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彼方からのフォロー  作者: ももち
1/3

出逢い




 【さおりさんを、フォロー()()()()()



 ─────は?





 それは、突然の通知だった。


 スマホの画面の右上、サイト運営事務局からの通知アイコンに①のマーク。

 お、昨日投稿した新作に誰かがいいね!くれたのかな、それともコメントかな?

 アヤはウキウキと通知アイコンを押す。そこには。

 

 【さおりさんを、フォロー()()()()()

 ─────は?


 フォロー……して、下さい?

 何これ?さおりさんがフォローしました、の間違いだよね?

 アヤが見ているのはイラストや小説を閲覧、投稿できるサイト。「あやね」というユーザー名で登録していて、ちょこちょこと小説を執筆しては投稿していた。

 さおりさん、の文字を押す。アイコンの画像は犬の写真、プロフィールはない。

 アヤ─「あやね」のフォロワーでもなければ、過去にいいね!やコメントをくれたこともない人だ。

 作品は、小説が一つだけ。


 タイトルは「呟き」。


 自分も好きなアニメの登場人物が主人公になっている2次創作……から派生した3次創作らしい。

 とりあえず開けてみる。ふと、不自然に目立つ、黄色い文字に気付く。それは作品の投稿日だった。

 あれ、この日付、色ついてたっけ?

 作品の投稿日は、20✕✕年7月7日……



 いや、待って。


 今日20✕✕6月20日ですけど。



 自分が投稿した小説の作品情報を見てみる。投稿した日付けは、目立たない薄いグレーで表示されている。そしてもちろん、過去の日付け。

 もう一度前の画面に戻る。「投稿日:20☓☓年7月7日」の文字はやはり目を惹く黄色──そして未来の日時。


 しばし、スマホを前に腕を組んで考える。えーと、これは何かのバグ?それとも何かのイベント?


 『初投稿です!よろしくお願いします』


 作品解説に書かれた言葉。この作品は同作品名のアニメ、二次創作本家とは関係のない三次創作になります…うんぬんおきまりの文句が書かれている。


 アヤも好きなアニメだし、とりあえず読んでみよう。

 指先が作品のタイトル「呟き」に触れる、画面をスクロールする……

 

 たちまち、アヤは惹き込まれていった。


 丁寧な描写、細やかな演出、そして何より…優しさに溢れた作品。一気に読み終えたアヤは、これが初投稿だと思い出してちょっと驚いた。いいね!を押してから、


 さおり の右にある【フォローする】で指先が止まる。引っかかるのは、通知アイコンの①の表示。


 【さおりさんを、フォローして下さい】


 これは、何だろうか?

 事務局からの通知がなければ、即フォローしていた。

 小説は良かった、面白かった。ただ、投稿日は未来の日時。


 事務局オススメをフォローしたら課金されるとか……?まさかね、そもそも有料会員じゃないのに…


 迷った指先は、マイページの作品投稿に画面を戻した。






 子供たちは寝かしつけた、食事の後片付けも済んだ。

 さあ、ここからはお楽しみの時間…

 沙織(さおり)はソファに深く体を埋めると、顔に貼ったパックをペチペチと肌に押し付けた。耳の付け根まで丁寧に指で伸ばす。


 今日は金曜日、いつもこの時間に帰ってくる夫は出張。今夜は思う存分、推しのイラストや小説に溺れるんだ…

 パジャマの裾でパックの液を拭き取り、スマホの画面をタッチする。()ヲタクの沙織も、就職、結婚して2児の母親になると、そうそうアニメも見ていられない。必然的に、媒体はスマホになった。

 沙織が毎日チェックするのは、イラスト、漫画、小説が見れるサイト。無料で登録できて、様々なジャンルの作品が閲覧できる。 

 アニメやゲームの2次創作というジャンルを初めて知ったのも、このサイトを見始めてからだった。


 例えば、人気アニメの男性の主人公が女性になっている話。中世ヨーロッパが舞台のゲームのキャラクターが、現代の日本で活躍する物語─などなど、実に自由に様々な物語が編み出されているのだ。


 沙織が好きなキャラクター…いわゆる「推し」は、人気アニメの登場人物の一人。

 東洋を舞台に繰り広げられる冒険アニメで、作中では準主役くらい人気の高い女性キャラクター。イラストや創作作品も沢山投稿されていた。

 関連作品の表紙絵に目がとまる。推し…に良く似たキャラクターのイラスト。アニメ本編よりも大人っぽく描かれており、妖艶に微笑む姿に惹かれた。

 アイコンを指で押さえる。シリーズもの?…推しが主人公の別時空の話?

 ワクワクしながら読み始めた。


 ────えええええ。


 突然始まる流血、暴力表現。物語は罪もない命を躊躇なく奪ってゆく主人公の残虐行為からスタートする。 

 

 主人公──辰砂(シンシャ)。美しく聡明な女性。沙織の推しキャラが、別時空で描かれた姿。平和で穏やかな生活をおくっている彼女が、ある日を境に豹変する。

 物語は、目を覆いたくなる様な残虐行為を繰り返す彼女が執拗に描かれる。

 そして、彼女の過去が明かされる。何があったのか、平凡でありふれた幸せを満喫する彼女を襲った悲劇は……


 「───!!」


 画面に触れた指が震える。嫌な汗が背中を伝う。

 子供が、殺されていた。

 沙織の脳裏に、()()の笑顔がうかぶ。




 「…林さんちの上のお子さん、亡くなったんです」


 1年前──会社の事務室。


 沙織は後輩の子供の訃報を知らされた時、貧血で崩れるように倒れてしまった

 

 スマホを持つ手が震える、ゆっくりと膝に下ろした。

 もうすぐアラフィフの沙織の人生で、親しい人が亡くなる経験はもちろん沢山ある。しかし、子供が亡くなるという経験は初めてだった。


 当たり前の日常が無くなる、家にある子供の物が全て過去のものになる、もう二度と、触れることができない……

 

 仲の良い後輩である彼女と沢山、話をした。一緒に泣いた。

 一時痩せてしまった彼女も、少しずつ食事がとれるようになっていた。

 「天国から、怒られちゃうから」

 笑って言った彼女。

 

 悲しみが癒えることは、決してないだろう。それでも、1年経ちやっと彼女の笑顔が少しずつ戻っていた。

 ───これは、関係ない、小説だ。

 そう言い聞かせても、心を暗い影が覆ってゆく。美しく聡明な主人公が、彼女と重なる。動揺する自分に驚いてしまう、どうしてここまで……

 何故、何故、何故。


 ───子供が死ななきゃ、いけないの。


 


 通勤電車で揺られる帰り道。スマホを片手に、いつものようにサイトを開いた。好きなアニメの推しを検索する…前に。

 

 気になるのは、辰砂(シンシャ)が主人公の小説。彼女が残虐行為を繰り返したのは、その憎悪と生贄によって召喚される、家族を殺した仇と相見えるためだった。泣き寝入りしなかったのは、辰砂(シンシャ)と同じ様に家族を奪われる地獄を繰り返さないため。

 

 最後は復讐を遂げたものの、繰り返した残虐行為で精神は破壊され、虚無に襲われる辰砂(シンシャ)

 それまでに旅の途中で沢山の命を奪ったため、世界を守った彼女自身が復讐の対象となり、永劫に世界を彷徨う…という救いのないラストで一旦終わっていた。

 続編があるような匂いはしたが、最後まで不幸な主人公にひどく心が痛んだ。


 自分でも不思議なほど、この主人公に惹かれていた。

 

 元々のキャラクターが人気のため、すでに新しく産まれた辰砂(シンシャ)を主人公とした三次創作の小説もいくつか投稿されていた。


 三次創作とは。元のアニメやゲー厶から産まれた二次創作の主人公を、さらに他のクリエイターが別の次元を舞台に書く物語。

 二次創作を創作した「本家」制作陣が「この主人公を好きに使って下さいね」と示していれば、自由に創作できる。ただ、本家の提示する注意事項─差別的な内容御断り、など─を守った上で。


 辰砂(シンシャ)制作陣も、すでに条件付きで彼女の自由な創作を開放していた。

 辰砂(シンシャ)に魅了されたクリエイターたちによる、彼女の物語を読んでみる。

 彼女の残虐行為が悲惨で、生贄を阿鼻叫喚に染めるほどより多くの「仇」を召喚できるという設定。そのため、関連イラストは、復讐の牙を剥き出しにして、鮮血に染まり妖艶に微笑む姿、生贄を酷たらしく晒しながら血の涙を流す姿…

 小説を見ても、流血&暴力描写がある為ほぼR18G指定、陰鬱とした内容が想像できる。重い気持ちで指先を滑らせる。

 ──?

 1つだけ、全年齢対象の作品があった。

作者の可愛らしいアイコンに見覚えがある。そっと指先を押し当てた。


 短い物語だった、すぐに読み終えた。

 沙織の指先は震えていた。


 そこにいたのは、紛れもなく辰砂(シンシャ)だった。家族の復讐のために永遠に彷徨う運命の彼女が、


 恋人と、幸せそうな時を過ごしていた。

 何でもない会話。穏やかな時間。

 涙が溢れそうになる。


 え、いいの?こんな話書いちゃっていいの?作品解説を読む。

 

 《…辰砂(シンシャ)の優しい未来があってもいいのでは、と思い書きました。もっと幸せ時空の彼女が、増えますように。》

 

 ────!!!


 スマホを持つ沙織の手が震える。自分でも驚くほど、それは衝撃的な言葉だった。

 『幸せ時空の彼女が、増えますように』

 その優しい言葉は、まるで、まるで。

 沙織をそっと抱きしめる様な。


 作者の名前は「蒼星」。待って、このヒト確か……

 人気アニメのキャラクターアイコンを押すと、作者の作品が表示された。小説が2つ投稿されている。

 覚えてる、覚えてる。もう1つの小説、沙織の好きなゲームのキャラクターが現代で過ごしている物語。繊細な描写、丁寧な表現に感動したのが記憶に新しい。

 

 『…この続き、書いてくれないかな』


 沙織はもう一度アニメのタイトルと辰砂(シンシャ)を検索する。色んな作家が生み出した、まだ数も少ないこの主人公の物語。

 

 全部、読んでみよう。







 おかしなことに気付いた。アヤの指先が止まる。通知アイコンの①という文字が消えない。普通は、コメントやフォローのお知らせは一度見れば①の表示が消える。

 

 【さおりさんを、フォローして下さい】


 ……これって、フォローしないと消えないやつ?うっざ。

 て、言われてもなあ。

 もう一度、さおりのページを開く。

 相変わらず作品はアヤが読んだ小説「呟き」1つだけ。投稿日は、黄色で表示された未来の日付。後1週間まで迫っていた。


 もう何度も読んだ。自分にない表現、丁寧な描写……不思議なことに、何度読んでも閲覧履歴は(ゼロ)のまま。


 フォローしたいよ?コメントとか超したいよ〜でも……閲覧履歴がゼロとか、投稿日とか!怪しすぎるじゃん…


 ふと、この投稿日になったらどうなるのだろうと思った。投稿日時の表示は黄色からグレーに戻り、【フォローして下さい】の①の文字も消えるのだろうか?

 とりあえず投稿日まで放っておくか…アヤはいつもの通り執筆を始めた。

 タイトルは…よし、これだ。

 アヤの指先が液晶画面を滑る。空間がひろがってゆく。そこはもう、ここではない何処かの世界。






 沙織はもう10分近く、スマホの前で悶々としていた。映し出される画面は

 【作品を投稿する】

 まず、有料会員にならなくても投稿できることに驚いた。完全に閲覧する側の沙織は、そもそもこのサイトが作品投稿ツールであるという考えがない。


 あれから、全ての辰砂(シンシャ)の作品を読んだ。思った通り、血と狂気に塗れて復讐に駆られる彼女の物語がほとんどだったが、あったのだ。やはり。


 自分の運命に抗うべく、無差別な殺戮を止めて新しい戦いに挑む辰砂(シンシャ)、そして何と、新しい家族が─子供が産まれて、共に旅を続ける彼女の物語まであった。

 オリジナルキャラクターの辰砂(シンシャ)の子供…女のコは本当に可愛いくて、可愛くて…

 この感動を作者さんにコメントしたいが、その勇気はなかった。ちなみにこの方は辰砂(シンシャ)を書いた本家制作陣の方とコメント欄で親しくお話ししてた…。


 沙織はじんわりと感動していた。辰砂(シンシャ)という生まれたばかりの彼女を救いたい、そう思うクリエイターがこんなにいる。自分の様に彼女に魅せられてしまった人たち。


 それほど、辰砂(シンシャ)とその世界を産み出した本家が凄いのだろう。元のアニメはもちろん人気の作品だが、彼女はその主人公でもないサブキャラクターの派生だ。


 自分も、書けるのだろうか。

 彼女の救済の物語を。

 浮かんでは消えてゆく、拙い言葉。

 画面に載せられたその指先が──


 動くことは、なかった。






 「お先に失礼しまーす!」

 店長にペコリと頭を下げると、アヤは帰路を急いだ。歩きスマホはダメですよ〜とツッコミながら、鞄に手をいれる。


 Twitterに『バイト終わり!今日も1日ガンバりました〜』っと。


 さあ、今日書きたいコトは決まってる。人気アニメの推しキャラがお互い好きなのに、鈍感すぎて気付いてない…いわゆる両片想いで、周りがヤキモキする……が本日のお題。

 マイページから【投稿する】ボタンを押す。小説のジャンルを選ぶと、まずタイトルを……

 ───あれ?

 お知らせの①が、消えている。

 アイコンを押して、通知を開くと、

 【さおりさんを、フォローして下さい】

 が、消えていた。

 ───え?

 小説で検索してみる、えーと確かタイトルは……


 ない。さおりの小説「呟き」が。


 今度はユーザー名で検索をかける。アイコンは、犬の写真…

 さおりのユーザー名は329人。それほど多くなくてホッとする。犬の写真のアイコンを探す。

 あった、ホッとして犬のアイコンの【さおり】に触れた。

 ページが開くと、アヤの指が止まる。


 「呟き」は、消えていた。


 ────え?


 アイコンは確かにこの犬の写真だった。名前も「さおり」。プロフィール等一切無かったことを覚えている。

 しかし、そこにアヤが心を動かされたあの物語はなかった。

 ええ…削除しちゃったの?なんで…

 次の瞬間、アヤの心臓がドクン、と音をたてた。今日は…7月9日。

 あの小説の投稿日は…覚えてる、七夕だ、と思ったから。

 黄色の日付は、7月7日だった。


 まさか、まさか……


 ───あたしが、フォローしなかったから?

 

 




 いつもの様にサイトを開く沙織の目に飛びこんだのは、右上のベルのマーク。

 サイト事務局からの通知アイコンに、①の表示。初めて見る表示。

 何?有料会員のお誘い?入りませんよー

 初めて触るボタン。指を触れると…


【あやねさんがあなたをフォローしました。】


 ────は?


 え、フォロー?私をフォロー?

 待って、待って。

 てゆーか、あやねって、誰?


 可愛らしい女の子のアイコン。そっと押してみる。

 【さおり】─ユーザー名はまんま、アイコンの画像は昔飼ってた犬の写真、それが沙織のマイページだった。その下のフォロワーの文字に、①と小さい数字。

 その表示の下に、女のコのイラストのアイコンがあり、沙織のフォロワー【あやね】が書いた小説の表紙絵がずらりと並ぶ。


 え〜と…あ、この話読んだことあるな、そういえば。辰砂(シンシャ)の元のアニメのキャラクターが出てくる物語。

 よくよく見ると、何作か覚えがある。会話文メインの独特のテンポで進む短編。余計な描写は一切ない、それなのに、その場の空気を感じる様な、不思議な手法。

 女のコの笑顔に指をあてる。

 アイコンの絵が大きくなった、下に【あやね】の文字。『Twitterで活動してます、キャラ崩壊注意♡』


 ……えええ。 誰?

 

 えっと、フォローって、お気に入りの作家さんを登録すると、新着の作品とかがチェックできたような……


 いやいやいやいや。


 だって私………作品ないですけど!?

 

 【あやね】、沙織のフォロワー。

 もう一度以前読んだ短編を読んで見る。

 ───うわぁ、コメントめっちゃ多い。

 しかも、何かこの人たちみんな知り合いっぽい……


 試しにコメントしているヒトをクリックすると、やはりイラストや小説を投稿している人たち。


 『コメントお待ちしてまーす』

 作者本人からのコメント。

 いやいや、コメントいっぱい来てるじゃないの…

 こんな一読者が、偉そうにコメントなんかできないよ……素人から『作品読みました、ステキです!』とか言われても、嬉しくないだろうし……


 何で、私のことフォローしたの?

 間違い?


 そもそも、何も作品ないユーザーをフォローできるのか?そのボタン、どこにあるの?

 あやねの作品ページに戻る。コメント欄に書いてみようか?


 『あやねさん、初めてコメントします!作品、とても素敵ですね!で、どうして私をフォローしたんですか?』


 ────やめよう。


 とりあえずフォロワー(?)、あやねの新作が投稿されていたので読んだ。

 相変わらず、不思議な作風。会話のテンポに惹き込まれる。

 まだ誰も、コメントしていない。


 どうしようか、迷った指は、初めて「いいね!」のボタンを押した。






 アヤはベッドに大の字にたおれこんだ。ぼんやりと天井を見つめる。

 「呟き」は、削除された。それとも… 

 投稿を()()()()()

 そんなはずはない、と否定しながらもアヤの心の何処かで消せない想いがあった。

 

 もし、あたしがフォローしてたら。


 【さおりさんを、フォローして下さい】

 投稿日時は、未来の日付。何度読んでも0のままの閲覧履歴。


 「呟き」の小説を、ゆっくりと思い返してみる。人気アニメの二次創作の主人公辰砂(シンシャ)の物語。悲惨な運命の主人公が、彼女を愛するクリエイターによって救済されていく未来を予感させる物語。


 主人公を救いたいという作者の想いが込められた─それはまるで、祈りのように。

 ───もっかい、読みたかったな。

 今、フォローすれば作品は復活するのだろうか。枕元に投げ出されたスマホを手に取る。

 サイトを開く……と、そこには。


 【さおりさんを、フォローして下さい】


 ────!!!!

 何も考えずに、指先は「フォローする」ボタンを押していた。さおりのページに飛ぶと、そこには……

 ───え。


 「呟き」は無かった。


 その代わりに、シリーズものが投稿されていた。

 タイトルは「二人の物語」。序章が投稿される日付は…不自然に目立つ黄色で表示された、2週間後。


 アヤはすぐに読み始めた。辰砂(シンシャ)と、元のアニメで恋人だったキャラクターが出てくる。

 「呟き」とは違い、辰砂(シンシャ)の旅の途中から物語は始まる。復讐に身をやつす彼女と、「彼」の出逢い。

 まだそこに恋愛要素は無く、二人の背景と設定の紹介のような内容だった。

 本家と微妙に違う設定…これがどうなっていくのか。

 凄い、と思ったのは丁寧に描かれた主人公辰砂(シンシャ)の描写。気高く、美しく、両手を血に染めながら迷いの無い瞳、凛として立つその姿。作者の彼女への溢れるほどの想いがこれでもか、と詰め込まれている。

 面白かったし、続きが気になる。

 だが、アヤはどうしても気になった。


 「呟き」は、もう読めないのだろうか。


 指先はいいね!を押す。コメントは…どうしようか?


 




 駅のホームで電車を待ちながら、そわそわとスマホを取り出しいつものサイトを開く。

 沙織の日課の様に、必ず見るようになってしまった。


 ───自分の、フォロワーの作品。


 未だ沙織はフォローしていない。作品にコメントもできない。あやねの作品を読み、そのコメント欄の楽しそうなやり取りに目を通す。

 『この作品は、FOXさんとの合作でーす!別視点のお話はこちらへどうぞ!』

 リンク先の表示を指先で触れる。よくあやねさんとコメント欄でやり取りしている作家の作品に飛ぶ。


 『…合作とかするんだ……すごいなあ』

 新作で誰もコメントしていない時、迷う指先。でも、言葉を打つ勇気はなく、次に見た時には、お仲間の作家らしき方との楽しいコメント欄になっていて、そこに沙織の場所はなかった。


 私も何か、作品を書いたらコメントできるのかな。

 あやねさんのフォローも。


 茜色に染まる雲がゆっくりと流れてゆくのを、ホームからぼんやり眺めた。

 もう一度、「あやね」のページを開く。相変わらず独特な作風。惹き込まれる会話。

 

 実は1週間前、【投稿する】ボタンを押す寸前まで書いたことは書いた。辰砂(シンシャ)を主人公にした、初めての小説というやつを。しかし、指先が先へ進んだのは…

 【削除する】

 投稿する前に、他の作家の情報を見たのがいけなかった。辰砂(シンシャ)を書いた作家本人との楽しそうなコメント、作品数、作品の閲覧数……


 いやいや、無理すぎる!


 沙織が衝動のままに書いたのは、辰砂(シンシャ)が救済される未来を創りたい、と思ってるクリエイターが沢山いるんだよ、と()()に伝えるメタい物語。

 

 削除してからも、辰砂(シンシャ)への想いは止まらなかった。復讐に目が眩んでいる彼女は、どうしたら心を開くんだろう。どうしたら気付くんだろう──彼女が、沢山の人に愛されていることに。

 そして、どうやって、どんな人と新しい恋に落ちるんだろう。

 空想は広がってゆく、欠けたものを補うかのように惹かれていく二人の出逢い……

 

 フォロワー・あやねの作品に寄せられたコメント欄に目を落とす。相変わらず楽しそうなやり取り。でも、作品の感想というより、登場人物へのメッセージみたいな感じのコメントが多い。

 私が伝えるなら、と沙織は言葉を紡ぐ。

 会話文の小気味良いリズム、その場にいるような不思議な空気……

 

 貴方の書く物語は、素敵です、と。


 スマホに落としていた顔を、上げる。電車の窓から見える、茜色の雲。

 書いてみようか、もう一度。

 

 もし書けたなら、あやねと同じ土俵に立てたなら。

 あやねの作品にコメントできる気がする。何もない自分のただ一人のフォロワーに。



  


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