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P.B.S  作者: 春秋夏冬
一章
9/10

ガーディアンズ 2



 白い湯気が、ゆらりふわりと浴室を満たしていた。


「ふわー、ビバお風呂! ビバ隣に美少女!」


 広い湯船に身を沈める。これでお酒があったらパーフェクトなんだけどな。とはなんとも俗っぽいリリノの言葉だが、この浴室ならそう思ってしまうのも仕方ないのかもしれない。二人で使うには広すぎる浴室は、湯屋のそれと言われても納得できる豪奢さだ。外には小さな露天風呂まであるという。


 花はといえば。神がかった美貌のリリノに褒められて恐縮しっぱなしである、実際神なのだが。それにこんな広い風呂は初めてで、そわそわと落ち着かない。






 食事を終え、茶も飲み終え。「さて」とケイトが立ち上がる。


「リリノ、お前は花ちゃんを風呂と部屋に案内してやってよ」


「りょうかーいっ」


 「二人は一緒に入らないの?」と言いながら、花とともにリリノも席を立つ。


「いや、風呂の前に……。ケイト、この後いいか」


「ああ、リーダーの仰せのままに。ローブだけ脱いでくるから、先に行っててくれ。リリノ、庭の結界、頼める?」


「いつのもね、了解了解」


 毎日のように繰り返されている会話なのだろう。主語のない会話の内容は、花には伝わらない。何やら紙切れをケイトに投げ渡したリリノに連れられ、自室となる場所へ向かいながら尋ねてみる。


「リリノさん、奏さんが“リーダー”と呼ばれていたのは......?」


「ああ、ラピュタの統治者のことだね。さっき出てきたアーサー王伝説のラピュタなら、リーダーは大抵アーサー王。まあ、騎士物語だからリーダーって名称は使わず、“王”とか呼んでるみたいだけど」


 リーダーとはつまり、物語の中心人物。すなわち、そのラピュタの中心、住人たちを纏める立場の者を呼ぶのだという。


ガーディアンズ(うち)は超超小規模ラピュタだからさ、リーダーって言っても、まあ普段は何も無いんだけど」


そこで言葉を切って、リリノは眉を下げて笑う。慈しみやもどかしさ、それからたっぷりの得心が混じった笑みだった。


「私たち三人の中で——今日から君も入れて四人の中で、万一何か(・・)あった時に矢面に立つのが奏っていう、役割分担の話さ」


 言い終わって、また先ほどと同じ笑みを浮かべ。リリノは「さて、着いた」と呟いた。一階のダイニングから、階段を上って上って三階、最上階である。


「ここが君の部屋。私の部屋は隣だから、何かあればいつでもおいで」


 リリノに案内された部屋には、ベッドと机、棚やクローゼットといった家具が一式揃っていた。「足りないものがあったら、遠慮なく言ってね」との言葉に頷きと礼を返す。鞄だけ机に置き、部屋を出る。風呂上がりの服は、リリノが貸してくれた。


 手を引かれるままに進み、着いたのはもちろん風呂である。花も身につけていた服を脱ごうと袖に手をかける。その動きが不意に止まった。リリノが衣を脱いでいる姿が気になって、ちら、と見てしまう。


 和服を実際に見るのは初めてだった。十二単のような豪華な着物は『竹取物語』や『落窪物語』の絵巻で目にしたことこそあるが、リリノの服は貴族の姫君が来ているようなものではなかった。


「はは、この服が気になる?」


「すみません、着替えているところを見てしまって」


「いいよいいよ。これは水干。元は男物だったのを、私の丈に合うように仕立て直してもらったんだって」


 他人事のような語り口に覚えた違和感を、花はそのまま尋ねてみる。


「覚えてないんだ。水干のこともケイトから聞いた話なんだよね」


 正確に言えば、ラピュタでどんな生活をしていたのか、覚えていない。どんなラピュタだったかは覚えている。天照大御神を主神に、神も人も妖もいた。ただ、自分がそこでどのように暮らし、そして何故ラピュタを出て、ケイトと共にいるのか。それが分からない。


「多分これは、記憶障害と言うよりは呪い(まじない)の類。封じの術をかけられているのはね、分かるんだ。ただ、その術者が読めない、その目的も」


 リリノとて憑き物とはいえ、一応神格を持った位のある神霊だ。それに術をかけられるとなると、余程高位の神か、あるいは。


「呪いをかけられている以上、呑気に帰るわけにも行かないし……。異様に私に馴染みが良いってことは、この呪いは西洋魔術じゃない。かけたのはきっと、私がいたラピュタの誰か(・・)なんだろう」


 考えに沈みそうになって、そこでリリノははっと我に返った。花が、怒涛の勢いで語られた事情に目を丸くしている。驚かせてしまったようだ。


「まあ……何であれ、帰るためにはもっと強くならないと思って、鍛錬に励んでいるわけだ。毎日ラピュタで遊んでるわけじゃないんだぜ?」


 いつか対峙しなければならない問題だ。それに向けた努力は惜しまない。そう口にすると、何やら感銘を受けたように瞳を輝かせた花が、「そうですね!」と返してきた。

 





 そして、湯から上がって身体を洗い終えたのが現在。ビバやら酒やら、ちょっといい話っぽく締めたのが台無しだった。


 すらりとした肢体。凹凸の......特に凸の主張の激しいリリノの体は、風呂の熱気で火照り、艶かしさを増す。異性だけでなく、同性すら魅了する肉体を惜しげもなく曝け出し、リリノは艶やかな髪に櫛を通していた。


 髪を梳き終えたリリノが、気持ちよさそうに閉じていた目を開ける。隣で、濡れて一層艶めく髪に見惚れていた花は、それを見て、ふと目を瞬かせた。


「リリノさん、左右で瞳の色合いが違うんですね」


「お、気が付いたか」


 よくよく近くで見るまで分からなかったのは、両の瞳の色が同じ金系統だったからだ。


「左の瞳は」


 そう言いながら、リリノは愛おしそうに左眼の周囲を指で撫ぜる。


 ——左の瞳は、太陽の色。夏の空に浮かび万緑を照らす、燃えるような金の炎。


「右の瞳は」


 白魚の如き指が、今度は右眼へと移る。


 ——右の瞳は、月の色。冬の空に浮かび雪原を照らす、冷たく冴える金の光。


 嗚呼、理解した。花は、二つの光から目を離せないまま、双眼の色合いが示すものを理解した。二つの金眼は、神様の色だ。


「……神産みの、伊邪那岐命(イザナギノミコト)が三貴神である天照大御神、月読命、須佐之男命を生んだ逸話に由来する色、なんですね」


「ご明察」


 にぃと不敵に笑う隣の少女が、本当に神様なのだと——逸話を元として形作られた存在なのだと思い知らされる。『古事記』の付喪神である彼女は、その姿形でも神話を語るのだ。


「左の瞳は天照(母さん)の太陽。右の瞳は月読(叔父上)の月。気に入ってるよ、この瞳のこと」


 母さん、叔父上って呼ばせて頂いてるだけで、実際そういう繋がりはないんだけど。とリリノは笑う。


 伊邪那岐が黄泉のケガレを清めようと禊をした際、左眼を洗った時に天照が、右眼を洗った際に月読が化生したというのは、神産みの物語においても有名な下りだろう。そして最後に鼻を洗った際にもう一柱の神が生まれ、三柱を合わせて三貴神と呼ぶ。


 ——ということは、だ。


「じゃあ、ええと……リリノさんの鼻、も……?」


 たどたどしい口調になったのは、瞳と違ってリリノの鼻はごく普通の形だったからだ。普通といっても、彼女の美貌を引き立てるようにすらりと筋の通った、整った形なのだが。


「ああ、鼻はねぇ。何かあった時に削ぎにくいかなぁと思って」


「……、……はい?」




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