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手掛かり その1

 それからというもの、何かとシーリアはシレネに絡むようになった。通り掛かる度に声を掛け、反応に困るシレネを見て楽しんでいる様子だった。

 苦笑しながらも「所詮は王女様の気まぐれだろう」と、シレネはそう考えていた。

 しかし、いつまで経ってもシーリアの戯れは終わる気配はなく……。


 後でわかったことだが、例の一件でシレネが他の給仕たちに叩かれないように、敢えてシーリアは自分の影をちらつかせていたらしい。随分と几帳面なことだ。王女らしからぬ振る舞いである。


「本当にあのお方には困ったものです。大勢の諸侯貴族同様に傍若無人で、暴君だったらいっそどれくらい楽だったか……」


 苦笑するように零すシレネ。


「――まぁまぁ、そこまでにしときなって親父殿。シーリアを呼んだオレが悪いみたいになるじゃん。シーリアだって王族の端くれ。オレや兄貴、親父殿のために動くって言ってんだし、そう邪険にしなくても良いんじゃないの?」


「……ふん。王族に連なる者であるならそのように振る舞って然るべきだ」


「それを言われるとオレも立つ瀬がなくなっちゃうしさ。ほら一応、家族じゃん?」


「ふん。馬鹿馬鹿しい」


 そう切って捨てる現国王だが、彼が王位に就く際はかなり大変だったという。彼にも兄がいたそうだが、王位継承権を巡って血みどろの争いが起きたとか。しかも、本人たちの意志に関係なく、彼らの後ろの派閥によって引き起こされたらしい。だからこそ、家族といったものに拒否感を持っているのかもしれない。


「邪魔だからって辺境で暮らさせてといて、利用価値があるかもって呼び寄せて、そりゃ反発もされるって」


 同情するような視線をサバルがシーリアに向ける。

 元々シーリアは、ルグリカ国境付近の西方の街で母親と二人で暮らしていた。その母親も彼女が二十歳の時に病気で他界。その直後くらいだ、王宮から呼び戻されたのは。

 シーリアとしても、かねてより剣の道以外のものも知りたいという思いがあり、悩んだ末に王宮に来たというわけである。

 しかし、肩肘張った見栄ばかりで実のない王宮暮らしにはすぐに嫌気が差し、王女から賞金稼ぎに転身した。自分ひとりでも生きていけることを証明したかったからである。

 或いはもしかしたら、母を捨て、自分を都合の良い駒としか見ていない王への反抗心があったからかもしれない。

 その当てつけを王が快く思うはずもなく、シーリアは王宮からの風当たりが強いのである。とはいえ、彼女からすれば承知の上で独り立ちしたということもあり、さして気にしていないのが実情だが。


「それにだぜ」


 と、サバル。


「どうせ王位には兄貴が就くんだし、オレもシーリアにもその気はないんだし、親父殿みたいにはならないさ」


「さて、どうだかな」


 王はそう言って話は終わりだとでもばかりに口を閉ざした。


「助かりました。サバル兄様」


「気にすんな。気が向いただけだし」


「サバル兄様が気分屋ということは重々承知しております。まぁ、そのサバル兄様から王宮に来いと連絡があったときは驚きましたけどね」


「そうか? そろそろ王宮の動きが気になる頃合いだろうなと思っていたんだけど?」


「まぁ、その通りはあるのですが……」


 口ごもるシーリア。

 気分屋のサバルが自分のことを気にする。それが意外でならなかった。それに何より、兄のその予想がズバリ的中している所為で、どこか気味悪さの方が先行してしまうのだ。


「貴様ら、王の御前であるぞ? 慎め」


「兄貴は本当にお堅いな。こうして親子一同が揃うなんて久々なんだし、仲良くやろうぜ?」


「ふん。お気楽弟や放蕩妹とは背負っているものが違うのだ。少しは責任を負ってみたらどうだ? 貴様のその軽薄な態度にも厚みが出るというものだ」


「勘弁してくれ。責任なんて背負った日には、その重さで舌を噛み切っちゃうぜ」


「――それで」と、トーデンがシーリアへと視線を向けて、「野に下り、賞金稼ぎなどという低俗の極みに身を窶して何か変わったか?」


 相変わらずの嘲笑するような物言い。今に始まったことではない。賞金稼ぎになる前も、なった後も変わらない。以前はそれに苦しんだこともあったが、今となっては、妾の子でありながら思い通りにならないどころか、体面に泥を塗った自分のことを鬱陶しく思っているのだろう、その程度にしか感じない。


「そうですね。少なくとも、この鳥かごのような王宮で実益のない会議をしたり、見栄ばかりを取り繕ったりすることの愚かさに気付くことはできました」


 シーリアがそう応じると「ヒュウ~」とサバルが口笛を吹く。言葉の矛を突き付けられたトーデンはと言えば、呆れるように首を横に振るばかりだ。


「やはり、貴様は何もわかっていないな……少しは見聞が広まったかと思えば、相変わらずおめでたい頭のままとはな」


「さて。おめでたいのはどちらでしょう? 帝国が提示してきた期限まで二週間を切りました。もし期限を守れず、戦端が開かれたら最後、この国は骨の髄まで蹂躙されるでしょう」


 しかし、とシーリアは続けた。


「帝国からの宣戦布告を受けてこの国が何かしたでしょうか? 戦争を回避しようと動くでも戦いに備えるでもなく、ただ自分たちの立場の保守にのみ奔走する。何者かに命を狙われている今もなお具体的な対策を打たずに人任せ。一番の臣下である国民に後ろ指を指されながら笑われるのも致し方なしでしょう?」


「我々が慌てふためいたらそれこそ帝国の思うツボというものだ。重心低く泰然とすることこそ肝要だ」


「それは、何もしないで手をこまねいていることの言い訳にはなりません」


「言い訳と、そう言ったか?」


「どこか間違いが?」


「貴様――」


 トーデンが激昂しかけるのを見て、サバルが間に入る。


「――まぁまぁ。お互いに言いたいことはあるだろうけどさぁ、一旦置いとこうか。今は喧嘩している場合じゃないでしょ?」


 意外なことにサバルが執り成す。だが、思い起こせば何かあったときはいつも彼が仲裁をしていた気がする。普段はちゃらんぽらんな彼だが、ここぞというときにはしっかりその力を発揮していたように思える。勘所を見抜く力というのは、長兄であるトーデンにも勝っているだろう。


「実際、シーリアの言う通り王族殺しの犯人の手掛かりはわからず、帝国との衝突を避ける方法も見つからないしね」


「そもそも帝国との戦いを回避する方が無理というものだ。奴らはかねてよりこの国を欲してきたのだからな。だから、この国が重層世界との途絶の原因だなどと法螺を言ってきているのだ」


「ではどうすると言うのです? まさか、降伏するおつもりなのですか?」


「選択肢の一つではあるな。焼野原にされるよりは幾分マシだろう」


「馬鹿な! 帝国が占領してきた国々の悲惨な末路はトーデン兄様もご存じでしょう!?」


「負けた国の民は奴隷として死ぬまで働かされ、抵抗しようものなら家族から知人に至るまで皆殺しにされることか?」


「そうです! それを知っていて降伏など、選択できようはずもないです!」


「それでも、正面から戦えばそれ以上の数が死ぬ。それこそ、降伏の先に待っている絶望よりも遥かに大きな数がな。どれだけ辛かろうと生きているだけマシというものではないか?」


「人の命は数では測れません! ご存じでしょう!?」


「そうは言うけどさ、シーリアは何か案があんの? この国にまともな戦力がないのはお前も知っているよね?」


 サバルの言う通りトーリンデルスの保有する武力は微々たるものだ。ルグリカとランキッサという二国に挟まれ、常に監視という名の圧力を受け続ける中で戦力の増強などとできるはずもない。少しでも防衛力を拡張しようものなら、即座に二国から使者が訪れる。


「王族殺しの犯人を見つけられれば、また話は別なんだけどねぇ」


「その件に関してですが……」

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