襲撃者 その1
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「――やれやれ、今日最後の仕事が騙し合いとはね」
諸外国の重鎮との会談を終えたローランが、近くで控えていたスヴェンたちに向かって歩いて来る。
「さてさて、これで無事に今日も終わったわけだ。ご苦労様」
「俺たちは何も。教皇様こそ舌を二枚も三枚も増やしてさぞや大変でしたでしょう?」
「なに、言葉だけで解決できるならいくらでも増やして見せるよ。お安い御用さ」
ローランは嘯きながら眼鏡の位置を直した。
彼の言葉が冗談でも何でもないことをスヴェンは知っている。目的のためならば、どんな手段にでも手を伸ばす。これまでも、そしてこれからも変わらないのだろう。
「それで、この後はいつも通り教皇庁へとお送りすれば宜しいですよね?」
「ああ。頼むよ」
スヴェンたちは会場を後にし、外へと出る。視界に飛び込んできたのは、人でごった返したフォスフォラの街だった。さすがは、世界で最も信者数の多いリコフォス教の創立祭といったところか。普段はあまり目にしない人種もちらほらと見掛ける。
そんな中を掻き分けるようにして進んでいると、ポツリとローランが感慨深そうに呟く。
「創立祭もとうとう明日で終わりか……」
「名残惜しそうですね」
「そうかね? そう見えるかね?」
「まぁ、はい」
「やはり教皇としては、この祭典というのは特別なものなのだよ」
「率直に申し上げるのであれば、創立祭は来年もあるわけですし、これが最後ってわけでもないのに大袈裟な、とは思ってしまいます」
スヴェンのその言葉は意外だったのか、ローランは目を丸くし、唖然としている。
「どうしたのですか? そんなにおかしなことを言ったつもりはないのですが……?」
「いや、そうだね……その通りだ」
歯切れの悪いローランにスヴェンは首を傾げた。すると、ローランが誤魔化すように声の調子を明るいものへと変える。
「いやなに、君たちをおちょくれるのも明日で最後だと思うとね、感傷的にもなるさ」
「まったく……業務妨害で警備隊に突き出そうかと思いましたよ、本気で」
スヴェンは真剣にローランの護衛に取り組んでいた。にも拘わらず、当の本人が予定にない行動をしたり、挙句の果てにはあれやこれやと軽口を叩いたりと、からかってくる始末だ。護衛する側としてはやりにくいことこの上ない。
「それにしても、ここ数日君たちの働き振りを間近で観察させてもらったが、君たちが棄獣狩り界隈で正当な評価を得られていないのが、不思議でならないよ」
「どうしたんですか、唐突に。お世辞を言われても、明日で契約終了することには変わりませんよ?」
「それは残念だ」
惜しむようにローランが肩を落とす。
「これだけの逸材を遊ばせておくなんて、多大な損失だよ。由々しき問題だ」
「そんな大袈裟な……」
「大袈裟だって?」
聞き捨てならないとばかりにローランが大仰に驚いて見せる。
「ランキッサ帝国の元軍人であるヴァルダ君は、確か先の大戦で【死線】として活躍し、各国の兵を恐怖に震え上がらせたそうじゃないか。この国の警備隊や神兵も相当に苦しめられたと聞いているよ」
「これはまた懐かしいどころか、恥ずかしさしかない名前を引っ張ってきたもんだなぁ」
「紫帝章、殊勲聖帝章、武功勲星章、鳳武勇戦章……上げたらきりがない。これ以上何を贈れば良いのかわからないくらいだね」
ヴァルダが忌々しそうに眉を顰める。本人としては、触れられたくない部分らしい。
「リーナシア嬢は、獣人の中でも高い身体能力を有し、その戦闘センスは形容し難いほどの高い水準にあるらしいね。アウラ嬢は最近入ったばかりらしいが、業火を自在に操る凄腕の理術者だと聞いているよ?」
アウラは興味がないとばかりに澄ました表情を崩さないが、リーナシアは満更でもないのかフフンと鼻を鳴らしながら胸を張る。
「そして、スヴェン君。君は理術こそ使えないらしいが、正確な状況分析力や高い情報収集能力を持っている。癖の強い面々が最大限に力を発揮できているのも君に依るところが大きい。今回の護衛任務一つ取っても、急な依頼であったにも関わらず、見事こなしてみせた。感嘆すべきことだよ、これは」
「それを口にするのはまだ早いかと」
「おっと。これは失礼。つい気が逸ってしまった。最後まで平穏に終わってほしいものだね」
「何ですか、そのまるで何かあるみたいな発言は……」
スヴェンが眉を潜めた瞬間だった。
――キャアァァァァァ!!
近くで喧噪を劈くような悲鳴があがる。瞬時にスヴェンたちはローランへと密着。周囲の警戒を強める。
「喧嘩かぁ……?」
呟くヴァルダに誘われるようにしてスヴェンも悲鳴の上がった方へと視線を向ける。
すると、何やら揉めている様子の人だかりが視界に飛び込んできた。
「いや……」
いつにも増して鋭い目付きで眼前の光景を睨め付けながら《エニグマ》へと指を伸ばし、【まほろば】と【イニシャライザ】を具象化する。
「事はそう穏やかじゃないらしい……」
武器を構えると同時に今度は別のところからも悲鳴が上がる。そして、まるで連鎖するかのようにそこかしこで絶叫が轟き、瞬く間に混乱が街を包んでいく。
「一体何が起きているのだねっ!?」
取り乱すローランにスヴェンは簡潔に応じる。
「……擬人の暴走ですよ」
狂乱の渦中にいるのは、端正な顔立ちをした存在。感情が欠落したような表情に、型に嵌めたような背格好はまさしく擬人のそれだ。一貫性や指向性のない動きを見るに暴走しているのは明らかである。
「狙いは教皇か……?」
単純に擬人が故障したとは考え辛い。状況が状況なだけにローランを狙って騒ぎを起こした可能性の方が高いだろう――しかし、スヴェンのその予想は外れることとなる。
「スヴェン! これを見るっす!」
リーナシアが《エニグマ》から投影された映像をスヴェンに見せてくる。
そこに映し出されていたのは、世界中で暴走する擬人の姿だった。
「おいおいおい……こんなことが世界中で起きてんのかよぉ!?」
「ていうか、擬人が一斉に暴走したら色々とまずいんじゃないのかしら? 擬人が関わっていない産業なんて今時ないんじゃない?」
「思うところはあるが、まずは教皇の安全確保が第一だ」
擬人はそこかしこに配置されている。それらが何らかの理由で暴走しているとなると厄介である。この混乱に乗じて悪意ある者がローランを襲わないとも限らないのだ。
しかし、異常はそれだけで終わらなかった。
「狂人病だと……!?」
人々が擬人から懸命に逃げている中、人同士の争いがあちこちで勃発している。混乱が原因というわけではなく、それまで逃げていた者が突然近くの避難者に襲い掛かっているのである。
「狂人病!? でも、あれって別に感染症とかじゃないんでしょ!? それがこんな一斉に罹ることってある!?」
「わからん。わからんが、現に起きている」
確かに、前にヴァルダが擬人の暴走や狂人病患者が増えてきていると言っていた。
だが、それがこうも同時多発的に増えるとは思えない。アウラの反応はもっともだ。
「何れにせよ、この場に留まっていても状況が好転するとは思えない。ひとまず当初の予定通り教皇庁を目指すぞ」
スヴェンはローランの首根っこを掴み、姿勢を低くさせながら人込みを掻き分けていく。
世界で最も安全な場所の一つと言われているのが教皇庁だ。そこに送り届けてさえしまえば、その先はスヴェンたちの与るところではない。
スヴェンは裏路地に入ることを選択。多少遠回りにはなるが、人混みを避けるためだ。
「……むむっ?」
しばらく裏路地を進んだところで、突然リーナシアが耳をピョコピョコと動かし始める。
「どうしたんだ?」
「いや、やけに静かになったなーって」
不思議そうに首を傾げるリーナシア。
「…………」
足を止めたスヴェンは周囲の気配を探る。
確かに彼女が指摘した通りあれほどの狂騒が嘘のように静かだ。いや、それどころか近くには誰もいないかのようである。突然世界にただ一人取り残されたようなこの感じには覚えがある。
「しまった……」
「どうしたっすか?」
「電磁結界だ……」
「『電磁結界』……?」
聞き慣れない単語にアウラが眉を顰める。
「ああ。範囲内にいる者を対象として、特定の行動を強制させるって禁術だ」
「禁術って随分と大袈裟ね……」
「核となる技術が本質的にやばいからな」
電磁結界が発動されると、対象者の《エニグマ》に重層世界を介して指令が送信される。《エニグマ》は受信した指令を対象者の脳内へと伝達。指令を受けた者は、《エニグマ》からの命令を疑問に思うことなく自らの意思として行動する。
「そんなの洗脳じゃねぇかよぉ」
「だから禁術だって言ったろ。まぁ、洗脳と言っても平衡作用が働くからな。あまりに日常からかけ離れた指令をされても脳側で却下される。せいぜい、対象範囲からの退避とか軽度の意識誘導くらいが限界だ」
「それじゃあ、これだけ静かなのって……」
アウラがスヴェンの言葉の意味を察してその表情を険しくする。そんな彼女にスヴェンは頷いた。
「ああ。どうやら敵の術中に嵌ったようだ」
「ていうか、どうしてあなたがそんなことを知っているのよ」
「前にもこれをくらったことがあるからだ」
「前……?」
アウラが聞き返した瞬間だった。
「――来るぞっ!」




