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リコフォス その3

   ■■■


 そして、今に至るというわけである。

 リコフォスとの邂逅時点まで記憶を遡ってみたが、成果らしい成果はない。

 結局、彼女がどうして横に並んで座るかは、これから確認していくしかないようだ。


「アウラとは仲が悪いのか?」


「キモ。二度と話し掛けんなってーの」


 とりあえずで話を振ってみたが、バッサリと断ち切られてしまう。取り付く島もない。

 しかし、彼女の反応は想定内。めげずに話し掛け続ける。


「冗談を言えだの、話し掛けるなだの、注文が多いな?」


「この私に口答えするとは良い度胸じゃん」


 挑発的な視線をリコフォスが向けてくる。

どうやら、立場の違いをはっきりとさせたいらしい。


「人と神だからか?」


「ふん。それ以外にあるかってーの」


「敬意を表しろってか? 馬鹿馬鹿しい。信仰心の欠片もない奴に求める内容じゃねーな」


「求めているんじゃないってーの。強制しているんだってーの」


 威圧するかのようにリコフォスの存在感が増す。


「勘違いしているみたいだから教えてあげるけど、お姉さまたってのお願いだったから付いていってあげてるだけだってーの。じゃなかったら、あんたみたいなのと行動を共にするわけないしぃ」


「だったら、今すぐ降りるか? 元より、俺は一人でも動くつもりだった。ここまで付いてきてくれただけで十分だ」


「そんなことしたらお姉さまに何て言われるか……」


「アウラに申し開きが立たないか? なら、俺から上手く言っといてやる」


「阿呆くさ。そんなんで納得するお姉さまじゃないってーの」


「だな」


 わかっていたとばかりに即答するスヴェン。

すると、リコフォスからジトリとした視線を向けられる。


「…………性格悪」


 はぁぁ、とリコフォスがわざと聞こえるように大きく息を吐いた。


「どうしてこんな奴とお姉さまが……」


「本当にお姉さま、お姉さま、お姉さまだな」


「何よ? 文句あんのかってーの?」


「別に。相当に好きなんだなと思ってな」


「当然だってーの! お姉さまは世界で一番美しくって、凛々しくって、そんでもってすっごく強いんだから!!」


 リコフォスが興奮したかのように鼻息を荒くする。

 そんな彼女を見て、スヴェンはトーリンデルス王国でのことをふと思い出した。

 復讐に命を賭した少女。彼女も時折興奮した様子で話していた。

 結局、彼女は目的を果たせず、生き恥を晒すことになった。そして、彼女の企みを暴き、阻止したのは自分である。

 澄み渡る青空を見上げる。

 果たして、彼女はその後どうしているだろうか。

 どういう思いで生きているのだろうか。

 或いは、既に生きることを放棄したのだろうか。

 視線を正面に戻し、絡み付くような思考を振り払う。

 考えても仕方のないことだ。本人が向き合うしかない。

 それでも、ふとした瞬間に考えてしまう。

 英雄にしてしまった『彼女』のことも――。


「――ちょっと! 聞いてんの!?」


 怒ったように顔を寄せてくるリコフォスによって現実に引き戻される。


「悪い悪い。少し、いやかなり引いてた」


「はぁ!? 何でだってーの!?」


「だって、その愛しのお姉さまには嫌われているんだろ? 何なら憎まれる勢いで」


「それは……」


「何であいつはリコフォスを目の敵みたいにしているんだろうな?」


「そりゃあ、重層世界の住人たちに捕まって、お姉さまの肉体を破壊することに加担しちゃったから……」


「ふむ……」


「何か言いたげじゃん?」


「いや、それだけなのかと思ってな」


「世界を滅亡に追い込みかけたことを『それだけ』って……まぁ、私が言えたことじゃないけど」


「そうじゃない。アウラがリコフォスのことを嫌っていたのは、例の一件の前からだろう?」


「うっ……その通りだけど……」


「ってことは、さっきのリコフォスが言っていたことだけじゃ不足しているってことになる」


「そ、そんなこと言われても知らないってーの!!」


 顔を逸らすリコフォス。これ以上は触れられたくないらしい。


「ていうか、マレニアに着いたらどうするつもりだってーの?」


 あからさまな話題転換だが、疑問自体はごもっともだ。


「閉鎖的な国だが、外と交流が全くないわけじゃない。偽造身分証を使って中に入る」


 ちなみに、偽の身分証はリコフォスに頼んで教徒に作らせたものである。改めて、世界中のどこにでもいると言われるリコフォス教徒の力を思い知らされた。


「問題は入った後だってーの」


「まずは時間を区切って情報を収集する。博士の為人を知りたい。予定時間になったら待ち合わせ場所に集合。その後、持ち帰った情報を共有しながら博士の研究所に向かう」


「研究所に行ってどうすんだしぃ?」


「――助手になる」


「…………はぁ?」


 たっぷりと時間を掛けた後にリコフォスが聞き返してきた。


「鏡はいるか?」


 目を見開き、あんぐりと口を開けっ放しにしているリコフォスに尋ねる。


「どうしてよ?」


「とんでもない間抜け面を晒しているから」


「いらないってーの!」


「痛っ!?」


 ただの冗談のつもりだったが、割と強く肩を叩かれてしまう。

 スヴェンは鈍痛に顔を歪めながら話を本筋に戻すことにした。


「幸い、博士の論文は前に読んだことがある。多少は理解しているつもりだ」


「いやいや、あんた馬鹿かってーの!」


何故なにゆえ?」


「博士は狙われているって噂されているんでしょ? そんな時に助手って怪しすぎだってーの! それに、論文読んだからって助手なんてできるわけないってーの! ボロが出て終わりだしぃ」


「なら、他に方法はあるか?」


「それは……」


「博士の身を護るなら、ある程度近付く必要がある。外から監視つったって、余所者が目立たずに監視なんて続けられるはずないしな」


「それでも、助手なんて絶対に無理だってーの!」


「だが、他の方法に比べればまだマシだ。無理だろうが何だろうが、他に手段がないならやるしかねーんだよ」


「根性論? 阿呆の極みだってーの!」


「なら、代案を提示できないのは阿呆未満ってことになるな」


「私が提示する義理はないってーの」


「その口振りだと、少なくとも他の手立てを思いついてはいるってことになるが?」


「と、当然だしぃ!?」


 上擦った声を上げるリコフォス。訝しむスヴェンに真っ直ぐに見つめられ、罰悪そうに眼を逸らしてしまう。それを見てスヴェンは小さく嘆息。


「わかりやすい嘘を吐くくらいなら、最初から吐かなきゃ良いのに……」


「う、嘘なんかじゃないってーの!」


「はいはい」


「ちょ、信じてないでしょ!?」


「信じてる、信じてる。超信じてる」


「信仰心の欠片もない奴が言っても説得力皆無だってーの!!」


「おお、よくわかってんじゃねーか」


「こんのっ……!!」


 拳を握り締めるリコフォス。おちょくられていることに気付いたようだ。


「あんたは良くても私はどうするんだってーの。研究なんて微塵も知らないしぃ」


「俺が教えるから覚えろ」


「人如きがこの私に向かって命令するつもり?」


「何だ、出来ないのか? お偉い神様には難しかったか?」


 煽るようにスヴェンが尋ねると、リコフォスが握り拳をつくり、殺意の込められた視線を寄越してくる。


「……この件が終わったら覚悟しとけってーの」


「おぉ、怖い怖い。今から実に楽しみだ」


 スヴェンは仰々しく肩を竦めてみせるのだった。

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