襲撃者 その2
「――来るぞっ!」
「キャハハ! さすがにもう不意打ちは通用しないか!」
突如として、癇に障る甲高い声が静寂に包まれた通りに響く。同時に、頭上にただならぬ気配が出現したのを察知。
「上だっ!」
スヴェンは叫ぶと同時に飛び退る。アウラたちもその声に合わせて退避。直後、彼らが先ほどまで立っていた地面が爆砕する。
「残念! 外しちゃった!」
もうもうと立ち込める粉塵から一人の少女が姿を現す。小さな手には棒状のものが握られている。先端部には弧を描くような刃。――巨大な鎌である。
「――やっぱり、奇襲はバレてちゃ効果がないね!」
キャハハ、と少女は楽しそうに笑みを浮かべた。
「【死刃の舞手】――テッサ・ベルリア……」
「はろぅ~。元気にしてた~?」
「本当にしつこい奴だな。これで何度目だよ」
「おにいさんへの愛があってこそだよ?」
そう言ってベルリアは自分自身を抱くように肩を掴み、くねくねと小柄な体躯を揺らす。
「こんな美少女に追われるなんて、幸せだね!」
ベルリアはカッと見開いた目でスヴェンを直視しながら唇に舌を這わせる。アウラよりもなお幼い外見だというのに、その仕草は妖艶な娼婦のそれである。
頭の両横で結われた鮮やかな桜色の髪にすっきりとした顔立ち。顎のラインは細く、鼻筋も通っている。一見、令嬢のようにも見えるが、その面立ちにはどこか影がある。病的なほどに青白い肌と昏い双眸がそう思わせるのかもしれない。深い隈に縁どられた琥珀の瞳は、しかして光の一粒も反射していないかのように荒んでいる。まるでこれまで彼女が歩んできた道のりをそのまま表しているかのようだ。
夜闇に溶けるような黒を基調とした服には、多数のレースがあしらわれている。ひらひらとした装いはとても戦闘向けとは思えないが、それすらも暗殺における欺瞞の一つなのかもしれない。
「おにいさんを殺して、剥製にして、ずっと一緒にいるんだからっ!」
ベルリアがキャハハと狂ったように笑いながら身長ほどもある大鎌を振るう。
「今時の愛の告白ってあんなに物騒なのかしら?」
「安心しろ。ただの殺害予告ないし死刑宣告だ」
「何も安心できないんですけど!?」
それもそうだ。変に慣れてしまっていたのかもしれない。アウラの反応が正常である。慣れとはかくも恐ろしいものだ。
「照れなくていいんだよ! おにいさんからの告白、ワタシ忘れてないよ!?」
「だから、告白って何のことだよ。勘違いで殺されてたまるか」
「またまたぁ。初めて会ったとき、おにいさんはこのワタシの攻撃を捌ききって、それどころか反撃してきたよね? すっごく痛かったんだから。あの情け容赦のない一撃、あれこそまさに愛の告白だよねっ! 今思い出しても濡れるよっ!」
「何をどう解釈したらそうなるんだよ」
「え、だって、愛って想い人のために命を懸けて全力を尽くすことだよねっ!? 命懸けでワタシを殺そうとしたおにいさんの気持ち、ちゃんと受け取ったよ!」
「歪曲空間でも経由したのか? 捻じれて歪みまくりだな」
「そんなことないよ? 焦がれていてもたってもいられないこの感じ……これが恋なんだなってピンと来たもん!」
「うん。俗に言う殺意ってやつだな」
鎌による斬撃を掻い潜ると、袈裟懸けに振り上げるようにして反撃を繰り出す。鎌の柄の部分で流されるが、返す刃で今度は柄を持つ腕を狙う。渾身の一撃は、しかし舞うような体捌きによりひらりと避けられてしまう。
「浮気しちゃいけないと思って、あれから死体で遊ぶこともしてないんだよ?」
「浮気どころか、そもそも何も始まっていないがな」
「おにいさんを仕留めたら血に濡れたその唇でワタシのアソコを舐めさせてあげるねっ!」
下品な言葉を口にしながらもその目は据わっている。どうやら、どこまでも本気らしい。ベルリアはゆっくりと腰を落とすと、低い姿勢のまま鎌を構えた。そうしていると獰猛な雌豹が人へと変じたようでもある。
「――最低」
何やら突き刺さるような視線があると思えば、アウラがジトリとした目でこちらを見ていた。
「幼女趣味でしかも遊びだったなんて……」
「……お前わざと言っているだろう?」
呆れたように肩を落とすスヴェン。
「ワタシとのこと遊びだったって言うの? てか、幼女じゃないし。てかてか、そのおねえさんは誰なのかなっ!?」
ベルリアがキッとアウラのことを睨み付ける。
「おにいさんはワタシのものなんだけど?」
「はぁ? 何でそれを私に言うわけ?」
「その澄ました顔……すっごいムカつくね! 死んじゃえっ!」
ベルリアがアウラ目掛けて突進する。
咄嗟にアウラは手を前に翳し、理術を発動する。直後、アウラとベルリアとの間に炎の壁が発生。高温の壁は、攻撃を防いだかに見えたが、壁の中央部分に線が走ったかと思うと、その筋から広がるようにして炎壁に穴があく。そこからまるで火の輪潜りをする猛獣のようにベルリアが飛び込んでくる。
「チッ!」
敵がアウラを狙った理由を察して舌打ちをするスヴェン。
アウラは遠隔系の理術の使い手であり、近接戦闘を不得手としている。ましてや、相手があのベルリアともなれば、アウラ程度の体術など意味をなさない。
「させないっすよ!」
アウラの隣にいたリーナシアがベルリアを迎撃しようと拳を突き出す。しかし、ベルリアはこれをいとも容易く躱すと、小柄な身体を捻り、リーナシアの腹部に蹴りを見舞う。目にも止まらぬ鋭い一撃は軽々とリーナシアを吹き飛ばす。
姿勢を戻したベルリアに今度はヴァルダの鋼糸が襲い掛かる。視認することが難しい極細の凶器を、しかしベルリアは舞うようなステップで避けきって見せる。これには流石のヴァルダであっても予想外だったのか、唖然としている。そんな彼に向って巨鎌を振るうベルリア。
刃の部分が柄から外れ、ヴァルダに向かって投擲される。咄嗟にヴァルダは鋼糸による壁で防御する。
おそらくは、防御させて時間を作るのが目的だったのだろう。ベルリアは予定通りとでも言うように柄を振るい、刃と柄を繋いでいる光の鎖を収縮させて刃を回収する。
再びアウラへと迫るベルリア。
当然、それをみすみす許すはずもない。スヴェンはリーナシアとヴァルダが作った一瞬の間にアウラとベルリアとの間に割って入る。アウラを自身の後方に突き飛ばすと、ベルリアの死を引き連れた横薙ぎを【イニシャライザ】で受け止める。
しかし、彼女のその華奢な体のどこにそんな力があるのか、衝撃を殺しきれずに【イニシャライザ】を弾き飛ばされてしまう。指を飛ばされずに済んだのは幸いと言えるだろう。
「ったく、本当馬鹿みたいに強いな……」
「おにいさんこそ、理術を使えないのによく対応できるね」
「お褒めにあずかり光栄だよ。ご褒美に死んでくれると助かる」
「それも本望だよ、おにいさんと添い遂げられるなら、ねっ!?」
ベルリアが大地を蹴る。だが、その進路はスヴェンではなく、すぐ横の石壁だ。その意図を理解できずにいると、ベルリアは激突する直前に空中で姿勢を変えて石壁に垂直に着地、そのまま跳躍してスヴェンへと迫る。
予想外の軌道に反応が僅かに遅れる。刃が頬を掠め薄皮を裂かれるが、深手を負わずに済んだのは僥倖だろう。
「鞠のようにぽんぽん弾みやがって」
毒を吐くスヴェンの周囲をベルリアが高速で跳躍を繰り返す。
単純に速く、そして強い。【戦術支援システム】を実行しているのに捉えきれない。
素の肉体で戦うしかないスヴェンからすれば、下手に理術を使われるよりも、純粋な身体能力で勝負を仕掛けられる方が苦しい。これまでに何度もベルリアと交戦してきたが、その度に死を感じさせられた。先日のゲルナとパイーニなど比べものにもならない。
スヴェンの額に大粒の汗が浮かぶ。思考こそ冷静に走っているが、だからこそ状況の悪さがはっきりとわかる。
ここまで接近されると、ヴァルダとアウラの理術では抗しきれない。下手に援護しようものなら味方を巻き込む可能性がある。近接戦闘を得意とするリーナシアは、先ほどのベルリアの一撃で相当のダメージを追っている。
「おにいさんってさ、【設計された子どもたち計画】って知ってる?」
突如、ベルリアが囁き掛けてくる。
「さてな」
「知らないんだね。なら教えてあげるよっ!」
「聞いてねーよ」
「まぁまぁ。おにいさんにも関係あるかもなんだし」
「俺に?」
「そそ! その昔、重層世界とこの世界とを繋ぐ実験があったの。具体的には、重層世界の住人の意識を乗せた子どもを作るっていうね」
以前にリコフォス教会のデータベースに侵入した際、そのような情報を見た気がする。それがどうしてここで絡んでくるのか。
「結局、実験は失敗に終わっちゃったけどね。自我の薄い子どもとは言え、別の意識を載せるのはダメだったみたい。でも、そのときの実験の過程で生まれのがワタシなの。あちこちいじくり回されて理術はほとんど使えない体になっちゃったけど、その代わり獣人をも超えるほどの身体能力が手に入ったというわけ」
話しながらも更にベルリアが加速する。
跳躍。跳躍。跳躍。
あまりの速さ、あまりの激しさに音が衝撃波に変わる。空気が悲鳴を上げ、壁がひしゃげる。
「あっそ。今更お前の自己紹介なんて興味ないんだが?」
「まぁまぁ。そう言わずにさ。実はさ、さっきの話には続きがあって、失敗したかのように思えた実験だけど、一例だけ成功ケースがあったんだってさ。まぁ、その後すぐに何者かに研究所がぶっ潰されて、その成功例も杳として行方知れずになっちゃったらしいけどね」
「だから聞いてないって。それに今日は随分と饒舌じゃないか?」
「だってねぇ。もしさ、もしもだよ? 失敗例が成功例を見たらどう思うかな? 妬むと思わない? 羨むと思わない? 何より……殺したいと思わない?」
「……どういう意味だ? それじゃあまるで俺が――」
思わず聞き返したスヴェンの目の前にベルリアが現れる。その唇は歪に吊り上げられている。
「――おにいさんは一体何者なのかな?」




