襲撃者 その3
「――――っ!」
意味深な笑みを浮かべるベルリア。そこに含まれた意図を察した瞬間、致命的な隙が生じる。
しまったと思ったときには、凶刃が振り下ろされていた。防御も回避も間に合わないことを悟る。
「あっはははああぁぁぁぁ!!! イッちゃいなよぉぉぉぉぉぉぉっ!」
繰り出された大鎌は、しかし突如出現した爆炎によって弾き飛ばされる。
「ゴホッゴホッ」
爆発に巻き込まれたスヴェンは、咳き込みながらまだ繋がっている胴体に手を当てる。ちりちりと焼けつくような幻痛。一瞬前まで確かに存在していたはずの死の気配に背筋が凍るのがわかった。
ぎこちない動作で視線を上げると、腕を組んだアウラが胸を張るようにして立っていた。
どうやら危機一髪のところで彼女の理術に助けられたらしい。よくもあの密着展開の中で援護できたものだと素直に感心する。
しかし、安堵したのも束の間、新たな気配がすぐ近くに発生。直後、まるで空気の塊をぶつけられたような衝撃が全身を襲う。踏ん張る間もなく吹き飛ばされ、重ねられた建材に突っ込む。
「信仰心が足りませんねぇ……」
がらがらと建材が崩れる音に混じって、嘆きの声が響く。
「痛ってぇな」
建材を退かして身を起こしたスヴェンの視線の先では、小太りの男が分厚い本を片手に立っていた。背は低く、立襟の祭服の下には丸々とした腹部。頭にはズケットを被り、丸みを帯びた顔には張り付けたような柔和な笑み。
――神父。
礼拝堂にいるはずの神父が粉塵漂う鉄火場にいる。身に纏う穏やかな雰囲気は、あまりに戦場に相応しくない。
しかし、その柔和な雰囲気とは裏腹に、放たれる威圧はスヴェンであっても身が竦むほどだ。
「これはやばいな……」
全身から汗が噴き出すのを感じる。脳内ではひっきりなしに警鐘が鳴り響いている。どうやら、目の前にいる神父はただの聖職者ではないらしい。尋常ならざるプレッシャーである。
策もなしに勝てる相手ではないとすぐさま理解。どうにか撤退する隙を作れないか窺う。
「……誰だあんた?」
スヴェンの無遠慮な問いに、しかし神父姿の男は怒る様子もなく、諭すように応じる。
「人に名を尋ねる際にはまず先に名乗るのが女神リコフォスの教えですよ?」
「生憎、『神様なんてクソッタレ教』の信者でね、神様の教えとやらはクソと一緒に流さなきゃならんのよ。もちろん、宗教上の理由でな」
「なんと嘆かわしい。ですが、ホラスの福音書第五章三節にはこうあります。『受け入れ、赦し、そして広めよ』と」
神父は開いていた本をぱたりと閉じると、胸にそっと手を当てた。
「私はタタス・フォブル。リコフォス教の宣教師です」
「タタス・フォブル……」
明かされた名前を反芻する。その名前、その格好に思い当たる人物が一人。
「お前が【狂神父】か……」
リコフォス教の教えに順じない者を異端者として苛烈に排除してきた狂信者。リコフォス教信者の中でも最も異常とされる者の一人、それが目の前にいる男の正体である。フォスフォラに戻っているとは聞いていたが、まさか対峙することになるとは思ってもみなかった。
「布教のためと他宗派地域を訪れては戮殺し、救済と称しては拷問に掛けるイカレ神父か……」
――最悪だ。
思わぬ強敵の登場。額に浮かんだ玉のような汗が頬をつつぅと垂れる。
人格や思想はともかく、フォブルは凄腕の理術者と聞く。そして、この肌に突き刺さる強烈な闘気こそがその証明だ。
「心外ですね。私はリコフォス様の敬虔なる下僕。その心は常に神の側にあり、その身は常に不信人者の前にあるのです」
フォブルは両手を広げ、天を仰ぎ見る。
「リコフォス様の愛を受け容れないなんて生きている価値がありません。現世から解放し、来世へと送ることしかできないのは私としても心苦しいのですよ? いつも力不足に打ちひしがれています。ああ……もっともっともっともっと布教せねば……」
不憫そうに顔を歪めるその姿は、心の底から悲しんでいるようだった。そこだけを切り取れば、立派な聖職者である。
そして、立派な聖職者というのは、時として最悪の狂人と同義であると歴史が証明してきた。
「善人ぶって思考停止した考えを押し付けてきやがる。性質が悪いことこの上ない」
スヴェンがにべもなく切って捨てると、フォブルは「やれやれ……」と首を横に振る。
「悲しいことです。あなたも信仰心が足りないのですか?」
「少し違うな」と、スヴェンはすっくと立ち上がり、上段に【まほろば】を構える。「足りないんじゃない。持ち合わせていないんだ」
言うと同時に地面を蹴る。瞬間的な加速により空気を軋ませてフォブルへと肉薄する。その過程で【イニシャライザ】を拾い上げ、間合いに入るや否や、【まほろば】を振り下ろす。頭蓋もろとも切断するはずのその一撃は、しかしフォブルの頭まであと少しといったところで見えない何かに止められる。
「……残念ですが、来世で共にリコフォス様へと仕えましょう」
フォブルは諦めるように頭を横に振ると、パラパラと手にした本のページをめくった。
「信仰心とは自らの否定、即ち贖罪から始まります。あなたには素敵な斧を贈りましょう」
フォブルの横に光の斧が出現する。空中で静止しているそれは、次の瞬間スヴェンの右脇腹目掛けて放たれる。
刀を引き戻す余裕がないと即座に判断、身を捻って地面を転がるようにして回避する。
「おやおや、斧はお気に召さないですか? では、ギロチンなど如何です? すっきり爽快、綺麗さっぱり神の御許へと逝けますよ?」
転がった先のスヴェンの頭上にギロチンの刃が創り出されると、間断なくまっすぐに落下を始める。全身の筋肉を総動員して跳ね起き、これを間一髪のところで避ける。すぐさま脳内で警鐘が鳴り響く。咄嗟に身を屈めると、一瞬遅れて首があった位置をベルリアの大鎌が通過していく。
濃厚な死の気配を感じながら、前方へと身を投げ出すように転がる。同時に腰に下げたベルトから取り出した短刀をベルリア目掛けて投擲。空を裂くように放たれた短刀は、回転する鎌によって容易く撃ち落されるが、一瞬の間を作り出すことには成功した。間隙を縫うようにして、立ち上がりざまに今度はフォブルへと短刀を放つが、またしても見えない壁に阻まれる。
「ギロチンも駄目ですか。まだ布教が足りないようですね。可哀そうに。では、神の大いなる愛を受け取りなさい」
「一方的な愛なんて着払いで送り返してやる」
吐き捨てられたスヴェンの言葉を無視するように上空に閃光が走る。尾を引くその跡から無数の光の槍が展開。
「…………」
出鱈目な規模の理術に閉口するスヴェン。あまりの数に迎撃するのは不可能と判断し、即座に反転。降り注ぐ光の槍を掻い潜り、近くの建物の中へと退避する。
しかし、退避など無意味とでも言うように次々と光槍が天井を貫通して落下してくる。
戦略級の理術だ。一個人でこれだけの威力を放てるとなれば、最早歩く兵器である。それが自ら思考し、しかもその方向性がかなり偏っているというのだから始末に負えない。
「本当に見境ないわね!」
「こんな街中であんなもの使うなんて頭やべぇんじゃねぇかぁ!?」
スヴェンの後を追うように退避してきたアウラたちが吐き捨てる。彼らの頭上には鋼糸による防御層。高密度に編まれたそれは何とかフォブルの理術を防いでいる。ヴァルダがいなければ今頃挽き肉と化していたことだろう。
「あなたも教皇ならあいつを何とかしなさいよ?」
「無茶を言ってくれるね。彼らは殺意を以て私の前に現れたんだ。今更私がどうこう言ったところで止まるわけがない」
「元凶が開き直るんじゃないわよ」
「実際問題、この状況どうするっすか? あの強さ……教皇を守りながら戦うなんて無理っすよ」
「同感だなぁ。それに、あいつらに足止め食らっている間に援軍が来るかもしれねぇしなぁ」
「何か考えはあるかしら、所長さん?」
しかし、スヴェンはそれに応えることなく、俯き何やら考え込んでいる。
「スヴェン……?」
怪訝そうに再度アウラが呼び掛ける。
「……ん? あぁ、すまない。考え事をしていた」
「何か心ここにあらずって感じだったけれど……?」
「気の所為だ」
繕うように応じるスヴェン。
「やはりここは逃げるしかないだろうな」
「逃げるつったって、電磁結界とやらがあるんだろぉ?」
「――策ならある」
スヴェンはそう言って《エニグマ》へと指を伸ばした。




