ラピュタ 2
「よーし全員揃った。と、なれば!」
いただきます!
いただきます。とリリノに続いてそれぞれが口にする。夕食である。奏が仕込んでいたのはシチューだった。畑には、サラダに使う野菜を取りに行っていたらしい。
「美味しいです、とっても......!」
「うんうん、奏もケイトも料理は得意だからねぇ。ご飯の心配はないよ、花ちゃん」
「リリノは和食しか作れないからね」とケイトが言えば、「本当に訳がわからん。リリノ、どうしてお前の料理は、和食以外軒並みダークマターになるんだ。」と奏が相槌を打つ。
「それはもう、私の生まれが原因って思うほかないっていうか、ね?」
「リリノさん、日本の出身なんですか?」
和服を身につけていることもあって、花はリリノの故郷は日本なのではないかと考えていた。
「出身……というかなんというか、ね」
「ああ、ちょうどいい頃合いだし、改めて自己紹介といこうか。花ちゃんも気になっているようだし、まずはリリノからだね」
「はいはーい」とケイトに応えて、リリノは口を開いた。快活な調子は身を潜め、どこか厳かで、凛とした声が部屋に響く。
「改めまして。花ちゃん、私はリリノ。君の推察通り、私が存在しているのは日出ずる国の歴史の中。数多に存在する並行世界よりこの箱庭に訪れた、幻想の欠片。......日本最古の歴史書。神代を後世へ伝える神典、古事記。主軸の世界では失われたとされる、その原本に宿ったもの。人と神の祈りによって生まれた付喪神。それが、私。リリノなの、でし、たっ」
荘厳さは最後まで持たなかった。堅苦しいのは好きじゃないんだ、そう言って付喪神はふわりと笑った。
「神さま......?」
美しい少女は、魔法使いではなく神様だった。本で読んだことはあっても、本当に存在するのかと疑問に思っていた存在。神霊が、今、花の目の前にいるのだとリリノは言うのだ。
「神様だからって、畏まらないでね? 神としての格自体はそう高いものではないし」と笑う。その笑顔は、成る程確かに、信仰の対象足り得るものだった。
「そんなわけで、ある意味私が日本というかなんというか」
古事記に綴られた日ノ本の歴史そのものが、彼女の存在を形作っているのだという。
「私、花ちゃんに聞きたいことがいくつかあるんだけど——まあ、自己紹介が済んでからでいいか。次はケイトね」
そう言われ、境界の番人は目を瞬かせた。
「俺もやるの? 俺、もう花ちゃんに二回名乗ってるんだけど......。ん、と。俺はケイト。世界の狭間、境界を司る番人で......って、もうこれ何度も言ってるよね」
「境界のことも、たくさん教えてもらいました」
「だよねぇ。他に言うこと......。ああ、俺は神様でも人でもないってこと、とか? あとは、まあ一応、不死だったりします」
「え」と。それだけが喉から零れ落ちた。
「とんでもない爆弾を伏せたままに、自己紹介済みとか言っていやがったぞこいつ」とは奏の心中での呆れ言である。案の定というかなんというか、花は混乱の真っ只中だった。
『境界の番人』であり、空を飛んだり空間転移をすることができるのだから、人ではないのだろうとは思っていたが。人でも神様でもなく、おまけに不死だというのだから、もう理解が追いつかなかった。奏もリリノも呆れ顔のままで、助け舟は当然出さない。慌ててケイトが話し出した。
「あ、あのね? 俺が不死なのは、お役目が関係していてさ。『世界を同一の視点から正しく観測する』ために、絶対に死なない記録者が必要になった。俺、合成獣なんだ。箱庭に棲む様々な幻獣の因子を掛け合わせて造られたのが俺。この身体を造るときのベースの一つにはフマっていう伝説の鳥が用いられていてね」
フマとは、ペルシア神話に登場する伝説の鳥である。不死の鳥フェニクスと、瑞獣であり、卵は不老長寿の薬とされる鳳凰。その二つを掛け合わせる為に、どちらにも近しい要素を持つフマが、不死の番人を作る際のベースの一つとして選ばれたのだと、ケイトは語った。
困惑しつつもケイトの話を聞いていた花だが、彼のとある言葉が妙に気になった。彼は自らを「造られた」と語った。世界の監視者たる彼を、幻獣たちの因子を掛け合わせて造る。それがどれほどの大技なのか、花には想像すら出来なかった。それをこなしてみせる存在とは、一体。
「あの、ケイトさん」
聞いてみよう。そう思って発しかけた言葉は、故意でなかったとはいえ重大なことを伏せていた気まずさからか、話を自分から逸らし次へ進めようとするケイトの声で遮られた。
「それじゃあ次は、奏の番だ」