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P.B.S  作者: 春秋夏冬
一章
4/10

ラピュタ 1



 足が地面に確かについている。当たり前だったはずのそれに、ここまで安堵する日が来るとは思っていなかった。境界にいたのはおそらく一時間程度だったのだろうが、あの空間は妙に落ち着かない。風も火も水も土も、何もない場所があるなんて、花は知らなかったのだ。


 加えてケイトに誘われての空中散歩である。箱庭に転移した直後こそ、未知に溢れた世界に胸が高鳴ったが、やはり高い場所というのは落ち着かない。怖い。大地の感触を靴越しに確かめながら、花は目の前の門を見上げた。


「ここが、俺の住むラピュタ。今日から君の家でもあるね」


 花を連れたケイトが降り立ったのは、さほど大きくはないラピュタだった。小規模の集落がすっぽり入りそうな大きさであるが、ラピュタの中では超小型に分類されるのだとケイトは言う。門は固く閉ざされており、中は伺えない。ケイトが門に手をかざし、押し開こうとした時だった。


 音で表現するなら、バァン! と。門が、勢いよく内側から押し開かれた。


「おかえりケイト! お客さんがいるんでしょう?」


 鈴が転がるような、否、鈴が跳ね回るような軽やかな声。門を開けたのは、水干を纏った少女だった。少女の衣がふわりと揺れる。


「ただいま、リリノ。そのお客さんを驚かせてどうするんだよ」


「え?」


 リリノ。それが少女の名前らしい。ケイトの半歩程後ろにいた花を、少女は門の中から、身を乗り出すようにして見つめた。花からも、リリノの姿がはっきりと見えて、思わず息を呑んだ。


(なんて、綺麗な女の子......)


 結われた髪は烏の濡れ羽色。日の光を浴びて一層艶めき、花の目を奪った。扉を開け放ったのは、太陽のような明るさと月のような儚さを併せ持った、美しい少女だった。


「驚かせちゃったかな、ごめんね。私はリリノ。君は?」


「私、花です。リリノさん、」


 彼女の美しさを褒めたいのに、言葉では表せる気がしなくて口ごもる。不思議そうに花を見つめるリリノに、余計に焦って言葉が出ない。


「リリノが驚かせるから……。お前はもうちょっと落ち着くべきだよ」

 

「ははは。無口で大人しい私何ぞより、こっちの性格の方が好きでしょう」


「まあ、そうだけど。今となっては、元気なリリノじゃないとこっちの調子が崩れるみたいなところはあるけど」


「だろー?」


 ケイトが苦笑しながら間に入った。何はともあれ、このラピュタの住人たちにも事情を話さなければ。


「リリノ、花ちゃんをしばらくここで預かりたいんだ。ちょっと色々事情があってね。花ちゃん、リリノとあともう一人のここの住人にも、君の事情を話しても構わない?」


「ご厄介になる身ですから、もちろんです」


 申し訳なさそうに頭を下げる花を見て、“訳あり”か、とリリノは察する。ケイトが“訳あり”を連れてくるのはこれで二回目。一回目だって受け入れたのだから、花を受け入れない理由などリリノにはなかった。


「歓迎するよ、花ちゃん。私、厄介事とかそういうの大好き!」


「リリノさんっ?」


 「これで友達、同じラピュタの仲間だね、うんうん!」とさらに畳み掛ける。勢いに押され気味ではあるが、花が頷くのを確認したリリノは、にゃははと笑ってぎゅうと花に抱きついた。微かに、紙とインクの匂いがする。「お前のそのパーソナルスペースの狭さはどうにかした方がいいと思うよ」というケイトの言葉はスルーだ、スルー。


「ありがとうございます、これからよろしくお願いしますね」


 改めて頭を下げた花に、びしっと立てた親指でリリノは応える。そして、新たな友人の隣に立つ馴染み顔に問いかけた。


「きょろきょろしてどしたの、ケイト」


「ああ、(かなで)は今どこに?」


「午後は畑の方にいるって言ってたよ?」


 リリノによって門の中に招かれ、花はラピュタの中を進む。道の先には大きな洋館。家といえば丸太小屋しか知らなかった花は、あそこに住んでいるのだと聞いて驚いた。少しずつ日が傾いてきて、洋館には影がかかり、その荘厳さを増していく。


「花ちゃんの事情について話すなら、全員揃っての方が都合がいいしね。俺は花ちゃんと、

紹介も兼ねて奏に会ってくるよ」


「おーけいおーけい。じゃあ私はお風呂洗ってこようかな。もうすぐ夕ご飯の時間だし、食べ終わる頃には入れるようにしておく。畑行く前に奏がキッチンでなんか仕込んでたから、ご飯の支度も出来てるっぽいしね」


 また後でね。そう言い残して、リリノは薪割りしなきゃ、と去っていった。


「じゃ、俺たちも行こうか。畑に案内するよ」


 ケイトに促され、歩き出す。洋館を過ぎた先には庭があり、その先には森もある。森の横を通りながら、洋館の煙突から煙が昇るのを見た。


「この世界でも畑があったり、お風呂は薪で沸かしたりするんですね。......前の世界と少し似ていて、なんだか安心しました」


「まあ、こっちでもみんな生きてるからね。神さまだって、楽しみの一つとして食事をしたり、お風呂に入ったりもする。悪魔だって人だって、根は似たようなものだよ」


 一つ、気になっていたことがあった。


「あの、ケイトさん。リリノさんのことなんですが」


「ん、リリノがどうかした?」


「リリノさん、どうして私やケイトさんがラピュタに着いた直後に、門を開けられたんでしょう。それに、リリノさんは門を開けた時、『お客さんがいるんでしょう』と言っていました。その時は、リリノさんは私がいることを知らなかったはずなのに、って不思議に思ったんです」


「ああ、リリノはね、このラピュタに結界を張っているんだ」


 彼女の張る結界は、ある意味境界に近いものだとケイトは言った。世界を分かち、その内に独立した空間(世界)を作り上げる術なのだと。箱庭という外部とラピュタの内部を仕切り、万が一に備え、外部からの災厄を弾くものがリリノの結界だ。


「結界内部、そして外部でもある程度の距離のことは感じ取れるみたいでね。馴染んだ俺の気配に加えて、見知らぬ君の気配を感じていたんだと思うよ」


 結界は、災厄を弾くもの。花がこのラピュタに近づいても、結界は反応しなかった。だからリリノは、初対面でも君を警戒しなかったんだよ。そう言ってケイトは笑った。


「リリノは君を、心から仲間だと思ってる」


 その言葉が、花は嬉しくてたまらなかった。寂しい。怖い。大切な家族が恋しくてたまらない。そんな時に、新しい仲間が出来た。心を休められる場所を与えられたようで、それがとても嬉しいのだ。


「結界を張れるって……リリノさんは魔法使いなんですか?」


「魔法使い、というか......。ああ、畑が見えてきたね。全員揃ったら、夕食の時にでも、改めて自己紹介の場を用意するよ。その時にきっと、リリノ自身が答えてくれる」


 だから、その時まで答えはお預け。そう言って、ケイトは畑の中に入っていく。「おいで」と花に告げると、ケイトは羽織ったままの長いローブの裾を器用に操り、奥へと進んでいく。その背を追うと、野菜籠を持った青年とケイトが話しているのが見えた。


「そいつが?」


「そう、彼女が花ちゃん。今日からここに住むことになる」


 じい、と青年に見つめられ、花は慌てて背筋を伸ばし、名を口にする。


「花といいます。あなたが、奏さん.....ですか?」


 先程のリリノとケイトの会話に出てきていた人物、奏。それが青年の、このラピュタに住むもう一人の住人の名だった。


「ああ、俺が奏だ。訳ありだってのは、ケイトから聞いてる」


 黒髪に色素の薄い、銀めいた瞳。ケイトより少し低い背の男は、にやっとやんちゃな笑みを浮かべた。


「お互い訳あり同士、仲良くやろうぜ」


「お互い?」と花は首を傾げる。奏曰くの訳あり二人に挟まれ、「まあ……そうだね」と言いながら、ケイトはまた困ったように笑った。



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