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明かされる真実

   ■■■


 計画はすこぶる順調だった。

 長い時を掛けて万難を排し、確実を期した計画である。失敗などあるはずもない。何と言ってもそのために自分は――自分たちは作られてきたのだから。


 そして、それがもう少しで成就する。そこに達成感はない。それどころか何の感慨もない。かつては理不尽だと思ったこともあったが、今となってはただ粛々と決められた手順を消化するだけだ。そこに感情の入る余地などない。


 唯一懸念があるとすれば、不確定要素の存在だ。

 それはあまりに荒唐無稽。

 だが、実際に目にした自分にはわかる。

 これでも陰謀渦巻く世界で幾多の者たちと出会い、戦ってきた身だ。

 一目で、どういった類の人間かわかってしまう。

 まして、教会に古くから伝わる伝説の存在とあらば、多少見た目は異なっていても見誤ることなどできようはずもない。


 そして、注意を払うべき存在がもう一つ。

 彼女の隣に立つ青年だ。

 用心深く、思慮深く。

 自らを鍛えることを忘れない勤勉さも備えている。

 何より、どこまでも冷徹に判断できる鋼の精神は、侮れない。

 思考力を支える屈強な精神こそが、人の真価を決める。

 猜疑心が強いところもまた厄介だ。

 昔の自分を見ているようで実に嫌になる。


 計画が完遂されるまでもう間もなくというこの状況で、よくも厄介事が発生してくれたものだと憤慨せずにはいられなかった。


 しかし、いつまでも嘆いてはいられない。万が一にも邪魔立てされるわけにはいかない。故に、彼らには少々卑怯な手を使わせてもらった。

 護衛を務める少女は大いに不服そうだったが、彼女の意思など関係ない。どの道この計画が終われば、彼女含めて誰にも我を通すことなどできなくなるのだから。


 そう考えると、やはりあの一手が最初にして最後の反抗といったところか。思い出して少しばかりの小気味良さを感じながら、ティーカップを手に取る。


 過去の自分に似ているからこそ、ある意味与し易いとも考えられる。

 楔を放ち、首輪はつけたつもりだ。

 後は、彼がどう動くのか。或いは動かないのか。

 自分と同種の彼の判断が楽しみだ。


 ティーカップの中身を飲もうとしたところで、爆音と同時に大きな衝撃が建物全体を激しく揺らす。


 椅子から転げ落ち、カップの中身を上半身で受け止める。白いシャツは茶色へと染まり、床でカップが爆ぜる。

 パラパラと木片が散り、粉塵が立ち込める中からのそりと現れる姿が一つ。


「どーも、暗殺者兼棄獣狩りのスヴェンって者だが、ローランはいるか?」


 扉を細切れにして入ってきたのは、不確定要素そのものだった。


   ーーーーーー


 パルテミシア大森林北東付近に建てられたウッドデッキ。入り口を守る護衛を奇襲で倒し、屋内に突入したスヴェンは、床でしりもちをついているローランを見下ろした。


「死んだ奴と再会できるとは、神ですら驚くんじゃないか?」


「まったく、実にありがたい限りだ。頭が痛くなる思いだよ。しかも、その顔を見る限り、私が君たちを嵌めた張本人だということも既に知っているようだね」


 立ち上がったローランが、「それにしても、どうしてここが?」と問い掛けてきた。


「彼女たちの協力のおかげだ」そう言ってスヴェンはララーナを見た。


「ロロリト族!? こんなところに!? そうか、それでか……」


「棄獣に満ちたこの森に人がいるのは、さすがにあんたでも予想外だったか?」


「そうだね。まさか教会に弾圧された者たちが、リコフォス教を国教としているルグリカに、しかもこの死の森で暮らしているとはね。そして、そんな彼女たちと君たちが行動を共にしているとは、素直に驚きだよ」


 立ち上がり眼鏡を掛けなおすローランの両脇にはベルリアとフォブルが控えている。どうやら彼女たちが教皇の護衛らしい。


「わざわざその身を晒したのは、差し詰めどうして自分たちが嵌められたかを明らかにするため、といったところかね?」


 ローランが眼鏡をクイッと持ち上げると、唐突にアウラを指差した。


「その理由はそこのお嬢さんに訊ねるべきではないかな?」


 突然の話の展開にスヴェンは眉を顰めた。


「アウラに? どういうことだ?」


「簡単な話だよ。この計画において彼女が邪魔だったからだよ」


「それが何でだって訊いてんだよ」


 務めて平静を装いながらスヴェンが問い詰めると、ローランは目を丸くし、そして腹を抱えて笑い始める。


「そうかそうか! これは驚いたよ。君たちは自分の仲間が何者かも知らずに仲間振っていたのか。いやぁ、実に愉快だよ!」


 大笑いをしていたローランが突如真顔になり、眼鏡の奥で目をすぅっと細めた。


「彼女の名前はアウローラ・グナ・ソルレンディア――」


 仰々しいその響きは、どこかで聞いたことがある。記憶の底を探り、それが何だったのか引っ張り出す。朧気だった輪郭が次第に形を帯び、そしてはたと思い至る。それは、口にすることすら禁じられた存在の名前だ。

 それが顔に出ていたのか、ニヤリとローランが唇の端を吊り上げる。


「そう――千年前に世界を滅ぼしかけた【焔の叛乱】の張本人、炎の女神それがその少女の正体だよ」


 振り向いた先のアウラは何も言わずにただ足元へと視線を落としている。否定の言葉はいつまで経っても出てこない。それが痛いほどにローランの発言の真偽を裏付けていた。


 突然明かされた真実に誰もが息を呑んでいる。なぜ炎の女神が生きているのか。どうしてここにいるのか。そして、今回の件にどのように関係しているのか。疑問が山積しすぎて、理解が追い付かないのだ。


「炎の女神は燃えるような紅髪だと言われているが……?」


「簡単な話さ。女神の象徴である髪に力を回せないほど消耗している――違うかな?」


 ローランは侮蔑するような、或いは憐れむような視線をアウラへと向ける。


「今の姿は仮初のものといったところかな。所詮はまやかし。何せ、肉体はとうの昔に滅んでいるのだからね。精神体ーーいや、肉体もどきでこの世に干渉するのは大変だろう?」


「くっ……」


 悔しそうに歯噛みするアウラ。彼女のその反応こそがローランの言葉の正しさを裏付けている。


「とはいえ、いくら弱っていようとも、世界を滅ぼしかけた災厄の復活など看過できるはずもない」


「それならばなぜすぐにアウラを殺さなかった? 教会の影響力、武力を用いれば弱った神一人くらい討ち取ることなど造作もないはずだ」


「災厄が蘇ったと触れ回るかね? 恐怖を徒に煽るなんてもってのほかだよ」


「だから、影武者に死ぬように命じたのか?」


 ローランはスヴェンたちの厳重な警備の中心にいた。スヴェンたちの中に裏切り者がいないとしたとき、あの状況でローランを殺せたのはただ一人。そう、ローラン本人だ。これが教皇殺しの絡繰である。スヴェンたちに教皇殺しの罪を着せるそのためだけに、ローランは自身の影に自殺を命じたのだ。


「かのリコフォス教の教皇が殺されたとあらば一大事件だ。犯人が世界的に指名手配されるのは間違いない。そうなれば話は別だ。大手を振って権力を行使できる。炎の女神ではなく『教皇殺害犯を討て』とね」


「影武者を使ったのが失敗だったな」


「私にはまだやることがあってね。見届けるという役割がね」


「目的のためならば人を殺せるってか? それが、人々の救済を掲げる教会のトップの言葉かよ。堪んねーな」


「私たちはそういうモノだからね。使命を粛々とこなし、遂行する――そのためだけにいる。君と同じさ」


「俺とだと……?」


「賢い君なら気付いているはずだ。自分が何者かということにね。でないと、ベルリア君の職務怠慢ということになるからね」


 なるほど。ベルリアに情報を流したのはローランということか。【設計された子どもたち計画】の成功体を前にした失敗体がどう振舞うか……ベルリアも彼の掌の上で良いように踊らされていたらしい。


「合理的な君ならこの後どうするべきか理解できるね?」


 世界を滅ぼしかけた大罪人。彼女の存在は許されない。


「引き渡せとは言わない。何もしなくて良い。私たちが総力を挙げて炎の女神を討つ。君たちはそれを傍観しているだけで良い。直視できないなら目を背けても構わない。事が終わったら君たちの冤罪を晴らそうじゃないか。何なら、世界を救った英雄として今度こそ褒賞を出しても良い」


「騙されないでっ!!」


「――今まで仲間を騙し、欺いてきた貴女がそれを仰いますか?」


「――っ!!」


 言い返せずにいるアウラを捨て置き、ローランは薄く笑いながらスヴェンへと向き直る。


「迷う必要などないだろう? 君たちに彼女を庇う理由などないはずだ。それとも、この期に及んでまだ彼女のことを仲間だと思っているのかね? 知らないうちに巻き込まれ、騙され、果ては濡れ衣まで着せられる破目になったのは、彼女が原因だ。違うかね?」


 底意地の悪い笑みを向けてくるローラン。選択肢などないだろう、そう言いたげだ。


「自分を、世界を犠牲にしてまで彼女を助ける必要がどこにある? そこに合理性があるとでも? 感情論に流される君ではないだろう?」


 あのときのローランの問い掛けは、今の状況を予期してのものだったのかもしれない。

 そう考えると、唐突な質問の意味も理解できるというものだ。


「答えは変わらない……」


 呟いた瞬間、アウラが絶望で顔をいっぱいにするのが視界の端で見えた。


「傍観ないし無視――そう答えたはずだ」


 選択肢などない。答えは初めから決まっている。迷うことなどない。

 意を決し、【まほろば】を握り直す。

 それを見たアウラがさっと身構える。その目に一瞬だけ躊躇いの色が浮かぶが、すぐに溶けていき、代わりに何かを決心したのか炎が灯る。どうやら退く気はないらしい。悲壮な決意が身に纏った空気から漏れ出している。

 例え敵対することになっても――彼女の真紅の瞳がそう訴えている。


 それを認めてスヴェンは勢い良く床を蹴った――。

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