こんにちはマレニア
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パルテミシア大森林を出てから丁度十日目。
スヴェンとリコフォスは、ようやく目的地であるマレニア聖公国へと辿り着いた。
「遠すぎだってーの……」
走り兎の御者台から降りたリコフォスが、グッタリとした様子で呟いた。
覇気はなく、消耗しているのが見て取れる。
いくら神とはいえ、常に顕現していると人同様に疲れるのだろう。
しかも、マレニアに来るまでの道中、旅の途中に点在する村や町で補給はしていたものの、基本的には走り兎での移動詰めだった。独特の衝撃と振動に慣れていない者にとっては、なかなかに堪えるはずだ。
「どうして理力車を使わなかったんだしぃ……」
「運転できる奴がいない」
責めるような語調にあっさりと応じるスヴェン。
理力車とは、運転手の理力を動力源として走行する六輪駆動の車のことである。
走り兎と違って乗り心地は快適。それでいて、走り兎ほどではないが、速度も期待できる。
ただ、運転手の理力がいつまでも持つわけがなく、通常は何人かが交代で運転する。
それ故に、他の移動手段に比べてかなり割高に設定されている。
他の者たちとの乗り合いという手もあることにはあるが、除外した。
万が一身元がバレたら事だからだ。
「そんなの、雇えば良かったじゃん!」
「高過ぎる。それとも、リコフォスが出してくれるのか?」
「金なんて、教会の奴らから――」
「――それは信徒の金であり、リコフォスのものじゃない」
「何でよ! この私こそがリコフォス教の主神だってーの!!」
止むことのない文句を無視して、走り兎を大門近くの兎舎に預ける。
荷物を背負い、周囲を観察しながら歩みを進める。
「町並みはフォスフォラと似ているな」
規則正しい建物の配置。宗教色の強い装飾。道は舗装され、ゴミ一つ見かけない。
神か精霊か、信仰の対象は違えど、本質的には似通っていることの現れなのかもしれない。
「フォスフォラの方が近代的だしぃ」
何やらリコフォスが少しばかりムッとしたように応じる。
「意外だな。てっきり、フォスフォラには愛着の欠片もないと思っていた」
「比較の問題だってーの!」
「精霊信仰の影響下では、技術の発展は疎まれがちだからな。それに、フォスフォラは世界でも屈指の近代国家であるルグリカの首都だ。宗教発はマレニアも同じだが、ルグリカは敵性国家にして大国であるランキッサと国境を挟んでいる。その違いはあまりに大きい。信心と現実に苛まれた結果は明白だな」
「その点、ここマレニアは平和ボケしすぎでしょ」
「平和ボケ?」
「だって、棄獣狩りすらいないって言うじゃん?」
「あぁ、それはアレだな。隣に鋼鉄都市リポリードがあるからだな。あそこが前線となって棄獣を抑えている。冗談のつもりか、マレニアに棄獣が現れるときは、リポリードが落ちたときだなんて言われているくらいだ」
「国の存亡を他国に委ねるなんて正気とは思えないってーの……」
「そうか? 怯えて暮らすより、棄獣なんて嘘だ、そんなものは存在しないと頭お花畑にできる方が、幸せっつーもんだろうさ。知らんけど」
「棄獣狩りのあんたが言うなってーの」
「そりゃそうだ」
《エニグマ》を操作して時刻を確認。昼を少し過ぎた辺りだ。夕刻あたりまでは時間を使えるだろう。
「ん?」
視線を感じて歩みを止める。
発信源を辿ると、初老の男が訝しむようにこちらを見ていた。
何か怪しまれるようなことをしただろうかと考え、男の目線が左腕に装着されている《エニグマ》に向けられていることに気付く。
重層世界がなくなったとはいえ、《エニグマ》の機能が完全に失われたわけではない。
装着している者の数は、以前に比べて減っているだろうが、珍しくもないはずだ。
しかし、実際には奇異の目を向けられている。
その事実が指しているものはそう多くない。
「《エニグマ》も歓迎されていないということか……」
「いきなり何だってーの?」
「《エニグマ》自体は、直接理術と関係があるわけじゃないが、最新技術ってのは往々にして古い者たちに毛嫌いされる傾向にあるんだなと」
「そんなもんでしょ。人がよくわからないものを嫌煙するのなんて、別に今に始まったことじゃないしぃ」
「リコフォスが言うと説得力があるな」
「何それ、年寄って言いたいわけ?」
「とんでもない。ただ、含蓄に富んでいるなってだけで」
「なんかこう、そこはかとなく釈然としないんだけど……」
「そういうときは気の所為だと相場が決まっている。長いこと生きている割には知らないのか?」
「やっぱり年寄扱いじゃない! ぶっ殺だってーの!!」
見た目こそ年頃の少女だが、実際にはアウラ同様この世界が誕生した頃から生きている。
やはり、先人には敬意を持って接するのがあるべき姿というものだ。
決して年寄扱いしているわけではない。
「さてさて。まずは聞き込みだ。情報が欲しい」
「余所者に教えてくれるとは思えないってーの」
「そこは美麗にして秀麗な女神様の色仕掛けに期待」
「事実だけどあんたに言われると腹立つしぃ! 死ね!」
ペッと唾を吐き捨ててリコフォスが去っていく。
彼女のことだ、一人で行動させても危険はないだろう。
むしろ、彼女に関わる者たちの身を案じた方が良いくらいだ。
それよりも、彼女が暴走しないか、そこだけが心配だ。
プライドが高く、俗世に疎い光の女神様は何を仕出かすか予測できない。
「とはいえ、従僕のように付き添うわけにもいかないからな」
不安に思うくらいなら一緒に行動すべきだろうかとも考えた。
しかし、その案に関しては、既に却下している。
時間は有限。何より、ずっと彼女と行動を共にしなければならないという制約ができてしまう。それは避けたいところだ。
「さてさて。俺も動くとしますか」
一抹の不安を無視して、行動を開始するのだった。
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