手掛かり その2
シーリアは昨日のカミツレの見解をトーデンとサバルに伝えた。すると、二人とも考え込むようにして唸った。
「なるほどね。それは盲点だったよ」
「だが、そうなると余計に戦争は避けられないな」
「そうかな~? 事実はいくらでも作れるし、犯人捕まえて帝国の指示でやったってことにしちまえば? 帝国同様に言った者勝ちだぜ兄貴」
「お前は本当に小狡いな。敵に回したくないものだ」
「褒められてんのか、貶されてんのか」
「両方だ」
「我が兄ながら、ひでぇ」
「ところで、お二人は犯人の手掛かりについて全く情報をお持ちでないのですか?」
「ないな」
「そもそも興味がない!」
即答するトーデンにサバル。トーデンの領分は政治だ。賞金稼ぎや警邏隊の者たちがするようなことまでは手が及ばないのだろう。サバルに至っては言うことない。この期に及んでどこまでもブレない姿はある意味賞賛ものだ。
「まぁ、お二人はどうにか帝国との戦争を回避する方法を模索してください。私は私で王族殺しについて調べますから」
「ふん。貴様に言われるまでもない」
「頑張ってね~。オレは気が向いたらやるよ~」
シーリアはそう言って謁見の間を後にした。
「お、もう終わったのかい?」
王宮から出たところでスタークが合流する。ヘラヘラと軽薄な笑みを浮かべながら近寄ってくる彼の頬や首筋にはいくつものキスマーク。大方の予想は付くが、念のために確認してみる。
「スターク、あなたはどこに行っていたの?」
「オレ? いつも通り、女給ちゃんたちに癒してもらってたよ?」
「本当にあなたって男は……」
確認するまでもなかった。呆れて何も言えないが、今に始まったことではない。
「まぁまぁ。これでもただ遊んでいたわけじゃないからね」
「へぇ? 何かあったの?」
「実はさ、可愛い子ちゃんの一人に聞いたんだけど、最初に殺されたゾニエ家にはどうにも黒い噂が絶えないらしくてね。何でも、裏稼業の奴らと懇意にしていたとか」
「ゾニエ家って、前国王から疎まれて末席に追いやられたところですよね?」
「ええ。それが原因で、そのときのことを大層恨めしく思っているという噂を聞いたことがあるわ」
「じゃあさ、現体制の転覆を企んでいた、ってことは知ってる?」
「え!?」
「オレも初めて聞いたときは驚いたよ。でも、どうやら本当らしい。それで、彼らが協力を仰いだ先ってのがバールンバウ・ファミリーのサイフォンらしい」
「サイフォンって、あの?」
出てきた名前は、事情通の間ではよく知られたものだった。
いわゆる裏稼業を生業にしている者たち。その中で最も幅を利かせているのが、バールンバウ・ファミリーである。ボスであるサイフォンはこの国の権力者たちに取り入り、多数の汚職に関与してきた。最初は利用される側だったが、働いた悪事の数だけ強請りのネタを掻き集めて、いつしか権力者たちを脅す側へとなったのである。
「確かにサイフォンはこの国の汚いところをたくさん知っているでしょうけど、相当に計算高いという噂よ? そんな与太話に乗るとも思えないけど……」
「ていうか、国家転覆を狙ったのがゾニエ家なら、どうして王族殺しの最初の犠牲者が彼らなの?」
と、至極当然の疑問を口にするカミツレ。これにスタークは首を横に振った。
「そればっかりは犯人に聞いてもらわないとオレにもわからないよ」
ただ、と続ける。
「あの家はあんまり良い噂を聞かないからな~。トレバス村の件とか。各方面でたくさん恨みを買ってそうだし」
「トレバス村って、確か帝国兵の襲撃で地図から消されたっていう……」
シーリアが記憶の底から引っ張りあげた情報は、数年前に帝国との国境付近で起きた惨劇である。
「ああ。表向き事故って形で処理されちゃいるけどね~。まぁ、耳聡い奴らの間では有名だな、帝国と密約を交わしたゾニエ家が裏で糸を引いていたってのは」
帝国はトーリンデルスに対して幾つもの諜報活動をしている。その中には、王国の要人を抱き込むというのも含まれている。
そして、その標的に上げられたのがゾニエ家というわけである。待遇に対して不満を抱いていたところに付け込まれた形だ。
帝国との国境付近にトレバス村はあった。ゾニエ家の領地でもあるそこは、帝国から王国に至るルートの一つになっていた。当然、そこでの検問はゾニエ家である。
国境付近の検問と言えば、当然ながら厳しい。だが、ゾニエ家はあろうことか本来厳しいはずの検問に穴をあけ、そこに亡命者を装った帝国兵を引き入れたのである。
侵入に成功した帝国兵はトレバス村を蹂躙。騒ぎを聞いて遅れてやってきた王国軍に制圧されるまで殺戮は続いたという。
「計算違いだったのは、王国が件の帝国兵たちをその場で殺さなかったことだろうね」
帝国は自国の旅行者が被害にあったとして王国へ報復するはずだった。国境地帯を発端とした紛争は拡大し、やがては侵略戦争へと形を変えていく。それが描かれたストーリーというわけである。
「結局は、ゾニエ家の企みに気付いた国王陣営によって戦争は寸でのところで防がれたわけだけど、そのときに村は壊滅し、村人も相当数犠牲になったとか」
「酷い話ね……」
胸糞悪い結末にシーリアが眉を顰めていると、強張った顔をしているシレネに気付く。
「シレネ……?」
「……え? ああ、何でもないですよ。ただ、あまりに凄惨な話に理解が及ばなくて……」
苦笑するシレネ。
事情を知っている者であっても、なかなかに堪えるものがある。初めて知った者であれば、その反応も仕方ないだろうとシーリアは納得する。
「ていうか、そのゾニエ家はどうしてそのときに滅ぼされなかったの?」
当然の疑問を口にするカミツレ。
「それは……」
スタークが困ったように笑い、ちらりとシーリアを見る。
「王国も一枚岩じゃないってことね。ゾニエ家を庇う奴らが王宮内にいたということよ」
「王が詰め切れなかったってこと?」
「そういうことになるわね。もちろん王の権力は強大よ? それでも、蔑ろにできない相手も存在するわ。下手に反抗されたら国の中枢が止まるくらい、大きい敵がね」
「へぇぇ。王宮って、おっかないところだねぇ」
「まぁ、何はともあれそのあたりを調べてみるのは有効じゃないか?」
「そうね。そいつらがどこにいるかは、もう掴んでいるのよね?」
「もちろん!」
「なら、決まりね。まずはそいつらから情報を聞き出すことにしましょう!」




