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剣神の娘 その2

(気の所為だったかしら……?)


 男のその反応は少しばかり予想外だった。あの驚き様は、全くの素人だ。とても戦闘に慣れた者の振る舞いではない。

 自分の直感が外れるとは、珍しいこともあるものだ。やはり酒の影響かもしれない、そう考えていると男がこちらを訝しそうに見ていることに気が付いた。


「何か?」


「い、いや……何か君の方からとんでもない気配を感じて……」


 取り繕うようなその声は、想像していたものより若いように感じられた。もしかしたら自分よりも年下なのかもしれない。そんな相手を【剣神の娘】が警戒していたのか。そう考えると、少しばかり自分のことが情けなく思えてくる。


「気の所為じゃないかしら?」


「そうか……そうだよね……」


 不可解そうに首を傾げながらも、男は無理矢理自分を納得させているようだった。

 うんうんとしきりに頷いているところを見て、ふと思い立ち聞いてみる。


「そのフードの下を見せてくれないかしら?」


「えぇ!? 惚れられても困るよ!?」


 ――イラッ。


 先ほどまでの調子とはうってかわり、急に馴れ馴れしい。しかも冗談のつもりではなく、本気で言っているところがまた腹立たしい。


「随分自信があるのね。でも、結論付けるのはまだ早いと思わない?」


 言うや否やシーリアは一瞬にして距離を詰め、そのフードを取った。


「……結論は出たかな?」


 ――獅子が言葉を紡いだ。


 鮮やかな金髪の青年が、髪と同じ色の瞳で見つめ返してくる。やはり歳は自分よりも二、三歳ほど下だろう。二十歳かそこらに見える。きらりと輝く白い歯に鬱陶しいくらいの笑顔。良く言えば爽やかだが、悪く言えば馬鹿っぽい。そんな印象だ。


「気にはなるわね。異性に感じる類のものではないけど」


「あらま。それは残念だなぁ……」


 本気で落ち込んだのか、しゅんと萎んだ様子の青年。


「ちょちょっ!? シーリア様!? こんなどこぞの輩とも知れぬ者と触れたら穢れてしまいますよ! めっ、です! めっ!」


 シレネが聞こえるようにわざとらしく大きな声で告げる。その口元では両手の人差し指でバッテンをつくっている。


 シレネは極端に男を嫌っている。スタークとの折り合いが悪いのも、反りが合わないといった話ではない。


 しかし、だ。そうは言っても初対面の相手に取る態度としては、あまりに礼を失している。

 さすがのシーリアもこれには気まずく思い、


「ごめんなさい。この子には後でキツく言っておくから」


 謝罪を口にするが、これに青年は「気に病む必要はないよ」と笑顔で応じる。


「飼い主を真似ただけだろうし、仕方ないさ!」


 あっけらかんと言い放った。その言葉が指し示すところは単純明快である。

 シーリアの品格を疑う、つまりはそういうことだ。


「…………」


 シーリアは一瞬喉元まで出掛かった言葉をどうにか飲み込む。何かの聞き間違いかもしれない、そう考え直してチラリと青年に視線を向ける。


「えっと、今のはどういう意味かしら……?」


「え? 普通に君も失礼な人なんだろうなぁって言ったつもりだったんだけど?」


 にこにこと笑顔を絶やさない青年。どうやら他意はないらしい。裏を返せばどこまでも本気でそう思っているということになる。


 ――チャキン。


 無言で腰に提げた鞘から剣を抜くシーリア。

『プロト・グラディウス』――剣というには細く、レイピアというには太いそれは神器と呼ばれる至高の業物だ。


 剣神サルファリアが振るう本物の『グラディウス』に比べれば、格はかなり落ちる。

 それでも、神器と称されるだけあって性能は破格。どれだけ打ち合っても一切の刃毀れをせず、使用者の治癒力を極限まで高める。おまけに『プロト・グラディウス』を握り続ける限り身体能力は飛躍的に向上し、無限に近い体力を得る。


 しかも、一度召喚してしまえば、そのまま現世に留めて置くことができる。代償は召喚時のみで、使用するときには発生しない。剣神の寵愛を受けた者のみが手にできる、まさに神格級の逸品である。


 シーリアはそれをゆっくりと構える。

 少ししか言葉を交わしていないが、目の前の青年がどういう人物なのかよくわかった。

 自分の思いに素直と言えば聞こえは良いが、要は空気が読めないのだ。自分の発言の意味を考えることなく、ただ思ったことを口にする。それでいてお調子者。どこかスタークに通じる軽薄さだ。つまりは、シーリアが嫌う類の人種というわけである。


「え、え、どうして剣を抜くの!? 何か気に障ったことを言ったのなら謝るよ!」


 青年は怯えるように後退りし、そして不意に首を傾げた。


「でもなー、特に変なことは言ってないと思うんだよね。似た者同士というか、失礼な人とつるんでいることは、そういうことなのかな、ってね。その他に何か言ったっけ?」


「…………(ブチッ)」


 何かが完全に切れる音がした。

 酔っぱらっている所為か、理性による制止は掻き消え、無言且つ無表情のままシーリアが剣を振り下ろす。

【剣神の娘】と称される彼女の剣は、鋭く重い。

 剣線は正確に淀みなく――王国軍師範代でも受けきるのは不可能と評される一撃である。


「あっ、やば――」


 ハッと我に返ったシーリアは、咄嗟に剣を引き戻そうとして間に合わないことを悟る。長年の経験に基づく未来予測は、真っ二つに断ち切られたテーブルの無残な姿を映し出している。


 ――ただでさえ険悪なムードで店の主人と別れたのに、また面倒なことになるのか。


 そんなことを数瞬もない間で考えていると、剣を握る手には予想と異なる感触が伝わってきた。


「わわわっ!」


 いつの間に抜いたのか、青年のナイフによって剣は往なされ、床へと剣先を突き立てられていた。

 何が起きたかわからず茫然としていると、青年は腰から何かを取り出し、それを地面に叩き付ける。直後、強烈な光と音の波濤が押し寄せた。

 薄暗い店内に慣れていたということもあり、光の爆発は視界という視界を白く焼き切る。

 そして、狭い店内を凶悪なまでに覆いつくした轟音の所為で平衡感覚を失い、地に膝を突いてしまう。

 油断したことを悔やみながらも反射的に肉体は追撃に備えようとする。

 しかし、いつまで経っても追い打ちが来ることはなかった。

 しばらくして視界を取り戻したときには、青年の姿は影も形もなくなっていた。

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