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犯人の思惑

   ■■■


 全員が眠りに就いたかのように、街は静かだった。

 少し前までは、この時間でもたくさんの人で溢れかえっていたというのにだ。


「帝国には絶対に勝てないから、そりゃ逃げられるうちに逃げるよね……」


 興味なさそうに呟いたのはカミツレだ。

 まるで隠す素振りもなくその鮮やかな金髪を月光の下に晒している。

 シーリアの家を出てからしばらく経つ。目的の人物とはまだ会えていない。

 閑散とした通りをのんびりとした足取りで歩く。そこに、王国の命運を託されたという緊張感は見当たらない。

 もう少しで街の端というところまで来たときだった。

 建物の陰からのそりと姿を現す人影が一つ。

 現れた人物はゆっくりとした動作でフードを外した。


「スターク……」


 いつの間に先回りしていたのか、蒼海を思わせるその青髪を見間違えるはずもない。


「おかしいな? 今日はもう君と会う予定なかったんだけどな?」


 苦笑するカミツレ。彼が会おうとしていたのは、王族連続殺害事件解決の鍵を握る人物だ。それ以外の者との予定はない。裏を返せば、今の彼に用があるのは、犯人側陣営ということになる。

 そして、スタークはカミツレの予定に含まれていない。しかも、彼があれほど一人で行くと念押ししたのに、こうして目の前に現れたのである。その事実が指すところはそれほど多くない。


「スタークは――」


 カミツレが問い掛けようとして、しかし言葉を被せるスタークに遮られてしまう。


「――こちらの邪魔をしないでもらおうか」


 静かだが、反論を許さないその口調は、普段の彼からはまるで想像のつかないものだった。


   ■■■


 翌日。

 シーリアの家を訪れた者が一人。――王族殺しを捕まえるべく証拠の受け渡しに向かったカミツレである。


「それで、どうだったの?」


 神妙な面持ちで尋ねるシーリア。

 これにカミツレは、


「どうなんだろうね? わかんないや」


 アハハ、と場違いな笑いを浮かべてあっけらかんと応じた。


「………は?」


「いやー。つまりはそういうことなんだろうけどさ、まだ確信が持てなくてさ」


「あの、何から何までわからないのだけど?」


「え? だからそう言っているじゃないか?」


 あっさりと応じるカミツレにシーリアは頭を抱えた。

 最近になって多少はこの青年のことがわかってきたような気がしたのだが、全くの勘違いだったと悟る。

 これ以上不毛な会話を続けることに意味があるのか、そんなことをシーリアが考えていると、


「――シーリア様! ご無事ですかっ!?」


 血相を変えたシレネが蹴破る勢いでドアを開け放ち、家の中へと入ってくる。


「ちょ、どうしたのよ、そんなに慌て――」


「そいつから離れてください!」


 困惑を露にするシーリアの前へとシレネが出る。その手には、理術演算装置の載せられた錫杖。そして、彼女の警戒の向き先はカミツレである。


「……昨夜スタークが殺されました」


「……え?」


「犯人はそいつです! そいつが殺したに違いないです!」


 カミツレをキッと睨み付けるシレネ。これに彼はただ微笑で応じるばかりである。

 混乱する頭でシーリアはとりあえずスタークに通信を掛ける。しかし、一向に出る気配がない。通信が届く範囲にいないか、出られない状況に陥っているか、そのどちらかだ。


「――昨夜、わたしとスタークは彼の後を追おうとしました」


「え? だって、二人とも帰るって――」


「――得体の知れないあいつ一人に王国の行方を握らせるわけにはいかないじゃないですか!」


 シレネのその言葉はもっともだ。否定できるはずもない。


「でも……」


「ですが、スタークに止められました。『危険だからオレ一人で行く』と。やはり、わたしも行くべきでした……」


 激しい後悔に苛まれているのか、唇の端をクッと噛み締めるシレネ。

 そんな彼女からカミツレへとシーリアは視線を移した。


「ほ、本当にあなたがやったの……?」


 恐る恐るといった様子で問い掛ける。鋭い眼光には影が差し、震えた声には否定してくれといった祈りが含まれていた。

 しかし……


「…………」


 カミツレは一切の否定をしない。相変わらず何を考えているのかわからない微笑を湛え、見つめ返してくるばかりだ。


「スタークはふざけた男ですが、ことこういう場面に限って遊んだことはないです。最大限に警戒するあの馬鹿が遅れを取るとは、そうそう考えられないです」


 それについてはシーリアも同意だ。スタークという男は不真面目だが、同時に真面目でもある。自分の職務やあるべき姿を追う際には、普段にない真剣さを見せる。

 要領の良い彼は、そういった場面での根回しを忘れない。抜かりなくことを進めようとする。

 そして、多くの問題を起こしながらも警邏隊に所属し続ける彼の戦闘における技量は凄まじい。ふざけた態度はそれを隠すための仮面とすら思えるほどだ。


「そんなスタークが、万が一にも気を許す相手と言ったら……」


 シレネがカミツレを再度睨み付ける。


「……反論して欲しいのだけど?」


「反論? どうして? そんなことよりも、この後僕をどうするつもりだい?」


 シーリアの促しにまるで興味なさそうに応じるカミツレ。


「『そんなことより』ですって……?」


 カミツレの態度に、シーリアが柳眉を逆立てる。

 少しだけ……そうほんの少しだけ良い奴かもしれない。そう思った。

 それが、誤りだった。掛けられた言葉に胸を詰まらせ、共感された生き様をようやく認められるような気がしたのだ。だというのに、こうもあっさり裏切られるとは。

 それが悔しくて。情けなくて。


「…………っ!!」


 カッと目を見開いたシーリアは、シレネを押し退け、カミツレに接近。首を掴み、そのまま床に叩き付ける。馬乗りになると、近くにあった果物ナイフを手に取り、彼の喉元へと突き付けた。


「いけません!」


 今にもカミツレをその手に掛けてしまいそうなシーリアを慌ててシレネが制止する。


「そいつは帝国との交渉の大事な切り札です!」


「くっ……」


 葛藤の末にシーリアはナイフを床に突き立てた。

 頭のすぐ隣に凶器を振り下ろされたというのに、カミツレは薄く笑うばかりである。


       ■■■



 謁見の間には国王トーリンデルス十二世やトーデン、サバルなどこの国の最重要人物たちが集まっていた。


「――で、そいつが王族殺しの犯人の一味だと?」


 トーデンが静かにシーリアに訊ねる。その視線は懐疑的だ。


「スタークが殺されました。それに関与している可能性が非常に高いです」


「スタークといえばいつもお前と一緒にしていた奴か……」


 トーデンが確かめるように視線を巡らす。


「確かにいないようだな」


「でもさ、どうして彼はオレたちを殺そうとしたのさ?」


 サバルが不思議そうにカミツレを見る。その顔に思い当たる節がないのだろう。


「仲間については吐かせたのかい?」


「いえ……取り急ぎ兄様たちへの報告が先かと思いまして……」


「ハッ。賢明だな」


 嘲るようにトーデンは吐き捨てた後、カミツレを見る。


「何が目的だ? 帝国の手先か?」


「さてね?」


「下賤の者が……この期に及んで隠し立てするつもりか?」


「隠すも何も、わからないものはわからないからね。答えようがない」


「これは異なことを言う。貴様がわからないわけないだろう?」


「なぜ?」


「なぜって……貴様が犯人なのだろう?」


「犯人? 何の?」


「貴様がこの国を掻き乱していたのではないのか?」


「僕が? どうして? 理由がない」


 きょとんとするカミツレ。

 演技ではないその様子に異常を悟ったトーデンがバッとシーリアを見る。


「これはどういうことだ!?」


「い、いえ、その……」


 シーリアは動揺しながらカミツレへと詰め寄る。


「あなたが……あなたがスタークを殺したんでしょう!?」


「え!? そうなの!?」


「惚けるつも――」


「――僕がやったのはただ一つ」


 シーリアの言葉を遮るカミツレ。


「犯人を誘き出す、ただそれだけだよ」


「犯人を……誘き出す……?」


「そう。僕が昨夜犯人に繋がる証拠を掴んだって言ったよね?」


「ええ……」


「あれ――嘘なんだ」


「う……そ……?」


 何を言われたのか理解できないのか、茫然と呟くシーリア。


「正確には、あの時点ではまだ掴んでいなかったということだね」


「意味がわからないわ」


「順に説明するよ」


 カミツレは拘束された状態でつらつらと説明していく。


「まず、王族殺しは明らかに標的の動きを知っていた。つまりは、内部或いはそこに近い人間だと予測できる」


「それは私も考えていたわ」


「次に、サイフォンのアジトへと潜入したときだ。あの日、急に決まったことだというのに、僕たちの動きはサイフォンに筒抜けだった。その時点で候補がかなり絞られる」


「それも予想していたことよ。それがまさかあなただったとは思わなかったけどね」


「だから、違うって」


「じゃあ、誰がやったのよ?」


「そう焦らないで。順に説明するって言ったでしょ?」


「時間稼ぎのつもりなら無駄だと知るがいい」


 トーデンが釘を刺してくるが、カミツレはこれを無視する。


「あの時点ではまだ確信できるものはなかった。だから、あの日僕は犯人を誘き出すために一芝居打つことにしたのさ」


「芝居? それがさっきの嘘っていうこと?」


「そう! でも、犯人からしたら嘘かどうかなんて判断ができない。それどころか、犯人には僕のことがずっと不気味に映っていたはずだよ」


「自分で言うかしら……?」


 呆れたように呟くシーリア。


「でもまぁ、そうでしょうね。急に現れたあなたが私たちと行動を共にすると言い出すなんて、私も気味が悪くて仕方がなかったわ」


「酷っ! 傷付くなぁ」


「事実でしょう? 良いから続けなさいよ」


「兎にも角にも犯人からしたら僕の行動を見張らなければならない。だから、一人で行くって言ったら絶対についてくると思っていた」

「まぁ、用心深ければその分警戒せずにはいられないでしょうね」


「そう。そしてそこで僕はスタークに出会ったんだ」


「……は? スターク?」


 事情を呑み込めずにいるシーリアにカミツレは昨夜のことを話した。

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