エルザの日常
エルザの一日は沐浴から始まる。
世話役に足の爪先から頭の天辺までされるがまま。もちろん、自分でやるからと抵抗したこともある。しかし、仕事を取らないでくれと世話役の一人に怒られて以来、任せることにしている。
全身をくまなく清められている間、特にやることもなく手持ち無沙汰になってしまう。仕方なく思考の海に沈むことにする。
棄獣蠢くパルテミシア大森林の奥まったところに里はある。
なぜ、そんな危険地帯に居を構えるか。
答えは単純にして明快。外界が脅威で満たされているからだ。稀有な身体的特性の所為で、ロロリト族は他種族から凄惨な迫害を受けてきた。里を築いた初代たちも命からがら逃げてきたという。
もちろん、森から出るという選択肢もあるにはあっただろう。しかし、外の者たちに見つかったら最後、散っていった同胞と同じ末路を辿るのは必至。だからといって、里の中が安全かと言えば、そんなことはまるでないというのが悩みの種である。
死を齎す恐怖の存在が、いつ里を襲うやも知れぬ日々。事実、これまでに何度も棄獣の襲撃を受け、その度に里を移転させている。
加えて、食糧の問題もある。少数とはいえ、里の者たちが食べていくには、棄獣が闊歩する森へと繰り出す必要がある。当然、散策部隊には精鋭を揃えているが、犠牲をゼロにすることはできない。一体、何度仲間が死の獣へと変じたことだろうか。
安寧などない。
安息などない。
退屈だと思う沐浴の時こそが、実は何にも代えがたいものなのかもしれない。
はぁぁ……。
つまらない結論につい溜息を吐いてしまう。すると、世話役が鏡越しに心配するような眼差しで見てきた。
失態である。長たる自分が里の者を不安にさせてどうするというのか。
「何でもない。気にするな」
「かしこまりました」
再び髪を洗われる。実に慣れた手付きだ。心地良い感触に浸っていると、
「良かったです……」
髪を洗っていた世話役の手がふいに止まる。
「何がじゃ?」
「近頃は随分と柔らかい雰囲気になられたので……」
「柔らかい? 妾が?」
「ええ。私がエルザ様のお世話を任されるようになってしばらく経ちますが、ずっと険しそうな表情をされておりましたので……」
「あぁ……」
言われて納得する。自分の判断一つで一族が滅ぶかもしれないのだ。さもありなんといったところだろう。
しかし、だ。何か思い当たるものはあっただろうか。考えてすぐに答えに辿り着く。
間違いなく『何か』はあった。それもとびっきりのが。
「確かに、あ奴らが来てからというもの、里全体が活気に満ちておる気がするのぅ」
以前は誰もが生きることに必死という様相だった。自分たちの置かれた状況を考えると仕方のない話だが、やはり里の長としては心苦しく感じていた。
ところが、だ。最近は里のあちこちで笑い声が聞こえるようになった。下ばかりを向いていた里の者たちが、顔を上げ、キラキラと目を輝かせるようになったのである。それが嬉しくもあり、少しばかり悔しく思ってみたりしてーー。
「ほんに困った者たちよのぅ……」
思わず苦笑する。
突然この死の森へ現れた彼らは、世界を救うために世界を敵に回すというとんでもない爆弾を抱えていた。
かと思えば、里の近くを闊歩する棄獣供を駆除し、平和を齎したりと、危険なのかそうでないのか、実に判断に困るところだ。
――まぁ、皆の反応を見ればわかることか。
重たい空気に包まれていた里の空気は、今や完全に別物と化している。それが答えだろう。
「問題は……」
彼らには、いや彼には絶対に解決しなければならない問題があるということだ。
■■■
里のはずれにある小さな湖。
エルザは久方ぶりにこの湖へと足を延ばしていた。ここは彼のお気に入りの場所であり、この時間ならばここにいるだろうと思ってのことだ。
畔に近づくと、案の定人影を見つける。大地に腰を下ろしながら、何やら作業をしている様子だ。
「――エルザか」
目当ての人物は振り返ることなく声を掛けてきた。まるで、誰が来るのかわかっていたかのような反応だ。いや、実際わかっていたのだろう。前に気配が読めるとか何とか言っていた気がする。
「今日も得物の手入れかぇ? 精が出るのぅ」
彼の周囲には数本の短剣に何やらよくわからない丸い塊がいくつか。その他にもあれこれと道具が地面の上に広げられている。
そして、今現在彼の手に収まっているのは細長い剣だ。確か、神器だったか。少し前に彼が里を離れた際に手に入れたと聞いている。手入れは不要と自分で言っておきながら、それでも念入りに状態を確かめているあたりかなり几帳面だ。
「まったく、あっちの精は絞られないと出ないくせに。のぅ、スヴェン?」
「うるせー」
冷やかすと、武骨な返事が飛んできた。相変わらずの素っ気ない態度に苦笑してしまう。
地面に腰を下ろし、背中を合わせる。じんわりと体温が伝わってくる。触れ合って改めて彼の背の大きさに気付く。
男の存在自体は知っている。過去にも、何度か里に迷い込む者はいた。ただ、その際の印象は、正直どれも良くなかった。
粗暴で粗野で。
下品で不潔で。
だからこそ、彼のような男は珍しかった。
ふと思いつき、悪戯心で体重を乗せて彼に凭れ掛かる。「むっ……」と不満気な反応が返ってくるが、しっかりと支えられる。悪くない感触だ。
「エルザこそこんなところに来るなんて珍しいじゃないか? 何かあったのか?」
「まぁのぅ。深刻な問題じゃ」
「棄獣……ではないな。これほど悠長に話してなんかいられないはずだからな」
「左様じゃ。しかし、由々しき事態であることに変わりはない」
「ほぅ。いつまでもガキっぽい見た目のことか? 諦めろ。それは誰にも解決できない問題だ。割り切りが肝心と伝えておく」
「戯け! 妾のことではないわ! そも、体のことはとっくの昔に諦めておるわ! むしろこれから成長していくのじゃ! 希望しかないわ!」
「じゃあ、何だってんだよ?」
「見てわからぬか!?」
「わからないから聞き返しているのがわからないのか?」
「ほんっっにそなたは小憎たらしいなっ!」
「ご機嫌取りはお天道様にもしたことがない性分でね」
ああ言えばこう言うとはこのことか。この里に初めて来たときからこれだ。遠慮も媚びも一切ない。ただただ失礼だ。しかし、彼のその歯に衣着せぬ物言いは不思議と悪くない。
「ええい! そなたが未だに誰一人として孕ませていないことを言っているのじゃ!」
「…………は?」
「『は?』じゃないわっ! そなたらがこの里に来てからどれくらい経つ!?」
「そうだな……ざっと四か月くらいか? 意外と経つなー」
「呑気に言うとる場合かっ!」
「そう言われてもなぁ……」
「これから毎晩襲っても良いのじゃぞ?」
「勘弁してくれ。カラッカラに干からびて死ぬなんて御免だ」
げんなりと表情をされてしまう。何がそんなに不満なのか。男冥利に尽きるのではないか。
「ふん。何度でも達せるように調教、もとい改造してやったというのに、情けないザマよのぅ?」
「こちとら好き好んで押し倒されているわけでもないのに、無茶言ってくれるじゃないか」
「贅沢者め。これほどの綺麗どころに求められることがどれだけの幸せか。世の男どもに殺されても文句を言えぬぞ!?」
「それはまぁ……お前たちの容姿が優れているのは認めるが……」
「それだけではなかろう! 妾たちの夜技はそこらの女どもとは比べ物にならぬはずじゃ!」
幾度絶頂へと至らせたか。どれだけ彼が我慢しようとも、ロロリトの手管の前では無意味というものだ。
「第一、そなたが本気で拒もうと思えばできるはずじゃ。どうあがいても、非力な妾たちでは、棄獣すら容易く狩るそなたを抑えられるはずがないからのぅ」
「それは……」
「何じゃ? 否定できるのかぇ? あれほど蕩けた情けない表情を晒しておきながら?」
「……いや、そうだな。その通りだよ。俺はお前たちを拒めない。そうできないように仕込まれたというのもあるが、それ以上に流されている自分がいるのも確かだ……」
「ようやっと認めたか」
実に素直ではない。それもまたこの青年の特徴の一つだ。
「別に認めていないわけではないが、やはり面と向かって肯定するには……」
「ふむ。まさか、この期に及んで恥ずかしいとは言わぬよな?」
「…………」
スヴェンが不機嫌そうに睨んでくる。いつも無表情なその顔は珍しく赤み掛かっている。
「くふふ。本当に恥ずかしがっているとはのぅ」
「うるせー」
「いや、すまぬすまぬ。怒るでない。その、あれじゃ。そんな初心な反応を見せられたら可愛すぎて悶えてしまうではないか」
「勝手にしろ」
「そうかそうか。口では嫌だの何だの言いつつも、実は求めて止まないか。憂い奴じゃのぅ~」
「すまない。やっぱり嘘。今すぐやめてくれ」
頭を下げるスヴェンに少しばかり心惜しく感じながらも手打ちとすることにした。
「真剣な話じゃ。妾たちが外の血を混ぜたいことは知っておろぅ?」
「理解はできる。だが、こればっかりはどうしようもないだろう? それこそ祈るのみだ」
「戯け。皮肉を言っている場合じゃなかろうて」
運命だとか、占いだとかの類を一切信じないのがスヴェンという青年である。祈りにどれほどの意味があるのか、わからないわけではないだろう。
「そうは言われても俺の管理下からは外れている」
「そうとも言えぬのではないかぇ?」
「……と言うと?」
「そなたがもっと積極的に妾たちを求めれば、少なからず試行回数は増えるじゃろう?」
「それはそうだが……」
歯切れの悪い返答。何に引っ掛かっているのか。
「何が不満じゃ? 妾たちでは満足できないかぇ?」
「そういう訳じゃ……」
「ならば、炎の女神様かぇ? それともあの猫耳娘かぇ?」
「――――っ!」
「ふん。前にも言うたが、ここは俗世とは異なる。そなたらの世界では番になるのが効率的なのかもしれぬが、妾たちからすれば一夫一妻など下らぬ」
「……規律或いは理性なくしてはただの獣だ」
「やはり下らぬな。取り繕っても本質は変わらない」
「子育てはどうなる? 子どもは親を選べない――」
「――それこそ問題ない。一人の子は里の子。外の世界よりも余程手厚いというものじゃ」
「む……」
「そもそもじゃ。子を生すのに、遠慮などできようものか。近くにいながら押し倒そうともしない者のことなどどうして考慮してやる必要がある?」
「別に、あいつらとはそういう関係じゃない。仲間だ」
「ならばどうして後ろめたさを感じておるのじゃ?」
「別に後ろめたいことはないが……」
「少なくとも、あの獣人の娘はそなたに気があるぞ?」
「んな阿呆な」
「ふん。どちらも中身は子どもか。恋など幻想よ」
「長年の経験則か?」
「一般論じゃ」
「いや、お前に一般論を説かれてもなぁ……」
「茶化すな。外の世界の方が酷いはずじゃ。好いた者がいながらにして別の者と体を重ねる。そこに理性があると、本当にそう思うかぇ?」
「わかっている。わかっているとも。違うんだ。俺がこだわってんのは、そこじゃないんだよ」
「ならば、何じゃ?」
「その……俺で良いのかという……そういうあれだよ……」
「はぁ?」
「俺は棄獣狩りだ。つい最近まで擬人呼ばわりされていたくらいの人でなしだ。そんな俺が、いや、そんな俺で良いのかと思っちまう」
「……はぁぁ。何じゃ、聞いて損したわ。何かと思えば、そんな青二才の鼻水垂れたような話だったとはのぅ」
「うるせー。俺だって恥ずかしいんだよ! だけどな、冗談でも何でもないんだよ。俺がお前らに求められるのだって、単にそこにいたのが俺だったというだけに過ぎない。別の誰かでも同じ結果になっていたはずだ」
「そうかもしれぬのぅ」
「そうだろ――」
「じゃが、妾たちの前におるのはスヴェン、そなたじゃ。他の誰でもない」
「――――っ!!」
「悲しくなる。そんなたらればを論じて欲しくなどない」
怒りではない。落胆でも幻滅でもない。ただ、そう悲しいのだ。擦り切れそうに渇くのだ。
「妾たちの前に現れたのはそなたじゃ。世界を救うとか底抜けに間抜けな発言をして、しかもやり遂げた特大の戯けはそなたじゃ。里の空気は以前に比べて確実に良くなっておる。作り出したのはそなたじゃ」
「別に俺だけが頑張った訳でもないが……」
「じゃが、中心におったのは間違いなくそなたじゃ。嘘偽りと思うなら仲間に聞いてみるが良い。反論などないはずじゃ」
スヴェンの抱えた苦悩を知らない訳ではない。故に、彼が自分のことを認められずにいるのも理解できる。痛いほどにわかる。
世界を敵に回すことになるとわかったとき、どれくらい戦慄したことだろうか。
自分の背景が根本から崩れ掛けた時、どれくらい不安に思ったことだろうか。
逃げ出したくて堪らなかったはずだ。
それでも、前に進むと決めたのだ。
腹を括り、覚悟を決め、愚直なまでに前進を選んだのである。
それがどれほど辛く、苦しく、厳しい判断であるか想像に難くない。
だからこそ、自分自身を否定などして欲しくなかった。
だからこそ、自分自身を軽んじてなどして欲しくなかった。
「そなたはほんに良い男じゃ。だから、そんな今にも消えていなくなってしまうようなことは言わないでくれ」
背後から彼のことを抱き締める。そうでもしないと、遠くに行ってしまうようで。
「お願いじゃ。もっと自分を大切にしてくれ」
「いや、それを言うならもっと労わって欲しいのだが?」
「…………は?」
「睡眠不足が辛すぎる。朝まで寝かさないって最早拷問だろ」
こちらの心配など他所に淡々と応じるスヴェン。
彼の正面に立つと、相変わらずの無表情で何やらうんうんと頷いているところだった。
「……はぁぁ。阿呆らしい」
思わずガクリと肩を落としてしまう。いっそ、このまま大地に身を放り出してもいいくらいだ。それほどまでに脱力してしまった。
「いや、お前が何やら気を遣ってくれたのはわかったんだがな……」
「あーはいはい」
「不貞腐れるなって。感謝はしている。ただ、正直、そういうのには慣れていなんだよ。必要ないと思っていたし、事実必要として来なかったからな」
だが、とスヴェンが続けた。
「これからはそうもいかないらしい。ただ依頼をこなせば良い日々とはおさらばってことなんだろうな……」
「まぁ、それがわかっていればそれで良いのじゃが」
とことん不器用な青年である。
頭も回り、戦闘だけでなく相手の思惑を掴み、逆手に取ることに長けている。にもかかわらず、自分のことになると途端に無頓着になる。
歪。不安定。色々と感想は出てくるが、やはり不器用というのがしっくり来る。
ただ単に戯けである可能性も否めないが。
「それにしてもあれだな――」
突然、スヴェンの声が明るくなる。
「――やっぱりエルザって長老って言われるだけあるな」
「何じゃ? 年増と言いたいのかぇ?」
耳を引っ張ると、「イタタ」と小さな悲鳴が上がる。
「そ、そうじゃなくて、やっぱり色々経験して来てんだなぁと!」
「そりゃぁのぅ。そなたの十倍近い年月は生きておるからのぅ」
「見た目があれだからつい忘れちまうが、そうだよなぁ……」
「ちょ! 待つのじゃ!『見た目があれ』とはどういうことじゃ!?」
「いや、やっぱり頭でわかっていても、どうしても外見に引っ張られてな」
「ま、まぁ、それは致し方ないことじゃが……」
どうにも納得しかねる。
「妾がか弱き幼子に見えると?」
「そうは思わないよ。それに、エルザは強いしな。お前からしたら若僧の俺が言うのも何だけどな」
「本当じゃな――」
「――だからこそ心配にもなる」
「心配?」
「あぁ。この里の長老はお前だ。お前の判断一つに里の皆の生き死にが懸かっている。その重圧を途方もない時間の中で受け続けてきたはずだ。他の皆はお前に相談すれば良い。だが、お前は誰に相談するんだ? とんと役に立たない神か? あまりに辛すぎるだろ」
「ふん。そんなものとうの昔にケリを着けたとも」
先代から長老を受け継いだときに覚悟を決めた。長老になってからしばらくは失敗も多く、苦悩に苛まれたが、それも時が経つにつれ減っていった。それだけのことだ。
「さっきの話じゃないが、理性と感情は別ってな。覚悟は決めても、心ってのはままならないものだ。俺が言うのもお笑いだがな」
「それで? 何が言いたいのじゃ? 妾が『辛い! 苦しい!』と叫べば、誰か助けてくれるのかぇ? いや、助けてはくれるじゃろう。じゃが、それでは皆の不安を徒に煽るだけじゃ」
「――俺に言えば良い」
「え?」
「小さな事務所だが、所員を食わせていくためにそれなりに苦労はしてきたつもりだ。だからと言って、お前の抱えているものがわかるとは言わないが、話くらいは聞けるだろうよ」
「長老じゃなくて、エルザとして話したいときだってあるだろう? ロロリト族には話せなくても余所者の俺ならどうだ? 口は堅いぞ? うってつけだとは思わないか?」
――本当にこのスヴェンという男は。
平気で自分を鉄火場に投げ入れる癖に、どうしてもこうもお人好しなのか。
しかも、ただ他人に優しいというわけではない。それどころか、赤の他人であれば容赦なく切り捨てられるくらいの非情さも持ち合わせている。
だからこそ、優しくされるとつい勘違いしてしまいそうになる。自分が特別だと錯覚してしまいそうになる。
そうではないのだ。
身内の者は何が何でも守ろうとする。
彼はそういう青年なのだ。
しかし、だ。わかっていても、彼の配慮はとても甘く、抗い難い誘惑だ。
少しくらいならば、幻想に囚われても良いのではないか。甘い囁きが脳内に響く。だが、一度縋ってしまえば最後、ずるずると流されてしまうだろうことは目に見えている。
里の皆を導く長老として、その手を取ることはできないのだ。
「まぁ、例えお前が嫌だっつっても関係ないけどな――」
彼はこちらの葛藤などまるで素知らぬ様子で続ける。
「――どのみちお前が苦しんでいたら助けるだろうし」
「――――っ!!」
声が出ない。
いつの間にか、目の端から大粒の涙が頬をつつぅと伝って落ちていた。
慌てて手の甲で拭うが、次から次へと溢れてくる。
――こんな若僧に。
否定の言葉が浮かんでくる。彼の言葉否定しないと、これまでの自分を保ち続けるのが難しいと察してしまったからだ。
それでもついぞ声になることはなかった。
――ああ、もう駄目じゃ。
悟ってしまった。
恥ずかしい。
ある意味で屈辱だ。
しかし、目を背けることができなかった。
認めずにはいられなかった。
ーー愛おしい。
愛おしくて愛おしくてたまらない。年甲斐もなく、まるで生娘に戻ってしまったかのようだ。
「うぉっ! 何だよ、そんなべそ掻いて。折角の容姿とやらが台無しじゃないか」
呆れた様子のスヴェンに、少しばかり土の匂いのするローブの端でぐしゃぐしゃと乱暴に顔を拭われる。
「まったく、一張羅が汚れ――って、うぉっ!」
心に従い、スヴェンに正面から抱き着く。
「おいおい、今度は抱っこか? お姫様よー?」
「……うっさいのじゃ」
「はいはい。静かにしていますよ」
抱き着いた彼の胸からドクン、ドクン、と力強い鼓動が伝わってくる。
もっと触れていたい。
もっと触れて欲しい。
ほんの一瞬で長老からただ一人の女にされてしまった。いや、なってしまったと言うべきか。
これまで何度肌を重ねてきたかわからない。
しかし、そのどれもと異なる感情が、衝動が、情動が全身を突き動かしている。
「んんっ!?!?」
奇襲。彼の唇を奪う。動揺した隙を突いてそのまま地に押し倒す。
「っぷはぁ! ちょ、いきなり――」
「――責任取ってもらうぞ?」
「……は?」
ズリズリとスヴェンのズボンをずらす。
「そなただって押し倒されるのは嫌いじゃなかろぅ? というより、そっちの方が好みなんじゃろぅ?」
「いや、こんな外でなんて――」
「案ずるな。ここに来る者はほとんどいない。それはそなたが一番知っておるじゃろぅ」
「だから不安なんだが……」
「なに、いつもと変わらないとも。いや、いつもよりちょっと、いや少し、いやかなり激しくなるやも知れぬがのぅ」
「おいおいおい――」
「くふふ。外見上ではあるが、年端もいかぬ少女に押し倒され、あまつさえ良いように襲われる気分はどうじゃ?」
答えなど聞くまでもない。彼のソレはしっかりと怒張し、大きく脈打っている。
「う、うるせー」
「あぁ……! その顔じゃ! 屈辱に塗れつつも拒めないのを悟ったその情けない表情が妾を掻き立てる!」
――もう我慢できない!
腰を落とし、彼と一つになる。
すぐさま絶頂。
彼も中で爆ぜるのが反応でわかった。
しかし、休むつもりなどない。休ませるつもりなどない。
恥ずかしさからか、目を逸らす彼に追い打ちを掛ける。「うっ……」と小さな呻きが返ってくるが無視。容赦なく上下に、前後に彼を責め立てる。
何度も彼の体が弓なりに反りかえり、痙攣を繰り返す。その顔は屈辱で真っ赤に染め上がっている。しかし、抵抗される気配はない。漆黒の双眸だけが、反逆的に睨み返してくる。その目付きこそが、燃え上がらせるとも知らずに。
――もっと虐めたい。
責めて、追い詰めて、自分色に染め上げたい。
彼と自分を隔てる肌が、肉体が鬱陶しい。
剥き出しの心と心を重ねたい。もっと一つになりたい。
以前に神殺しの魔人が同化こそ至高と豪語したそうだが、今なら理解できる。
ちらと里の者たちの顔が頭に浮かぶ。しかし、すぐに消え去ってしまう。申し訳ない気持ちも生まれるが、一瞬にして快楽に塗り潰されていく。
今だけはーー。
今だけは彼を独占したいーー。
「おい、少し手加減を――」
「――駄目じゃ」
即答。
彼の顔が絶望に彩られるのを見て、一層の昂ぶりを感じるのであった――。




