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死闘

「重層世界は消すっ! 答えは変わらないっ!!」


 握り直した【イニシャライザ】を前のめりになったベルリアに突き立てる。しかし、すんでのところで躱されてしまう。


「健気だね! でもそんなこと許さないよ! どうせ死ぬならワタシの手で殺してあげるんだから! 自己満足で死なせたりなんて絶対に許さないんだからっ!」


 空中で身を翻したベルリアがその反動を利用してスヴェンへと襲い掛かる。円運動による怒涛の攻撃。彼女の尋常ならざる身体能力から繰り出されるそれらは、さながら死の暴風といったところか。


 防戦一方になるスヴェン。その体に細かい傷が一つまた一つと増えていく。そこへ振り下ろされるは光の剣。


「――私を忘れないでほしいですね」


 スヴェンはフォブルの攻撃を咄嗟に横へ転がることで回避する。


「これだから異教徒どもは嫌いです。折角救いの手を差し伸べているのに無碍にする……理解しかねます」


 フォブルが手にした本をめくる。すると、スヴェンの転がった先に光の檻が出現する。その体を拘束しようとスヴェンを囲む光の檻だが、次の瞬間ばらばらに砕け散った。


「そっちもオッサンたちを忘れちゃ困るねぇ」


 光の檻を破砕した理鋼糸がそのままフォブルへと差し向けられる。これにフォブルは落ち着いた様子で本をめくる。同時に、理鋼糸を遮るような形で光の盾が出現する。


 再度、その手にした本をめくろうとしたところに飛翔物。リーナシアがその身体能力を活かしてフォブルへと接近戦を仕掛ける。繰り出された上段回し蹴りは、しかしフォブルの足捌きで躱され、柱を粉砕するだけで終わる。


「あのデブ、意外と素早いっす!」


「人を見かけで判断するとは、さては異教徒ですね? しかもその耳……獣が人の言葉を解すなど神が許しません! 受け入れなさい、神の寵愛を!」


 リーナシアの頭上に光の槍が展開される。前にスヴェンが受けたものだ。この狭い室内であれを放たれたらひとたまりもない。如何にヴァルダでもあれら全てを防ぐのは不可能だろう。

 しかし、次の瞬間、光の槍は建物の屋根ごと爆炎によって吹き飛ばされた。


「あら、失礼。私、あなたたちのご主人様のこと大っ嫌いなの。ぶりっ子で自分大好きで嫌なことからはすぐに逃げる。おまけに神ともあろう者が人形になり下がるなんて、擁護のしようがないわ」


 嘲笑するのはアウラだ。精神体とは言え、やはり神。その力は圧巻の一言である。


「リリリ、リコフォス様をぐぐ愚弄するなど……万死、いえ、死ですら生温い……」


 フォブルが怒りで肩をぷるぷると戦慄かせる。彼がカッと目を見開いた瞬間、巨大な光の剣が振り下ろされる。咄嗟にスヴェンたちはこれを回避する。しかし、それによりスヴェンはアウラたちから分断されてしまう。その隙を逃さないとばかりにベルリアがスヴェン目掛けて肉薄する。


「やっと二人きりになれたね!」


 繰り出される大鎌の攻撃を往なしながら応じる。


「生憎ダンスは苦手でね。他を当たってくれ」


「冗談! 終わるまで踊り狂うしかないよ! 足を踏まれたくらいじゃ済まないから気を付けてね!」


 再びベルリアの波濤のような攻撃が繰り出される。

 やはり、彼女の膂力と速さは獣人のそれに比肩する。人の身ではとても抗し得ない。少しずつ対応が遅れていく。さすがは教会秘蔵の暗部といったところか。そこらの棄獣狩りなど相手にならない強さだ。しかも、今のスヴェンには【戦術支援システム】がない。ただでさえ分が悪いというのに、一層力の差が際立ってしまう。


「くっ!」


 身体能力での勝負は分が悪いと見て、一旦離れようとするが、ベルリアがいやらしく距離を詰めてくる。

 しかし、形勢とは裏腹に、苦しそうに顔を歪めているのはベルリアだった。


「どうして……どうしてそんなにも頑張るの? 頑張れるの? 必死になれるの?」


 大鎌を握るベルリアの手に必要以上の力が込められているのが見て取れる。


「お前こそ、このままいけば重層世界の住人に体を差し出すだけだぞ?」


「そんなことはわかっているよっ! でも、ワタシには、失敗作のワタシにはこれしかないんだもん! 殺すことしか……戦うことしか知らない! 他にどうしろって言うのさ!」


 憤りを振り払うようにベルリアが大鎌を一閃させる。


「おにいさんこそどうしてさ!? 何も知らない癖にそいつらはおにいさんのことを口汚く罵るよ!? 炎の女神の件が良い証拠だよ!!」


「確かにな。でもな、どれだけ貧乏籤だとわかっていても、やらなきゃいけない時があるんだよ。無視すれば良いとわかっていてもな。きっと今がそれなんだよ」


 だから、とスヴェンは真っ直ぐにベルリアを見ながら続けた。


「やるんだよ。やると決めたらやる。それだけだ」


 言って【まほろば】を握り直す。

《エニグマ》は狂人病を防ぐために外しているため、【戦術支援システム】は使えない。自分の直感と経験を信じるしかない。意を決して攻撃の構成を変更する。


(横薙ぎの後は柄での突き……躱されたところに距離を詰めて足を狙う……)


 スヴェンはベルリアの攻撃を捌きながら、その動きを脳内で反芻する。


(足への攻撃を躱された後は着地を狙い、防がれたところに蹴りが飛んでくる!)


 スヴェンの先読みをなぞるようにベルリアが蹴りを放つ。身を屈めてこれを回避し、伸ばされた彼女の足へと【まほろば】を振るう。


「くっ――」


 残った足一本で跳躍して躱すベルリア。突然スヴェンの動きが変わったことに不可解そうな表情をしている。


(だが、まだだ……!)


 まだ遅い。彼女の速度には遠く及ばない。

 極限まで意識を集中させる。

 ベルリアの呼吸一つ、目線一つ見逃さない。

 予測と対策を同時に実施。情報の輻輳を全て排除し、ただ目の前の少女だけを捉える。


「おにいさんがワタシに追い付いてきている!?」


 驚愕を露にするベルリア。

 しかし、スヴェンはまだ足りないとばかりに一心に彼女の動きを追う。


(足りない……まだ足りない……!)


 思考を走らせる。

 パルスが迸る。

 世界が加速し、世界が鈍化する。

 視界が赤く染まる。鼻血が止まらない。脳が悲鳴を上げている。全身の神経が今にも焼け切れそうだ。

 それでも、もっと速く。もっともっと疾く――。


「そんな!? この、能無しのくせにっ!」


 予想外の展開にベルリアが歯噛みする。

 ベルリアとスヴェンの速度差が次第に縮まっていく。身体能力の差が、未来予知に連なる正確な予測とそれを処理する判断速度によって埋められていっているのだ。


(信じろ! 積み上げてきた鍛錬を! 重ねてきた経験を!)


 繰り返してきた動作。鍛え続けた観察力。今の『スヴェン』を形作っているものを総動員する。

時の流れが極端に遅くなった世界で、スヴェンは更に踏み込む。更に加速する。


「チッ!」


 ベルリアの顔が苦痛に歪む。当たることのなかったスヴェンの攻撃が、とうとう彼女の左腕を掠めたのである。

 それが皮切りだった。次第に彼女が防御に回る時間が長くなっていく。


「認めない認めない認めない!」


 駄々を捏ねるように叫ぶベルリア。


「ワタシにはこれしかないのに! これで負けるなんて許されない!」


 放たれた渾身の一撃は、しかし半身を捻ったスヴェンによって無情にも躱される。そのままスヴェンはがら空きとなったベルリアの胴に向かって刃を一閃する。


「チィッ!!」


 舌打ちしながらベルリアは大鎌を体の正面に構えるが、スヴェンの放った渾身の一撃により柄を中ほどから裁断される。


「なっ――」


 言葉を失うベルリアの背後にスヴェンは回り込み、後ろ手に捻り上げる。


 ――決着の瞬間だった。


「おにいさん如きにどうしてこのワタシが……」


 がくりと項垂れるベルリア。致命傷を負ったわけでもないのに、その小さな体から力が抜けていく。彼女の生において戦闘は大きな意味を占めていたのだろう。単に敗北したという事実に打ちひしがれているだけではないらしい。


 ベルリアから戦意が失われたのを見て、スヴェンは大きく息を吐き出した。

 そして、もう一方の戦闘へと意識を向けようとした、その瞬間だった。ベルリアの胸部から光の槍が生え、同時にスヴェンの左肩が熱を訴える。光槍はベルリアの小さな体ごとスヴェンを串刺しにしようとしたのである。


「……おやおや、仕留め損なったじゃないですか。良いところで動かないで欲しいですね」


 左肩を押さえたスヴェンが視線を上げると、フォブルが本を捲りながら辟易するかのように首を横に振った。仲間の様子を案じる気配はない。光の槍が消え、床に崩れ落ちたベルリアがゴボリと大量の血を吐く。ゼヒ、ゼヒと空気の漏れるような呼吸音が血とともに吐き出される。肺がやられているらしい。一目見て危険な状態であると理解する。


「ララーナ! ベルリアを頼む!」


「は、はい!」


 ララーナがぱたぱたと近づき、ベルリアの止血に取り掛かる。


「この……!」


 アウラが怒りに任せてフォブルに白炎の蛇を放つ。極高温の蛇がフォブルへと絡みつこうとするまさにその瞬間だった。


「まったく、困った異教徒たちですね」


 フォブルは近くにいたローランの首を掴み、自身の前に翳すように引っ張り上げた。

 直後、ローランの体へと炎の蛇が巻き付き、一瞬にして灰へと変えてしまう。世界に絶望し、人形に徹することを決めた者の呆気ない最後だった。

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