがとうございます。考えておきます」
咄嗟に吐いた嘘だったが、どうにかやり過ごせたらしい。今後、握手は考え物だと深く反省。
それにしても、あまりに予想外だ。
てっきり、エノテラの研究仲間が来たのだろうとばかり思っていた。
しかし、実際に現れたのは、質実剛健を体現したかのような軍人だ。ある意味、研究からは最も遠い人種とも言える。
「おい、エノテラ。どうして出なかった?」
マラガがエノテラに詰め寄る。やはり、彼は喧嘩後も研究所を訪れていたらしい。
「出たくなかったから。それ以外にあると思うのかね?」
「ったく。こんなところ部下に見られたら何と言われるか……」
「ふん。そもそも、来て欲しいなどと頼んだ覚えはない」
「あのなぁ、オレがいなかったらどうするつもりだったんだ? ゴミ屋敷にして飢え死にか?」
「食事などどうにでもなるし、散らかったところで何がどこにあるかは把握している。それに優秀な助手も来た」
さらりとプレッシャーを掛けられてしまう。マラガに険しい顔を向けられるが、苦笑いしかできない。
「それでまた助手に逃げられるのか?」
「ふん。去りたい者は去れば良い。生憎、引き留めるほど暇ではないのでね」
リングの外にいるはずなのに、何故だかどんどん飛び火する。これ以上ハードルを上げるのは、止めて頂きたいところだ。
「そうやって意地ばかり張っているから、お前はいつまで経っても一人なんだぞ?」
「それこそ余計なお世話というものだ」
二人して同時にそっぽを向く。両者とも素直でない。
歳を取れば取るほどに自分の過ちを認め、歩み寄ることが難しくなるという。二人もそうなのだろうか。
リコフォスをチラリと見ると、ギロリと睨まれてしまう。言葉に出していないが、何を考えているのか伝わってしまったらしい。
「あ、あの、大尉もお忙しいでしょうし、お話は改めての方がよろしいかと」
「……そうだな」
スヴェンの提案にマラガが罰悪そうにポリポリと頭を掻いた。
「そうさせてもらおう」
何か言いたそうな様子だったが、一つ息を吐きだした後、クルリと踵を返し、そのまま研究所を後にする。
「――とまぁ、見ての通りの奴だ。呆れるだろう?」
「僕に同意を求められても困りますよ」
「そこは同調しておいた方が賢明だな。年上からのアドバイスだ。聞きたまえ」
「社交性皆無の博士のアドバイスですか?」
「君と違って礼節は弁えている。使わないだけだ」
それは弁えていると言わないのでは、という指摘は喉元で留める。
「それで、二人はどういう関係なの?」
誰よりも年上のリコフォスが尋ねる。スヴェンも丁度聞こうと思っていたことだ。
「よくある幼馴染という奴さ。歳が同じだし、家も近かった。境遇も似ている」
「境遇?」
「ああ。奴も親を失っている。しかも奴の場合は、十三とか四のときだから、私よりもずっと大変だっただろう」
リコフォスが納得したとばかりにポンと手を打つ。
「だから、あんな堅物なんだ」
「お節介な奴さ。有難迷惑とも言うがな」
「ちなみに、どうして喧嘩したの?」
「……奴がデスクの引き出しに手を掛けていたからだ」
「え、それだけ?」
リコフォスが目を丸くすると、エノテラの語気が強くなる。
「それだけ、だと!? 私にとっては大問題だ! 何せ、三段目の引き出しには、研究の核心とでも言うべき重要なデータを保管しているのだからな!」
「ちょ、近い、近い! 近いですってば!」
ずずいと顔を寄せられてしまう。
初めて研究所を訪れたときとは異なり、身綺麗になった彼女は聊か目の毒だ。さすがに目のやりどころに困ってしまう。
「どうせ、デスクを片付けようとして間違ったんじゃないの?」
「だとしてもだ。この研究は私の人生そのものだ。万が一にでも何かがあってみろ、例え奴でも許せない……!」
決意を表すかのように拳を握り締めるエノテラ。
しかし、すぐにムキになっていたことを自覚したのか、「まぁ……」と声のトーンを下げて自嘲するかのように続けた。
「そうは言っても、奴の剣の腕は確か。近衛騎士軍の中でも頭一つ抜けているらしい。確か、国内の大会で幾つも優勝していたはずだ。きっと私が殴り掛かったところで、木の葉を払うよりも容易く返り討ちにされてしまうだろうな」
「それはまた随分とお強いのですね」
あの年齢であれだけの勲章の理由だろう。境遇も考えると、血の滲むような努力をしてきたに違いない。
「優秀な奴さ。部下たちにも慕われている」
「女性にも優しいし?」
リコフォスが試すような視線をエノテラに向ける。すると、エノテラは「ムッ」と不快そうに眉を寄せた。
「勘違いしてくれるな。私と奴はそういう関係ではない」
「そう? 少なくとも、向こうは気があるんじゃないの? 軍人ってことは、自由な時間なんてほとんどないってーのに、わざわざ立ち寄って、甲斐甲斐しく掃除やら何やらしてくれるのって、普通あり得なくなーい?」
「奴が度を越したお節介ということの証左だろうさ」
「こっちはこっちで堅物ね」
付き合っていられないとばかりにリコフォスが両手を上げる。
これにはスヴェンも彼女に同意だった。




