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奇襲

        ■■■


 パルテミシア大森林。

 死の森とも呼ばれるそこは、外界とは一線を画す。外の大混乱など嘘の如く、どこまで静寂が辺りを包んでいる。

 そんな森の奥にこじんまりとした里が一つ。ロロリト族の集落である。


「全然駄目だなぁ。てんで話にならねぇ」


 里の空き地で呆れた声を漏らすのは、理鋼糸を操るヴァルダである。


「マッチの方がよっぽど役に立つというもんだぁ」


 そう言って理鋼糸を回収し、懐から煙草を取り出し、マッチに火を点ける。

 ぷはぁと紫煙を吐き出す彼に反論する声が一つ。


「う……るせぇ……ようやく、炎を、灯せるようになったんだ、大進歩だろうが」


 ゼェゼェと呼吸を乱しながら地べたに座り込むのはスヴェンだ。黒瑪瑙を彷彿とさせる漆黒の髪は汗で額に張り付き、身に纏った戦闘服はぐっしょりと濡れている。


「まったく、大の大人が理術一つ満足に使えねぇとはなぁ。ガキでももっとできるぜぇ? センスねぇなぁ」


「しゃあねーだろ……こちとら理術初心者なんだよ」


 スヴェンも反論するが、上手いこと理術を使えないという事実は変わらない。言えば言うほど虚しさだけが募っていく。

 ここ二週間ほどスヴェンは理術を扱えるようになるための特訓を繰り返している。練習相手には、理術のスペシャリストであるヴァルダを設定。

 簡単な理術であれば子どもでも使えることから、大人である自分であればすぐに使いこなせるようになると、当初はそう考えていた。

 しかし、現実とは往々にしてままならないものである。


「まさか、こんなにも理術を使うことが難しいとはな……」


 理術とは、神々との契約により行使できる超常の術だ。扱える理術の規模は自身の理力に依存し、理力が大きければ大きいほど、扱える理術の規模も増していくと言われている。なお、扱える理術の系統は契約した神に準拠する。スヴェンの場合は、炎の女神であるアウラと契約しているため、炎系統になるというわけだ。

 そして、現在彼が直面しているのが、理力を燃料として燃やし、理術としてこの世に顕現させるというその感覚が掴めない問題だ。


 体内に張り巡らされた理力路を活性化させる。熾した理力を一点に集中させ、想像した光景をなぞるように一気に放出する。さすれば、理術は応えん。


 ――言葉にするとそんな感じらしい。


「いやいや、わかんねぇよ。なんだよ、理力路を活性化させるって。一点に集中? 燃焼?」


 言葉で聞いても何が何だか。厄介なのは、言葉じゃなかったらもっと意味がわからないということだ。

 練習風景を面白がってリーナシアが飛び入り参加したこともあるが、猫耳教官曰く「グルンッとして、グググッとこう溜めて、んでもってバッと解放する感じっす!」とのこと。


 ……謎は深まるばかり。


 おそらくは理力が理力路に流れ込むところを指しているのだろう、彼女に全身を撫でられた後に、指先を摘ままれて、「今っす! 解き放つっす!」とか言われたが、何も起こらず。

 結局、手取り足取りの特訓は残念ながら実を結ぶことはなかった。

 それでも、練習を続けているうちに爪先ほどの大きさだが、指の先から炎を灯せるようにはなった。

 と言っても、まだ十回に一回成功すれば御の字といった割合である。しかしながら、全く可能性がないよりかは精神的にも随分とマシになったというものだ。


「そう思っていたんだがなぁ……」


 深いため息を吐くスヴェン。

 炎を灯せるようになってからその後が続かない。

 未だ炎を大きくすることも成功確率を高めることもできず、そこで停滞してしまっているのである。さすがのヴァルダもこれにはお手上げといった様子だ。


「まぁ、ガキんときが一番飲み込み早いっていうのは事実だし、下手に説明するよりも体で覚えちまうからなぁ。ある意味大人になってから練習する方が大変かもなぁ」


 大人になってから練習する奴なんざぁ初めてだがなぁ、とありがたいお言葉まで付け加えてもらう始末だ。

 好きでこんな体になったんじゃねー、と反論しようとして、その不毛さを悟り引っ込める。

 どれだけ言葉を重ねても現状は変わらない。愚痴を零すよりも、一回でも多く練習する方が建設的というものだ。未来に向けて思考を切り替える。


「おお~。精が出るのぉ~?」


 スヴェンの後ろから声を掛けてきたのはエルザである。


「里の周囲の見回りをしながら訓練にも励むとは、勤勉じゃな」


「まぁ、この里には世話になっているからな」


「ありがたい限りじゃ。そなたらが棄獣を狩ってくれるお陰で、皆も随分と安心しているようじゃ」


「そう言って貰えるなら何よりだ」


「それに、そなたらが来てから里の雰囲気も明るくなったしのぅ。善き者たちでほんに良かったのじゃ」


 コロコロとエルザが笑う。その目は実に穏やかだ。初めて会った時のような剣呑さはない。

 彼女のたちの暮らしぶりを考えると、如何に追い詰められたものだったのか容易に想像がつく。人の目から逃れるためとはいえ、棄獣が跋扈するこの森で生活するということは、四六時中死の危険と隣合わせであることを意味する。とてもではないが、心安らぐときなどなかっただろう。実際、これまでに数えきれないほどの者たちが棄獣の犠牲になったと聞く。

 そんな彼女たちが笑って暮らせるようになったというのであれば、多少なりとも貢献できているというものだ。


「さてと、一休みしたし、もう一度練習――」


「――たたた大変です!」


 パタパタと慌てた様子でララーナが駆け寄ってくる。のんびりとした性格の彼女がこうも急いでいるとなると、余程のことが起きたらしい。

 新緑の長い髪を風にたなびかせ近くまで来ると急停止。その顔にはあらん限りの不安。


「き、棄獣の大群が里の近くにっ!!」


 その一言で事態の深刻さを悟る。


「先にリーナシア様とベルリア様が向かわれたのですが……」


「あの馬鹿どもが……今すぐ戻るように連絡しろ。あとアウラを捕まえて来い」


 おろおろと狼狽えるララーナにスヴェンはそう告げると、ヴァルダへと視線を移す。

 既に臨戦態勢に入っていたヴァルダはこくりと頷いた。


「ワクチンがあてにならん今、基本的にはオッサンと嬢ちゃんとで対応するしかねぇ。お前さんはもしもの時の後詰だなぁ」


 森の中を疾走しながら簡単に打ち合わせを済ませる。

 端末に備え付けの防疫機構はローカル環境でも作動する。問題は、重層世界が消滅した今、棄獣との戦闘で必須のワクチンが更新できないということにある。

 もし、相手が新種や亜種の棄獣だったら、重層世界消滅以前のワクチンでは対応できない。その場合、引っ掻かれたり、噛まれたりして外傷を負ったら棄獣化は免れない。

 要するに、人としての死である。

 一応、端末は装着するが、どこまで信頼できるかわからない今、棄獣との接近戦は避けるべきだ。故に、理術で遠隔から攻撃できるアウラとヴァルダの出番というわけである。


「スヴェン! もうすぐそこまで来てるっすよ!」


 目撃地点へと向かう途中でリーナシアたちと合流する。どうやら、端末間での通信が届く範囲にいたらしい。ララーナからの通信を受けて、最前線から少し引き返してきたとのこと。普段は明朗快活な彼女でも事態の深刻さに気付いているのか、その表情は険しい。


「お前たちは里に戻って皆を安心させてやれ。最悪、お前たちが最後の防衛線になることも忘れるなよ?」


 スヴェンがそう告げると、


「え? おにいさんは? ワタシたちが戻るならおにいさんも戻らなきゃじゃないの?」


 大鎌を引っ提げたベルリアが首を傾げる。当然の疑問だろう。


「阿呆。所員だけを最前線に立たせる所長がいるか」


「そんな非合理的なことを言っている場合かな~?」


「そこはまぁ否定しないが……」と、困ったようにぽりぽり頬を掻くスヴェン。「例えばヴァルダがヘマして棄獣になりかけたら、誰が介錯してやるんだ?」


「それは……」


 ベルリアがその言葉の重さを察して閉口する。スヴェンはそんな彼女の頭へポンと手を乗せる。


「まぁ、お前が危惧する通り、棄獣になる可能性が最も高いのは俺だけどな」


 沈んだ空気を打ち払おうと冗談めかして言うが、全員から非難めいた視線が飛んでくる。

 冗談でも言うな、そう言外に指摘されている。

 確かに少しばかり不謹慎だったかもしれない。

 素直にそう反省していると、


「――待たせたわね」


 アウラが合流する。全力で駆けつけてきたのか、その額には汗が滲んでいる。


「さて、全員揃ったし、改めて確認だ」


 端末を操作して、立体地図を空中に展開する。重層世界との通信を必要とする機能は軒並み死んでいるが、ローカルで完結するものは今でも使える。それだけが唯一の救いとも言えるかもしれない。


「標的はこの辺りで発見されて、今現在、里の目と鼻の先というところまで来ている」


 棄獣の様子を見てきたリーナシアがコクコクと頷く。皆に共有している情報に間違いはないようだ。


「位置についたらアウラとヴァルダは横に広く理術を展開。メインアタッカーはいつも通りアウラ。ヴァルダは防衛線を張ることに注力しつつ、余力でアウラのサポート。後詰は俺だ。良いか、俺が必要になるときはいよいよってことだから、あんまり俺が活躍するような状況を作るんじゃねぇぞ?」


「一番楽な立ち位置なのに、何偉そうに言ってんのよ?」


 アウラが敢えて嫌なところを訊ねてくる。わざわざ貧乏籤を自ら引きに来るあたり、底抜けに真面目である。その気遣いに感謝しながらも苦笑で応じる。


「阿呆。指揮官が現場の作業をやり始めたら、大体その戦いは負けなんだよ。のんびり胡坐掻いてあれこれ指図するくらいがちょうど良いのさ」


「言っていることは間違っちゃいねぇんだけどよぉ、本人がそれを口にするかぁ、ってのはまた別問題だよなぁ」


 ヴァルダの指摘に、彼とスヴェンを除く全員が一斉に頷いた。

 それに苦笑しつつ、スヴェンは武器を手に取る。且つて愛用していた【まほろば】と【イニシャライザ】は重層世界の消滅と合わせて消えてしまった。今手にしているものは、ミリアーナたちから借りたものである。借りた手前あまり大きな声では言えないが、強靭な肉体を持つ棄獣を相手取るには心もとないと言わざるを得ない。


「さてと。この森で過ごす以上、遅かれ早かれこの時が来るのはわかっていた。なら、やることはただ一つだ。一宿一飯どころじゃない数の恩義を返すには持って来いだろ?」


「だなぁ」


「そうね」


「そうっす!」


「そうだね~」


 これまでにロロリト族にはかなり助けてもらっている。彼女たちには彼女たちの事情があるとはいえ、リコフォス教会やルグリカ教国から追われている自分たちを匿ってくれたことに変わりはない。

 全員が首肯するのを見て、


「よし。そんじゃま、行きますか!」


 スヴェンは目標地点へ向けて駆け出す。リーナシアとベルリアは反対方向に去っていく。上手いこと里の者たちを安心させてくれることを祈る。ベルリアはともかく、リーナシアはその辺り上手いことやってくれるだろう。

 目標地点に着くと、すぐさまヴァルダが自分たちの前面に理鋼糸を展開。木々の間を縫うように理鋼糸を張り巡らせ、防壁が構築されていく。これである程度棄獣の動きを止められるだろう。

 理鋼糸での防壁がある程度横に伸びたところで、盛り上がった斜面の向こうから棄獣がその姿を現す。


「来たわね……!」


 アウラが体の正面に手を翳すと、白蛇のような極高温の炎が出現し、棄獣の群れへと迫る。

 炎は先頭の棄獣に着弾すると、一気に爆発し、棄獣の群れを飲み込む。劫火に包まれた棄獣たちは瞬く間に蒸発し、後には熔解した地面だけが残された。

 正面の一団が片付いたのを見て、アウラは炎を横へと移動させていく。棄獣たちは逃げるようにしてスヴェンたちに向かってくるが、それよりも早く獄炎が接近し、その巨躯へと絡みついていく。

 アウラが炎を移動させたその反対方向では、ヴァルダの理鋼糸が猛威を振るっている。

 キラキラと炎の光を反射しながら理鋼糸が空中を閃き、棄獣たちを囲むと一気にその囲いを狭める。細くしなやかな理鋼糸は鉄鋼のような棄獣の皮膚も容易に切り裂き、一瞬にして細切れにしていく。

 いつ見ても圧倒的な範囲殲滅力だ。この二人がいるからこそ、たった四人という小規模事務所でも棄獣の群れを相手取ることができていたのだ。その二人の絶技には感服せざるを得ない。

 半刻ほど過ぎた頃には、殲滅は終わっていた。視認できる範囲で最後の一体をヴァルダの理鋼糸が搦め捕り、裁断したところで無事に戦闘が終了する。


「あぁ~しんどぉ~」


 そう言ってヴァルダは背中から地面に倒れ込む。

「これほどの規模にもなるとさすがに疲れるわね。ワクチンがないのもなおさらだし」

 ぺたりと膝を折るようにして座りこむアウラ。その端正な顔には、ヴァルダ同様色濃い疲労が見て取れる。

 炎の女神という伝説上の存在。しかし、重層世界を滅却する際に精神体で無理に理術を行使した影響か、肉体を取り戻した今も本調子ではないらしい。戦闘力だけで言えば、精神体だった頃とさほど変わらないだろう。とはいえ、それでも十分以上に強いのだが……。


「そういや、神に棄獣化って効くんかな?」


「わからないけれど、試す気にはなれないわね。神と言っても、あなたたちの親みたいなものだし」


 言われて納得。この世界の元を辿れば彼女たち始祖と呼ばれる女神に行き着く。下手に試すべきではないというのも然りだ。しかも、棄獣は現世と理が異なる重層世界産だという。何が起こるか予想もつかない。


「ひとまず、リーナシアたちに連絡した方が良いんじゃないのかしら?」


 アウラの促しに同意し、端末を操作する。


『どうなったすか!?』


「とりあえず無事に終わ――」


「――グガガァァァァァ!!」


 スヴェンが言い終える前に、凄まじい咆哮が大気を揺らした。

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