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深まる混迷 その1

   ■■■


「――ちょ、どうしてそんなにやつれているのよ!?」


 合流したアウラの第一声は驚愕だった。その反応も仕方のないことだろう。スヴェン自身、隠し切れないほど疲労しているのを自覚していた。一方で、ララーナとミリアーナは頬をつやつやとさせている。その隣に立っているエルザまでもが満足気な表情だ。何があったのかという疑問はもっともだろう。


「それにその肩……傷はどうしたのよ?」


「ああ……これはララーナに治してもらった。治療師らしい。運が良かったよ……」


「それは良かったわね。――で、治療してもらった割には随分としんどそうじゃない?」


 アウラが怪訝そうにこちらを見てくる。すると、彼女の隣にいたリーナシアが突然すんすんと鼻を鳴らし始めた。


「何すかこの磯臭い匂いは……?」


 言われてアウラとヴァルダも鼻を鳴らすが、首を捻るばかりだ。どうやら二人にはわからないらしい。すると、エルザが「ああ」と納得したような声を漏らした。


「さすが獣人じゃのぅ。鼻が利くようじゃ」


 尊大な口調で応じるエルザは、まるで勝ち誇ったかのようにない胸を張っている。


「ま、まさか……っ!?」


「さぁてのぅ?」


 エルザが愉悦を露わにする。一方のリーナシアは顔を真っ赤にし、涙ぐんでいる。


「ちょっとスヴェン! 話があるっす!」


 何やら怒った様子のリーナシアに詰め寄られる。そんな彼女をララーナたちが楽し気に眺めている。エルザに至っては、「妾も参加しようかぇ?」などと言っている。


「取込み中悪いんだけどよぉ、まずこの嬢ちゃんはどちら様だぁ?」


「ああ。紹介が遅れた。彼女がこの里の長老のエルザだ」


「長老!?」


「言いたいことはわかるが、長老で間違いない」


 人は見かけによらないものだ。今日ほどそれを実感、体感したことはない。


「彼女たちの協力を取り付けた。まぁ、交換条件というか、ララーナも今後一緒に行動を共にすることになる。よろしくやってくれ」


「なっ!」


 リーナシアが驚愕に目を見開き、次いで威嚇するように歯を剥いてララーナを睨む。どうやら相当不服らしい。それがなぜなのかはわからないが、いずれにせよ反論の余地はない。強引に話を進めることにした。


「とりあえず、彼女たちの持つ《エニグマ》を借りて、状況の整理とこれからについての検討をしようと思う。良いな?」


 否定の声は上がらなかった。


「エルザ、頼む」


「うむ」


 エルザが大様に頷くと、その意図を察した世話役の一人が前に出た。手にした《エニグマ》を操作し、空中に映像を投影する。


「あのときの情報は正しかったのか……」


 やはりフォスフォラだけでなく、世界でも擬人の暴走と狂人病が起きているらしい。


「世界中に配置された擬人が暴走しているのだとしたら、産業が立ち行かなくなるだろうな」


「もっと不味いのは狂人病っすよ! あれが感染症だとしたら擬人の暴走どころの騒ぎじゃないっすよ」


「リーナシアの言う通りね。最悪擬人は排除して人手を増やせば何とかなるかもしれないけれど、狂人病の終息には時間が掛かるでしょうね……」


 事態は想定よりも深刻だ。今はまだ混乱が勝っているが、時が経つにつれ、よりそれが克明になっていくだろう。


「もしこのまま狂人病に対しての特効薬が見つからなかったらどうなるのでしょうか……」


「そりゃあ、世界中の人間が狂っちまうだろうなぁ」


 白髪の混じった頭をくしゃくしゃと掻き乱すヴァルダ。


「そもそもだ。狂人病患者からは細菌やウィルスといった病原体が見つかっていない。原因すらわかっていないのに特効薬なんて作れないはずだ」


「ていうか、どうしてこのタイミングでいきなり狂人病が増えたっすか? そりゃあ、確かに最近ちょいちょい耳にはしたっすけど、それにしてもじゃないっすか?」


「まるで誰かが仕組んでいたようなタイミングだよなぁ」


「実際、狂人病患者って不自然だよな。ただ暴れるというより、他の奴らを狙っているようにも見えるし」


 スヴェンの言葉にリーナシアが頷く。


「人だったら噛み付いた方が力あるはずっすのに、掴みかかったり、殴りかかったり、中途半端っすよね」


「なんつぅかぁ、狂っているにしては理性的だよなぁ……」


 議論が煮詰まったところでスヴェンはパンパンと手を打った。


「いったん、整理しよう。現状、問題となっているのは二つだ。一つはローラン暗殺事件。もう一つは擬人の暴走と狂人病の蔓延。後者は世界全体に関わるだけに誰かしらが解決に乗り出す可能性はあるが、前者は俺たちが動かなきゃ好転も改善も望めない」


「状況的にローランの件は完全にオッサンたちが嵌められたってことだろうしなぁ」


 目の前でローランが殺され、その犯人として懸賞金を掛けられた。結果、リコフォス教徒や懸賞金狙いの者たちに追われることとなったというのが現状である。


「リコフォス教徒に追われるって、世界を敵に回したようなものですよぅ」


「私たちと同じ立場になったというわけだ。苦労するな」


 ロロリト族のミリアーナが皮肉気に言うと、説得力に満ち満ちている。あまり考えないようにしていた現実を突き付けられた思いだ。

 リコフォス教信者は世界中どこにでもいる。教皇を殺した者を目にした彼らがどう振る舞うか、考えるまでもない。

 スヴェンたちのことを快く思っていない棄獣狩りも大勢いる。大義名分を得た彼らはここぞとばかりに命を狙ってくるだろう。


「脇に置いていたが、あの状況でどうやってローランをれたんだろうな?」

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