貴方が差し伸べた手が、私を導いた。
アヤの目が、事務局の通知アイコン①に止まる。
───お、さおりだ。
昨日投稿した新作にコメントしてくれている。告白できずにグズグズしてるヘタレ君の家に、おせっかいな連中が押しかけて来るドタバタな話。
[いやいや、途中読んでて息継ぎできないくらい長いセリフとか、「ドア突き破って入って来るな!」とか面白すぎです!(笑)]
───落ち着け。そこはドアじゃなくて、壁な。
アヤは苦笑しながら訂正の返信をする。
[ドアじゃなくて、壁です。]
[あ(汗)「壁突き破って入ってくんなよ、ドアから入れよ」でした(汗)電車乗ってて笑い堪えてました!]
───さおりは面白いなぁ…
さおりの「二人の物語」はクライマックスを迎えていた。焦燥で盲目になっていた辰砂は、燈の真摯な想いに打たれ、もう一度この旅の意味に真正面から向き合う。
霧が晴れた瞳が、次第に「仇」の真実へと導いてゆく。それは、この国で長い間続いている戦から始まっていた…
[いつもコメントありがとうございます(泣)次の次で恐らく完結ですが…第九章はどうしてもまたR18G指定になっちゃいそうです(泣)]
───知ってる。読めなかったからね。
[読みたいけど、しょうがないです…もうすぐ誕生日だし、それまで楽しみにしてます!]
そう、アヤは1ヶ月後には18歳になるのだ。返信がくる。
[え、じゃあ後1ヶ月くらいじゃないですか〜ラスト2作、あやねさんが18歳になるまで待ちます!]
───は?
何であたしの誕生日知ってんの?
あ、そういえばプロフィール欄に誕生日書いてあったっけ。
いや、それ……何かプロポーズみたい(笑)
[…いえいえ、大丈夫ですよ、待ってる読者の為に、早く投稿して下さい!]
[待ってる読者なんていませんよ…ううう(泣)じゃあ、あやねさんも、早く18歳になって下さいいいい(泣)!]
──ええ…(笑)
また泣いてる、と笑いながら返信する。
[さおりさん、泣かないで〜]
アヤはくつくつと笑ってライン─ではなくコメント欄を閉じた。
このヒトがアラフィフ?OL?何か、職場でドジやってそうだなぁ…(笑)
でも、とアヤは職場でバタバタしているさおりを勝手に想像した。
きっと、みんなに好かれてんだろうな。
沙織の指先は止まることなく最後の決戦へと言葉を紡いでいた。
「仇」の正体─長い戦で産みだされた憎悪と怨念が具現化したもの─を暴いた二人。炙りだす為に、元凶の戦場へと赴く。
阿鼻叫喚が溢れる戦場で、辰砂はついに家族の命を奪った「仇」と相見える。二人だけでなく、戦場にいる全ての兵士を巻き込む最終決戦が幕を開ける─
気付けば、もうとっくに日付が変わっていた。もう寝よう、そう思い下書きを保存した。ん?と通知アイコンに気付く。①とか②ではなく、◎の表示。
何だろう、と指先で触れると、そこには
【「二人の物語」がいいね!されました】【コメントされました】【フォローされました】
これまでのシリーズ8作品全てにずらずらっといいね!の通知。そして新しいフォロワーの表示。
沙織は雷に打たれたような衝撃を受けた。そのフォロワーは……
辰砂本家制作陣のイラストレーターの方だった。
────ええええええ!!??
眠気も吹っ飛んで画面を見つめる。間違いない、この原作アニメの二次創作で数多くのキャラクターを描いている方だ。
どどどどどうしよう。本家からクレームきた!?削除要請!?削除!?
──いやいや待て。削除要請ならいいね!つけないだろう……
覚悟を決めて、コメント欄を開く。
[初めまして、まだ生まれたばかりのの辰砂の物語が、こんなにも投稿されていることに驚きました。そして、この物語が彼女の救済へと向かっている奇跡に、喜びでいっぱいです。今後ともよろしくお願いします]
───うわあああああああ。
さおりからのコメント欄の通知に気付いたのは、朝だった。パニック状態で報告するその内容にアヤも驚く。もちろんアヤも知ってる、このアニメファンなら誰もが知ってる神絵師だ。
【ああ、こんな遅い時間にコメントしちゃってごめんなさい(泣)!寝てますよね、お休みなさい!】
はい、寝てましたよ。
もうさおりのテンションに慣れてしまったアヤ。良かったねぇ、とまるで母親の様な気持ちになる。
───母親?うちのママとそんなに変わらないのに?
可笑しいと思いながらも、さおりとの初めての出逢いを想い出す。
もし、あのままアヤがフォローしなかったら、このシリーズは生まれなかったのだろうか?
ふと、通知アイコンの①に気付いた。この時間に?まさか……
【さおりさんに、コメントして下さい】
────ええええええ。
アヤが読めなかった第九章が、朝の6時に投稿された。続いて最終章が表示される─投稿日は、黄色で表示された4日後。
軽く目眩がするアヤ、しかし容易に想像できた。夜中に本家からのフォローに気付いて、そのまま執筆に燃えてしまっただろうさおりの姿。確かに第九章の予定の投稿日は今日…だけど……
いやいや、絶妙徹夜したよね?仕事してんだよね?アラフィフなんだよね?
────お母さんか、私は。
苦笑してスマホを閉じる。最終話は学校が終わってからのお楽しみ。スタバに寄って、新作のラテを飲みながら…
辰砂の物語を、見届けよう。
最終章を執筆する沙織の指は、このシリーズの中で一番緩やかだった。多くの犠牲を出した闘いは終わり、辰砂の復讐の旅は幕を閉じる。しかし、燈は…
本家の方からフォローされた沙織は、ない勇気を振り絞り、また新たなクリエイターの方とコンタクトをとっていた。
以前に読んだ、辰砂に新しい家族ができている物語を書いた方だ。
辰砂の子供─この方のオリジナルキャラクターの女のコを、沙織の作品で登場させて欲しいとお願いしたのだ。
今書いていてるシリーズが完結したら、投稿を諦めた「呟き」をリベンジしたい。
その「呟き」に、辰砂が多くのクリエイターに愛されている証拠として、彼女を登場させたい。
嬉しいことに、その方は快く承知して下さった。
本当に、ただの一読者であった沙織が、創作する側になるなんて、信じられない。それは、あやねにフォローされてから、たった一ヶ月半の出来事だった。
ふと、あやねのページを開いた。新作は投稿されていない。
何故か、最終章を投稿する前に聞きたかった。コメント欄に指を伸ばす。
[あやねさん、今更なんだけど、どうして私のことフォローしたんですか?作品とか何もないのに]
すぐに返信はこなかった。さおりは執筆活動に指を戻す。
ほどなく、通知アイコンに①の表示。あやねだ。
[ええと…信じてもらえないかもしれないけど…]
長い長いコメントを目で追う沙織は、しだいに目を見開いてゆく。
───えええええ。
このシリーズが始まる前から、繋がっていた二人の縁。信じざるを得なかったのは、あやねが最終章の冒頭文を、まんま送ってきたこと。
[自分でも信じらんない(笑)でも、さおりさんから聞かれたら、正直に言おうと思ってた]
沙織の心に、静かな衝撃が波紋の様に広がってゆく。不思議なことに、あやねの言葉をそのまま受け止める自分がいた。
あやねのおかげで、この世界に創作する側として踏み出すことができた。それは画面越しだけの拙い接点。
「…あやね、さん。」
初めて、声に出して名前を呼んでみる。きっと本名は違うのだろう。顔も知らない、何処に住んでいるのかも分からない、赤の他人。
世界は、何て不思議なんだろう。
アヤのお気に入りの窓に面したカウンター。ラテを片手にスマホを開く。世界中の誰よりも早く読む「二人の物語〜最終章〜」
家族の仇を討った辰砂に、まだ旅は終わっていない、と告げる燈。それは、もう二度と異形の者が産まれぬよう、全ての戦場跡地に赴き戦士の魂を弔うこと。そして、彼女が今まで殺してきた人への償い。
共に行こう、命ある限りと手を差し伸べる燈。震える手でその手を取る辰砂、ゆっくりと交わされる抱擁と口づけ。シリーズ通して初めて触れ合う二人の姿。
本家の最終話と同じく、その旅の終わりは見えない。だが、進むべき未来には優しい風がふいていた──
アヤの頬を涙が伝う。凄い。
最後のページのFinが、今回だけThe Endになっているのが感慨深い。
長い長い旅を、さおりと一緒に歩んできたようだ──辰砂と燈のように。
今、さおりはまさにこの物語を描いている。きっとまだThe Endまで辿り着いていないだろう。
ふと、昨日のコメント欄でのやり取りを思い出す。最終章の執筆が終わったら、全て話そうと思っていた。でも、アヤはさおりが最終章を投稿する前に、そのことを聞いてくる気がしていた。何故かは分からないが。
そして「呟き」のことは言い出せなかった。さおりの処女作が自分のせいで消えてしまったことを謝りたかったが……
不思議な気持ちでコメントした。
[さおりさん────]
沙織の指先がゆっくりスマホの画面に触れる。一度Finといれてから、The Endと打ち直す。何度も何度もプレビューを確認する。ふぅ、と息をつく。
【投稿する】
画面を舞う紙吹雪。
「二人の物語」全十章─辰砂と燈の物語は完結した。
いつもの様に、すぐにあやねのいいね!とコメントが表示される。
[さおりさん、やっぱ凄い…よくこんな小説を書けますね…いや、もう、好き…(語彙力)]
思わず顔が緩む、ふと、以前あやねとやり取りしていたことを思い出した。
このコメントも、5日前の未来から来たのだろうか。あやねのコメントに返信すべく、画面をタッチする。
と、突然現れた【利用規約】の画面。
───?
【プライバシーポリシー 第16条の規定に基づき、投稿の完了に伴い、特定条件下におけるユーザーの特別措置を終了致します。今後は不正防止のため、これに相当するユーザー相互の制限を発動致しました。今後とも当サイトをお楽しみ下さい】
……何、これ?
利用規約の表示を押す、第16条…?
ない、第16条が。
プライバシーポリシーは第15条で終わっている。その後に附則、改訂はあっても、第16条は無かった。
何の間違い?と首を傾げた沙織は、よく分からないままもう一度コメント欄に戻った。
……え?
あやねのコメントが、消えていた。
画面右上の通知アイコンに、①の表示。
さおりかな、と指先で触れる。
【さおりさんの投稿が完了しました、当サイトへのご協力感謝致します】
───何だろ、この通知…
何だか、イヤな感じがする。初めて見る通知に触れると、突然画面に【利用規約】とでかでかと表示される。
───は?何これ?
プライバシーがどうの、ユーザー相互のどうのと…小難しい文章。
何じゃこりゃ、と深く考えずに画面を閉じる。
確か今日最終章が投稿されるはず…ん?
フォロー新着の中に、最終章は無かった。あれ、もっと投稿時間が遅いのかな、と、さおりのページに───いけない。
────は?
フォロー中、フォロワーの中に、さおりがいない。
え、何で何で?どゆこと?
通知欄にもいない、ラインと化していた
コメント欄にも、さおりとの会話の記録が一切消えていた。
咄嗟にユーザー名「さおり」で検索する。ヒットした数も確認せず、犬のアイコンを探す。
ない。さおりは消えていた。
1週間が経った。二人は出来うる限りの努力をした。もちろん、まずお互いにアクセスブロックされたのかと思った。しかし、アクセスブロックは相互のフォローやコメントの制限で、閲覧そのものはできる機能だ。二人のサイトから、お互いの存在が消滅していた。
サイトの事務局に問い合わせのメールもした。しかし返ってきたのは「当サイトでその様な権限はなく、お問い合わせのような規約もございません」
プライバシーポリシー利用規約第16条。確かにそう表示されていたが、実際には第15条まで。
沙織はあやねがTwitterで活動している、とプロフィール欄にあったのを思い出して検索してみた。しかし「あやね」では沢山の結果が表示され、本人はつかまらなかった。
アヤは以前辰砂本家の方のTwitterで紹介されていたことを思い出して、探してみた。ツイートは見つかったが、リンク先を押すとエラーの表示。
何故、どうして。
───あたしが、フォローしたから?
───私が、フォローされないと
書けなかったから?
何故、あやねとコンタクトが取れなくなったのか。沙織が覚えているのは、「特定条件下のユーザーの特別措置」という文言。思い出すのは、あやねの言葉。
[いきなり、さおりさんをフォローして下さいって通知がきたんです。]
小説を書いても投稿できない沙織の為に、あやねがすでに完成した未来の作品を読む。フォローして、コメントして投稿を後押しするようにしたということだろうか。
沙織の投稿が終了した今、その特別措置─執筆をフォローする、という措置も終了した。もう沙織は「特別措置」がなくても作品を投稿できるクリエイターと判断されたので、これ以上はこのユーザーとの接触が制限される……
未来の作品を閲覧できる「あやね」と接触することは、不正にあたるから。
ゆっくりと記憶を辿り、頭を整理する。
「二人の物語」は、あやねのフォローという後押しがあったから執筆を始めることができた。
全十章に及ぶ長編も、毎回あやねがいいね!とコメントをくれなかったら完結まで辿り着かなかっただろう。
実際に、あやねが読めなかった─コメントを貰えなかった次の章は、投稿するまで平均の倍以上の時間がかかっている。
そして、沙織の小説は完結した。
まるで信じられない話、だが、あやねは実際に沙織が書いた最終章の冒頭を、一言一句違わずに知っていた。
沙織の作品が完結し、様々なクリエイターからコメントが届き、Twitterで紹介もされた。[素敵な作品をありがとうございます][次回作も読んでみたいです]
信じられなかった、嬉しくて涙が出た。
でも。心にはぽっかり穴が空いていた。
あやねがいない。あやねの物語がない。
あやねの作品、不思議な空気、リズムを感じる会話、型にとらわれない自由な書き方……それはまるで、爽やかな風の様な。
時を越えて届いたフォロー、未来からきたコメント。
どんなに手を伸ばしても、届かない。
【投稿する】
画面に舞う紙吹雪。アヤの指が、そっと離れる。
毎日のように、作品を投稿した。まるで、そうすればさおりを呼び寄せることができるかのように。
アヤの作品は心情に比例した内容になり、フォロワーから心配されていた。
フォロワー。そう、さおりにはいつの間にかフォロワーが何人もいた。名だたるクリエイターの方も。シリーズが完結したら、他のクリエイターのオリジナルキャラクターを出演させて、また書くから!と言ってた。
さおりには、もうあたしは必要ないんだろう。【ご協力感謝致します】の通知が頭に浮かぶ。
あたしのフォローがなくても、コメントがなくても、もう大丈夫なんだ。
だから、何かよく分かんないけどさおりとお別れすることになった。まあ、自分がこれから書くコトが、誰かが先に知ってたら楽すぎだよね。アイデアに詰まったら、聞けばいいんだから。
アヤにはもちろん沢山のフォロワーがいる。合作する仲間がいるくらいだ。
この不思議な一ヶ月半は、きっと夢だったんだ、そう思おうと、決めたのに。
コメントがくると、つい探してしまう。大人のくせに泣いてばかりの、30も歳下のあやねに敬語を使うさおりを。
──あ。
ふと、さおりとのやり取りを思い出す。
──さおりの処女作、私のせいで消えちゃったこと、言ってないや。
こんなことなら、ちゃんと謝っておけば良かった。
そしてもう二度と、読めない。
私とあやねとは、違う時空軸にいる?SFっぽいことを考えてすぐに否定する。
あやねにTwitterを見てと言われた時のことがある。確かに私とあやねは同じ時間の世界にいるはずだ。
考えろ、考えろ。これは、現実だ。
泣きたくなる想いを抑えて、思考を巡らせる。「あやね」は必ず存在する。あやねと合作したユーザーの作品にはアクセスできたからだ。
ブロックされているあやねとの制限を解くには、どうすればいいのか。
家のパソコンで、夫のスマホで新しいアカウントを作り、アクセスしてみた。しかし、やはりあやねはいない。
どこから力が働いているのか、沙織からあやねへの道は全て封鎖されてゆく。
カレンダーに目をやる、もう残された時間は余りない。
沙織の思考は、しかし絶望に向かうほど、氷の様に冷静になっていった。
何故なら、選択肢が絞られていくから。
そろそろ日付が変わる、もう寝ないと…アヤの手が緩む。ベッドにぽすん、と落ちるスマホ。
目覚ましをセットしようと、もう一度のろのろとスマホに手を伸ばす。画面は、いつもの投稿サイト……
───?
右上の通知アイコンに①の表示。
【1人のユーザーが「壊れた時計」にコメントしました】
アヤが今日投稿した新作。誰だろう……指先が触れた刹那。
【利用規約解除のお知らせ】
でかでかと、画面に表示される通知。
【この度プライバシーポリシー第16号
の規定に基づき、当該対象となるユーザーのアカウントが削除されたため、制限は解除されました。引き続き当サイトをお楽しみ下さい】
───は?
画面が切り替わり、あやねの目に飛びこんだのは。
[見つけたよ、あやねさん(泣)お誕生日、おめでとう(泣)]
────!!!!!
いつの間にか日付が変わっていた、今日は……9月15日。
アヤの18歳の、誕生日。
雨上がりの透き通った空が、何処までも続いていた。沙織は朝日を浴びながらゆっくりと駅から会社までの道を歩く。久々の徹夜明けだが、不思議と体は軽い。
雨粒がキラキラと朝日に輝く街路樹を見上げて、深呼吸する。沙織の心はこの空の様に澄みきっていた。
──世界は、こんなにも美しい。
そんなことを思ってしまう自分に、小さく微笑んだ。
人生のうちで、こんなに不思議なニヶ月
が今まであっただろうか?
衝撃的な辰砂との出逢い、彼女の幸せな未来を描いた優しい人たちとの触れ合い、初めて知ったクリエイターの苦悩、そして未来からフォローしてくれたあやね……
沙織は穏やかな感動を湛えていた。それは全て、スマホの画面越しの交流。本当の名前も、顔も、性別も分からない人たち。
会社へ続く道の途中にある、公園のベンチに腰掛けた。出勤時間まではまだまだ時間がある─今朝は、沙織の特別の時間。
「二人の物語」をゆっくりと読む。落ち着いて読むと、かぶっている表現や、誤字もあった。回収しきれていない伏線、書き忘れていたストーリー。
全十章全てにいいね!してくれているユーザー。そして、クリエイターの方々から頂いたコメントを噛みしめる様に読む。
こんな荒削りの、素人の初投稿に、信じられないほどあたたかい称賛、人柄が感じられる優しい言葉。
全て読み終わり、スマホと目を閉じた。
あやねがいなければ、生まれなかった辰砂の物語。そして、沢山の素敵な人達との繋がり。
沙織は、静かに決意を抱いた。
【──します、よろしいですか?】
[はい]触れる指先に、震えは無い。
「……さおり?」
思わず口から溢れた声。いや、そんなはずは…と否定しても、[あやねさん]自分をこう呼ぶのはさおりだけだ。
アイコンはアヤも好きなゲームのキャラクター、ユーザー名は…Saori。
……ウソ…どうして…
震える指先で返信する。
さおりさん、なの?
[お久しぶりです(泣)また会えて超嬉しいです!(泣)良かった、良かったあ〜(泣)!]
───いやいやいやいや、待って。
[どうやってこうなったの!?どうして!?何したの!?]
もう語彙力もへったくれもない。
[大したことしてないですよ、まあ、ちょっと頑張りました(笑)]
頑張った…?アヤの頭に、事務局からの通知画面が蘇る。
【アカウントが削除されたため──】
────まさか。
Saoriのアイコンに触れる。
全十章の「二人の物語」は無かった。
ウソでしょ。ねえ。
[さおり、アカウント消したの?小説、全部消えたの?]
泣きそうになりながらコメントをうつ。
[大丈夫ですよ〜大事なところはメモしたし!タイトルも変えて、またゆっくり再投稿します]
───メモ…した?
沙織が決断した、あやねともう一度繋がる為の覚悟─アカウントの削除。
作品も全て消えてしまうため、PDFで印刷するつもりだった。
しかし、もしもこのこと─PDFに変換したことが「さおり」と繋がったら。沙織は二度と「あやね」を見つけられない。
手書きで書き写すことも考えたが、そのまま投稿すればきっとサイト内の「さおり」が復活するかもしれない。
恐らくチャンスは一度だけ。足跡を欠片も残さずに「さおり」を消去する。
あやねは必ずここにいる。そう信じて、徹夜で全十章─78290字のあらすじを頭に叩き込んだ。映画の様に脳内で再生し、何度も何度も繰り返す。どうしても残したい箇所だけメモに書き写した。
[…あんなに頑張って書いたのに…それに、それだけじゃないでしょ!?だって]
フォローされてたでしょ!?凄いヒトたちから!本家のヒトから!新作書くのに何とか言ってたクリエイターのヒトも!いっぱい繋がってたでしょ!?もらったコメントだって、何回も読むってあんなに喜んでたじゃん!
───全部、消えちゃったんだよ!?
いつの間にかタメ語で長文コメントをうつアヤ。画面が、涙でにじむ。何やってんの、何やってんの、何で……
[いいんですよ、またここから始めれば。それに、あやねさんのおかげで、
────今の私があるんだから]
アヤの頬を、涙が伝った。
[あやねさん、誕生日プレゼント送るから、ちょっと待って。]
───?
しばらく経ってから、通知アイコンに①の表示。
[はい。私のページ、見て〜]
Saoriのアイコンに指先を伸ばす。さっきは無かった表示が目に飛びこんできた。
それは、小説作品欄。
『呟き』
────!!!
[前言ってたボツにした話、もう一度書きました!あやねさんに贈ります!]
───ここに、帰ってきたんだ。
この同じ空の下で、きっと今この瞬間も新しい世界が生み出されている。
彼らが指先で紡ぐ言葉が、どれだけの人の心を動かしているのだろう。
彼らの創りだした物語で、どれだけの人たちが繋がってゆくのだろう。
誰かが生み出した物語が、呟いた言葉が、世界を変えてゆく。世界を繋げてゆく。
それは、まるで──
若木が大地に根を張り、枝を伸ばし
───いつか大きな森になる様に。
この投稿サイト史上、最長記録だったであろうコメント欄のやり取りが終わった。
沙織はゆっくりとあやねの作品ページを見る。数え切れないほど投稿された物語。タイトルは、みな悲しげなものばかり。
あやねも自分と同じ様に悲しんでくれたのか、と泣きそうになる。
明日、ゆっくり読もう、とスマホを閉じる。あ、と思いだして、再びサイトを開いた。
アヤは2ヶ月ぶりの「呟き」を読み終えた。それは辰砂に魅せられた沢山のクリエイターが、彼女の救済を描く未来のお話。「二人の物語」の完結後に読むと、本当に感慨深い。
──さおりは、本当に辰砂を幸せにしたんだね。
満たされた想いで、スマホを閉じる。忘れてた、ともう一度サイトに戻る。
二人の指先が、同じ画面に触れる。
【+フォローする】
それは、液晶画面越しの
この世界の何処か遠くで
呼び合う様に届いた
───彼方からのフォロー。
〜The End〜
この物語を、全てのクリエイターの方々に贈ります。