リコフォス その2
話を変えるためだろうか、アウラがリコフォスへと話を振る。
「特にこれといったのは決まっていないけど……そうだ! 折角だし、お姉さまの傍に――」
「絶対に無理」
「えぇぇぇ!?!?」
「主神がどっか行ったら教会の奴らが困るんじゃあねぇのかぁ?」
「関係ないってーの。教会とか興味ないしぃ。てかてか、私があいつらに操られていたことの証みたいで超腹立つしぃ!!」
リコフォスにとっては、重層世界の住人たちに好き勝手された象徴のようなものだ。
事あるごとに悔恨の証を見せつけられるというのは堪えるだろう。
「あー、思い出したらムカムカしてきた。教会も国も、跡形もなくぶっ壊してやるってーの」
「物騒っすね……」
「どうせ私が創ったことになっているんだしぃ。壊しても良いっしょ!」
「良くないから」
「痛っっっ!!」
再度アウラの手刀がリコフォスの頭頂部に突き刺さる。
「国も教会も既にあるものとして根付いているんだから、今更壊せないでしょうが、馬鹿!」
「だってぇ……」
「はぁぁ。都合悪くなると、すぐに誰かの所為にしたり、目を背けたりする癖、治っていないようね……」
「だって、だって、私悪くないもん!」
「仮にそうだとして、全部壊してなかったことになんてなるわけないでしょうが!」
「まぁまぁ。お互い言いたいこともあるだろうが、一旦脇に置いて……リコフォスが来たのは、他にも理由があるんじゃないか?」
「本っっっ当に腹立つ奴! その見透かしたみたいな物言い、超生意気!!」
「やっぱり別に目的があったか……」
「なっ! 誘導尋問とは卑怯な! これが人のやることかってーの!」
歯噛みしながら小さな手で地面を何度も叩いている。スヴェンとしては特に引っ掛けているつもりはなかった。結果的にそうなってしまっただけに過ぎない。
とは言え、だ。
いくら何でも無警戒過ぎやしないだろうか。
時折放たれる存在感はまさしく神に相応しいものだが、何というか、威厳がないのである。
外見とかそういった類の問題ではない。そこはかとなくポンコツ臭が漂っているのだ。
「どうしてリコフォスが標的にされたのか、理由がわかったような気がする……」
スヴェンがガクリと項垂れると、アウラが「ね?」と目で伝えてくる。
「それで、他の理由って何すか?」
リーナシアの問いにリコフォスが腕を組んで応じる。
「重層世界が消えたこと自体は清々するけど、でも、皆困っているのも事実っしょ?」
「まぁ、実際そうっすね……」
「重層世界と通信していたありとあらゆるものが使えなくなったわけだからなぁ。大混乱ってもんじゃぁねぇ状態だわなぁ」
「その重層世界に代わる技術を研究している奴がいるとしたら?」
「まぁ、こんな状況だ。誰かしらはいるだろうとは思っていたが……」
スヴェンは『プロト・グラディウス』の柄に腕を預けながら考え込む。
気にすべきは、研究の存在ではない。わざわざリコフォスが伝えに来たという点だ。
何か重大なことがあったのだろう。問題は、それが何かということだ。
「その研究とやらに進展があったのか?」
「それが、実用的な方法が見つかったらしいんだけど……」
「けど?」
「どうにも、その研究している奴が、やばそうな連中に目を付けられているって噂」
「今後の利権に関わるかもしれないことを考えると、何もおかしな話じゃないな。てか、そんな重要な情報どうやって掴んだんだよ?」
「そりゃあ、華麗にして美麗なこの私だしぃ? ちょちょいのちょいだってーの!」
「世界中にリコフォス教徒はいる。大方、その誰かからの口コミがリコフォスの耳にも入ったといったところか」
「わかってんなら初めから聞くなってーの!」
「事実足り得ない推測は思い込みでしかない。つまらない先入観を捨てるための儀式だ」
罠に嵌めようとしている様子はない。というより、賢く立ち回れるようには思えない。
何より、馬鹿馬鹿しいと切って捨てるには、リコフォスの存在はあまりに大きい。
総合すると、彼女が持ってきた情報の信憑性は高いということか。
「……で、その情報を俺たちに知らせて何がしたかったんだ?」
「別にぃ。ただあんたらが欲しいんじゃないかと思ったから教えてあげたってだけだってーの」
どうやら、これもリコフォスなりの贖罪のつもりらしい。素直じゃない神ばかりだ。
「ただ、教えるか悩んだんだけどね」
「何でよ?」
「その研究者の居場所が、ね……」
言葉尻を濁すリコフォス。どうやら、不都合な情報が付随しているらしい。
「まさか、ランキッサ帝国とか言わないっすよね?」
「とんでもない。むしろ、そっちの方が幾分と楽だったってーの」
「焦らさないでさっさと教えなさい!」
「お姉さまったら、せっかちだしぃ」
まぁ良いけど、と続けるリコフォス。
「――マレニア聖公国、って言えば伝わる?」
告げられた国の名前を聞いてスヴェンは頭を抱えた。
「未だに精霊信仰が残っているあそこか……」
「反理術主義者たちの巣窟じゃねぇかぁ」
ヴァルダも「あちゃー」と白髪の混じった髪をクシャクシャと掻いている。
「精霊信仰? 何ですか、それ?」
ララーナが不思議そうに小首を傾げている。
「確か、今ほど理術が流行っていなかった時代に人々の間で主流だった別体系の技術だとか、そんな感じだったはずだ」
「技術、ですか?」
「正確には、精霊と通じ、そいつらの力を借りるってもんだな。今じゃ、とんと見掛けないが、昔は身近な存在だったらしい」
「それって、大いなる神々とは何が違うのですか?」
「さて、どうなんだろうな?」
スヴェンは神たるアウラとリコフォスに視線を向ける。
「うーん。説明しようにも難しいわね。精霊たちって気付いたらいるし、どうにも捉えどころがないのよね」
「存在が希薄な癖に、無駄に力はあって腹立つ奴らだってーの」
「とまぁ、要領を得ない奴らってことだ。だが、人々にとっては欠かせない存在だった。精霊信仰なるものが出来上がる程度には、な」
しかし、理術の台頭や技術の成熟に伴う近代化により、精霊信仰は急速に廃れることとなる。
今となっては、マレニア聖公国のように極々限られた地域を除き、見かけることさえ稀だ。
理術が、生活を支えてくれた精霊たちを裏切り、追い出した――精霊信仰が反理術主義と同義になった経緯である。
「俺が言うのもおかしな話だが、理術を使えない奴なんて今時ほぼいない。そして、理術を使える奴は、精霊信仰が篤い地域では異端とされている」
「つまり、余所者が気軽に観光できる場所じゃないってことだぁ」
「そして、その筆頭がマレニア聖公国だ」
外界との交易が少なく、ルグリカよりもずっと閉じられた環境。
余所者は目立ちやすく、何をするにしても人々の目があるという。
「だから、厄介、なのですね……」
「じゃが、そなたには関係がない話じゃろう? よもや、助けに行くなどと言うつもりじゃなかろうな?」
エルザの鋭い問いが突き付けられる。
予想はしていたが、やはり思慮に長けている彼女は見逃してくれなかった。
「…………」
スヴェンが無言を貫くと、一瞬にして不穏な空気が室内を満たす。
「……一人で行くつもりなのね?」
「俺の我儘に付き合わせるわけにはいかないからな」
スヴェンが肩を竦めるのと同時だった。
――バチン。
無言で近寄ってきたアウラに不意に頬を叩かれる。
思わずよろけてしまうほど、鋭くて重い一撃だった。
「自惚れるんじゃないわよっ!」
森中に響き渡りそうな怒声が空気を打った。
あまりの声量にビリビリと窓ガラスが振動している。
「トーリンデルス王国で死に掛けたこと、忘れたとは言わせないわよっ!!」
「あれは、ちゃんと想定通り――」
「――自分の命を天秤に載せるなんて、ギャンブルですらないわっ!!」
にべもない強い語調。実際、どう言い繕ったとしても反論の余地がない。
「呆れたわ。まさか、同じ轍を敢えて踏もうとしている馬鹿だとは思わなかったもの!」
「酷い言われ様だな」
「酷いのはどっちよ!? スヴェンが王国から帰ってきたときのリーナシアの姿、忘れたの!? どれだけ皆が心配していたか……わかったんじゃなかったの!?」
「わかったさ。痛感したとも……」
だからと言って、ただ指を咥えて成り行きを見守ることなどできようはずもない。
「ケジメは着ける。世界を大混乱に陥れてでも重層世界を消すと決めた代償だ」
「だから、それが違うって言ってんのよ!! このわからず屋!!」
「何が違うってんだよ?」
「重層世界を消した張本人は私よ! どうして私を使わないの!? ヴァルダもリーナシアもあなたを見捨てたりなんてしないのに、どうして外に置こうとするのよ!!」
「先に言ったはずだ。俺の我儘に付き合わせるわけにはいかないってな」
「なら、私だって勝手にあなたについて行くわ!」
「駄目だ。俺は御覧の通り多少見た目を変えられる」
スヴェンの髪と瞳が鮮やかな金髪へと変じる。それだけで印象がガラリと変わる。
「私だって、肉体を取り戻して本来の見た目に戻ったわ! 他の皆だって変装すれば――」
「――理術を使ったらどうなる? お前やヴァルダは一発でバレるぞ?」
「それは……」
「ベルリアは暗部出身だが、処理を主とした戦闘特化型だ。そもそも、気質が潜入に向いていない。リーナシアについても同じだ」
「でしたら、私やミリアーナさんは如何でしょうか?」
「ララーナの申し出はありがたいが、ロロリト族は見つかったときのリスクが高すぎる。それこそ、俺の我儘に突き合わせるわけにはいかない」
消去法で考えていくと、ある程度自由に動けるのはスヴェンくらいしかいないのである。
「それに、トーリンデルスの一件で、俺は死んだことになっている。警戒も緩くなっているだろう。いざとなったらイベリスの姿を借りるという手もある」
「「「「…………」」」」
沈黙。
皆が納得したからではない。むしろ、その逆だ。各々、眉間を寄せ、苦々しい表情をしている。しかしながら、反論するには代案がないといったところか。
「話は終わりだ。明日、出発――」
「――いいえ」
スヴェンが話を切り上げようとしたところで、アウラがフルフルと首を横に振った。
「一人だけいるわ」
「……ほぅ?」
「――リコフォスよ」
「「…………え?」」
スヴェンとリコフォスが同時に間の抜けた声を漏らした。
「あんたなら顔は割れていないし、それに金髪だし。顔は全く似てないけど、兄妹とかそれっぽいこと言っとけば、多少誤魔化せるでしょ?」
「絶対にご免だってーの! どうしてこの私がこんな奴と一緒にマレニアくんだりまで行かなきゃいけないのよ! それに兄妹ぃ? いくらお姉さまとはいえ、冗談が過ぎるってーの!」
「うっさい! 経緯がどうであれ、駄々捏ねている暇あるなら、自分の仕出かしたことに報いてみたらどうなのよ!? スヴェンを見習いなさい!!」
「どうして始祖の一翼たるこの私が、人間如きを見習わなきゃならないってーの!!」
「その人間如きにすら及んでいないことをまずは理解するべきね。話はそこからだわ」
「ええと……結局、リコフォスを連れていくで良いか?」
「あなた一人じゃ行かせないから! 何があってもよ!! その代わり、この子はこき使って良いから。何を言われようと私が許すわ」
「はぁぁ!? ついていくだけじゃなくて、命令を聞けって言うの!? この私が!?」
「当たり前でしょうが! 少しはその性根を叩き直してもらいなさい!!」
「そんなぁ……」
肩を落とし、げんなりとした表情を浮かべるリコフォス。アウラの剣幕に逆らえないことを察したのだろうが、余程スヴェンと行動を共にするのが嫌なのだろう。
しかし、それはスヴェンとしても同じだ。むしろ、リコフォスには何もしないでいて欲しいくらいである。
相手は尊大な神様だ。何をするか予想もつかない。
性根を叩き直すどころか、触れぬが吉だ。
下手に掻き回されるより、置物でいてくれた方が助かるというものである。
ただ、この場は大人しくアウラの言うことを聞いておいた方が賢明だろう。
「良し! そうと決まれば、早速準備に取り掛かるか!」
出発する前から多難であることが確定。それでも、一歩前に進んだことは間違いない。
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