襲撃者 その4
「ケホッ……ちょっと、やりすぎだってばー」
ベルリアが穴だらけになった建物の前で不満を口にする。
放たれたのは国家間の戦争で使われる類の戦略級の理術である。過剰に過ぎるというものだ。実際、もうもうと埃が立ち込め、咳が止まらない。
「私の信仰心の深さが表れていますね。あぁ……なんと敬虔なのでしょうか……」
「あっそ」
恍惚とした表情で感動に身を震わせるフォブルを他所にベルリアは少し前までユザ事務所だった廃墟へと足を踏み入れる。
「死体を確認するまでは安心してはいけませんよ。不信心者は何をするかわかりませんからね」
「はいはい。まぁ、ワタシとしてはそっちの方が面白いけどねー」
足元には瓦礫の山。戦略級の理術が一箇所に集中させられたのだ、破壊の跡は凄まじく、建物としての外枠が保たれているのは奇跡としか言いようがない。
「ん、あれって?」
瓦礫を避けながら中を進んでいたベルリアが立ち止まる。彼女の視線の先には、瓦礫に埋もれているスヴェンの外套。
「あちゃー。ワタシが殺してあげるつもりだったんだけどなー」
肩を落としたベルリアは残念そうに呟きながら近付く。死亡確認のために瓦礫を鎌の柄の先端でどかした、その瞬間だった。
――カチリ。
崩れた建材の下からピンの外れた手榴弾が顔を現す。直後、爆発が生じ、崩れ掛けの建物全体が激しく揺れる。
しかし――
「――こんなものでどうにかなると思ったのかな?」
大鎌の刃の部分で衝撃を防いだベルリアが何事もなかったかのように髪を掻き上げる。
「だから言ったではないですか? 不信心者は何をするかわからないと」
「え? 何? 聞こえないんですけどー?」
爆音までは防げなかったのか、ベルリアがやたらと大きな声で聞き返す。
「やれやれ。この様子だと仕留め損ないましたか……」
今の爆発の隙か、或いはその前に逃げていたのか、建物の中にスヴェンたちの姿はない。
「まぁ、ここから逃げたところで電磁結界がある以上は捕まるのも時間の問題でしょう」
「多分、それはないと思うよー?」
「はて? なぜです?」
「おにいさんには前に電磁結界を使ったことがあるからね。あの用心深いおにいさんが何の対策もしていないとは思えないよ」
「なるほど……ですが、仮に電磁結界を破ったとして、果たして彼らは無事でいられるでしょうかね?」
再びフォブルが意味深に笑う。その意味を察したベルリアが不快そうに顔を歪めた。
「うっわ趣味悪ぅ……おにいさんたちに同情するわー」
「異端者に同情の余地などありませんよ?」
それにしても、とフォブルが続けた。
「この状況でただのビルが崩れていないのは解せないですね……」
首を傾げながら注意深く建物内を見回すフォブル。
視線が一周しかけた辺りで、穴の開いた天井から差し込む光をキラリと反射しているものがあることに気が付いた。
「あれは……」
夜闇の所為で確認し辛いが、よくよく見ると、その何かは建物のあちこちに張り巡らされているようだった。それがワイヤーのようなものであるとわかった瞬間、フォブルからさっと笑みが消える。
「これは、やられましたね……」
呟いた瞬間、鋼糸が一斉に解け、何とか形を保っていた建物が轟音を立てながら崩れ落ちた。
ーーーーーー
「――やったかぁ?」
遠くで崩れ落ちていくビルを見ながらヴァルダは鋼糸を回収した。
「あり得ないな。あのイカレ神父とストーカーがあれしきで死ぬとは思えない」
首を横に振るスヴェンに「ところで……」とアウラが切り出す。
「どうやって電磁結界を破ったのよ?」
「なに、大した話じゃないさ。原理を知ってしまえば簡単だとも」
そう応じてスヴェンはつらつらと解説する。
「電磁結界は重層世界を介して発動する。そして、重層世界と《エニグマ》との通信経路には必ず交信門が存在する。となれば、交信門そのものに干渉して、その機能をちょいと狂わせてやれば良いだけの話だ」
電磁結界の具体的な処理構造まではわからない。
しかし、重層世界から各人へ干渉するための情報の伝達経路が存在するのであれば、そこを潰せば良いだけの話だ。大本の技術は一般的な通信と何ら変わらない。もっとも、個人が公共の設備である交信門に干渉するのは違法だが……。
「言うのは簡単だけどよぉ、オッサンには無理だぜぇ」
「話を聞く限り、十分に大層なことをやっているように思えるのだけれど……」
呆れるように応じるアウラの隣で、リーナシアが不安そうにスヴェンを見る。
「それで、この後はどうするつもりっすか?」
「どうもこうも教皇庁を目指すしかないだろうな」
自分たちが仕事として受けているのは、教皇庁外でのローランの護衛である。教会内部でどんないざこざがあるか知らないが、知ったことではない――それがスヴェンの考えである。
「でも、敵は形振り構わずに襲ってきているんすよ? 教皇庁が安全とは……」
「なら、俺たちで匿うか? もし、仮に教会が現教皇を亡き者にしようとしているのならば、それを匿う俺たちは教会を敵に回すことになるな」
「それは……」
返答に窮するリーナシア。
スヴェン自身、意地の悪い発言だったことは理解している。事実、教皇庁こそが現状では最も危険な場所になってしまった。しかしながら、そこを目指す以外にはないというのが現状だ。
「俺たちの仕事はあなたを無事に教皇庁へと連れていくことです。権力争いに関わるつもりはない。納得して頂けますね?」
「なるほど、君はやはり立派な所長のようだ」
「ひとでなしと罵って頂いても結構ですよ」
「いや、私でも同じ決断を下しただろう」
諦念に包まれたようなローランの声音。スヴェンたちの事情も全て理解しているからこそ、どうにもならないことを悟っているのだろう。
「ベルリアたちに追いつかれる前にさっさと行くぞ」
再び走り出すスヴェン。
教皇庁を目指す間、誰一人として声を上げない。スヴェンの選択が合理的であることは誰もが理解している。それはローランも認めるところだ。しかし、どうにも重たい空気が流れている。皆、それに気づかない振りをしているのである。
「教皇庁まではあと少しか……」
しばらく裏路地を進むと、教皇庁が遠目に見えてきた。
「どうにか送り届けることができそう――」
「――うっ」
突然背後にいたローランがくぐもった声を漏らす。
振り向くと、ローランが茫然とした様子で自身の胸部に視線を落としていた。そこには根元まで深く刺さったナイフの柄。
「ごぷっ……」
ローランが大量の血を吐き出し、瞬く間にシャツが赤く染まっていく。そして、何が起きたか理解できないといった表情のまま膝から崩れ落ちた。




