少年、お嬢様と話す。
僕が山に籠っている間にそんなことが。
どうして気づかなかったんだ、僕は?
「……具合が悪いのですか?」
メイドさんの声に僕は我に返った。
「え、えーと、助けていただいたことには感謝します。ちょっと混乱していて」
「混乱?」
「は、はい。僕が知っている国とはずいぶん違うようでしたから」
「そうですか。……朝食をお持ちしました。食事を終えられたころにお迎えにあがります」
「迎え?」
「現当主であられるノインお嬢様があなたをお待ちですから」
ノイン?
そういえば、この屋敷はノイン・ロニって人のものだとか言ってたよな。
なんてことを考えている間に、メイドさんは手早く食事の支度を済ませ、一礼して部屋を出て行った。
一体何がどうなってるんだ?
僕が助けたはずの少女はどうなった?
まさかあの子がノインお嬢様って人じゃあるまいし。
……まてよ、ノイン・ロニってことは、ロニ公国の統治者の血筋なのか?
本当に混乱してきた。とりあえず今は用意して貰った朝食を頂くことにしよう。
※
メイドのお姉さんに連れられ、僕はノインお嬢様なる人物が待つ部屋へ案内された。
「この扉の向こうにお嬢様がお待ちです。くれぐれも失礼のないように」
「は、はあ。ところで一つ質問良いですか?」
「なんでしょう」
「あなたの名前は?」
「……私の名前を訊いてどうするおつもりですか」
「いや、色々世話をしてもらったみたいなのに、名前も知らないのは失礼かなと」
お姉さんは僕の人間性を推し量るように目を細めた。
「……ラシャラと申します。あなたは?」
「僕は、ええと……そうだ、ニル。ニル・ジェーンです」
「そうですか。ではニル様。どうぞ」
ラシャラさんはドアをノックし、開けた。
扉の向こうの部屋は広く、その中央にある豪奢な椅子には黒髪の少女が座っていた。
その瞳の色は茶色――ということは、この少女はナパ人だ。
「体の具合はどうですか、行き倒れの人」
「……あ、はい、おかげさまで元気になりました」
「そうですか。そちらへお座りください」
僕は少女に勧められるまま、彼女の正面の椅子に座った。
「では、私はこれで」
と、ラシャラさんが部屋を出ていく。
残されたのは僕と少女の二人だけ。
……ちょっと気まずい。
「私の名前はノイン・ロニ。この屋敷の主人です――と言っても、父の遺産をそのまま引き継いだだけなのですけどね」
屈託のない笑みを浮かべながら、少女――ノインさんは言った。