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光速の抜刀術


「身に着けるって、そんな簡単なものじゃないでしょう?」

「そう。簡単ではない。しかし不可能でもない。わしは君なら出来ると踏んでおる」

「ぼ、僕になら出来る……?」

「そうじゃ。考えてもみなさい。何をするにも力が必要だろう。君に力があれば、街であのような者どもに襲われることも、君の御父上のように殺されてしまうこともなかったはずじゃ」

「……!」


 ネーモさんはじっと僕を見つめていた。


「すべては君次第だ。どうするね」


 さらし首になった父。病気で弱り果て、死んでいった母。


 力さえあればすべて守れたかもしれなかったのに。


 ナパ人の嘲笑の的にされることもなかったのに。


 そう、力さえあれば。


「……やります。僕に剣を教えてください」





 ネーモさんと僕が小屋に戻ったその日から修行の日々が始まった。

 しかしネーモさんが僕に教えてくれたのは剣の握り方とその振り方だけだった。


 呼吸を整え、構え、振り下ろす。


 それをただひたすら繰り返した。



「一日一万回じゃ」

「一万回……!?」

「甘えを捨て、欲を捨て、思考を捨て、ただ剣にのみ没頭しろ。正しい型を体に覚えこませ、考える前に剣を振れるようになるのじゃ」

「考える前に、剣を……」 

「その先に無我の境地がある」



 日が昇る前から、日が暮れて夜が更けるまで、毎日僕は剣を振り続けた。


 二年が過ぎたころ、いつの間にかネーモさんが居なくなっていることに気が付いた。

 だけどそれさえもすぐに忘れて、剣を振り続けた。


 振り続け。


 振り続け。


 もうどれだけの時間が過ぎたのかも忘れた頃、僕の素振りからは音がしなくなった。

 素振りのペースは加速度的に上がり続けた。


 明朝始めた素振りが、日が高く昇る前に終わるようになった。


 それでもなお、ネーモさんが見せたあの見えない太刀筋には辿り着かなかった。



 さらに幾年もの月日が流れた。

 目を覚ました僕は剣を片手に外へ出た。


 呼吸を整え、構え、振り下ろす。


 無意識のうちにその一連の動作は終わっていた。


 思考を捨て、考える前に剣を振る。

 しかし、その先にある無我の境地――それは一体何なのか僕にはまだ分からない。


「…………」


 その時僕は、山の中に奇妙な気配があることに気が付いた。

 同時に悲鳴が聞こえた。


 少女の悲鳴だ――そしてそれは、長い年月の中で僕が忘れかけていた、自分ではない誰かの声だった。


 声が聞こえてきた方向へ山の麓を駆け下りると、武装した集団が小さな人影を追っているのが見えた。


 集団は鎧のようなものを装着していて、武器らしき棒を持っていた。数は六人。

 鎧には家紋らしき模様が彫ってあった。恐らくはナパ人の貴族階級に仕える兵士たちだろう。


 ナパ人は山に放ったシュニ人の少女を『狩り』と称して殺害する残虐な遊びをすると聞いたことがある。

 彼らが行っているのもその『狩り』なのだろう。


 胸の奥に怒りのようなものがこみ上げた。

 僕は、彼らの先回りをするように、山の斜面に沿って走った。


 直後、男たちに追われ、走りながらこちらへ近づいてくる小さな人影―――銀色の髪をした少女が僕の顔を見た。


 その口元が、助けて、と言った気がした。


 僕は足を止めた。


「なんだ、このジジイは!?」


 少女を追っていた男の一人が僕に気付き、何かを怒鳴りながら細長い棒をこちらへ向ける。

 その動作は、僕にはひどく散漫で隙だらけに見えた。


 斬れる―――そう思った刹那、僕の体は動いていた。


「ふっ……」


 僕が短く息を吐く間にすべては終わっていた。

 僕は一瞬で彼らに接近していて、僕の握った剣は少女を追っていた男たちを切り裂いていた。


 自分でも知覚できない一瞬の間に―――――ヒトを、斬っていた。




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