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1.

 ごきげんよう、皆様。シャーロット・イスフィールです。

 初めましての方は、辺境伯の次女とお見知りおきください。

 今からわたし、姉様の婚約者を殴りに行きます。

 もちろん、身分ある淑女がするような平手打ちで可愛らしく済ますつもりはありません。ぐーです。拳です。叩き込みます。

 相手は第二王子? だから何?

 姉様を傷つけるような人間は、まとめて地獄へ落ちればいいのです。いいえ、いいえ。むしろもう積極的に、わたしが地獄に落とします。つまりあんにゃろめは地獄行きです。


 事の起こりは数日前、建国祭でのことでした。

 建国祭とは読んで字の通り、我が国の設立を祝う日です。領地を遠方に持つ諸侯も家長か家長代理かが必ず王都を訪れ、王家への忠誠と国民に繁栄をもたらすことを誓い合う大切な日です。

 当然父上と、姉様大好きっ子のわたしも参列しておりました。

 

『マーガレッタ・イスフィール! そなたとの婚約は白紙に戻させてもらう!』


 その、貴族の全てが参席するめでたい場でやらかしてくださりやがったのが、第二王子ことあの末成(うらな)瓢箪(びょうたん)でした。


『私とアレルシャとの真実の愛を妬み、彼女に多くの害をもたらしたことは既に明白。早々に行いを認め、罪に服すがよい』


 意気揚々と姉様を一指する彼――じゃなくてアレの片腕にべったりと豊かな胸を押しつける、見知らぬ女。その名がアレルシャなのだろうと思われました。

 ふんわりとした栗色の髪と澄んだ青色の瞳。顔立ちは美しい部類に入るのでしょうけれど、正直姉様には見劣りします。


 なにせマーガレッタ姉様は、凍える緋華、七彩の夜と称される御方です。

 (ろう)たけて儚げで物静かな佇まいでいらっしゃいますけれど、それでいて大輪の花の香気のように、周囲を惹きつけてやまない存在感をお持ちなのです。宵闇を紡いだような髪がさらさらと春の光めいてドレスの上を流れるさまは、誰もがため息をつく絶景でした。

 あと華奢に見えて出るべきところは出ていらっしゃるので、ぎゅーっと抱き着くととてもやわらかいです。いい匂いもします。


 更に更に、姉様の素晴らしさは外見(そとみ)のみに留まりません。

 聡明でお優しくて、細々とした気遣いまで備えていらっしゃいます。

 決して甘いだけのお人柄ではないので、叱ることも窘めることも無論あります。でもその言い口はとてもやわらかいし、おまけにいつでも、戒められた当人が笑顔で周囲に詫びれるような着地点を用意してくださっているところが流石なのです。

 姉様に構われたいわたしは、なのでよく小さな悪さをしたものでした。あの澄んだお声で、「困った子ね」と小突かれると、幸せ一杯の心地になれますから。

 本当に姉様ったら完璧なのです。昔から恋愛音痴くらいしか欠点がなくて、姉様にかかれば、その短所すら可愛げになってしまうのだから流石です。


 ……少し話が逸れました。

 とにかくアレルシャ嬢は、姉様に及ぶべくもないということです。その顔にある、人を見下す醜悪な色は、その何よりの証左でしょう。


『列席の諸侯らも聞き及ばれよ。この婚約破棄を以て、私はアレルシャを妻とすることを公にする!』


 続く宣誓に、驚愕のどよめきが起こりました。

 当たり前のことですが、唐変木への同意ではありません。拡散するさざ波を言葉に翻訳するのなら、「馬鹿じゃねぇのこいつ」が相応しいです。

 でもご本人はまるで気づかず、続けて、アレルシャ嬢に陰湿な嫌がらせを行っただの、教唆(きょうさ)して実害を加えようとしただのと、姉様の犯したという罪をおほざきになっていやがられます。


 もちろんながら、姉様がそんなことをなさるはずがありません。

 だってこのすっとこどっこいと姉様の婚約は、実に政治的なものなのです。

 第一王子の(もと)へは、王都におわす大公様の御息女が輿入れ(こしい)なさいました。なので第二王子の妻として、我がイスフィール家に白羽の矢が立ったのです。王家が地方を重視していることの証し、というわけですね。


 辺境と冠されるので誤解される方もいらっしゃいますが、辺境伯といえば国境軍事地区を領として、独自の裁量を任される身の上です。

 王都から離れた土地で数千数万の軍を養うを許されると申し上げれば、その信頼の大きさが知れるでしょう。その気になれば、簡単に独立や反乱を企てられるだけの権限を持つのです。


 ですから姉様の縁談は、父上には断り難いものでした。

 政争の防止とそれによる国家安寧を盾に、「我々の結びつきの強さ、固さを知らしめたいのだ。どうか、あの聡明な娘をくれないか」と陛下に頭を下げられてしまえば、折れるより他にありません。

 第二王子ことシンジツノアイ様は、どうも当時から、あまり陛下に期待されていなかったようです。ですからせめてその妻に才媛を配したいというのが、陛下の偽らざるお気持ちとのことでした。

 まあ、親心はわからないでもありません。腹立たしいのは、「姉様を(めと)りたい」という要望があの月夜蟹から出たものだという点です。王都を訪れた折の姉様に一目惚れしたのだとかで、人生どこに災いの種が転がっているかわからないものだと嘆息したのを覚えています。


 とまれ陛下は、惚れ込んだ女を目付に据えれば、愚息の矯正も叶うだろうと目論んだのでしょう。

 父上はかつて陛下と(くつわ)を並べて戦ったこともある身。結局、友情に押し切られる形で父上は姉様自身に縁談を打診し、その首肯を得て婚約はまとまりました。

 姉様は聡明ですから、自分のお気持ちよりも国のこと、民のことを考えて頷かれたのだと思われます。その証拠に姉様は、その日一日、部屋から出ていらっしゃいませんでした。きっと、泣かれていらしたのです。


 貴族が何故貴いかといえば、それは下についてくれる者の幸せを第一に考えられるからだと、二年前のこの時、わたしは思い知りました。

 逆に言うなら、自分が何の上に立脚するかを考えられない阿呆は、早々にその座を失うべきなのです。


 ……またちょっと話が逸れました。

 まあそういう次第ですから、もしあんぽんたんとアレルシャ嬢の間に「真実の愛」とやらがあったとしても、別段問題はないのです。

 あの土手カボチャはまるで姉様が自分を愛し、アレルシャ嬢との仲に嫉妬したかのように語りますが、絶対にそんなはずはありません。

 地位と権力には責務と責任がつきもので、姉様はそれを果たそうとしているだけ。あなたには愛情の一片たりとも持ち合わせておりません。姉様に釣り合う方も、姉様が想われる方も、昔から天地の間にただひとりです。

 つまりあの頓珍漢が姉様を立て、その上で隣の恋人を側室に迎えれば、波風はひとつも立ちません。互いに配慮して順序を重んじ、威信と信頼を貶めさえしなければ、政治の話は回るのです。


 だというのに、この底抜けの愚物はやらかしてくださいやがりました。

 これは姉様と父上が先々を熟慮して受け入れたことをないがしろする――どころか、踏みにじって唾を吐きかける行為に他なりません。

 父上は即断にして果断の人と知られています。その胸の天秤が怒りの側に傾けば、国をふたつに割る動乱が起きてもおかしくありません。それをこんこんちきは、欠片も理解しないのでしょう。


『私が言うべきは以上です。……よろしいですね、父上?』


 一触即発の状況を理解しないまますかたんは、得意満面の顔を陛下に向けました。

 一世一代の舞台をやり遂げたような振る舞いに、またも新たな驚愕が広がります。こんな重要なことを、事前の根回しなしに公言してのけたと明らかになったからです。どよめきをもう一度翻訳するなら、「ああ、馬鹿なんだなこいつ」で確定です。

 いつもにこやかな笑顔で本心を覆い隠している陛下も、これには完全な無表情でした。


『好きにせよ』


 間髪入れずに返した答えはひどく冷たい色をまとっていたのですが、呆助(ほうすけ)はまったく気づくふうもありません。

 いけませんわ、陛下。ほら、スマイル、スマイル。そんなお顔をなされていては、出席の方々が御愚息の末路を察してしまわれますよ?


 後のことは、推して知るべしでしょう。

 建国の宴は滅茶苦茶になりました。

 まずわたしたちイスフィール家の者が退席し、これに我が家と縁のある人々が続きました。戦場において旗色を明白にしない人間は、時に敵より忌み嫌われるものです。父の人柄を知った上で、その愚を犯す方はおりませんでした。


 伝え聞くところによれば、次いで席を立ったのは王妃様だそうです。第一王子妃様が、きっと鋭くアレルシャ嬢を睨みつけてからこれに続き、後を追って侍女たちが、それを見た外戚の方々も慌てて宴席を辞されたとのことです。

 王子妃の教育を受けるべく都に上がった姉様が、如何に周囲に愛されていたかが知れますね。いずれのご厚情も並々ならずで、愚妹は大変に鼻が高いです。

 喝采と祝辞を雨あられと受けるつもりだったらしい表六玉(ひょうろうくだま)とその恋人は、櫛の歯がすっかり欠けきった会場に取り残され、ぽつねんと立ち尽すばかりになったという話です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] すごく軽妙な文章ですね。姉を褒め称える端から婚約者への悪口をどんどん挟んでくる。 こういうの好きです。好みはわかれるでしょうが私は読んでて楽しい。
2021/08/20 00:17 退会済み
管理
[気になる点] ・目論見んだのでしょう。 →もくろみんだ……モンハンとかで出てきそう!
[一言] ありとあらゆる罵倒の語彙に感動。 ひょうろくだまなんて初めて知った! でもあまりにおばかが総すかんすぎて、この上ぶん殴るのはオーバーキルな予感もする。
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