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深まる混迷 その2

「オッサンたちに囲まれた状態でああも気取らせずに接近するなんて、不可能じゃねぇ?」


「なら、どうやったのよ?」


「それは……」


 珍しくヴァルダが口を噤む。スヴェンにはその理由がよく理解できた。


「俺たちの中に敵と繋がっている者がいる――というのを懸念しているんだろう?」


「なっ――」


 激昂しかけるアウラをスヴェンが手で制する。


「落ち着け。そうと決まったわけじゃない。というより、その可能性は限りなくゼロに近いと考えている。ヴァルダの話は、単純な消去法で考えたら、ってだけだ。年長者気取ってわざと嫌な役回りを演じたつもりなんだろうさ」


「んだよぉ。少しは尊敬しやがれってんだぁ」


「はいはい。凄い凄い」


 アウラの棒読みに、これまたヴァルダがわざとらしく「およよ……」と袖で目元を拭う。当然、誰一人としてそれに反応する者はいなかった。


「それに、俺たちが知らない理術でやられたっていう可能性もある」


「というか、仮にアタシたちの中にいたんだとしても、他の三人の目を盗んで腹黒眼鏡を殺れるとは思えないっす」


「それが、さっき限りなくゼロといった理由だ。単に仲間を疑いたくないっていう感情論ではなく、そこまで俺たちが間抜けだとは思えないって話だ」


 だからこそ謎なわけだが……。


「教皇暗殺と擬人の暴走等々が同時に起きたのは、何か意味があるのじゃろうか……?」


「偶然と考えるには、あまりに出来過ぎですぅ……」


「だがよぉ、仮に何者かの攻撃だとして、この事態に何の意味があるっつぅんだぁ? 教皇つったって、所詮は用意された椅子に座るだけの奴でしかねぇ。社会基盤そのものを揺るがしかねないことをしてまで、教皇を殺す意味がわからねぇぜぇ」


「第一、これら全てが人為的なものだとして、こんな大それたことを誰にも悟らせることなく実行するなんて不可能だ」


「それに、全部が繋がっていると仮定しても共通点がないっすよ?」


 疑問を呈すリーナシア。その意見はもっともだ。

 話せば話すほど謎は深まる一方である。


「ったく。どうにかしたくても身動き一つまともに取れねぇんじゃ、話しになんねぇぜぇ」


 身の潔白を証明する手段がない。そこに至るまでの手掛かりもない。足を使って調べることもできない。完全に行き止まりだ。


「私たちの《エニグマ》を使って重層世界に接続して、情報を調べるというのはどうでしょうか?」


「申し出はありがたいが、この状況下でそんなピンポイントな検索をしたら一発でバレる。向こうは間違いなく重層世界に網を張っているだろうし。バレたら最後、瞬く間に追手が雪崩れ込んでくる」


「じゃあ、逆にフォスフォラ神殿に乗り込むというのはどうっすか?」


「そこらの小国の警備よりも厳重と言われているところだぁ。この混乱に乗じたとしても、すぐに捕まるのがオチだわなぁ」


「それにだ。乗り込んだところでその後どうするのかという問題もある。接触すべき相手もわからない中で闇雲に突っ込んでも意味がない」


 各自が絞り出した案は、わかりきっていたことだが、あまりにも現実味がなかった。かといって、他に良い案があるわけでもない。


「あんまし言いたくねぇけどよぉ……」と、ヴァルダが困ったように頬を掻いた。「これって詰んでいないかぁ?」


 否定の声は聞こえてこない。

 ――万事休す。

 場の空気がより深い諦念と絶望に染まっていく。

 動こうにも動けない。性質が悪いことに、こうして停滞している分だけ状況は悪化していく。まるで首を真綿で絞められているかのようだ。地上だというのに窒息感に苛まれる。


「何れにせよ、立ち止まっている時間はない。早急に対策を考える必要が――」


「――まぁ、落ち着くのじゃ」


 宥めるようなエルザの態度にスヴェンの眉が顰められる。


「いや、そんな暇はない。いつ追手がここに来るとも限らな――」


「――消耗した仲間の顔を見ても同じことが言えるかぇ?」


 その言葉に導かれるようにして、仲間の顔を見る。全員ボロボロだ。その顔には明らかな疲労の色。外套は埃に塗れ、あちこちに傷をこさえている。


「この森にすぐに追手が来るとは思えぬ。寸暇を惜しんで大勢を見失うよりも、しっかりと休息を取って備える方が余程賢明じゃないかのぅ?」


「それは……」


 言い淀むスヴェン。否定のしようもない。あまりに正しすぎる判断だ。裏を返せば、そんなことも今の自分はわからないらしい。


「そう……だな……」


 手を限界まで握りしめながらやっとの思いで肯定を返した。足元に落とした視線は上げられずにいる。

 そんなスヴェンの内心を察してか、エルザは困ったように笑うと、パンパンと手を打った。


「そうと決まれば宴じゃ! 久しぶりの客人じゃ、盛大にもてなせい!」


 どこから聞きつけたのか、あちこちからロロリト族が顔を出し、きゃぁぁと歓声を上げる。


「食事が出来上がるまでララーナに傷を診てもらうが良い。その後は風呂じゃな。特別に妾のところを使わせてやるぞ。背中は世話役たちに流してもらえ」


 てきぱきと指示を出すエルザ。さすがは長老といったところか。

 スヴェンたちはというと、集まってきたロロリト族に囲まれていた。外からの刺激が少ない生活を送っている所為か、タガが外れたかのように揉みくちゃにされる。

 そんな彼らを人だかりから引っ張り出したのはララーナだ。


「スヴェン様たちには治療が必要なんです!」と浮かれあがった同族をぷりぷり怒りながら散らしていく。臆病そうに見えて、意外と芯が通っているのかもしれない。


「さてと、何はともあれまずは脱いでください!」


 ララーナが「うぇへへ」と涎を垂らしながらアウラへと詰め寄る。ぎらりと光る黄金の瞳には何やら危ない色。じゅるりと口元を腕で拭う様にアウラが震え上がる。


「どうして脱がなきゃいけないのよっ!?」


 身の危険を感じたアウラがさっと一歩下がるが、エルザの命によって世話役たちにその身を拘束され、ぽいぽいぽいとまるで着せ替え人形の如くあっという間に裸に剥かれてしまう。

 慌てて背を向けるスヴェン。一瞬その白磁の肢体が見えた気がするが、気の所為だろう。


「どうしてって、どこに傷があるかわからないと治せないからですよぅ」


 ララーナの細い指がつつぅとアウラの背中をなぞっていく。「ひゃん!」と短い悲鳴がアウラの口から上がる。


「んん~それにしても本当に綺麗ですぅ~」


「言ってないで、やるならさっさとして頂戴っ!!」


「かしこまりです! こんなに綺麗な肌に傷を残しちゃいけませんよね! このララーナ精一杯治療させて頂きます!」


 やる気を見せるララーナだが、それこそが不安の種になっているのだということを本人は気付いていない。

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