名探偵カミツレ現る
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どうしてだろう。
キッチンに立ちながらシーリアは自問する。
(どうしてあいつのことが気になるの……!?)
ふとした拍子にカミツレの姿を追ってしまう自分がいる。
それを認めたくなくて、目を背ける。
(まさか、掛けられた言葉一つでこの私が……?)
もしそうだとすれば単純。実に単純である。そんな簡単な生き物だとは思いたくない。
思いたくないが……。
(これがまさか俗に言う恋なの……!?)
包丁を握る手につい力が込められてしまう。
あり得ない。即座に否定。
しかし、だとすれば、この動悸は何なのか。
「どうしたの? 指でも切った?」
突然、カミツレに声を掛けられて体を強張らせるシーリア。
「はっ!? え!? ええ、そんなところよ」
「へぇ~。【剣神の娘】でも指を切ることがあるとはね。大丈夫かい?」
「だだだ、大丈夫よ!」
あっはっは、と乾いた笑いで取り繕って見せる。
何も大丈夫ではない。
指は切っていない。いや、それだったらまだマシだったことだろう。
事は重大だ。
「顔が赤いけど本当に大丈夫?」
にゅっと覗き込んでくるカミツレ。
「だ、大丈夫だってば!! 本当に!!」
直視できなくて弾かれたように顔を背けてしまう。
情けない。まるで自分が一介の女子のように顔を赤らめ、胸の高鳴りを必死に鎮めようとするなんて。
そして、何より腹立たしいのが、当のカミツレが何も感じていないということだ。
まるで気にしていないどころか、微塵も気付いていないのである。
いや、気付かれたらそれはそれで面倒なのだが……。
「切ったところ見せてよ。ばい菌が入ったらまずいし」
そう言ってカミツレが手を取ってくる。
ゴツゴツと豆だらけで厚い皮に覆われた大きな手。優男のように見えて、その手はどこまでも武骨だ。
手と手が触れ合うことで熱が直に伝わってくる。
しかし、自分はこの手が好きではない。自分の信じる道を進んできた証でもあるが、それでも普通の女性の手ではない。決して美しいとは言えない。
それを見られるのは、正直言ってかなり抵抗感がある。
「ちょ――」
「おお~綺麗な指だね」
「……お世辞ならもっとマシなのにしなさいよ」
自分の手は日々の鍛錬の所為でとても綺麗とは言えない。楽器を演奏する女性の手とは対照的な、言わば職人の手のようなものである。
「なんで? 僕は好きだけどな。自分の力で掴み取るって主張している感じがして」
「そんなこと……」
「あるよ。苦労と覚悟を伴った手だ。使い込まれた手だ。僕にとっては、人形の指よりもずっと綺麗に見えるよ」
「――――っ!!」
平気で……平気でこのカミツレという青年は、小っ恥ずかしいことを口にするのだ。
それを喜んでしまっている自分がいる。悔しい。ただただ悔しい。
「あいたっ!」
八つ当たりとわかりつつ、カミツレの額を指で弾かずにはいられない。
「むむむっ……」
何やらムスリとした様子でシレネがテーブルに肘をついている。
「どうしたのさ?」
問いかけるスタークにやはりシレネは不機嫌そうに応じる。
「だって、アレですよ?」
そう言ってシレネが顎で指した先には、何やら談笑している様子のシーリアとカミツレの姿があった。
「へぇ~」
感嘆を漏らすスターク。少し前までとても仲が良いとは言えない関係だったのに、一体何があったのか。カミツレの方は特に何も変化がないように見える。ということは、シーリアの方に何かしらの心情の変化があったということになる。
「あの強情な【剣神の娘】がね~」
スタークが感慨深そうにポツリと呟くと、
「ん? どうしたのよ、そんなに不機嫌そうな顔をして?」
視線に気付いたシーリアがシレネを振り返った。
「何でもないですー」と、シレネは頬を膨らませながら応じて「それにしてもあと三日ですか……」
「そうね……」
窓際に立つシーリアは噛み締めるように応じる。
結局、犯人に繋がる手掛かりを見つけることができなかった。王国内では、開戦止むなしという雰囲気が漂っている。逃げられる者は既に王国を去り、そうでない者は訪れるだろう結末を受け入れる準備をしている。
「シーリアちゃんは仕方ないとしても、シレネはこの国に残らなくても良かったんじゃないの?」
スタークの問い掛けに嘆息でシレネが応じる。
「はぁぁ。シーリア様を一人残して逃げるはずがないでしょう? それに、スタークが残るのにわたしが逃げ出すなんて論外です。ありえないです」
「別に逃げ出すだなんて誰も思わないわよ? 仮に誰かにそう思われたとしても、生き残ることの方がずっと大事よ。死んだら元も子もないもの」
「ですが……」
「というか、君はどうして残ってるのさ?」
スタークがカミツレへと視線をやる。
「僕? そうだね……」
少し思案するような表情を見せて、
「実を言うと、犯人の目星はついているんだ」
相変わらず頭空っぽの笑みを浮かべる。
「「「……はぁぁ!?!?」」」
シーリアとシレネ、そしてスタークまでもが素っ頓狂な声を上げる。
「え、ちょ、はぁぁ!?」
驚きのあまり思うように言葉が出てこないらしい。一瞬にしてシーリアはカミツレに詰め寄り、その胸倉を掴んで前後にガクガクと揺らしている。
「手掛かりを掴んだんですか!?」
ガタリと椅子から勢いよく立ち上がるシレネ。弾き出された椅子が彼女の動揺を表すように背もたれから床に倒れ、大きな音を立てる。
「まぁ、間違いないと思う程度のものはね」
「一体いつ……」
シーリアは問い掛けようとして、カミツレがちょくちょく姿を消すことを思い出した。
何度か後を追ったりしてみたが、その度に撒かれ、諦めて放置することにしたのである。それがまさか、彼は彼で独自に捜査をしていたとは。
「それで、犯人は誰なんだい?」
三人はゴクリと唾を飲み込み、カミツレの言葉を待つ。
そんな彼女たちに、
「――言えない」
カミツレは短くそう告げた。
「「「はぁぁ!?」」」
ピシャリと閉じこもるカミツレに再度三人が声を上げる。今度は、驚きよりも怒りが強い。
「いやいや、それはあんまりだよカミツレ君! どうしてオレたちに隠していたのさ?」
「この決定的な証拠をとある人物に渡すまで、僕にはこれを守り抜く責務がある」
「それはオレたちを信じられないってこと?」
「君たちを危険に晒したくないだけさ」
「物は言いようだね」
苦笑するスターク。しかし、その眼は微塵も笑っていない。
「でも、一体どんな証拠だったんですか……?」
「具体的なところは避けさせてもらうけど、王宮との繋がり、とでも言うべきかな。アレがきっかけになるとは、おそらく犯人たちにも予想できなかったんだろうね」
アレが何を指すのかと三人が思案していると、カミツレが続ける。
「もしこの話を犯人たちが聞いていたら『アレのことかっ!?』って一発でわかると思うよ」
何が楽しいのか、カラカラとカミツレが笑う。そんな彼に「ちょっと待って……」と口を挟んだのはシーリアである。
「今、『犯人たち』って言ったかしら?」
「勿論。一人で厳重な警備を抜けられるはずもないし、そもそも標的の情報を得ることすらできないだろうしね」
「それはそうね……」
カミツレという青年は本当に何から何まで謎だ。
だというのに、その言葉には力がある。それは、これまで彼が随所で見せてきた鋭い気付きに起因しているのだろう。或いは彼ならば――そう思わせられてしまうのである。
「それに、サイフォンに待ち伏せされたのが決定的だったね。あれは犯人が間抜けだよ。あの一件で僕が王宮に目を向けることになったんだから」
カミツレにしては珍しく嘲笑を浮かべる。
あのカミツレでもそんな顔をするのね、とシーリアが驚いていると、
「――それで、その証拠とやらの受け渡しはいつですか?」
「この後落ち合う手はずになっている」
「はぁぁ!? この後!? ほんと何から何まで急ね! 急いで準備しなきゃ――」
慌てて神器『プロト・グラディウス』へと手を伸ばすシーリア。
しかし――
「――いや、その必要はないよ」
カミツレが拒絶を表すようにゆっくりと首を横に振った。
「僕一人で向かう。そういう風に話を通しているからね」
「わかっているのでしょうね? それがどれだけ危険かってことは?」
「なに、怒った君に追い回されるよりかはよっぽど安全というものだね」
「あなたねぇ……」
握り拳を作るシーリアだったが、突如フッと笑って降参するかのように肩の辺りで手をひらひらと振った。
「当たり前でしょう? 天下の【剣神の娘】より恐ろしい奴がそういてたまるかっての。【雷帝】に【裁断者】、【龍狩り】くらいじゃないかしら?」
雷神を彷彿とさせる暴君に敵対する国の兵を悉く血祭りに上げた守護者、そしてルグリカの懐刀。何れも世界に名を轟かす猛者だ。そんな者たちと肩を並べるシーリアに比べたら怖いものなどないに等しい。
冗談めかして言うシーリアにカミツレも微笑んで応じる。
「だから、今日のところは僕を信じて解散してくれるとありがたいな」
「わかったわよ。でも、本当に護衛はいらないの?」
「うん。どのみちこれは賭けなんだ。可能な限り不測の事態を排除できるように、情報を伏せてきた。できることはしてきた。逆に、ここで何かしてしまうとそれがイレギュラーになりかねないんだ」
「そう……」
そこまで言われてしまったら、シーリアとしては何もできない。
自分が何か行動すれば、折角のカミツレの努力を無に帰す可能性がある。
(やっぱりいくら【剣神の娘】だ何だと言っても戦闘以外はからきしね……)
自分の能力に疑いはない。だからこそ、自分の無力さを痛感させられる。
「結局のところ、私たちでは手掛かりすらも見つけられなかったし、あなたに託した方がまだ救いはありそうね」
「こんなちゃらんぽらんに任せることになるとは、どんな冗談なんでしょうか……」
二人の声には半ば諦めの色。説得は不可能だと悟ったらしい。
「それじゃあ、行ってくるよ」
「くれぐれも気を付けなさいよ」
背中越しにひらひらと手を振りながら部屋を出ていくカミツレ。
王国の命運を握っているかもしれないというのに、まるで気負った様子がない。
ただひたすらに阿呆なのか、どこまでも腹を括っているのか。
「わたしも今日のところはお暇させて頂きますね」
「オレも~」
「二人も気を付けなさいよ?」
「そういうシーリアちゃんこそ気を付けろよ~? 一応王女様なんだからさ」
「一応って何よ、一応って。歴とした王女なんだから」
「王女が剣をブンブン振り回して懸賞首を追うなんて普通ありえないぜ?」
「つまり、私が第一号というわけね。素敵。フロンティアって呼んでくれて構わないよ?」
嘯くシーリアを後目にスタークが出ていく。
次いでシレネがシーリアに一礼をし、クルリと踵を返し去っていく。
「祈るだけっていうのは、どうにも性に合わないわね……」
一人残されたシーリアの呟きは静寂の中に溶けていった。




