再生のモダナイ
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「もうこれで何度目かわからないっすよ!」
リーナシアが辟易を露にする。ロロリト族に文字通り這い寄られる日々。いくら匿ってもらっているとはいえ、気の休まるところがないのは堪えるらしい。
「人気者じゃねぇかぁ。喜んだらどうだぁ?」
「ふざけるなっす。アタシの貞操は好きな人に捧げるって決めてるっす」
「そうやって拗らせんなよぉ」
ひらひらと薄情そうに手を振るヴァルダ。
「まぁまぁ、あまり里のみんなを嫌わないであげてください」
リーナシアの隣に座るララーナが困ったように笑った。そんな彼女にリーナシアがジトリとした視線を向ける。
「そういうララっちが一番危ないんすけど……ふとスイッチ入ったときに覆い被さってくるのはやめてほしいっす」
「あ、あはは、あのモードになっちゃうと自分を抑えきれなくて……すみません……」
ララーナはぽりぽりと頬を掻きながら苦笑いした。彼女なりに反省はしているらしい。
「こうして話していると、平和そのものっすね」
「良くも悪くもここが世間から隔離されているからだろうなぁ。今頃外は大変だろうよぉ」
重層世界が消滅してから数日が経った。世界は未だ混乱の真っ只中。重層世界が消えたことで、それと通信していた機器は全て使えなくなった。流通は止まり、経済は完全に麻痺したのである。日常においても、重層世界という外出しにしていた知識が失われたことで、あらゆるものが手探り状態になった。当然、生活はままならない。暴動が起きるのも時間の問題だろう。
「あの二人はどうしているっすかね……?」
「さぁてなぁ。どうせまた、面倒事に巻き込まれているんじゃないかぁ?」
ヴァルダとリーナシアは頭上を見上げた。
相変わらず巨大な葉が天を閉ざしていた。
ーーーーーー
「なんでワタシがここにいるのかな?」
巨大な枝に腰を下ろしたベルリアが不思議そうに尋ねてきた。
「どうせ他に行く当てもないんだろ?」
「それはそうだけどさ……」
決めつけたような物言いにベルリアは不服そうに頬を膨らませる。
「だからといって一緒に行動するってのもおかしくないかな?」
「そうか? これからが大変なんだ。人手があるに越したことはない。折角ララーナが治したんだ、少しくらい恩に着ても良いだろ?」
「でも、戦うことしか知らないし……」
「それはこれまでの話だろう? これから積み上げていけば良いじゃないか」
「そうかもしれないけど……てか、どうしておにいさんが生きているわけ?」
ベルリアがジトリとした目でスヴェンを見た。
「そう言われてもな。何せ、一番驚いたのが俺だからな」
世界が白く染まり、そこで意識が途切れた。それで終わるのだとばかり思っていたが、ほどなくして目を覚ましたのである。
呆然としながら体のあちこちを触って確かめてみたものの、意識の途絶前後で体の何かが変わった様子もない。懐から取り出した《エニグマ》を腕に装着して操作したりもしたが、通信を要する機能は軒並み動かず、当然彼女の姿もなかった。
「なのに、俺は生きているというんだからな。折角腹を括ったというのに、肩透かしにもほどがあんだろ」
「――それはそうでしょう?」
隣から呆れたような声。
「あなたが重層世界の住人なはずないでしょう?」
「まさかだよなぁ。理術を使えないんじゃなくて、使えるほどの理力が残っていなかっただけなんてな」
契約ができなかったわけではない。契約は孤児院を抜け出したあの夜すでに結ばれていたのだ。そして、そのときに契約した神にすべての理力を吸い取られていただなんてわかるはずもない。
「まったく、肉体の再生のために人の理力を何年にも亘って根こそぎ奪う奴がいるか? なぁ――炎の女神さんよー?」
スヴェンは非難の目を隣に向けた。視線の先には真紅の髪を風に靡かせるアウラの姿。
精神体ではなく生身の肉体を取り戻したその姿は、記憶にあるものよりも少しばかり成長している。身長だけで言えばリーナシアと同じくらいあるだろう。相変わらず胸のほうは物寂しいままだが。
「仕方ないじゃない。自然回復を待っていたらどれだけ時間が掛かるかわからなかったし、かといって、ぽこぽこ雑な契約するわけにもいかなかったし。それに、いつ重層世界が本格的に動くかもわからなかったのだもの、不可抗力よ」
理力を使い果たしたアウラの精神体は霧散してしまった。だが、それは消滅ではなく、単に精神体を構築する理力が失われたというだけで、精神は肉体へと戻ったそうだ。
彼女曰く、本当にぎりぎりのところで肉体の再生が完了したからできたとのこと。もっとも、これは彼女自身想定外だったらしい。そのしぶとさはさすが神と言ったところか。
肉体を取り戻したアウラは封印を破り、混乱に乗じてフォスフォラを脱出、スヴェンたちに合流したというわけだ。
そんな彼女に一言言ってやらねば気が収まらない。
「お前の所為でこちとら死にかけたんだからな」
謎の少女――アウラだったわけだが――と出会ったその日に謎の高熱に襲われた。それが、理力を吸い取られすぎたことによる生命力の低下が原因だったと今更ながら判明した。思い起こせば、ここ最近の戦闘後の異常な疲労感もアウラが事務所に来てからだ。
しかも、決まって彼女が理術を発動したときに起きていた。結局、それもこれも彼女の肉体の再生や精神体の維持、理術行使による不足分の理力を補うために、スヴェンから彼女へと理力が流出していたことが原因だったのである。
「まぁ良いじゃない。おかげで私は肉体を取り戻せたし、あなたの理力がこれ以上流出することもないわ。それどころか、これまで使えないと思っていた理術が使えるようになったのよ、喜びなさいよ?」
「苦労の原因を作った張本人がそれを言うか? なんつーマッチポンプだよ」
「あのね、肉体の再生をしながら精神体を維持するのって結構大変なのよ?」
何故がアウラが諭すような口調で不満を表明する。
本当に、どこまでいってもアウラはアウラだ。
未だに、世界を創りし一翼たる炎の女神と言われても首を傾げたくなる。
「それにしても、教会もお粗末だよな。封印を司っていたところを廃教会にするなんて」
スヴェンとアウラが出会った廃教会は、元々炎の女神の封印を担当していた。そんな重要なところが、今や更地である。
「大方、私という脅威が教会や人々の意識の中で薄まったのでしょうね。長い時が経てばどんな強烈なことでも風化するわ。実際、神を無力化する方策としては有効だし。それに、どうせ復活なんてあり得ない、復活したとしてもかつて自分を滅ぼした世界のために行動するはずなんてない、って高を括っていたのでしょう。まぁ、そのお陰で抜け出す隙が出来たわけだけれど」
「よく言うぜ。抜け出した先で、決死の自分の行為が一切顧みられなかったからって、ピィピィ泣いていた癖に」
廃教会での出来事をスヴェンが茶化すと、アウラが少しムッとした様子で口を尖らせた。
「いくら覚悟の上とは言え、あんなに忌み嫌われるなんてあんまりだわ。神だって感情はあるのよ」
「さすがは創造主様。よく似ていることで」
「そうよ。力があるからと言って万能じゃないもの。もっと労りなさい」
傲然と言い放つアウラ。その不遜さにより一層磨きがかかったような気がしなくもない。
相変わらずのやり取りを隣で聞いていたベルリアが、呆れた様子で頬に手をつきながらポツリと呟く。
「結局、【設計された子どもたち計画】の成功例ってのも、蓋を開けたら功を焦った研究者たちの虚偽報告だったなんてね~」
ベルリアの足がつまらなさそうに空で泳ぐ。
結局、禁忌の研究は未完で終わっていた。実績を急かされた研究者たちが結果を捏造し、それが上層部へと報告されただけだったのである。
「研究が続いていたら完成していたかもしれないけどな」
しかし、その研究所は破壊された。ランキッサ帝国の意向を受けたとある軍人の手によって。
「まさか、その研究所を潰したのがヴァルダだったとは思わなかったが」
ヴァルダが軍服を脱ぐきっかけとなった作戦。そのときに助け出され、ご丁寧に孤児院にまで預けられたのがスヴェンである。
「素直に腹を割って話していたら、ここまで話が拗れることはなかったかもな……」
言葉にして、それが限りなく難しく、そしてまた言っても栓のないことだと悟る。
話すにはあまりにも重い内容だ。
痛みなくして分かち合うことはできなかっただろう。
そういう意味では、今の状況こそが収まるところに収まった状態なのかもしれない。
「それにしても、自分が消えるとわかっていたのに、重層世界を消すことを選択するなんてあなたらしくないじゃない?」
「合理的じゃない――ってか?」
「そう、それ」
「そうだな。ちょっと前の俺だったら、違う選択をしていたかもな」
「ふぅん。少しは成長したのかしら?」
「お前の見た目と同じさ。あっ、胸以外な」
「死ねっ!」
繰り出されたアウラのパンチをスヴェンはひょいと躱す。
「まぁ、おかげでエルザたちとの約束を守る羽目になったわけだが……」
夜な夜なエルザたちに寝込みを襲われる日々。
日中の活動の疲れを癒す間もない。
そのうち、疲労で倒れるのではないかと思うほどだ。
「……スケベ」
アウラのジトリとした視線が向けられる。その反応を見る限り、エルザたちとの契約のことは聞いているのだろう。
「勘弁してくれ。あの状況じゃ頷くしかなかったんだ、仕方ないだろう?」
「変態」
「お前なぁ……あれがどれだけしんどいか。こちとら睡眠不足に加えて恒常的に精魂尽き果てる状態が続いてんだぞ?」
「不潔」
いくら弁明してもアウラはムスリとした表情を崩すことなく、不機嫌そうな気配を収めようとしない。
「何でお前がそんなに突っ掛かってくんだよ?」
「別に――」
そう言ってアウラは、「でも……」と続けた。
「神と人との間で子を設けた話なんて珍しくないわよ?」
「……どういう意味だ?」
「さてね」
ツンと顔を反らすアウラ。深く考えないようにしたほうが良さそうだ。
「何はともあれ、問題は山積している」
重層世界の消失。それに伴う各インフラの停止。狂人病患者の対応。重層世界が消えたとはいえ、その管理から外れていた棄獣は今なお脅威だ。
「そうね。他に方法がなかったとはいえ、今や世界は混迷を極めているわ」
未だに自分たちは指名手配されたままだ。
ローランが死んだことで、無実を訴えるのも難しいだろう。
何より、当初は濡れ衣だったが、今となっては本当の意味で世界を混乱に陥れた張本人である。
その責任はあまりに大きく、そして重い。
だが、やると決めた以上はやるしかない。
それがどれだけ茨の道であったとしても、誰からも理解されずとも進むしかない。
だから、前を見る。
立ち止まっている暇などない。
「これからだ。ここから始めるんだ――」
スヴェンとアウラは視線を交わし、一つ頷いた。
「「――再生のモダナイを!!」」
完走!
皆様には感謝を!




