表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/83

英雄を求めし者

「――ランキッサ帝国」


 そう言って男はニヤリと笑った。

 ランキッサ帝国は大国として知られているが、それは保有する武力とそれを背景にした侵略で獲得した国土によるものが大きい。

 しかして、その実態は、同じく大国と称されるルグリカ教国と比べて天と地ほどの差がある。

【冷獄の地】とも呼ばれるほど寒さが厳しい場所に立地している所為か、ランキッサの民は皆飢えに苦しみ、凍てつく大地に耐え忍びながら生活をしている。骨と皮になるほど痩せ細り、体力のない者から寒さや病気にやられてバタバタと死んでいく。そして、死んだ者を食べて――食べられるところなどほとんどないが――どうにか命を繋ぐということも珍しくない。


 そんな過酷な状況でも暴動が起きないのは、単純にそれだけの元気が民にないからという理由と、政府が苛烈に民を締め上げているからである。窃盗など起こそうものなら、本人だけでなく親類から友人知人に至るまで処罰される。

 それ故に、賞金稼ぎが必要とされるような状況がまず発生しない。

 男の言う『良い街』とは、楽園には遠く及ばず、似ても似つかわしくないものである。


「悪い冗談ね」


 したり顔の男の言葉をそっと流し、本題に入ることにする。


「この辺りで黒い外套を頭からすっぽり被った二十歳くらいの男を見たことない? 髪は金髪。最近この街に来たとか、そのあたりだと思うのだけど」


「さてな。どいつこいつも似た格好をしているからなぁ」


 男が「見てみろ」とでも言うかのように顎で後方を指した。実際、店内は外套を被った者ばかりである。


「そういえば……」と、男が顎鬚に手を当てながら何かを思い出したのか、「お前さんが追っている奴か知らんが、見かけねぇ奴はいるぜ?」


 そう言って男は集会場の奥へと視線を向けた。


「ほら、あいつだ」


 男に促されてシーリアも視線を向ける。集会場の隅で佇むように壁に凭れ掛かる人物が一人。背格好は似ている気がするが、ここからでは昨晩の青年と同一人物かまではわからない。もう少し近づく必要があるだろう。


「ありがとう。助かったわ」


「なんだなんだ? とうとう色気づいたのか?」


「うっさい! 馬鹿!」


 否定してこちらの存在を悟られないように気配を殺しながら奥へと進む。

 人違いかもしれない――そんな不安は一目見て掻き消えた。

 フードから僅かに見える鮮やかな金髪は見間違えようもない。


 まさかこんなにも早く見つかるとは。

 標的に悟られない程度の距離で動向を窺う。待ち合わせでもしているのか、情報交換の場である集会場だというのに、標的は誰とも話すことなくただ静かに佇んでいる。

 それから少し時間が流れて不意に標的が動きを見せた。のそりと壁際から離れると、人混みをひょいひょいと躱して集会場から出ていく。

 距離を取りながらシーリアもそれを追う。

 視線の先では標的が確かな足取りで通りを進んでいく。しかし、その気配は限りなく無に近く、ともすれば簡単に見失いそうになる。

 必死に後をつけながら、ふと思う。


 ――まるで影が移動しているかのようだ。


 対象は死角を生息地とするかのように、進路を同じくする通行人の三歩後ろを歩き、影から影へと移動する。

 瞬きをする度に、視線が人混みで遮られる度に、その背中を探すことになる。

 見失わないように。

 見失わないように。

 見失わないように。

 細心の注意を払う。余計な情報を全て削ぎ落として集中する。それでいて、決してこちらの存在は悟らせない。一点に意識を集約させながらも、息を殺し、鼓動を鎮め、存在感を霧散させる。酷く疲れるが、集中を切らすわけにはいかない。

 どれくらいそれを続けていたことだろうか。

 不意に標的が足を止めて何をするでもなく立ち尽くす。

 それを訝しんでいると、はたと異変に気付く。

 周囲に人の気配がない。気付かぬうちに薄暗い路地へと入り込んでいたらしい。日はほとんど落ち、足元の影と夕闇が溶けるほど暗くなっている。――人攫いや辻斬りには絶好のシチュエーションだ。

 見失わないよう集中していた弊害が出てしまった。

 或いは、それこそが対象の狙いだったのかもしれない。額から頬へと嫌な汗が伝う。


「――探し人かい?」


 不覚を悔いる間もなく、標的が突如声を上げる。それはまさしく昨日耳にしたものと同じだった。


(バレていたっ!?)


 驚愕のあまり息を呑む。

 あり得ないと即座に心の内で否定するが、事実は逆を示している。人気のないこの場所も、いつの間にか誘導されていたのだと考えれば納得である。

 であれば、仕方ない。身を隠すだけ無駄というものだ。


「――奇遇ね。ちょうどあなたを探していたの」


 そう言って念のため周囲の気配を探る。青年の他に反応はない。仲間はいないようだ。

 だからといって、警戒を緩める理由にはならない。相手はこちらの尾行に気付いたくらいだ。用心し過ぎるということはないはずだ。

 しかし、威嚇するように睨むシーリアを他所に、青年は振り返ると、


「――おおぅ!? びっくりしたぁ」


 なぜか驚いたような表情を浮かべていた。


「――って、君は昨日の? なんだい、まだ怒っているのかい?」


 さすがにシーリアとしても昨日のことは申し訳なく思うが、今は状況の確認が先である。


「三つ確認させて欲しいわ」


「三つも!? 欲張りさんなんだね!」


 ――イラッ。


 本当にこの青年は人の気を逆立てることに関しては天才的なようだ。


「まず、どうして私の尾行に気付いたのかしら?」


「……ん? 僕って尾行されていたの?」


「え?」


「え?」


 顔を見合わせるシーリアと青年。しばらく気まずい雰囲気が流れた後、恐る恐るといった様子でシーリアは訊ねた。


「でも、さっき『探し人かい?』って言っていたじゃない?」


 シーリアの問いに青年が「ああ!」と掌をポンと打ち、次いでチッチッチッと人差し指を振った。


「ふっふっふっ。あれはこういう人通りが少ないところに来たら言うようにしているんだ」


 青年の返答に頭を抱えるシーリア。一応、その理由を聞いてみる。


「……どうして?」


「そんなの、尾行されていたときに、『実は気付いていたんだぜ!?』って振りをしたいからに決まっているじゃないかっ!!」


「…………」


 呆気に取られるシーリア。あまりにも予想外過ぎて言葉が出てこなかったのである。


「そうしたら、本当に尾行されていたなんて思わなかったけどね。びっくりしちゃったよ。でも、ありがとう。おかげで夢が叶ったよ!」


 そう言って青年はフードを外した。鮮やかな金髪はすっかり暗くなった夜闇に浮かぶようだ。


 ――この青年に真正面から付き合っていてはいけない。


 痛む頭を押さえてシーリアはとにかく話を進めることにした。


「……二つ目は、あなたの名前を聞きそびれたから、それを知りたくて」


 一瞬、青年は思案するように薄闇色の空に視線をめぐらし、そして小さく笑いながらシーリアを見た。


「――カミツレだよ」


「カミツレ……」


 確か、耐え忍ぶ者を表す花の名前とかそんな感じだったか。とてもではないが、目の前の青年とは似ても似つかない。むしろ、「正反対なのでは?」と思うほどだ。


「この辺りでは聞かない名前ね」


「だから、昨日言ったじゃないか。この街に来て日が浅いって」


「それが本当かどうかわからないじゃない?」


「『相手をどれだけ信じられるかでその人の器が測れる』って言うよ?」


 こちらのことを案じるように話し掛けてくるが、その気遣うような素振りが一番腹立たしいということに気付いていないらしい。本当にどこまでも失礼な男である。


「……最後の質問だけど、あなたの目的を教えて」


「目的? 何の?」


「この街に来た理由よ」


「だから、食い扶持を探しに来たんだって」


 飄々と嘯くカミツレを冷めた視線で迎え撃つ。すると、カミツレは両手を体の前で翳して、威圧するシーリアを止めようとする。


「おっと。嘘は言ってないよ、嘘は! なんてたって、自他ともに認める嘘偽りのない男だからねっ!」


 あまりにペラペラなその物言いに額を押さえるシーリア。その言葉の意味を察して、ジトリとした視線をつい向けてしまう。


「嘘偽りしか口にしないから、そもそも嘘も真実もない、とかじゃないわよね?」


「…………っ!?」


「いやいや、『なぜバレたっ!?』みたいな顔をされても……」


 話していてわかった。というより、再認識した。少しは歩み寄る余地があるかもと思ったが、駄目だった。スタークも苦手な部類に入るが、カミツレという男は完全に駄目だ。受け付けない。

 そんなシーリアの心境など露知らずといった様子で、「冗談はさておき!」とカミツレが続けた。


「――英雄を探しに来たんだ」


「………………はぃ?」


 たっぷりと時間を使った後にシーリアはつい聞き返してしまった。たった今耳にしたことが信じられなかったからだ。

 しかし、カミツレはどこまでも真面目な表情で、


「探しに、来たんだ、英雄を」


 …………。

 沈黙。

 そして――


「――――はぃ?」


 どちらにせよシーリアの反応は変わらなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ