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街にて

   ■■■


 うだるような暑さの昼下がり。

 スヴェンたちは明日以降の準備のためにロウェナ商店街を訪れていた。

 ガルナ区の中心から居住区へと延びる通りの中央にロウェナ商店街は位置している。通りの両脇には所狭しとばかりにありとあらゆる店舗が立ち並び、それでもまだ土地が足りないとばかりに、ちょっとの隙間を縫うようにして多くの露店が通りにひしめき合っている。活気に溢れ、商魂たくましいその姿は圧巻の一言だろう。


「よぉスヴェン! 今日もパシリか?」


 カカカと白い歯を見せながら豪快に笑うは果物売りの店主である。日に焼けた肌に筋骨隆々なその姿は炭鉱夫と見紛うほどだ。


「あのな……」と、スヴェンは嘆息するように応じて、「誰がパシリだ。仕事中だよ、仕事中」


「どうせ雑用だろ? そうだ! 困ったときはまた助けてくれよな! お礼にサービスしてやっからさ!」


「うるせー。俺たちは棄獣狩りだって言ってんだろ」


「はっはっは! どうせ変わんねーだろ!」


 相変わらず失礼だが、気風の良い男だ。スヴェンとしては肩を竦めるしかできない。


「あら、スヴェンちゃん。うちにも寄ってきなよ。女神様の思し召しだよ?」


 今度は花売りの老婆から声を掛けられる。


「やなこった。これ以上枯れ掛けの草を押し付けられてたまるかってーの。まったく、ひでー婆さんだ」


「あらやだ。お姉さん、でしょう?」


「鏡見て言えってんだ」


「そんなの見なくても、ここを通る皆の眼差しでわかるわ」


 カラカラと笑う老婆店主。相変わらずの減らず口である。

 余命半年と宣告されてから早三年。まだまだあの世には嫌われているようだ。


「相変わらずスヴェンは皆に愛されているっすね~」


「お前さんほどからかい甲斐がある奴はそうそういないだろうぜぇ?」


「うるせー。こちとら迷惑してんだ」


 傍から見る分には楽しいのかもしれないが、本人からすればたまったものではない。棄獣狩りとは無関係で、しかも大して金にもならない依頼を押し付けられたり、無駄に時間を奪われたり、実に迷惑している。


 かと言って、邪険に扱って悪評を流されたら、それはそれで困る。ローランには昨夜重層世界の住人だの何だのと揶揄されたが、本当にそうであったならば、とっくに事態は好転しているはずだ。是非とも解決策を提示してくれと、心の底から願うスヴェンだった。


「それにしても、随分と擬人が増えたわね……」


 スヴェンの隣を歩いていたアウラがポツリと呟いた。

 彼女の視線の先には接客中の女性店員の姿。身長は一般女性よりもやや高めだろう。短いスカートからはすらりとした足が伸び、肩からは細くしなやかな腕が伸びている。整った顔には、作ったかのような人当たりの良い笑顔。まるで変わらないその表情はいっそ不気味なほどだ。そして、その女性店員と同じ顔の店員が何人も。さすがに、一卵性双生児の世界記録ではないだろう。


「――人に似せて造られた精巧な機械人形。命令に忠実だが、指示待ちというわけでもなく、重層世界からの演算結果をもとに自律的に対応する。問題が起こればすぐさま全ての擬人に共有され、解決法が見つかればそれもまた同期される。経年劣化を除き、疲労の心配もない。精神的なケアも必要ない。要するにメンテナンスが楽。しかも、人と違って体調不良で突然休むこともない」


 擬人の特徴をつらつらと口にして、


「そりゃあ、人ではなく擬人を雇うのは当然の帰結だな」


 と、まるで興味なさそうに続けた。


「だがよぅ、びっくりするくらい一気に普及したよなぁ。しかも、世界中でだぜぇ?」


「そうっすね。《エニグマ》ができたのだって割と最近の話っすからね」


「時代の流れを感じるねぇ。まったく、オッサンにはついていけねぇや」


 嘯くようにヴァルダはそう言って煙草を咥えると、マッチを擦って火を点けた。


「便利な世の中になったのに、どうして未だにマッチを使っているのかしら? せめてライターでしょう?」


 アウラの至極もっともな疑問にヴァルダはニヤリと得意気に笑う。


「これが浪漫ってやつよぉ。嬢ちゃんにはわっかんねぇだろうなぁ」


「物凄く腹立つ顔ね。あと、嬢ちゃんって呼ぶの、やめなさい。煙草だけじゃなくてそのチリチリ頭も燃やすわよ?」


「止してくれぇ。嬢ちゃんが言うと冗談じゃなくなるぜぇ」


「それはそうでしょ。だって、冗談じゃないもの」


「熱っ!」


 一束分だが、ヴァルダの髪の毛先が燃える。手加減は勿論しているのだろうが容赦ないことだ。もっとも、ヴァルダに同情する余地は皆無だが。


「でも、どうしてこんなにも早く擬人が普及したのかしら?」


 擬人がこの世に初めて登場してから二年も経っていないはずだ。しかし、今や世界のどこに行っても擬人の姿がある。


 通常、何か新製品が出たとしても、最初はプロトタイプとしての要素が強い。使いものになるまでには時間を要する場合が殆どだ。《エニグマ》に搭載するシステム系ならば物理的な部品を介さないため、ある程度は初期投資期間を抑えられるだろうが、それでも擬人の普及速度程ではない。まるで、擬人を世界に浸透させたい何者かの意思が介在しているかのようだ。


「偏にルグリカ政府が擬人を推進しているからだろうな。まぁ、民間と官僚の両方が協力して動けば早い、ってことだろうさ。導入にあたり補助も出す優遇っぷりだしな」


「しかも、壊れたり古くなったりしたときの交換も無償でしてくれるという、至れり尽くせりぷりらしいっすよ」


 リーナシアの言葉にヴァルダが意外そうな声を上げる。


「驚いた、まるで猫娘の頭の中に脳みそが入っているみてぇだぁ」


 酷い言い草だ。ぽかんと目を丸くしているヴァルダを見るに、本当に驚いているのだろう。


「随分な物言いっすね! 普段、アタシの頭に何が詰まっていると思っているっすか!?」


「空気?」


「うやっ! 全力で馬鹿にされたっす! 酷いっす! あとアタシは猫じゃねぇっす!」


 言いながらリーナシアがヴァルダの腹部に拳をめり込ませたる。


「いじめられたっす~」と隣に立つスヴェンにわざとらしく抱き着き、耳元を擦り付けるように頭を押し付ける。ほんのりと甘い匂い香りがスヴェンの鼻孔をくすぐる。


「アタシの繊細な心は今にも壊れてしまいそうっす! 癒して欲しいっす!」


 顔色を窺うようにリーナシアが見上げてくる。頬を紅く染め、胡桃色の潤んだ瞳での上目遣いという構図はあざとい。実にあざとい。


 しかしーー


「ーーお前が猫娘であることも、考えが足らんことも擁護の余地はない。あと暑い」


 スヴェンは一切表情を変えることなく、リーナシアを引き剥がし、三角の耳をフード越しに軽く引っ張るのだった。


「イタタ! スヴェンのいけずっす! こんな美少女が泣いて胸に飛び込んできたら黙って胸を貸して、そっと抱き締めるもんっすよ! スヴェンはヘタレっす!」


「いやいや、そもそもお前に胸を貸す必要性がないだろ」


 スヴェンは一度アウラを見た後に、リーナシアの豊かな胸部へと視線を向けた。直後、頭の両サイドがアウラの手によってがっちりと捕まれ、グググと強引に振り向かされる。


「ちょっと待ちなさい。ど、う、し、て、私を見たのかしら?」


「気のせいだ。アウラを見たわけじゃない」


「……ならどこを見ていたのよ?」


「断崖絶っ――」


「――死になさい」


 ボンッという小さな爆発がスヴェンの頭上で生じる。真っ黒な煙の後には、髪をちりちりに縮れさせたスヴェンの姿があった。それを見たヴァルダが腹を抱えて笑っている。まったくもって容赦のないことである。


「むむっ! あれって……」


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