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リコフォス その1

   ■■■


 エルザの館へと移動してきたスヴェンの周囲には人だかりができていた。

 館の主人であり、里の長であるエルザまでもが広間へと顔を出している。


「――それで、どうしてあんたがここにいるのかしら?」


 口火を切ったのはアウラだ。

 責めるような強い口調。相手は当然リコフォスである。


「ええと……たまたま近くを通り掛かったらお姉さまの気配がしたから――ついっ!!」


 アウラの前で正座をさせられているリコフォスが小首を傾げ、ペロリと舌を出す。


「「「…………」」」


 取って付けたようなあざとい仕草。

 リコフォスの発言が嘘であることは、誰の目から見ても明らか。

 あからさますぎて、ヴァルダやリーナシアは勿論、エルザやララーナまでも言葉を失っている。

 何より、唐突に現れた少女が、かの有名な光の女神ということが大きいか。

 萎縮しているというより、懐疑の色の方が強いのだろう。


「ええと……このチンチクリンがあの女神リコフォスっすか……?」


「何、この無礼な雌猫は? 死を以て礼儀というのを教えて――」


 リコフォスからすうぅっと闘気が立ち昇った瞬間、彼女の脳天にアウラの手刀が振り下ろされる。


「――ミギャッ!」


 頭頂部を押さえる少女の代わりにアウラが力なく頷く。


「ったく。残念ながら、その通りよ」


 炎の女神たるアウラが認める、それ即ち少女が光の女神で間違いないということだ。


「嬢ちゃんよりもちんまくて生意気とはなぁ」


「嬢ちゃんって言うな」


「熱ィィ!!」


 アウラの理術によりヴァルダの髪がチリッと燃える。

 本来の肉体を取り戻した彼女は、外見の年齢だけで言えば、スヴェンとさほど変わらない。

 要は、立派な大人の女性だ。

 それでもヴァルダは未だに「嬢ちゃん」呼びを変えようとしない。

 それが彼なりの接し方なのだろう。神ではなく、あくまで仲間としての、だ。


「――で? かの光の女神様が何の用だ? まさか物見遊山ってわけじゃないだろう?」


 相変わらずのやり取りをしている二人からリコフォスへと視線を戻すスヴェン。


「ふん。別に大した理由なんかないってーの!」


 ベーと舌を出すリコフォス。そうしていると、本当に駄々を捏ねる子どものように見える。


「ただまぁ、ちょっとだけ、ほんの少しだけ様子を見に来ただけだってーの」


「様子を? なぜ?」


 いまいち要領を得ない返答に首を傾げるスヴェン。


「その……多少なりとも迷惑を掛けただろうから……一応ね! 一応!!」


「ええと……つまり罪悪感を抱いたと……?」


 予想外の反応。

 アウラから聞いていた話だと、尊大な神らしく傲慢な存在だとか。

 しかし、姿を現したリコフォスは随分と殊勝ではないか。

 それほど、先の事件が堪えたということだろうか。


「う、うっさい! そんなんじゃないし! 勘違いすんなってーの!!」


 リコフォスが口を尖らせ、ムキになって否定してくる。

 図星を突かれたことを隠すためだろうか。その振る舞いこそが裏付けているようなものだ。


「これじゃ、何て謝ろうかって考えていたのが馬鹿みたい……あ」


 失言を察したのだろう。一瞬にしてリコフォスの顔が真っ赤になる。


「ああもう! 今のナシ! 違うから! 忘れろってーの!」


 恥ずかしいのか、悔しいのか、リコフォスは頬をパンパンに膨らませている。

 もしかしたら、彼女自身は存外に悪い奴ではないのかもしれない。

 しかし、だ。彼女の名の下に数多の人道に悖る行為が繰り返されてきたのは事実。

 教会から迫害されてきたエルザたちからしたら複雑な心境のはずだ。

 実際、先ほどからエルザからは剣呑な気配が漂っている。


「口振りから察するに、重層世界の住人の傀儡になっている間、意識があったのか?」


「朧気だけどね。あいつら私の体を弄びやがって……」


 怨嗟の声と同時に空気が張り詰める。あまりのプレッシャーに歴戦のヴァルダでさえも息を呑んでいる。やはり、外見はどうであれ神は神ということか。


「謝るつったって、別に光の女神様の所為じゃないんだろう?」


「リコフォスで良いってーの。特別にだけど!」


「それじゃ、リコフォスで。リコフォスの所為だとするのは、聊か乱暴に過ぎるのも事実だ。アウラでも同じ事態になっていた可能性はあったわけだしな」


「私はそんなヘマしないわよ。一緒にしないでもらえるかしら?」


「妹だってぇのに随分と容赦ねぇじゃねぇかぁ?」


「身内だからこそ、よ。憎さ億倍って感じね」


 アウラの冷たい視線が向けられ、「ヒィッ」と短い悲鳴を上げるリコフォス。

 随分と委縮しているらしい。ただ、事の発端は、重層世界の住人たちにある。


「たまたま標的にされたのが、リコフォスだったというだけで、責められるべきは重層世界の住人たちだ。リコフォスに同情するつもりは微塵もないが、運がなかったなとは思うぞ?」


「な、何よ! そんなこと言われたって全然! これっぽっちも! 嬉しくもないし、慰めにもならないってーの!!」


「はぁ」


 曖昧に頷くスヴェン。

 本人がそう言うのであれば、それはそれで構わないだろう。別に慰めたいわけでもない。


「でもまぁ、何もしないってのも気分悪いしぃ? これアゲル。ありがたく受け取れってーの」


 リコフォスが何やら理術を発動する。直後、空中に眩い光が出現し、凝縮されていく。やがて、拳大の球体となった光たちが彼女の周りにフヨフヨと漂う。

 次いで、彼女が細い指をついと動かすと、呼応するかのように光の球体たちがスヴェンに向かう。そして、球体たちがスヴェンを囲み終えると、ガラガラと一斉に落下。


「これは……?」


 スヴェンは床に転がる球体の一つを手に取り、クルクルと回してみる。スベスベとした手触りはまるでガラスのようだが、重さはずっとずっと軽い。《エニグマ》と同じくらいか、それ以下だろう。装飾の類は特に見られず、何に使うものか見当もつかない。

 試しにチョンと指先で触れてみると、柔らかい光が灯る。

 再度触れてみると、今度は明るさが強くなる。そして、ある程度明るくなった状態で触れると、今度は嘘のように光を失う。どうやって光っているのか原理はさっぱりわからないが、どうやら照明として使うもののようだ。


「こんな辛気臭いところに引き籠っていたら黴が生えるじゃんないかと思ってね。感謝しろってーの」


「明るさを変えられる光源か。確かに便利そうだ」


「光の女神たる私特性よ! しかも、太陽光に近い波長の光も出せるんだから! どう? 凄いでしょ?」


 フフン、と得意気に胸を張るリコフォス。その辺りの仕草は確かにアウラに似ているかもしれない。


「確かに凄いです! この森においてお日様の光は貴重ですからね」


「これなら畑を作ることも出来そうじゃの」


 しかし、とエルザの表情が険しいものへと転じる。


「妾たちが凄惨な仕打ちを受けたのは事実じゃ。これしきのことで許せようものか」


「あっそ。恨みたいなら勝手にすれば? 和解も馴れ合いも願い下げだしぃ」


「貴様……」


「落ち着けエルザ。ロロリト族の事情は理解しているつもりだが、感情をぶつけるだけじゃ何の解決にもならない」


 ロロリト族とリコフォス教会との問題は根深い。

 一朝一夕で片が付くような話ではないのだ。

 それどころか、解決するかも怪しい。

 ままならない感情をどう宥めるか、これはそういった類の問題だ。

 そして、おそらくだが、答えは出ない。

 世代交代を繰り返し、長い時間の果てに忘却される時が来るのを待つしかないのだろう。


「――それで、あんたはこれからどうするつもりなの?」

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