第1話-6 ―――ばぁん!!
大物妖怪さん、襲来。でも、あ、あれ……大物なんじゃ無かったっけ?
突然、生物室全体が暗くなった。
会長さんが睨んでいた、校庭側の窓いっぱいに”影”が……何かが覆い被さっている。
「チッ……鳥妖か。また、面倒なのが来たな」
会計さんが苦虫を噛み潰したように毒づく。
「め、面倒なんですか、あれって……」
「鳥、と言うだけあって、バサバサと飛び回りますでしょ?
どうするにしても、まずは引きずり降ろさないといけませんもの」
「ああ、そっか、成る程!」
面倒の意味が良く分からなかったけど、納得です!
「お前ら……何か、呑気だな……;」
副会長さんに、呆れられた……。
『人間の小童共、この所ワシらの仲間を屠っておるのは貴様らか!』
―――しゃ、喋った!!!
会計さんと書記さんがボソボソと小声で話してる。
「人語まで解すのか……こりゃ結構な年季物だぞ?
ランク的に上の下くらいか?」
「……ひょっとすると、その上、って事もありますわよ?」
二人が話している様子には、かなりの緊迫感が漂っているのに、会長さんは相変わらず飄々としていて……?
「いや~、とんと覚えが無いわー。
てか何や、こないな昼間にそっちからお出向きやなんて、まさかとは思うけど弱っちぃヨーカイ風情がお仲間の敵討ち、とかか?」
会長さんが……返事してるけど、あの、ちょっと、その喋り方、もしかして煽ってません???
「蓮の奴、どういうつもりだ?! 火に油注いでどうすんだよッ!!」
やっぱり煽ってる、よね……? 会計さんかなり焦ってるし。
書記さんも何気に表情強ばってるもんッ!!
『うぬぅ……手を下したのがお主らだろうが、そんな事はもう、どうでも良いわッ!
人間ごとき、ちっぽけな存在、元々興味も無いが、見せしめにしてくれるわッ』
だんだん妖怪さんの方も、テンションが大幅アップしてませんか……?
「キョーミ無いんやったらさっさと帰れや。こっちも早よ仕事終わらせて帰りたいねん。
いつまでもこの辺でグズグズしとったら”氣精”と間違ごうて払てまうぞ」
ぎゃーッ!! 止めて下さいぃぃぃ!!!!
『虫けら以下の分際で、大口を叩きおって!
齢三百年を超えるこのワシに、大言を吐いた咎、その身で味わうが良いわッ!!!』
次の瞬間、窓ガラスが一斉に割れて、会長さんの立っている辺りの床に何かが突き刺さっている。
「何や、えらい沸点の低いやっちゃのう。
鶏冠に昇っとんか? ―――て、鶏冠無いかw」
相変わらず、妙に軽い会長さんの言葉が聞こえて、見てみると―――。
「か、会長さん!! 血、血が……ッ!!」
咄嗟に庇ったのだろうか、腕に幾本もの切り傷が出来ていて、血が滲んでいる。
「あー、大丈夫大丈夫。これくらいかすり傷やから。
じゃー、ちょっと行ってくるわ。たまちゃんの事、頼んだで」
と、割れた窓から外へ出て行ってしまう。
「お、おい!! 蓮、待てッ!! 俺も行くッ!!」
と、会計さんも追って外へ出て行く。
あれ、ちょっと待って……?
「え、でも、ここ確か2階だったんじゃ……?!」
慌てて窓へ駆け寄ると、誰も居ない校庭に会長さんと会計さんが何事もなく立っている。
「大丈夫ですわよ。
蓮会長もタイチも、2階から飛び降りるくらいなら何の雑作もありませんから」
* *
「おい、蓮!! どういうつもりだ!!
鳥妖を相手にするのが、どれだけ難しいかお前、知らないのか!!」
タイチの焦りと怒りの混じった抗議の声にも、蓮が呆れたように言い放つ。
「ありゃ、タイチ。お前こっちに来たんか。―――しゃーないなぁ。
巻き添えを喰らっても、文句を言うなよ?」
チラリと此方を一瞥したその右目が、ゆらゆらと揺らめく幻の炎に彩られている。
同時に、それまで”蓮”に対して一度も感じた事の無い感情が、魂の奥底で頭を擡げる。
――― コ ワ イ 。
背筋が冷たくなる。
腹に鉛の塊が詰まっているかのような、ずっしりと重い、そして底冷えするような、
―――コワイコワイコワイコワイコワイコワイ……
それは、”恐怖”だ。
人間の、と言うよりも、動物としての、本能が感じている、根源的な恐怖。
「れ、蓮……、お前、は……、いったい……」
呂律が乱れる。
そもそも、呼吸自体が乱れているからだ。
心臓も、ずっとバクバクしている。
「―――さ~な~。じゃあ、ちゃっちゃと退治してまうで。
つっても、アレどーやって落としたろーかな」
また、いつもの”蓮”に戻る。
だが、あの一瞬の恐怖は、確かに本物だった。その証拠に、まだ動悸が収まらない。
「やっぱ、打ち落とすんがいっちゃん手っ取り早いか」
と、蓮は指でピストル型を作ると、遙か上空を飛んでいる鳥妖目掛けて
「―――ばぁん!!」
と、高らかに銃声を、自分で言う。
「な、何やってんだ、お前……?!」
何を子供っぽい事を、とタイチが思った次の瞬間、ドッサァ―――ッと大質量のモノが地響きを伴って落下した。
「―――ッ?!?!?!?!?」
さっきまで校舎の屋上より高い空を飛んでいた鳥妖が地に伏して、ビクビクと痙攣している。
「ホンマもんの鳥やったら、羽毟って焼き鳥か唐揚げにしたんのに。
鳥妖なんざ、クッソ不味ぅて喰えたモンやないしな」
タイチには何が起こっているのか、まだ、理解出来ていない。
一般的に、鳥妖の……それもこんな大型のモノはまずもって地上近くまで引きずり降ろすのが至難の業で―――。
それを、それを……何? 『ばぁん!』一発だと?!?!?!?
「何や、タイチ。ヘンな顔して」
「い、いや、お前、『ばぁん!』て―――」
「アホやなぁ。
『ばぁん!』は大阪人には無敵やねんぞ? 絶対撃たれてくれるからな♪」
お、大阪人って―――ッ!!!
今時そんなコテコテのギャグに乗ってくれる大阪人がどれくらい居るんだよ?!
ていうか、相手、鳥妖だし! 三百年は生きてるっつー、鳥の妖怪だから!!!
『き、貴様……何者だッ?! 訳の分からん術を使いおってッ!!
ワ、ワシをどうするつもりだ!!』
その鳥妖も、先程までの威厳は何処へやら、すっかり小物臭くなってしまった。
「さー、どーしてくれようかー。
さっきの羽手裏剣、実はほんのちょっとばかし痛かったしー」
何て言いつつ、馬鹿デカい猛禽類のような鳥妖の頭を足で小突く。
内心、アレは絶対根に持ってる……とタイチは思ったとか何とか。