詰問
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英雄を探している――目の前の青年はそう言ったか。
シーリアは耳を疑い、記憶を遡るが、やはり答えは同じだった。
「ええと……本気で言っているのかしら?」
「本気も本気。超本気。逆の立場だったら同じように問い返しているところだと自覚するくらいには本気だよ」
「気が触れたわけじゃないのね。むしろ、そっちの方が話は簡単だったかもしれないけど」
脳外科もしくは、精神科を紹介すれば事足りる。それでも駄目ならば街外れの教会に連れていけば良い。そうできないことが悔やまれる。
「――で、どうして英雄とやらを探しているのかしら?」
「その答えは単純明快! この残念極まる世界を救って欲しいからだよ!」
「はぁ……」
傲然と言い放つ割には、その中身は随分と人任せだ。
「他力本願もここに極まれり、ってところね」
「なぁに! こんなときくらいしか英雄の出番なんてないしね! 『勇者と英雄こそが平和の敵』ってね。世のため人のためにその血が涸れ果てるほど身を粉にしてもらわないと!」
「いやいや、勇者も英雄もただの称号だし、後から人々によって付けられるものだし、何一つとして意味がわからないわ」
やはりカミツレというのはどこまでもふざけた男だ。その言葉に厚みは一切なく、真実の切れ端すらないように思える。
気配という気配もない。それがなおさら怪しい。自ら気配を断とうとする輩にろくな者はいないと相場が決まっている。
剣呑な目つきで見据えるが、眼前の青年はどこ吹く風だ。それが妙に腹立たしい。
「――で? 英雄とやらは見つかったの?」
その問いにカミツレは力なく首を横に振った。
「残念ながら。そもそも英雄なんていたら、とっくに動いているだろうしね。まぁ、【剣神の娘】と呼ばれるほどの使い手である君が一番近いかなとも思ったけど……」
「随分と含みを持たせるじゃない」
「う~ん。他を探すべきかなと思ってねぇ……」
言い難そうに応じるカミツレ。一応、彼なりに気を遣っているらしい。ただ、気を遣っていようがいまいが、その言葉が指し示すところは明らかだ。
「別に自分自身を英雄だなんて思ったことなんて一度もないけど……」と、シーリアは静かな面持ちで告げて、「でも、まるで力不足みたいに言われるのは心外ね」
キッと睨み付けると、カミツレは小さく首を横に振った。
「力不足だなんて、とんでもない。僕が言いたいのはそうじゃない。英雄ってのはもっとこうぶっ飛んだ奴じゃなきゃ駄目なんだ。単に、君には似合わない、って話さ」
「知ったような口を利くじゃない?」
「予想はつくよ。その確度たるや天気予報も郭やといったところさ!」
比較対象が比較対象なだけに、最初から最後まで胡散臭い。しかも、わかっていてわざと言っているらしい。なおさら質が悪い。
「剣に生きるだか何だか知らないけど、世界が狭い。狭すぎる。不自由の極み。自分で自分を縛るなんて、もうね、不毛すぎる」
真っ向からの否定。
しかも、出会って間もない相手に、だ。そんな相手に自分の何がわかるというのか。
薄々感じていたが、確信に変わる。遅かれ早かれ衝突する気はしていた。それが今になったというだけの話だ。
ロングスカートをたくし上げ、左太腿に巻いた剣帯から小剣を抜く。それを右手に持ち、正眼で構える。
元より、自分には剣しかない。言葉など飾りだ。そんなものに頼ろうとしたのが間違いだった。
「もしかしたらこれがあなたの企みなのかもしれないけど、そうとわかっていても無視できないわね」
すぅっと心の内が冷えていくのがわかる。
立ち昇らんとする闘気を圧縮して身に纏い、剣に流し込む。そうして全身を一振りの剣と化す。
「――構えなさい」
冷たく、ただ一言。
有無を言わさぬその命令に、カミツレは肩を竦めて渋々といった様子で腰に提げたベルトからナイフを取り出す。それを左で持ち、相対する。
思い返せば、昨晩も同様に左手で構えていた。だが、その筋肉の付き方や重心の位置は右利きであることを示している。
「あら? 右利きじゃないのかしら?」
「これだと本当に命のやり取りになりかねないからね」
そう言ってカミツレは外套の隙間から小銃を覗かせた。理力変換機構が組み込まれた独特の形状を見るに、どうやら通常の小銃ではないらしい。理力を弾丸として撃ち出す理力銃と呼ばれるものだろう。
(確かにソレじゃあ峰打ち出来ないわね)
もっとも、銃程度でどうにかなるほど【剣神】という言葉は安くないけど――。
そんなことを思いながらふと気になったことがある。銃を得物にしている割には、随分と筋肉量が多い気がする。重心の在り方とか、どちらかというと剣士のそれだ。それとも何か企みがあるのか。
「切り札は隠さずに最初から全力で応えた方が身のためよ?」
「そうかな? 僕は、奥の手は最後まで取っておくべき派だけど?」
「そう――」
相手が了承した上でそれを使わないと選択したのなら気にすることもない。
「――私が勝ったら、あなたの知っていること洗いざらい吐いてもらうから」
フッと浅く息を吐いて一気に距離を詰める。昨日の反応速度を見る限り、油断できない相手だ。しかも、用心棒として名を挙げているというではないか。ならば、一切の油断も躊躇もなく打って出るのみだ。
「ハァァァァ!」
裂帛の気合のもとに剣を振り下ろす。
そのとき――カミツレが小さく笑った気がした。
次の瞬間、剣が空を切る。
シーリアの目の前には地に顔から倒れ伏す青年の姿が一つ。剣を交えることすらなく、カミツレが倒れたのである。
「…………は?」
振り下ろした剣の行方を失い、唖然とするシーリア。
「何してんの……?」
「いや、ちょっとばかしお腹が空いて……」
地面と抱擁しているカミツレが消え入りそうな声で応じる。
ぐぅぅ、と情けないを形にしたような音が静かな路地に鳴り響いた。




