脱出
「馬鹿な……」
すぐさまスヴェンはローランの首筋に手を当てるが、既に事切れていた。
「近くに敵の気配はなかったはずだ……」
その言葉にアウラたちも頷く。狙撃によるものであれば理解できなくもないが、接近を要する得物によるものというのだから理解が追い付かない。
「一体どうやって――」
「――教皇様っ!?」
近くを通り掛かった信者と思しき女性が、スヴェンたちの足元に倒れ伏したローランに気付いて血相を変える。
「いやぁぁぁ! 人殺しよぉぉぉ!」
金切り声を上げる女性。擬人の暴走に狂人病と混乱の真っ只中にいたということもあってか、女性のその反応は仕方のないものと言えた。何より、状況的にスヴェンたちがやったように見えるというのもまた事実だった。
「あの、これは――」
「誰か来てぇぇぇ! あいつらが! あいつら教皇様を!」
釈明をする与える間もなく、女性が救援を呼ぶ。
「おいおい、まずいことになったぜぇ……」
「濡れ衣着せられる未来しか見えないんすけど……」
「激しく同感ね……」
三人の言う通りだ。何より、教会側にローランを亡き者にしたい勢力がいるのだとすれば、この状況はうってつけだ。例え真実を話そうとも、それが通じるとも思えない。となれば、不本意ながら逃げるより外ない。
「現状からの脱出を最優先とする。走れっ!」
「脱出って言っても、どこに行くつもりよ」
アウラが走りながら訊ねてくる。
教会を敵に回した場合、どれほどの脅威となるか言うまでもない。そして、ここルグリカは教会のお膝元である。街の者のほとんどが信者である。そんな中でどこに逃げ場があるというのか。それを指しての確認である。
「――街の外に出る」
絞り出すように応じるスヴェン。
「街の外……って、正気!? 今は棄獣が活発化する夜よ!?」
「だからだ。だからこそ、外に出る。いくら自分たちが棄獣狩りだとはいえ、敵はこちらが外に出るなんて考えもしないだろうからな。それにこの騒ぎだ、今なら大門前も警備は薄いはずだ」
「ええ!? 冗談でしょう!?」
「いんやぁ。街にいたら信者の目があるからなぁ。棄獣に襲われるリスクもあるが、今の状況的にはまだ外の方が安全だとオッサンも思うぜぇ。むしろ、逃げるなら今しかねぇ」
「ああもう! 次から次へと何なのよっ!?」
「オッサンにも何が何だがって感じだけどよぉ、とにかく今は逃げるしかないだろうよぉ」
問題は、とヴァルダが珍しく深刻な面持ちで続けた。
「大門まで辿り着けるか、だなぁ」
ヴァルダのその懸念はすぐに的中した。
突如スヴェンの目の前に男が降り立つ。その手には細長い剣。向けられる気配は紛うことなき殺気。確認するまでもない。敵である。
男はスヴェンに接敵すると手にした剣を振るう。スヴェンは反射的に身を捻ってこれを躱す。
しかし、避け切ったと思ったのも束の間、ヒュンヒュンと風切り音が過ぎ去っていく。同時に火傷したときのような熱が頬や腕に走り、ぱっくりと裂かれる。
「久しぶりだナ、スヴェン?」
「ノンギア……」
「随分と柄の悪いお友達ね?」
「アホか。奇襲で斬りかかるような友達がいてたまるか」
「ツレないネェ。一緒に戦った仲じゃないかヨォ?」
「ケッ。お前が動いているってことは、ガデリカ闘争社が猟犬になったか」
「ガデリカ……って、中堅事務所の中でも上位の!? 実態は大規模事務所にも肩を並べるくらいの力があるっていう……」
「その通りだヨ。勉強熱心なお嬢様だネ」
ノンギアは芝居がかった仕草で腰を折り、大仰に肯定して見せる。
「あり得ないっす! いくら何でも早過ぎるっす!」
「だなぁ。まるで、このタイミングで教皇が殺されることを知っていたとしか思えないぜぇ」
「嵌められたってことかしら……?」
どうやら敵は既に手を回していたらしい。教皇殺しの冤罪を被せるつもりなのだろう。
「さぞや高いんだろうな?」
「よくぞ教皇を殺してくれたと感謝したくなる程度にはネ」
最早否定することなくノンギアは剣を正眼に構える。
「ここはリコフォス教徒が最も多い街ダ。オレたちだけでなク、そこらの一般人もお前らのことを狙うだろうネ」
言って、ノンギアはニヤリと嘲笑を浮かべた。
「――世界に狙われる気分ってどうダ?」
不意に笑みを消したノンギアが動く。自身の後方に風を出現させて加速し、その勢いのままに剣を振り下ろす。受けても躱しても、風の刃が後に控えているという二段構えの攻撃だ。それが彼の得意とする戦法ということなのだろう。
スヴェンはすぐ側にあった荷箱を踏み台にして跳躍、ノンギアの頭を跳び越す。さすがにそこまでは理術の効果が及ばないのか、追撃を受けることなくその背後へと降り立つ。そして、着地と同時に【まほろば】を一閃。ノンギアの胴と頭を一刀のもとに断ち切る。
「……容赦ないわね」
「この前とは状況が違う。それに手加減している余裕なんてない」
ノンギアは斥候だ。真っ先に敵へと食らいつき、足止めをするのが役割である。となれば、彼の後から湧くように敵が追ってくるのは目に見えている。囲まれる前に逃げるのが吉だ。
倒れ伏したノンギアを捨て置き、街からの脱出に向けて走り出す。
すぐさま別の一団が行く手を阻む。先頭の男に接敵すると、突き出された短槍を【イニシャライザ】で往なして、がら空きの腹部に【まほろば】を見舞う。男が倒れるのを確認するよりも早く反転。二人目が放った刃を、身を屈めて躱し、足払いを掛ける。敵が体勢を崩したところにその首目掛けて膝を喰らわせる。ほぼ同時に近くで理術が発動する気配。男の嗚咽にならない呻きを掻き消すように跳躍。すると、一瞬遅れて先ほどまで立っていたところに泥沼が出現した。こちらの動きを封じるためのものだろう。
「次から次へと面倒だな!」
言いながら着地と同時に三人目に突撃。敵は手にした小銃の引き金を引いて応戦する。
これに対してスヴェンは【戦術支援システム】で弾丸の経路を演算。返却された結果をもとに、迫りくる弾丸を正確に進路上のものだけ【イニシャライザ】の腹で弾く。一息に敵の懐まで潜り込むと、小銃を両断。返す刃で三人目を袈裟懸けに斬り伏せる。
しかし、順調に対処できたのはそこまでだった。
これでようやく一安心できると思ったのも束の間、今度は別の敵が現れる。
そうして現れては倒しを繰り返し、その度に負傷していく。致命傷だけは避けつつも、全身から血を流していく。疲労もあり、走る足に当初ほどの力はない。
それでも走る。前へと進む。敵の攻撃を躱し、刃を走らせる。
脱出劇は始まったばかりである。
■■■
「――敵はたったの四人だ! 何手間取ってやがる!」
刺客の苛立った声が路地に響く。
だが、彼らが何を言っていのるか理解する余裕はとうに失われていた。
スヴェンはただ目の前に現れる事態を処理することだけに集中する。
しかし、【戦術支援システム】の連続起動により酷使した脳が悲鳴を上げている。相次ぐ連戦の代償だ。靄が掛かったかのように思考が鈍い。
(どうしてこんなに必死になってんだっけ……?)
戦闘中だというのにぼんやりとそんなことを考える自分がいる。視線は敵を捉え、懸命に抗戦しているというのに、まるで他人事のように映っている。
体のあちこちが痛い。手足は今にもちぎれそうだ。どれだけ肺を膨らませても、呼吸できている気がしない。
痛い。
痛すぎる。
しんどい。
しんどすぎる。
全身が悲鳴をあげている。それに耳を貸したら今に止まってしまうことはわかっているが、無視できないほどに警鐘が大きくなっていく。
なぜ逃げているのか。
こうまでして必死になる理由はあるのか。
捕まったら楽になるのではないか。
低きに流れるように、痛みと疲れが楽な方へ楽な方へと誘い込んでくる。
「スヴェン!」
アウラの呼び掛けによってハッと我に返る。
血が流れるほど歯を食いしばり、全身を賦活する。
「くぉぉぉぉ!」
傷ついた体を叱咤するように吠える。目の前には筋肉の鎧に覆われた獣人の巨漢。
――守っていては負ける。
リスクを取るしかないと瞬時に判断。防御を捨て、巨漢の獣人の戦斧を左肩で受けながら渾身の一撃を振るう。
捨て身の一撃は敵の虚を突くことに成功したのか、巨体に吸い込まれていく。
「くそっ……何が能無しだよ強いじゃねぇか……」
そう吐き捨てて倒れ伏す巨漢。そこでようやく気付いたが、彼がガデリカ闘争社の所長ガデリカだ。世間から蔑まれる獣人でありながら一事務所の所長となり、中堅へと育て上げた猛者。そんな彼を打破したとあれば、それこそ棄獣狩り界隈でたちどころに評価が上がるのだろうが、今の自分にとって何の感慨もない。
視線を上げると、大門のまで来ていた。予想通り警備は薄い。
スヴェンは気付かれないようにそっと守衛室に近づき、室内に閃光弾を投げ入れる。凄まじい音と光の爆発。ヴァルダと同時に中へと侵入し、混乱している守衛たちを無力化する。
大門の操作系へと近づくと、気絶している守衛のアカウントを利用し、管理盤を操作する。左手がろくに使えない所為で手古摺りながらも開門に成功する。
大門が少しばかり開くのを見て、守衛室から出て街の外へと脱出する。
全員が門を潜ったのを確認して、《エニグマ》から大門の管理システムにアクセスし、門を閉じる。ついでに大門の管理システムの管理者権限を変更し、他の者たちからのアクセスを一切受け付けないように設定を変更。これでしばらくは足止めできるだろう。
静寂。そして、暗闇。
街の外は、夏の夜だというのにひんやりとした風が流れている。
まださほど距離ができたわけでもないのに、何故だかやたらと大門が遠くに見えた。
ようやくあらすじのところまできました




