真実の行方
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ロロリト族に世話になってから数日が経った。
状況は好転するどころか、悪くなる一方だ。エルザたちの《エニグマ》を通して得られる情報は、日に日に拡大していく被害状況と、壊れたスピーカーのように繰り返されるスヴェンたちの捜索情報ばかり。
初めは物珍しい他所人の登場に沸き立っていたロロリト族も、事の深刻さに気付いたのか、次第に気まずそうな表情を見せるようになった。それがなおさらスヴェンたちをじりじりと焦がす。
「実は大ピンチって感じだったりするっすかね!?」
一日の終わりの状況共有の場でリーナシアが、重たい空気を誤魔化すようにニハハと無理矢理明るく振る舞ってみせる。
しかし、それに応じる者はいなかった。その静寂が事態の深刻さを如実に表している。
気まずい空気に押し潰されるようにリーナシアの耳がぺたりと垂れ、浮かべていた精一杯のつくり笑いもしゅんと鳴りを潜めてしまう。
そんな彼女を見かねてか、
「……所謂、『世界の危機』という奴やもしれぬのぅ」
エルザは苦笑を零した。
「よもやそんな言葉を使う日が来るとは、さすがの妾も思いもせなんだ」
苛烈な環境で、スヴェンたちよりも遥かな時間を生きる彼女の言葉は実に重い。
「まったくオッサンたちってつくづく面倒事に好かれてんなぁ?」
頷いたヴァルダは、意味ありげに視線をスヴェンに向ける。まるで疫病神は誰だと言わんばかりの目だ。
冗談ではない、とスヴェンは睨み返してすぐに解決策を模索する。
しかし、それで答えが出るのであれば苦労などあるはずもなく……。
押し潰されそうな沈黙だけがやたらと主張される。
「うぅ……こういうとき炎の女神様であれば何と仰ったじゃろうか……」
エルザが腕を組んで、うんうんと頭を唸らせている。
「……ん? 炎の女神『様』だって?」
ピクリと反応するスヴェンにエルザが不思議そうに首を傾げる。
「どうしたのじゃ?」
「いや、だって、炎の女神と言えば大罪の代名詞ってのが共通認識だ。そんな存在に対して様付けというのが気になってな」
「あぁ……俗世ではそういう風に言われているのじゃったな」
エルザが納得するように頷く。
「その昔、炎の女神様は妾たちロロリト族を他の種族から庇ってくれたのじゃ。『この世界に生を受けた同じ命なのだから』とな。そのときに助けてもらった者の一人が数代前の長老じゃ。妾たちからすれば、心優しき炎の女神様がこの世界を滅ぼそうとしたなんて、到底信じられぬことよのぅ」
それに、とエルザは続けた。
「炎の女神様が司るは【浄火】と【再生】。誰よりも死に近い分、誰よりも別れを経験し、そして誰よりも未来を望む……それが炎の女神様じゃ。あれほど悲しみに塗れながらも優しく、慈愛に満ちた顔で笑うお方は他におらぬと、数代前の里長は常々そう話していたそうじゃ」
「未来を望む、か……」
その話を鵜呑みにするつもりはない。だが、本当に炎の女神が世界を滅ぼそうとしたのか、いよいよ怪しくなってきた。もし、自分の仮定が正しければ、今の世界を根幹から揺るがすかもしれない。
「ところで……」
何やら決心したのか、表情を引き締めたリーナシアがスヴェンに近寄る。
「スヴェンってば、何か思い詰めたような表情をしているっすけど……大丈夫っすか?」
「――――っ!?」
身を案じるような面持ちで覗き込まれ、つい顔を背けてしまう。
「こ、こんな状況で、能天気でいられる奴がいたら見てみたいもんだ」
誤魔化すようにリーナシアの鼻を指先で弾く。しかし、それは想定の内だったのか、ひょいと避けられてしまう。
「煙に巻こうとしても無駄っす!」
あしらわれそうになって腹を立てたのか、語気は荒々しく、表情は剣呑だ。
「絶対おかしいっす! あのストーカー女とやりあった辺りからずっとおかしいっす!」
「そんなわけ……」
「いいや、あるっす! オッサンとアウラっちも気付かない振りをしているだけで、普通に気付いているっすよ!?」
言われてスヴェンはヴァルダとアウラを順番に見る。すると、二人は気まずそうに小さく頷くのだった。
「何を隠しているっすか! アタシたちにも言えないことっすか!?」
「別にそういうのじゃ……」
言えるわけがない。
自分が重層世界の住人だったなどとは。
「たいしたことじゃねーよ」
これは事実だ。実際、自分が何者かなんて、世界全体から見ればどうだって良いことだ。
他愛もない身の上話。その程度のものに過ぎない。
「嘘っす!」
リーナシアがプルプルと首を振る。
「ならどうしてそんなに辛そうな顔をしているっすか!?」
「辛そう? 誰が?」
リーナシアが何を言っているのか理解できない。否定の言葉を求めて見回すが、誰一人として口にしようとしない。それどころか、全員が何やら心配そうに見つめてくるばかりだ。
「おいおい、随分と面白くない冗談だな」
「冗談なんかじゃ――」
「――はいはい。他に報告事項がないなら今日はこれで解散だ」
なおも詰め寄ろうとするリーナシアから距離を取り、強引に話を切り上げる。
「ちょ、スヴェン――」
背中に突き刺さる制止を無視してその場から離れることを選択。
これ以上は、リーナシアの追求に、そして何より皆の視線に耐えられる自信がなかった――。
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深夜、スヴェンは里の外れにある湖を独り訪れていた。
付近に大樹はなく、巨大な枝葉によって閉ざされているはずの天には、ぽっかりと穴があいている。そこにすっぽりと収まるように満月が顔を覗かせている。
湖に近づき、畔に腰を下ろす。
湖面は月明かりを淡く反射し、星空を落としたかの如くきらきらと光っている。小さな夜光蟲が飛び交う光景は幻想的だ。久方振りの静かな時間がより強調される。
今後のことなど考えなければならないことは山ほどあるが、何をするでもなくただぼんやりと月を眺める。頬を撫でるひんやりとした夜風は、食後の熱気を冷ますのに丁度良い。
「まさか俺が重層世界の住人だったとはな……」
誰に聞かせるでもない独白。
染み入るような静謐さの中でベルリアの言葉が思い出される。
ーー【設計された子どもたち計画】。
「人でなしだとか、擬人みたいだとか、散々言われてきたが……」
比喩でも何でもなく、まさしくその通りだったというわけだ。驚愕を飛び越えて、乾いた笑いが出てくる。
「自分のルーツがわからないとか、馬鹿かってな……」
ベルリアの話を聞いたときに、これまで抱いてきた疑問が氷解した。
背景など探してもあるわけがない。ないものを追い求めることの無意味さたるや、いっそ喜劇だ。ありもしないのに、それがないと前に進めないなどと恥ずかしくも口にし、そしてそう信じて道を決めてきた。行動してきた。これを道化と言わずして何と言うだろうか。
そう自嘲する自分も偽りなのだろう。自分で決めてきたと思っていた道も、意思もすべて重層世界からの演算結果のフィードバックでしかなかったのだ。何が本当なのかわからなくなる。
いや、『スヴェン』に関しておよそ真と呼べるものなどないのだろう。紛いものばかりだ。
棄獣狩りになると決めたことも、炎の女神が暴走した原因を探ろうとしたことも、全部全部操作され、歪められたことによって導き出されたものだったに違いない。
偽り。そう自分は偽りの存在なのである。
重層世界の住人が望んだように動くだけの存在。それが『スヴェン』なのだ。
「奪い取った体に、人生に……棄獣狩りも真っ青の大悪党だな」
計画では幼い子どもが使われたという。いくら自我の薄い童子であったとしても、その人格を別のもので上書きするなど許されるはずもないだろう。
当然のことながら、本来の持ち主が歩むはずだった人生を奪うなど以ての外だ。その禁忌を犯してしまったのである。望んでやったことではないとは言え、奪われた側からすれば許せるはずもない。弁解のしようもない。
「――黄昏れるなんて、似合わないわよ?」




