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同業者 その1

 突然、リーナシアが足を止め、怪訝そうに路地裏を見つめている。


「どうした――って、ああ……」


 彼女の視線を追ったスヴェンは、すぐに状況を理解した。

 視線の先では、ローブ姿の人物――背格好から察するに少女だろう――が二人の男に絡まれていた。


「あの様子だと獣人っぽいなぁ……」


 ヴァルダが困ったように髭を擦る。

 少女はすっぽりと頭をフードで覆っている。いや、隠していると言うべきか。まるで人目を避けるかのように深く被っている。――虐げられてきた獣人に多い装いだ。


「男の方はどうやら同業者らしいな」


 外套の隙間から防具や各種武装が覗いている。棄獣狩りであれば、一目見ればわかる馴染み深い道具ばかりだ。


 片方は体格に恵まれた長身で、もう片方は小さく痩せ型であるところを見るに、典型的な前衛後衛の組み合わせだろう。


「どうするのよ?」


 試すようなアウラの視線がスヴェンに向けられる。


「どうもこうもない。俺たちには関係ない」


 即答だった。眉一つ動かさない。逡巡する素振りもない。その声音は、凍土の如くどこまでも冷え切っている。


「――そんなのあんまりっす!」


 大きく頭を振ったリーナシアが声を荒らげる。


「見て見ぬ振りなんてできないっす!」


 悔しそうに唇の端を噛み、力いっぱい握った手はわなわなと震えている。


「おい――って、遅いか……」


 スヴェンが制止するよりも早くリーナシアは地を蹴り、放たれた矢の如く突っ込んでいた。


「やいやい! 幼気な女の子を虐めるとは何事っすかっ!!」


 少女の前に立ち、人差し指を突き出すリーナシア。「うにゃあー」と何やら威嚇しているのが、離れているスヴェンたちにも見えた。


「ああん? んだテメェはよー?」


 長身の男が不機嫌そうな声音でリーナシアに詰め寄る。


「確か、あれですよ。【便利屋】のところの……」


 痩せ型の男が長身の男にそっと耳打つ。それを受けて長身の男が「ああ……」と納得したような声を漏らした。


「獣臭ぇと思っていたが、そういうことかよ」


 鼻を鳴らした長身の男の顔には侮蔑の嘲笑。


「家畜以下のゴミカス同士が傷の舐め合いか?」


「なっ――」


 突然向けられた嘲弄に言葉を失うリーナシア。愕然とした表情は一瞬のこと、怒りと辱めですぐに朱に染めあがり、次いで大きな瞳にうっすらと涙が浮かぶ。


 多様な人種の中でも、獣人種は他の人種から奴隷のように扱われている。


 理由は、粗暴で品性に欠けるから――。


 しかし、これはあくまで建前だ。本当のところは、一世紀ほど前の獣人種とそれ以外の人種との間で起きた大戦で、獣人側が敗北したことにある。


 敗者に相応しい扱い。要は、奴隷だ。ただし、文化が成熟した現代においては、奴隷を大っぴらに認めるわけにはいかない。それ故の建前というわけである。

 粗暴で品がない。だから、管理しなければならない。管理されなければならない――。

 管理される側は常日頃から管理者を敬い、観察し、少しでも自身の欠如を補い教養を身に着け、向上ならびに改善をすることが課せられる。

 それが、人種と獣人種との関係性である。

 それが、現代の常識である。


「ーー大きな間違いが一つある」


 突然の声に、二人組は弾かれたように振り返る。彼らの視線の先には、いつの間に接近していたのか、ポリポリと頭を掻くスヴェンの姿があった。


「リーナシアは臭くないーー良い匂いだ」


 スヴェンは至極真面目な表情でそう続けた。


「「「…………」」」


 異様な沈黙。

 二人組は勿論のこと、リーナシアも口を開けてポカンとした表情を浮かべている。絡まれていた少女に至っては狼狽を隠せずにいる。


 突然何を言い出したのか、その意図は何なのか、どう反応するのが正しいのか……各自の逡巡がこれでもかと煮詰められた結果の静寂だった。


「ななな何を口走っているっすかっ!?!?」


 沈黙を破ったのは、ハッと我に返った様子のリーナシアだ。これにスヴェンは疑問を呈すように小首を傾げる。


「だから、リーナシアは良い匂いだって――」


「――そそそそういうことじゃないっす!!」


 先ほどまでの怒りはどこに行ったのか、恥辱で全身をプルプルと震わせるリーナシア。

 いや、正確には、怒りが消えたわけではない。ただ、現在彼女の端正な顔に浮かんでいるのは、先ほどまでのものとは別種の怒りの表情である。


「――あの子には良い薬ね」


 遠巻きにやり取りを眺めていたアウラが呆れたように苦笑する。普段からリーナシアの過剰なスキンシップの被害を受けている彼女らしい発言だ。


「【便利屋】が何の用だよ? 匂いがどうだとか、乳繰り合いたいならテメェらのところでよろしくやってろよ?」


 長身の男が苛立った様子でスヴェンに迫る。鋭い眼光でスヴェンのことを見下ろす構図が出来上がる。


「棄獣狩りの癖に相変わらず雑用をしているのですか?」


 被せるようにして投げ掛けられた痩せ型の男の問いには、明確な見下しが込められていた。


「南の棄獣掃討作戦の準備でどこの事務所も忙しいというのに、暇そうで羨ましいですよ」


 そう言って、隠そうともせずに嘲笑う二人組。彼ら棄獣狩りがスヴェンたちのことを【便利屋】と罵るのも今に始まったことではない。

 ならず者が多い棄獣狩りだからこそ面子を重視する。まるで縋るかのように棄獣狩りであることを殊更に吹いて回るのだ。当然、彼らが引き受ける仕事と言えば棄獣に関わるものばかり。


 ――棄獣狩りは棄獣だけ狩っていれば良い。


 それが彼らの主張である。だが、棄獣狩りが棄獣狩り以外のことをしてはならないと禁止されているわけでもない。他所は他所という考えのもとスヴェンは無視を選択。正確には、まともな依頼がなく、食うに困ったための選択でしかないが。

 結果、狭い業界で爪弾きになったことは否めない。

 二人組の嘲笑を、しかしスヴェンは肩を竦めて応じる。


「随分と言葉を重ねるじゃないか? いつから棄獣狩りは腕じゃなくて口で競うようになったんだ?」


「……理術を使えない能無しがほざくじゃねぇか」


 額に青筋を浮かべた長身の男から闘気が立ち昇る。すぅっと細められた目には冷たく鋭い殺意。並の者なら、漏れ出すその圧力だけで竦んでしまうだろう。


「オレ様たちをカルバハル事務所のゲルナとパイーニと知っての侮辱ってことで良いんだよな?」


 自らをゲルナと名乗った長身の男が威圧するようにゆっくりと問い掛けた。

 カルバハル事務所は、棄獣狩り事務所の中でも大手に位置している。そこのゲルナとパイーニと言えば隊長と副隊長だったはずだ。その実力は折り紙付きである。


「棄獣狩り同士のいざこざなんて珍しくもねぇ。死んでも後悔するなよ?」


 ゲルナが目をカッと見開いた瞬間、スヴェンは咄嗟にゲルナの左手側へと斜めに踏み込む。直後、先ほどまでスヴェンが立っていた空間を猛烈な水流が通過していく。水流はそのまま通り過ぎ、後方の石壁へと到達、紙切れの如く縦に切断する。尋常ではない切れ味だ。直撃したらひとたまりもないだろう。


「ほう。オレ様の理術を能無し如きが躱すとはちったぁやるじゃねぇか。糞面白くもねぇ」


 不機嫌そうにペッと唾を吐いたゲルナが一歩踏み込と、スヴェンの足元から水柱が立ち上る。さすがにこれは躱せなかったのか、水流によって遥か上空へと吹き飛ばされるスヴェン。落下地点ではゲルナが具象化した大剣を構えている。


「だが、所詮は能無し! 真っ二つになって詫びやがれ!」


 理力によって強化されたゲルナの膂力から繰り出される必殺の一撃。

 しかし、スヴェンは振られた大剣の腹に手を当てると、そこを起点に空中で身を翻す。

 虚しく空を切る大剣。

 一瞬驚きの表情を浮かべるゲルナだが、そこはさすが隊長格といったところか。すぐさま着地の隙を狙い、返す刃が再びスヴェンを襲う。

 これをスヴェンは【まほろば】と【イニシャライザ】を交差させてどうにか受けるが、勢いまでは消し切れず、ずざざと後退させられる。そして、その隙を見逃すゲルナではない。


「おらおらおらぁ! さっきまでの威勢はどうしたんだよっ!?」


 空いた距離を即座に詰めるゲルナ。その勢いのまま長重な大剣を軽々と振るう。


 ――理力による肉体強化だ。


 通常時と比べ飛躍的な身体能力の向上を可能にするそれは、前衛職では特に重視される力だ。

 しかしながら、理術を使えないスヴェンは、当然その恩恵に与かれない。遠隔理術を使えないだけでなく、近接戦においても理術を使えないことは致命的な欠点になるのである。

 そして、ゲルナが隊長たる所以は他にもある。

 動作の一つ一つは確かに大きい。しかし、隙があるように見えて、その実完璧な間合い管理なのである。下手に踏み込もうものならば、理術による手痛いお仕置きが待っている。

 距離を取ろうものならば理術による激しい追撃。粗暴な振る舞いとは裏腹に、遠近両方に柔軟に対応できる戦巧者らしい。どうやら肩書きや口だけの男ではないようだ。


「弱い! 弱すぎるぜ! 少しは抵抗してみせろよ! なぁ!? おいっ!!」


「…………」


 ひたすら受けに回るスヴェン。戦況は一方的と言わざるを得ない。剣の腕というよりも理術の有無がこれほどの差を生んでいる。


「随分と薄情なお仲間のようですね?」


 助け舟を出そうとしないヴァルダたちを見てパイーニが笑う。


「かつては凄腕の理術者だったらしいですが、今となっては牙を抜かれた腑抜けですか?」


 槍玉に挙げられたヴァルダは目を瞑り、ヒラヒラと手を振るばかりである。どうあっても助けに入るつもりはないらしい。


「理術を使えないってのは不便だよなぁ? そこらのガキですら使えるって言うのによ! 理術が使えないのなんてお前だけじゃねーのか?」


「かもな。よく言われる」


「ケッ。雑魚の癖にオレ様に盾突いたこと――後悔しながら死ねっ!!」


 ゲルナが勝利を確信した笑みを浮かべた瞬間だった。


「――【戦術支援システム】起動」

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