束の間の営み
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深夜。
スヴェンはふと目を覚ました。
普段ならばまだ眠りに就いている時間だ。
夜明けはまだだというのに、何故意識が浮上したのか。
その疑問はすぐに解消された。
「――あまりの気持ち良さに起きたか?」
声の主はスヴェンの同居人であるイベリスだった。
彼女の美しい裸体が月明かりに照らされる。
普段、スヴェンと同化している彼女がどうして表に出てきているのか。
「そら、動くぞ?」
スヴェンにまたがっているイベリスが、艶やかに舌なめずりをする。
「ま、待て――」
「――駄目だ」
拒否権などないと示すかのようにスヴェンの制止を無視して腰を動かし始める。
瞬間、強烈な快感が彼の全身を貫き、脳髄を直撃する。
「くっ……やめろ、馬鹿!」
「くはは。こんなにも感じている癖に何を今更!」
嗜虐的な笑みを浮かべるイベリス。その間、ずっと動きっ放し。スヴェンが悶えるように堪えても、責めを緩めようとしない。それどころか、彼が苦しそうに息を漏らす度、彼女は嬉しそうに唇を歪める始末。
「マレニアに着くまでの間、ずっと我慢していただろう? そろそろ限界のはずだ」
「だからって、他人様の家に転がり込んだ初日にやることじゃねーだろ」
「知ったことか。第一、あの耳長娘たちの所為で、異常なまでに性的欲求が膨れ上がっていることを忘れたのか?」
スヴェンはエルザやララーナたちロロリト族により肉体を調教、もとい改造されている。そのことを指しているのだろう。
「放置したら、理性が吹っ飛んで目に付いた異性を片っ端から襲うことになるだろう。よもやそれが望みとは言うまいな?」
「当たり前だろ!」
「それに、我と貴様は一心同体だ。貴様の昂ぶりと焦燥は、我にも突き刺さるのだ」
「それについてはすまないとは思っている……」
イベリスとスヴェンはとある事情から同一化している。
その所為で、片方への影響はもう一方にも及ぶ。ただの同居人というわけではないのだ。
「気にするな。存外、悪くない。むしろ、気に入っているくらいだ。とてもな」
自身の豊かな双丘を揉みしだきながらイベリスがスヴェンを見下ろす。
「何度でも言うが、遠慮するな。幸いと言うべきか、我は人と神との混じり物だ。孕む恐れはない。存分に交わろうではないか」
イベリス自身が楽しんでいるというのもあるが、口振りから察するに、彼女なりに気を使ってくれているらしい。かつて【神喰らい】と恐れられた彼女が、だ。
「わかるだろう? 貴様が感じれば、我も感じる。我が感じれば、貴様も感じる。共に限界まで上り詰め、果てようぞ?」
覆い被さってきたイベリスに頭の後ろに腕を回され、ギュッと抱き締められる。彼女の中が一層キツくなり、搾り取られる。
「……っ!!」
快感が迸ると同時に、イベリスと溶け合うかのような一体感に包まれる。
次いで、気怠さと微睡に襲われ、全身が弛緩する。
「……耳長娘たちが貪るように貴様を求める理由がわかるか?」
「わからん。種馬扱いとか、そんなところだろう?」
「本気で言っているなら、最低だな……」
「何でだよ? 意味がわからん」
「貴様と奴らとでは、生きる時間が違う。特に貴様の場合、いつ野垂れ死んでもおかしくないからな」
「そりゃあ、長命種と通常種だし、棄獣狩りだし、理力路壊れかけだし」
「わからん奴だな。要するに、貴様と少しでも長く触れ、繋がっていたいのだ。貴様に自分たちを、自分たちに貴様を刻みつけたいのだ」
「言っている意味がわかんねーよ」
「わかるようになれ。少しは汲んでやらないと、不憫すぎる」
そう言ってイベリスはクスリと笑い、糾弾するように再度動き始める。
「ちょ、少し休憩――」
「――我も我慢していたのだ、貪り尽くさせて貰うぞ?」
イベリスが嬌声を上げる。その大きさに目を剥くスヴェン。
「せめて、声は控えてくれ!」
「ふん。どうせ気付かない。光の女神はお子様のように寝付きが良いようだからな。それに、あの女研究者も眠りは深いと言っていたじゃないか。気にするな、ともな?」
「だからと言って――」
「まだ口答えする余裕があるようだな?」
「そういうわけじゃ――くぅっ!!」
イベリスの責めが一層激しさを増す。
怒涛のように押し寄せる快感に抗うことなどできようはずもなく……。
スヴェンの理性は、一瞬の内に音を立てて崩れていくのだった。
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翌日。
スヴェンは目の下に大きなクマをこさえながら、エノテラから説明を受けていた。
「――つまり、従来は《エニグマ》と重層世界との通信だったのを、《エニグマ》同士の通信に変えるということですね?」
「ああ。現状、世界中のアクセスポイントを繋ぐことは難しい。だが、《エニグマ》間の通信自体は難しくない」
「というより、既にある機能ですね?」
実際、スヴェンも仲間と連絡を取る際に利用していた。
重層世界を介さない分、やり取りのタイムラグは少ない。ただ、如何せん《エニグマ》の通信範囲には限界がある。いちいち通信距離を考慮するのが面倒で、大抵は重層世界を介す一般的な通信を利用していたが。
「鍵は流動性だ。《エニグマ》を装着した者たちが移動し、それぞれが通信可能な距離まで接近したタイミングで蓄えていた情報を交信する。これにより、欲しい情報が格納されたデータベースとの通信を間接的に可能にする」
「元々は、災害時など劣悪な通信環境への対策として考案された理論ですよね?」
「私は時差式交信方式と呼んでいる」
「あれ? 確か、遅延耐性とかそんな名前だったような……」
「あれは止めだ。面白味の欠片もない呼称だったからな」
スヴェンからしたらどちらも変わらないのだが、そういうものかと無理矢理納得する。
「ただ、この理論には一つ大きな問題があった。実用化できず、机上の空論と呼ばれるようになった大きな、な」
「《エニグマ》が持てる情報量ですね?」
「その通りだ。《エニグマ》が持てる情報量自体は少ない。各人が思い思いに通信しようとしたら一瞬でパンクしてしまう。故に、情報を小分けにして如何に効率良く伝播させるかというのが課題だったわけだ」
「そして、博士はとうとうその課題の解決策を見つけたということですか」
コクリとエノテラが小さく頷いた。
「研究自体は粗方終わった。残るは実証実験だけだ」
「では、僕たちはその実証実験を手伝えばよろしいでしょうか?」
「大詰めだ。しっかり頼む」
エノテラがスヴェンの肩に手を乗せる。決して大きくないはずなのに、力強さを感じる。
それだけ、期待が大きいということか。
「ところで、精霊術は使えるか?」
「いいえ。精霊術は何分不得意でして……悪餓鬼のときに精霊様を酷く怒らせたらしく……」
「あぁ、なるほど。苦労しただろう? 一度機嫌を損ねると大変らしいからな」
「僕の不徳の致すところでしたので、何も言えないのですが、ただその他の精霊様にも避けられてしまっているようで……」
「精霊ネットワークとでも言うべきものがあるのか、精霊間で悪名が広がるらしいからな。悪いことはできないものだ」
「痛感しております。博士は如何です?」
「日常生活に困らない程度には、といったところだな」
「戦闘は?」
「戦闘? 研究者にそんなものが必要とでも?」
「そ、そうですよね、不要ですよね」
「おかしなことを聞くものだ」
エノテラに胡乱そうな眼差しをされてしまうが、あははと笑って誤魔化す。
「ところで、君は精霊術と理術についてどう考える?」
「どう、とは?」
「つまりだ。精霊術と理術は、本質的には同じではないだろうか?」
「え……」
「この国だけでなく世間一般において、精霊術と理術は天と地ほども異なると考えられている。ただ、一研究者たる私に言わせれば、どちらも起きている事象にそう違いはないように思えるのだよ」
「そうなのですか?」
「精霊術は専門というわけではないから、あくまで一つの見解でしかないがね」
「理術は理力を用いて世界の理に干渉しているという話ですが、精霊様は何を用いているのでしょうか?」
「さてな。如何せん人知の及ばぬ存在だ。詳しいことは不明だ。調べること自体が不敬とされているしな」
「冷静に考えると、それでよく天地ほど違うという話になっていますね」
「耳が痛い話だ。だが、理術使いたちが信奉する『神』とやらは人に力を使わせ、精霊は自らが力を行使している。その差異は間違いなくあるだろう」
ただ、とエノテラが続けた。
「裏を返すと、それ以外はさして変わらないのではないだろうか、とも思う」
「ええと、それはつまり……?」
「――『神』とやらと精霊の違いは何だろうな?」
ハッとするスヴェン。
これまでに持ち合わせていなかった観点だ。
それもそのはず、神と精霊は当たり前のように全く異なるものとして扱われていた。
似て非なるもの、ですらない。同じかもしれない、などと考えたことすらない。
しかし、言われてみれば、どちらも世界の理に干渉しているという点では同じだ。
「…………」
神たるリコフォスに視線をやるが、沈黙が返ってくる。
何か知っているのだろうが、さすがにエノテラがいる前であれこれ訊ねるわけにもいかない。
「そもそもだ。理術使いたちは、『神』とやらが世界を創ったなどと信じているらしいな」
「創生紀でしたっけ?」
「あれほど胡散臭いものはない」
「それはまた随分と思い切った踏み込みですね」
「仮にだ。その創生紀を信じるのであれば、『神』とやらはどこから来たのだろうな?」
「曰く、神はただ在ったらしいですよ?」
「だとしたら、重層世界はどう説明する?」
「それは……」
「少なくとも、『神』とやらは重層世界を創っていない。創生紀にも一切言及がないことからそれは明らかだ。つまり、世界は一つではない。これは既に確定した事実だ。であれば、『神』とやらは何者だ? 本当にこの世界を創ったのか?」
言葉に窮するスヴェン。
神。重層世界。そして、精霊。
ただの人間が答えられるはずもないが、エノテラが指摘したように、どうにも整合性が取れていないように感じられる。
かといって、創生紀が全くの嘘とも思えない。アウラとリコフォスの存在がその証左だ。
しかし、謎が多いのは否めない。
前にアウラに聞いてみたこともあったが、上手いことはぐらかされてしまったことを思い出す。
「さて、私としては有意義だったが、互いに忘れた方が賢明だろうな」
エノテラが暗に他言無用を迫ったときだった。
ジリリリ、と呼び鈴が鳴る。
「来たか……」
エノテラがうんざりするように目元を指で揉んだ。
「どなたです?」
「仲違いをした親密な相手だろうさ」




