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終幕

       ■■■


 街外れの小高い丘の上。

 物寂しさが漂うのは埋葬場という特殊な場所の所為かもしれない。


「結局、あなたのことはわからず終いね……」


 シーリアは目の前の小さな墓を静かに見下ろした。

 墓標はなく、代わりに神器『プロト・グラディウス』が突き立てられている。あまり心配する必要もないかもしれないが、墓荒らしが触ろうとすれば、剣の方が拒否するだろう。


「見てよ。皆掌を返して出てきたわ。どこに隠れていたのかしらってくらいよ、ほんと」


 見下ろした街からは、慌ただしい雰囲気が伝わってくる。あれほど、静まり返っていた通りは、夕暮れ時だというのに今や人で溢れかえっている。まるで、失われた時間を取り戻そうとしているかのようだ。


「良かったわね。世紀の大悪党ってことで、世界の歴史に名を刻めて」


 腹いせとばかりに嫌味ったらしく吐き捨てる。

 結局、帝国が言い掛かりをつけてきていた重層世界消失については、その張本人たるスヴェンをシーリアが討ったことで一応の解決を見た。

 大義名分を失った帝国は、他国からの突き上げも激しく、手を引くこととなったのである。

 そして、絶望的な困難を乗り越えた王国は、混乱する世界の復興を掲げて立ち上がった。


 シーリアという英雄を旗頭にして――。


「葛藤と後悔とそれから――」


 あの日のことを思い出しながら風に流される髪を押さえ、夕闇色の空を見上げる。


「――覚悟」


 スヴェンを討ったあの瞬間。

 彼の心臓を貫いた刃を通して初めて彼の背景が流れてきた。

 断片的な思いや光景ばかりではっきりとしたことはわからない。

 それでも、確かなことはある。

 彼がルグリカ教皇殺害に関わっていたこと。

 そして、重層世界消失を引き起こしたこと。

 それは噂に相違ない内容だった。

 しかし――


「――あなたはそうせざるを得なかった」


 残滓から読み取れたものを総合的に判断すると、そのような結論になってしまう。

 彼には仲間がいた。とても、とても信頼していた仲間が。そして、彼は仲間と共に教皇に立ち向かい、その果てに重層世界を滅却した。彼が王宮で見せた力は、その一端だろうか。少なくとも、世界の理に干渉し得る力であったことは間違いない。

 なぜ、教皇と敵対したのか。どうして重層世界を消したのか。他に方法がなかったのか。

 今となっては深淵の中だ。それでも、当時の彼の中では、それしか方法がなかったのである。


「なんでわざわざこんな国に来て、自分を犠牲にしてまで私を英雄なんかに仕立てあげたのかしらね……?」


 シーリアは自身の手へと視線を落とした。

 これまでに何度も人を斬ってきた。鎧を裂き、肉を断つ感触には慣れているはずだ。

 それなのに、消えないのである。

 スヴェンを貫いたときの嫌な感触が、なくならないのだ。

 それどころか、刃を彼の体に深々と刺したとき、まるでとんでもないことをしでかしてしまったかのような激しい後悔に襲われたのである。

 と言うのも、蓋をされ、読み取ることのできなかった彼の思いが波濤となって押し寄せたからである。

 鮮烈。あまりに鮮烈な情景。とても世界の敵とは思えないほど濃く輝いていた。


「一体どれがあなたなのかしら……」


 ただ能天気で空気を読めない青年。

 目の付け所が鋭く、きっかけを見出す切れ者。

 なんでもかんでも自分で背負い込む不器用者。

 腹を括り、信じた道を進む自分とよく似た邁進者。

 どれだけ思い描いても答えは出ない。


「――シーリア様」


 背後から声を掛けられる。


「お時間ですよ。次の式典がすぐ――」


「――はいはい。わかったってば」


 少し不機嫌そうに応じてみる。

 ここ最近あちこちに意味もなく顔を出さなければならなくなった。しかも、不愉快を顔に表すこともできず、気色の悪い作り笑いを浮かべなければならないというのだから、滅入ることこの上ない。だから、多少不愉快を露わにしたところでバチは当たらないはずだ。


「行くわよ――」と、半ばやけっぱちに応じながらシーリアは振り返り、「――行けばいいんでしょう、シレネ?」


 荷物を片手に時計を確認しているシレネを見た。


「ものわかりがよろしいようで何よりです」


 ふんすと鼻息を荒くしたシレネ。しかし、以前と違って彼女の顔には覇気がない。発する言葉だけは前と変わらないが、虚勢だとすぐにわかる。それほどまでに、彼女の表情には影が差すようになっていた。


「……本当にシレネってば可愛くない」


「シーリア様が可愛すぎるのが悪いのです」


「何よそれ……」


 呆れた素振りをして、チラリと視界の端でシレネを捉えるが、彼女は困ったように微笑むばかり。以前ならば二言も三言も続けて他愛のないやり取りをしていたところが、だ。

 どうしても他所他所しさが拭えないことに一抹の寂しさを感じてしまう。

 しかし、今となってはどうしようもないことだ。

 結局、スヴェンは手加減していたのだろう。シレネは大怪我を負ったものの、命には別条なかった。

 そして、彼女の処罰はというと、政治が絡んだ結果、表向き無罪ということになった。王族殺しも何もかも全てスヴェンが罪を被った形だからだ。事実、彼は大勢が見ている中でサバルを殺害している。一方で、シレネが王族を殺した物的証拠はない。

 とはいえ、当の本人であるシレネは勿論のこと、殺されかけたスタークやあの場に居合わせたトーデン、そして国王トーリンデルスも真相を知っている。

 それでも、なおシレネを生かした。生きて、報いることを強制したのである。それこそが罰だと言わんばかりにーー。


『そんな……』


 病院で目を覚ましたシレネが、沙汰を告げら、酷く絶望した表情を浮かべたのを克明に覚えている。

 或いは、彼女の性格を考えれば、事が全て終わったら自ら命を絶つことも考えていたのかもしれない。


「いっそあのまま殺してくれれば良かったものを……本当に性格が悪いです!」


 ぷんすかと頬を膨らませるシレネ。それがスヴェンを指しているだろうことは明らかだ。

 そして、冗談めかして言ってはいるが、彼女が本気でそう思っていることをシーリアは知っている。

 これから先、シレネには相当の困難が待ち構えているだろう。どれだけ償っても終わりのない贖罪の生は始まったばかりだ。もしかしたら、その罪の重さに耐えかねて心がぽっきりと折れるかもしれない。そして、そこに対して自分は何もできない。あくまで彼女が自分で向き合わねばならないのである。


(私も相当残酷よね……)


 スヴェンを殺し、シレネには死ぬより辛い生を強いている。


 ――英雄。


 その言葉の重さが今ならよくわかる。あのときスヴェンが見つからないで欲しいと願ったその理由も。

 象徴として民衆から祭り上げられ、その他大勢への奉仕を強制させられる。個は失われ、シーリアでいられる時間が限りなく削られる。

 それは【剣神の娘】だったときよりも顕著で――そして逃げられないものだった。


(だから私は絶対にあなたを許さないわ)


 シーリアは心の内で静かに呟き、墓地を後にする。


   ――――――


「おっと……」


 木の陰から遠巻きに伺っていた影が慌てた様子で隠れる。


『良いのか?』


「良くはないだろうけど、仕方ないって奴さ」


 影は同居人におどけるように応じた。


『全く無茶しおって……』


「そうだなぁ……土葬だったから良かったけど、火葬だったらちょっと困ったことになっていたかもしれないな」


『そもそもだ。我がいなければ死んでいるところだったぞ?』


「勿論、お前がいてくれたからやったわけだけども。そして、ありがとう」


『礼などどうでも良い。わかっているのか? 我と貴様との同化が進んだら戻れなくなるんだぞ?』


「だから、わかっているって」


 それに、と影は続ける。


「お前と一つになるってのも悪くないんじゃないか?」


『ふん……戯けめ……』


 同居人は付き合っていられるかとばかりに奥に引っ込んでいった。去り際の気配が、照れ臭そうにしているあたり可愛いものである。


「素直じゃないねぇ……」


 影は二人の女性が埋葬場から去るのを確認して、小さな墓の前に立つ。感慨深そうに見下ろし、おもむろに突き立てられた剣へと手を伸ばした。

 触れようとした瞬間、凄まじい衝撃。どうやら随分と剣に嫌われてしまったらしい。

 しかし、ここにこうして差しておくだけというのも可哀そうな気がして理力を迸らせる。

 弾かれそうになるところを上から無理矢理抑え込んで引き抜く。すると、それまでの抵抗が嘘の如く剣は静かに影の手の内にすっぽりと収まった。


「相棒がいなくなって手持無沙汰だったからな。これからよろしく頼むよ」


 当然、剣が応えるわけもなく、ただ痛々しい沈黙だけが残る。それに苦笑した後、影は大きく伸びをする。


「さてと……長いこと空けちゃったからな。もうそろ帰らにゃならんだろうて」


 影はするりと踵を返し、誰に気付かれることもなく、闇の中へと消えていった。

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