ロロリト族
「今にわかるさ」
スヴェンがそう言うや否や、突如頭上から複数の塊が落ちてくる。大木から落下するように現れたそれらは軽々と地面に着地し、そのままスヴェンたちを取り囲んだ。黒い布は覆面代わりだろうか、顔をすっぽりと隠している。その手には剣や弦を引き絞った弓が握られている。
「もももしかして、これってピンチっすか!?」
リーナシアがさっと戦闘態勢をとるが、その横でヴァルダがスヴェンにならうように降参の姿勢を見せる。
「お前さんも大人しくしとけぇ。オッサンはまだ死にたくねぇ」
ヴァルダの促しに渋々応じるようにしてリーナシアも地に膝をつく。
「ミリアーナさん!」
捕らえられた耳長の少女が驚きの声を上げる。そんな少女を手で制する女性がミリアーナだろう。スヴェンの首筋に剣先を突き付けながら問い掛けてくる。
「こんなときによそ者が何しに来た?」
「あんたがリーダーか?」
「質問しているのはこちらだ!」
苛立ちを露にしながらミリアーナが剣を握る手に力を込めた。
「そうカッカしないでくれ。俺たちはあんたらの生活を脅かすために来たわけじゃない」
「嘘をつくな! 私たちの仲間を傷つけた!」
「嘘じゃない。その証拠に傷一つないはずだ。身動きを取れないようにしたのは悪いと思っているが、こちらにも事情があってのことだ。危害を加えるつもりがないことは、その子が一番よく知っているはずだ」
「……本当か、ララーナ?」
ミリアーナが理鋼糸に捕らわれた少女へと確認する。
ララーナと呼ばれた少女はコクコクと首を縦に振る。
「その方たちは大丈夫ですぅ。前に助けてもらいましたし……」
「わかってもらえたか?」
どうだと言わんばかりのスヴェンにミリアーナが気に入らなさそうに鼻を鳴らした。
「ふん。どうやら敵ではないらしいな」
言って、ミリアーナは何かに気付いたのか、ララーナに鬼の形相を向ける。
「――って、『前に』と言ったな? この森で余所者と会うことはないはずだ……」
ミリアーナの抑えた声音にララーナが気まずそうに視線を空中に漂わせる。それを見て、ミリアーナの額にピキリと青筋が浮かんだ。
「まさか外に出たのかっ!?」
怒声。森全体を揺るがすのではないかと思うほどの剣幕である。
「あの獣たちがいない今しかないと思って……」
「誰かに見られたらどうするつもりだったんだっ!?」
「でででも、外から人を連れて来なきゃ――」
「――それで捕まったら? 私たちのことが、この場所のことが外に漏れたら? ことはお前だけの話じゃないんだぞっ!! あれほど外には出るなと長老に釘を刺されただろう!? その意味がまだわからないのかっ!!」
「うぅ……すみません……」
激しい叱責にうなだれるララーナ。どうやら込み入った事情があるらしい。
ふぅと一息吐いて怒りを鎮めたミリアーナは再びスヴェンに正対した。
「ララーナを助けてくれたことには礼を言おう。だが、この森への侵入者であることには変わらない」
「おかしなことを言う。ここに入るのに許可はいらないはずだが?」
「お前たちの道理ではそうかもしれないが、私たちには私たちの道理がある」
「ふむ。法に則らないことは、自由を意味するわけではないぞ?」
「そうだな。だが、少なくとも俗世に縛られたりはしないさ」
ミリアーナのにべもない発言にスヴェンは嘆息した。言葉での説得は無理だと理解する。救いなのは、彼女たちロロリト族はリコフォス教の信者ではないということだ。それどころか、彼女たちは教会側から敵視されているとも聞く。少なくとも、すぐに教会に突き出される心配はなさそうだ。
(彼女たちが何をそんなに焦っているかは気になるが……)
何に怯えているのか知らないが、どうにも慌ただしい。今こうしている間もしきりに周囲を警戒している。
よくよく考えてみれば、ララーナと呼ばれる少女を拘束してから、ミリアーナが現れるまであまりに早かった。初めから彼女たちは何かを警戒してこの辺りにいただけにすぎないと見るべきだ。であれば、自分たちの存在はただのイレギュラーに過ぎない。その推測が間違っていなければ、下手ことをしない限り、そうそう手荒な真似はされないはずだ。
そう結論付けたスヴェンは大人しく事態の成り行きを見守る。
「これからお前たちを里へ連れていく。お前たちが無害だと言うのであれば、大人しくすることだな」
ミリアーナはスヴェンたちを後ろ手に縛り上げながらそう告げる。
「ご親切にどうも。『非常識』な俺たちが粗相をしないように丁寧に扱ってくれよ?」
「……皮肉のつもりか?」
「ほぅ。皮肉とわかるくらいには社交的なんだな」
「やはりお前たちの『常識』は理解し難いな」
嘆息し、問答は終わりだとでも言うようにミリアーナが強引にスヴェンたちを立たせる。その両横を挟むようにミリアーナの部下たちが歩く。
歩きながらちらりとアウラが視線を寄越してくる。彼女は炎を自在に操ることができる。棄獣討伐の戦いから幾分か回復したその力を行使するかどうか確認したいのだろう。
少し間をおいてスヴェンは首を小さく横に振った。これまでの言動や素振りを見るに、ミリアーナたちには自分たちを積極的に害する気はないらしい。であれば、武力行使は最後の手段としてとっておきたい。それまではとにかく時間が欲しいというのが正直なところだ。
しばらく歩くと、遠くで闇の中に明かりが浮かんでいるのを見つけた。
「着いたぞ」
連れられた先で突如開けた空間が現れる。そこには小さな集落がすっぽりと収まるように存在していた。巨木の枝を床にし、その上に住居がちょこんと乗っかっている。枝はそのまま通路となり、他の家や広場へと繋がっている。太く巨大な幹は地面へのスロープといったところか。その上をロロリト族が行き来している。木々の間は渡しロープのように蔦で繋がっており、そこに透明な箱で炎を囲って作られた明かりが吊り下げられている。ぼんやりと淡く集落を照らすその光景はどこまでも幻想的だ。
「この先に長老の館がある」
ミリアーナに連れられて集落の中心へと向かう。その際に、通りがかりのロロリト族に好奇の目で見られたのは言うまでもないだろう。
「あの……」
不意にリーナシアがスヴェンへと耳打ちしてくる。
「ちょっとおかしくないっすか?」
「何がだ?」
「何がって、ここ女の人しかいないっすよ?」
「ああ、そのことか」
スヴェンはロロリト族へと視線を向けた。彼女たちは周囲の視線を気にする必要がないのか、非常に露出が多い格好をしている。軽装のリーナシアと比較してもそれは明らかだ。
「彼女たちは、正確には女性ではないんだよ」
「え? だって、あのバインバインはそういうことじゃないっすか?」
ロロリト族を見ながらゆさゆさと自身の豊満な胸を持ち上げるリーナシア。隣を歩くアウラの目つきが剣呑になったのは、きっと気の所為だろう。
「ロロリト族は、世にも珍しい両性具有の種族なんだ」
「両性具有? って、いうことは……!?」
「そう、女性でもあり、男性でもある」
「そんな種族がいるっすか!?」
「それがロロリト族さ。生物学的にはほとんど女性だけど、男の象徴であるソレもついているらしい」
「ついているようには見えないっすけど……」
「性交するとき以外は豆粒くらいの大きさに収縮していると言われているな」
「へぇぇ。世の中には色んな人がいるんすねぇ……」
「便宜上彼女たちって表現させてもらうが、彼女たちは彼女たちだけで生殖行為が完結するから男は存在しないという話だ」
男を必要としない種族。その特異な性質により、他の種族から迫害されてきた。特に、同性との行為を固く禁じる教会の力が強くなってからは、それが顕著になった。故に俗世との交流を断ち、人里離れた土地でひっそりと暮らしてきた経緯が彼女たちを稀人たらしめる所以だ。
「私はこいつを長老の許へと連れていく。お前たちは残りを牢に入れろ」
ミリアーナの部下たちはアウラたちを連れて離れていく。
「おいおい、人質のつもりか?」
「知れたことを。無駄な質問はお互いにとって不毛だと知れ」
ミリアーナはそう言ってスヴェンの手首に巻かれた縄を引き、
「月並みだが、下手なことはしてくれるなよ?」
「ここに来るまでの従順な態度を忘れたのかよ」
「よく言う。死んだような目をしているが、その奥では虎視眈々と隙を窺っている。その眼差しの鋭さは狩人のそれだ。私にはわかる。弱者を装うのは無理があるな」
もっとも、とミリア―ナは続けた。
「そういう獰猛な奴は嫌いじゃないがな」
爛々と光る瞳でこちらを見ながらじゅるりと舌なめずりをする。その仕草に思わず息を呑む。嗜虐的だが、艶やかでもある。煽情的な仕草もまたロロリト族の特徴だ。
「ララーナもついてこい」
「は、はい!」
ララーナが慌てた様子で返事をする。
二人に連れられてスヴェンはさらに里の奥へと連れられる。いくつもの家屋を通り越して進んでいくと、やがて一際立派な館が見えてきた。どうやらそこが目的地らしい。入り口には門番らしきロロリト族が立っている。ミリアーナは門番に向かって声を掛けると、ほどなくして館の中から祭服を着た女性が現れた。身に纏う服や立ち居振る舞いから察するに、現れたロロリト族は長老の世話係といったところか。
「エルザ様がお待ちです」
エルザと言うのが長老の名前だろう。館の中に通されると、少し進んだ先に巨大な襖が現れた。その前で平伏させられる。ちらりと視線を横に向けると、ミリアーナとララーナも同様に恭しく頭を垂れていた。
「エルザ様。侵入者を連れて参りました」
平伏しながらミリアーナが襖の奥の主に向かって報告する。
『――入るが良い』




