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神喰らい

       ■■■


 長老エルザが住まう館の一室。

 その端にベッドが一つ。使用者の額には尋常じゃない量の汗。意識がないというのに、その顔は酷く苦しそうに歪められている。


「容体はどうっすか……?」


 リーナシアはベッドに横たわるスヴェンを酷く心配そうに見つめながら訊ねた。

 新型の棄獣を倒した後に、倒れた彼を部屋まで運んだのも彼女である。


「控え目に言ってもかなり悪いですね……」


 フルフルと首を振るララーナの返答に部屋の中にいた誰もが息を呑む。

 治療師であるララーナがそう表現するということは、相当に深刻な状態にあることを意味する。それを理解してのことだろう。


「スヴェン様の理力路は乾燥しきった粘土のようにボロボロです。こんなに酷いのは見たことないというくらいです。こんな状態で戦っていたなんて……」


 外傷の治療ばかりで、理術を使えないスヴェンの理力路など診ることがなかった。

 今回もそうだ。ララーナは倒れた彼の傷を治癒理術で癒し、容体を窺っていた。

 しかし、それから一晩二晩と時が経っても彼が目を覚ます気配はなく、それどころかどんどん悪くなる一方。そこで、戦闘で負った傷以外に何か原因があるのではと思い、調べてみて絶句したというわけである。


「その言い方を聞く限り、さっきの戦いの所為というわけじゃなさそうだなぁ?」


 ヴァルダの問いにララーナはコクリと頷いた。


「倒れられる前にスヴェン様が放った理術というのは、あくまできっかけに過ぎないかと。これほどの損耗は、長い間理力路を酷使し続けていたからとしか思えないです」


「だがよぅ、あいつはこれまでに理術を使ったことがないんだぜぇ?」


 それが不可解なところだ。ララーナの見立てでは、長期間に亘って強い負荷を掛け続けられたとしか考えられない。だが、スヴェンがこれまで理術を使えなかったことは彼女も知っている。何しろ、理術を使えるようになろうと躍起になって特訓していた彼の姿を事あるごとに隠れながら窺っていたのは彼女だ。

 故に、理解できない。


「今のスヴェン様は、理力が暴走した状態にあります。スヴェン様の意思に関係なく理力が際限なく熾され、でも満足に理術を使えないことでその行き場もなく、体の内に留まっては中から苛んでいる……」


 理力は超常の術をこの世に顕現させるための燃料だ。そのエネルギー量は尋常ではない。通常であれば理術という形で消費されるが、それを留めて置くなど人の体が耐えられるものではない。


「なら、理力を何かしらの手段で無理矢理爆発させたらどうじゃのぅ?」


 騒ぎを聞いて駆けつけてきたエルザも提案するが、ララーナは力なく否定を返す。


「それも難しいかと。今のスヴェン様の理力路は壊れかけです。限界ぎりぎりで踏み止まっているところに、下手に理力を流し込んで理術を使いようものなら、それこそ決壊してしまいます……」


「理力が勝手に生成されて、しかも本人は意識がないし、あっても満足に使えない。おまけに使おうとしたら壊れちまうときたかぁ……」


 ヴァルダはその先を言葉にしない。出口のないトンネルに入り込んでしまったことは、誰の目にも明らかだった。


「私の所為、ね……」


 唐突にアウラがポツリとそう零した。


「私がスヴェンの理力を根こそぎ奪っていたから……」


 その言葉の意味を察して、「そういうことかぁ……」とヴァルダが腕を組んだ。


「嬢ちゃんが肉体再生のためにこいつの理力を利用し、こいつはガキんときから理力を無意識に生成し続けてきた。だが、嬢ちゃんが肉体の再生を終えて復活した今、不要になったというのにこいつの体は今もなお理力を熾し続けているというわけだなぁ」


 スヴェンはその昔、アウラと契約した際に理力を根こそぎ奪われ死にかけたという。おそらくそのときの影響だろう、彼の体は生き残るために必死に理力を生成するようになった。

 そして、アウラはあればある分だけスヴェンの理力を奪っていた。それにより、スヴェンの体は理術の発動有無に関係なく、常に限界まで理力を生成するようになったというわけである。

 その結果が、壊れかけの理力路なのだろう。

 自分の所為だとばかりにアウラがその表情に影を落とす。


「そんな顔しなさんな。嬢ちゃんの所為じゃねぇよ。仕方ない、って奴さぁ」


「そうっすよ! アウラっちがいなきゃ、今頃この世界は重層世界に飲み込まれていたんすから!」


「じゃな。何はともあれ、今はこの状態を解決するのが先決よのぅ」


「ララっちの理術で……って、それができればここまで問題にはなっていないっすよね」


「すみません……私の理術は外傷には効くのですが、理力路の劣化までは……」


 どんどんララーナの声が小さくなっていく。老化を癒せないのと同じ理屈だろう。さすがの彼女であっても打つ手がないらしい。

 気まずい沈黙が流れる。

 事情が事情なだけに、世界でも二例とない事象だろう。著名な医師や研究者の協力を仰いだとしても有効な策が見つかるとは思えない。そもそも、スヴェンたちはローラン教皇殺害の嫌疑で絶賛世界的に追われている身だ。そんな者たちに協力しようという者はいないだろう。いたとしても、見つかるまでにどれだけの時間が掛かることか。

「ララーナ、そちの見立てで構わん。猶予はあとどれくらいじゃ?」


「一週間持てば上々といったところかと」


「長くて一週間っすか……!?」


 絶望を漏らすリーナシア。告げられた期限はあまりに残酷だ。この難題を解決するにはあまりに短すぎる。

 再び重たい空気が流れる。


「……一つだけある」


 ポツリと呟いたのはヴァルダだ。


「あまりに薄い望みだがなぁ」


「そんなのがあるならさっさと教えなさいよ!」


 責任を感じているのだろう、必死の様相でアウラがヴァルダに詰め寄る。


「馬っ鹿。これは最後の手段と言われる類のものだぁ。他にどうしようもなく、行き着くところまで行ってから、最後の最後に選ぶような……それを自分の意志で選択できるならまだしも、本人の意識がない中で提示できるわきゃねぇだろうがぁ」


 ヴァルダの冷静な声がアウラを打つ。


「……ごめんなさい。取り乱したわ」


 ハッとした顔をしたアウラは、ク゚ッと歯を食いしばりながら視線を足元へと落とした。原因を作っておきながら何もできない自分に腹を立てているのだろう。


「気にすんなぁ。気持ちはわかるからなぁ。それにまぁ、嬢ちゃんの言う通りこれしかなさそうだしなぁ」


「勿体ぶってないで早く言えっす!」


「イオキベ・イベリス――あいつを起こすんだよぉ」


 ヴァルダの言葉に反応したのは、その意味を真に理解しているリーナシアだけだ。


「イベリスって、えええ!? あの魔人を頼るんすか!?」


 この世の終わりが来たという表情を浮かべるリーナシア。


「イベリスって……?」


 事情を呑み込めずにいるアウラが問い掛ける。


「そっか。嬢ちゃんは知らないよなぁ」と、ヴァルダが何を懸念しているのか頭を抱えて、


「【神喰らい】って呼ばれる奴のところに行こうって話だぁ」


「【神喰らい】……?」


 女神であるアウラからすれば、その不穏な響きに眉を顰めるのは当然のことだった。

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