それぞれの過去 その2
「アタシっすか? たいした話じゃないっすよ?」
ニハハと気恥ずかしそうに笑うリーナシア。
「もともとアタシも別の事務所にいたっす。詳細は省くっすけど、その事務所に買われたのが始まりっす」
獣人が売り買いされるのは珍しくない。獣人は身体能力が優れているため、売られる先に棄獣狩りの事務所が多いというのも知られた話だ。
「ありがちな話っすけど、事務所に入っても獣人の扱いは基本的に最底辺っす。身体能力が高いから斥候を任されると言えば聞こえは良いっすけど、実際は肉盾にされたり、捨て石にされたり……特にアタシが売られた先は酷くて、死んでは買ってを繰り返していたようなところっす。任務外でも毎日みんなにいじめられて……そこを助けてくれたのがスヴェンっす」
「あったなぁ。あのときはあのアホが急に他所様の事務所に啖呵切って乗り込んで、大変なことになったなぁ。『そいつをうちの事務所に寄越せ』つってなぁ」
遠い目をするヴァルダ。どうやら随分と苦い記憶らしい。
「この業界って、独立するのはまぁ仕方ないという風潮だけどよぉ、引き抜きは基本的に御法度なんだわ」
棄獣狩り事務所の経営は基本的に事務所の規模に左右される。しかしながら、独立したての事務所は小規模から始まる場合が多く、経営にも余裕がない。
そもそも論でいくと、元は個人主義の棄獣狩りが、より安全に、且つ効率的に棄獣を狩るために集まりだしたのが事務所構造のきっかけだ。
独立というのはそれに逆行する行為に他ならない。当然ながらその代償は大きく、任務成功率の急激な低下――死亡率の増加へと直結する。余程の力がない限りはすぐに潰れてしまうのが独立に対しての常識だ。だからこそ、独立は黙認されているという背景がある。
しかし、引き抜きとなると話は別である。引き抜かれる側の戦力が落ち、商売敵の戦力が増強される。引き抜かれる側にとって不利益こそあれ、何の利益もない。故に、引き抜きは例えそれが獣人であったとしても見逃せないという風潮なのである。
事務所を離れるときは、独立か廃業するとき。それが棄獣狩り業界の掟である。
「目の前でスヴェンが事務所のみんなにボコボコにされて、反撃すれば良いのにされるがままで……」
理由はどうあれ、形はどうあれ頭を下げる立場にあったのはスヴェンだ。どれだけやられても反撃などできようはずもない。傍らでそれを見届けるしかなかったヴァルダとしても腸が煮えくりかえることだっただろう。
「これ以上やったら本当にまずいってところまでいったときに、たまたま近くを通った他の事務所の所長が執り成してくれて、何とかその場は収まったっす」
ちなみにそのとき助けてくれたのが、もともとスヴェンが属していた事務所の所長だ。棄獣狩りの中でも割と名が通っている事務所で、その所長自らが仲裁してくれたおかげで事なきを得た。去り際に独立したときのことを口汚く罵られたらしいが、助けてくれたあたり根っからの悪人ではなかったのだろう。
「でも、当然引き抜きなんて許されるはずもなく、次の日も同じ事務所で働かされたっす」
結局、リーナシアの日常が変わることはなかった。
「そしたら、その日もスヴェンが来たっす。やっぱりまた皆にボコボコにされて、今度は誰も助けてくれなくってあちこち大怪我をして……それなのにその次の日もまた来たっす」
頭を下げては袋叩きにされる。それを何日か繰り返したとき、そのことが悪評として街で噂されるようになった。評判は売上に直結する。当然、悪評など以ての外だ。
「それで結局、アタシが元いた事務所が先に根負けをしちゃって、晴れてここに入ったってわけっす」
「何と言うか、スヴェンらしくないわね」
アウラの反応にリーナシアは苦笑した。
「あの人はそのときのことを凄く不本意そうに言うっすよ。『他にも同じ目に遭っている奴らはたくさんいる。その中でたまたま見かけたお前だけに手を差し伸べた。それは俗にいう偽善だ』ってね」
そのときの光景がありありと想像できる。いつもの無表情に加えて、よりぶっきらぼうな物言い。大事なことほど何重にも包み隠そうとする悪い癖は昔からのようだ。
「それでもアタシが助けてもらったのは間違いないっすから、お礼を言ったっす。そしたら、やっぱり不機嫌そうに『単にお前の運が良かっただけだ。礼なんて言われるほど立派なことは何一つとしていない』って、頑として受け取ろうとしなかったっす」
それどころか、「丁度人員が足りていなかった。採用活動費を抑えただけだ」と当時のスヴェンは重ねるようにして言ったのだ。
「苦笑するしかなかったっす。でも、そのとき『ああ、これがこの人なりの守り方なんだなぁ』ってわかったっす。とんでもなく不器用っすけどね」
ニハハと照れを隠すように笑うリーナシアにヴァルダがフッと紫煙を吐いた。
「なんだかなぁ。あいつってアホだよなぁ。口数が少ないわけじゃないが、肝心なことは口にしねぇし、ぶっきらぼうだし。やってることは真っ当なのに、見せ方が下手糞ったらありゃしねぇ」
「本当にアホっす。【戦術支援システム】だって、あれを作ったことそれ自体も凄いっすけど、それを使いこなしている本人の方がよっぽど凄いのに、本人は気付いていないっすもん。何なら自分で【能無し】とか卑下する始末っすよ!?」
「あぁ、アレなぁ。オッサンも試してみたことあるけどよぉ、頭が破裂するかと思ったぜぇ」
「あんな目まぐるしく数字が流れるの、普通の人にわかるわけないっすよ!」
システムは所詮システムでしかない。重要なのはそのシステムをどれだけ使いこなせるか、それに尽きる。そして、その一点においてスヴェンは途轍もない情報処理能力を有している。
常人であれば情報の奔流に飲み込まれてしまうところを、瞬時にしかも正確に捌くことができる。それは、ヴァルダだけでなくアウラやリーナシアにもできないことである。
「手柄を誇れば良いのに、それすらもしないっすもん」
「苦労している自分に酔っているんだとしたら、まだわからなくもないんだがなぁ……」
「地であれだっていうんだから、そりゃあ誤解もされるっすよ」
「お人好しにも程があるわね。貧乏籤だとわかっていて無視することができないなんて。付き合わされる身にもなって欲しいものだわ」
憤然とした様子のアウラの言葉にヴァルダとリーナシアが噴き出した。
「またまたぁ。嬢ちゃんも相当だぜぇ?」
「そうっすよ! アウラっちもスヴェンのこと言えないっす。というか、アウラっちとスヴェンは割と、いやかなり似ているっすよ?」
「はぁぁ!? 私が!?」
解せないとばかりにアウラが抗議するが、ヴァルダとリーナシアは呆れるように首を横に振るばかりだ。
「器用に見えて不器用なところとか、何でも自分で解決しようとするところとか、もうなぁ?」
「貧乏籤をよく引くところとか、素直じゃないところとか、もうねぇ?」
ニヤニヤと含み笑いをする二人をアウラはキッと睨み付ける。
「ちょっと! 勘弁してよ! あんなのと一緒とか不服だわ!」
「じゃあ、どうして嬢ちゃんはうちに入った――」
ヴァルダの問い掛けは、見張り役のロロリト族に遮られた。
「――出な」
見張り役は檻に掛けられていた錠を外し、格子状の扉を開ける。
「どういうことかしら?」
「あんたらのところのボスとうちんところのボスとで話がまとまったのさ」




