閉幕、そして別れ
「仲間を盾にするっすか……!?」
「はて。私は女神の従順なる使途です。代行者たる私の盾になるのはむしろ誉でしょう?」
首を傾げるフォブルは、心の底から本気でそう言っているようだ。
「あんたはローランの護衛じゃなかったっすか!?」
「そうですね。ですが、所詮彼は役目を終えた駒。一応、体裁として護ってはあげましたが、代行者である私の命が優先されるのは当然でしょう?」
何をおかしなことをとでも言いたげなフォブル。自身を神の代行者と宣う彼はどこまでも一貫して狂っている。その言動にはスヴェンですら寒気を覚えるほどだ。
「重層世界云々関係なく、てめぇだけはここで終わらせる!」
スヴェンは【まほろば】を握る右手に力を込める。左腕は死んでいるが、ここが正念場である。
「どのみち、アイツがいたんじゃあ、重層世界を止めることもできねぇだろうしなぁ」
「ここまで来たら倒す以外ないっすよ!」
ヴァルダとリーナシアが構える。
「お前はどうするんだ?」
スヴェンはアウラに問い掛けた。
「決まっているでしょう?」
浮かべた笑みを深めながらアウラはスヴェンの隣に立つ。
「邪魔者は燃やすわよ!」
「やっぱり、おっかねー」
相変わらずの尊大な態度に苦笑するスヴェン。だが、それで良いのだ。
そして、ただ一心に前だけを見る。
「行くぞ!」
駆けるスヴェンたちの行く手を阻むように、幾重ものギロチンの壁が出現する。しかし、それら全てをヴァルダの理鋼糸が切り裂く。
「小癪な!」
フォブルから理力が迸り、無数の光槍が水平に展開、射出される。
「こんなの遅過ぎるっす!」
殺到する光槍をリーナシアが弾き、粉砕していく。槍衾を抜けると、フォブルは目と鼻の先だった。後は任せろとで言うかのようにスヴェンはさらに加速する。
「やっちまえスヴェン!」
「たまには所長らしいところ見せるっす!」
ヴァルダとリーナシアの声援がスヴェンの背中を押す。
「くおおぉぉぉぉぉ!」
気炎を吐き、フォブル目掛けて【まほろば】を突き出す。
しかし、見えない光の壁によって防がれてしまう。壁の向こうでフォブルがニヤリと唇の端をつり上げるのが見えた。
「危なかったですが、所詮その程度――」
「――いいえ、まだよ!」
アウラが理術を発動し、【まほろば】の刀身に炎が走る。高密度に圧縮された炎は光の壁を侵食していく。
「これで終わりだぁぁぁぁ!」
全身全霊の力を振り絞り、踏み込むスヴェン。
そして、次の瞬間、光の壁はパリィンという乾いた音を立てて砕け散った。
「何っ!?!?」
驚愕を露にするフォブルの腹部に【まほろば】の切っ先が突き刺さり、刃の根本まで食い込む。
「馬鹿……な……」
口から大量の血を吐き出し、膝から崩れ落ちるフォブル。スヴェンが刃を引き抜くと、アウラの理術によりフォブルの全身は炎に包まれ、跡形もなく滅却される。
「終わったか」
「戦いは、ね」
その言葉に込められた意味は考えるまでもない。
「本当にやるのか?」
「ここで止まるわけがないでしょう? 本音を言えば怖いし、背負うにはやっぱり重すぎる決断だけれどね」
スヴェンの視線に気付いたアウラが力なく笑った。
「……止めても良いんだぞ? これまで十分頑張ってきたんだろ? 世界なんて忘れて、自分を優先する道だってある。誰も犠牲になれなんて強要できないし、頼むとも言えない」
「あなたって本当に意地悪ね。残酷で、容赦なくて、それでいて優しい。ずるいわ」
「そんなんじゃねぇよ」
「いいえ。そうよ。私がそれを選択できないって知りながら道を残すなんて……私が止めたところで重層世界は止まらない。今しかないの。余暇はあっという間に過ぎてしまうわ」
「そっか……」
わかりきっていた答えにスヴェンは小さく笑う。
「あら、あなたが笑うなんて珍しいわね」
「こういうときくらいは、無理にでも明るく振舞った方が良いと思ってな」
「少しは成長したじゃない?」
「おかげ様でな」
「まぁ、本当なら身体を取り戻してからやるつもりだったのだけれど、そんな時間もないみたいだしね」
言っても仕方ないわね、とアウラは苦笑し、そしてスヴェンを見る。
「何て言うか、短い付き合いだったわね」
「まったくだ。こんなに騒々しいのが続いてたまるか」
「最後までスヴェンはスヴェンね。あなたのそういうところが本当に嫌いだわ」
「そりゃそうだ。俺は俺だ。お前がお前であるのと同じようにな、アウラ」
「まだ、そう呼んでくれるのね」
「お前次第さ。本名の方が良いならそうするが?」
スヴェンのその問いに、ふるふるとアウラは首を横に振る。
「私は死んだ身よ。失い、そして必要とされていない名前だわ」
きっぱりと言い切ったその顔は晴れ晴れとしている。彼女もこれまでの思いに区切りをつけたのだろう。どこまでも強い女だ。
「それじゃ、ここでお別れね」
「アウラっち……」
「嬢ちゃん……」
リーナシアが大粒の涙を零しながらアウラへと抱き着く。触れ合った時間は短くとも、まるで姉妹のように接してきた彼女からすれば、アウラとの別れが辛くないはずがない。
ヴァルダまでもが珍しく神妙な顔をしている。あれで仲間思いの男だ。最年長者として思うところがあるのだろう。
アウラはリーナシアを静かに引き離し、なおも追い縋ろうとする彼女を拒絶するように背中を向ける。
「なんだかんだ、その、楽しかったわ。うん。悪くなかったわね」
歯切れの悪いその言葉に一層リーナシアの泣き声が大きくなる。その声を無視するようにアウラが両手を広げた。直後、アウラの周りの空気が歪む。途方もないほどに濃縮された理力が光に干渉しているのだ。
歪みが大きくなるにつれ、アウラの体が指の先から光の泡となって霧散していく。精神体を構成していた理力が極大理術の発動に回され始めたらしい。元から白かった肌が一層白くなり、透き通っていく。それに伴ってか、彼女を中心として周囲の空気が少しずつ上がっていく。
ちりちりと大気が焦げていく中で、アウラの髪が毛先から変色していく。真っ白だったそれは次第に赤く染まっていき、やがて瞳の色と同じ燃えるような真紅へと変貌した。それが炎の女神本来の姿なのだろう。
(あの姿は……っ!)
それは幼い頃に見た幽霊と完全に一致していた。そこで、初めて理解した。あのときの少女はアウラだったのだ。
『うちに来るか?』
『何ができるかわからないけど、助けて欲しいなら手伝う』
――あのときの『約束』を覚えていたのだ。昨晩、彼女が口にした『約束』とはあのときのことだったのだ。
「まったく、最後まで不器用だな……」
言われなきゃわからねーよ、という愚痴は、ここまで来るといっそ小気味良い。これまで自分を生かしてきた、動かしてきたその原動力。それは全て彼女からもらったものだったのだ。今になってようやくそれがわかった。彼女がいたからこそ自分はここまでやってこられたのである。
「本当に馬鹿だな……」
空気が極限まで張り詰める。理力が限界まで膨れ上がっていくのがわかる。
そして、アウラがちらりと振り返りスヴェンを見た。精巧な人形のように美しいその顔には、柔らかな微笑みが浮かんでいた。
次の瞬間――世界が白い光に覆われた。
閉じた瞼の向こうで、何かが燃え上がっていくのを感じる。それに呼応するかのように【まほろば】を握る手から感触が消える。予想はしていたが、データで構成された相棒たちも消滅は免れないらしい。
(これまでありがとな……)
長年連れ添った相棒に心の内で礼を言って別れを告げる。
光の奔流が一層激しさを増す。目を閉じていても真っ白に染め上がる世界。
どうやら終わりが近いらしい。残された僅かな時間の中で、ふとこれまでのことが思い出される。振り返ってみると、それこそ運命とやらに翻弄された人生だったのかもしれない。楽だったことなどほとんどなく、しんどかった記憶ばかりが残っている。それでも、確かに自分の意志で歩んできたという自負がある。苦労を糧にしてきたという確信がある。
環境や生い立ちではない。何を選択し、何を成し遂げるか。自分とローランはさほど違わない。ただ、選択した結果が異なるだけだろう。それがここまでの距離を生んでしまったのだ。
残されるヴァルダとリーナシアには少しばかり申し訳ないことをしたと思う。二人には過酷な未来が待ち受けているだろう。どうか、それに潰れないで欲しいと切に願う。
(うん。まぁ、悪くなかったな……)
そして、世界は真っ白な浄火に包まれた。




