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第4話-10 いやはや、流れ弾で申し訳ない

何とか任務は終わりそうです。

 そう、まるで蝋人形のように中身がゴッソリと消えている。表面からある一定の厚みだけ残して、骨だとか内臓だとか、そういったモノが無くなってしまっている。よくあの状態で今の……人間の形を保っていられると思わずにはいられない。

 その辺りが蝋人形に見えてしまう理由かも知れない。


「あ、あぁあぁあああああ―――ッ!!!!」


 突然女が叫びだした。思わずといった感じで辰巳が駆け寄ってしまう。


「き、君、大丈……」

「辰巳ッ!!」


 蒼眞が声を上げたが遅かった。


「え……―――?!」


 女の貫手が辰巳の腹を貫いていた。

 女が手を引き抜いて、その手を濡らす血をべろりと舐めた。

 辰巳は声も無く膝から崩れ落ち、倒れ伏す。


「卿夜! 辰巳の回復! …………卿夜ッ!!!」


 呆然としていた卿夜が我に返ったように意識のない辰巳に駆け寄ると、まだ青ざめた表情のまま治癒の術式を展開し始める。


『フフフ……こんな隙だらけの術者を送り込んで来るなんぞ、ワシも舐められたものじゃ。

 それとも、流石に彼奴あやつでもワシが居るとは気付かなんだか?』


 初老の男性の声で女が喋る。


「―――成る程ね。”人間を被っていた”のか……。

 どうりで気配が希薄な訳だ」

『? 貴様は……??? ぬぬぬ……』


 初老の声が唸って黙り込んだ。女の顔が歪み、ダラダラと玉の汗を浮かべる。


「読めないんだろう? 当たり前だ。それくらいの対策はしてあるさ。

 それより、一度討伐されてから復活して何年経ったんだ?

 全盛期の力には遠く及ばないみたいだが……なぁ、サトリ?」


 挑発するように蒼眞が話す。


『―――ッ!!!』


 女はここではないどこか違う場所を睨み付けた。

 恐らくは蒼眞の氣を偽装したあの家の方角なのだろう。


『貴様……蒼眞、かッ!!! 何処ぞに引き籠もって居たのじゃなかったのか?!』


「何だ、つれないな? まさかとは思うが、私だと気付いてすら居なかったのか。

 随分と耄碌もうろくしたものだ。

 昔は知略謀略お手の物だったのに、今のご時世で情報が遅いのは致命的だな」


 話しつつ、偽装を解く。見慣れた長い青髪と赤い目に戻る。


『……相変わらず、()()がない奴じゃ。貴様が対策をしておったように、ワシも策を講じてないと思ぅてか?! おごっていられるのも今の内じゃと知れ!』


 女は、そう吐き捨てると足下の包丁を拾い上げ、座り込んでいる幹部達3人に向かって包丁を振り上げた。


 バチッ!!!


『??? な、何故じゃ?!』


 バチッ、バチッ、バチッ!!

 何度繰り返しても、包丁の刃が3人に届く事はない。

 逃げ腰になっていた幹部達も、訳が分からずポカンとしている。


「本当に、全盛期の3割も力が戻っていないようだな。

 防御結界すら視認出来ていないとは」


 言外にあるのは呆れなのか、それとも哀れみなのか。


『お、おのれ……ならば、こうじゃ!!!』


 女が包丁を己の胸に突き立てた。

 突き刺さった所からじくじくと血が滲み出て、キャミソールを赤く染めていく。


『貴様はニンゲンの命を見捨てられんのじゃったなッ?!

 ほれほれ、どうする? 何とかせぬと、この女はじきに死んでしまうぞ?!』


 ある意味女の命を人質に取ったようなモノだが……。


「だからどうした? そんな見も知らぬ人間がどうなろうと知った事ではないな。

 お前こそ、彼女が完全に死んでしまえば、その体から出ざるを得ないだろう。

 それまで待って、出て来た所で魂核を破壊した方が確実だ」

『―――な、に……?』


 奴にとっては思いも寄らない返答だったのかも知れない。

 女が目を見開いて絶句している。


「あれからどれだけ経ったと思っている? 時代が変われば世界も、ヒトも変わる。

 私は、お前のように時が止まっていた訳ではないのだから」


 自嘲気味に浮かんだ笑みをどう取ったのか、女の顔がまたも歪む。


『糞が……舐め腐りおってッ!! ならばこれならどうじゃ!!』


 カッと女が大きな口を開き、辺りを見渡すように睥睨へいげいする。

 卿夜は目を合わせた訳でもないのに、キンッと頭が痛くなる。そしてそのままズキズキと、頭の中で響くような痛みが段々強くなってくると同時に目眩や吐き気も起こってくる。

 そんな状況で組んでいる治癒の術式の維持も難しくなってくる。

 タダの人間である幹部達は3人揃って意識を失ってしまったようだ。


「ふぅん。ヒトの思考を読む精神波を攻撃手段にしたのか。

 ―――だったら、一つ、試してやろう。

 お前の能力が勝つのか、それとも私が勝つのか」


 蒼眞が目を閉じる。


 初めこそ、不敵な笑みを浮かべていた女だったが、呼吸が荒くなり肩で息をし始め、顔面は蒼白、ポタポタと全身から汗を滴らせる。

 それもつかの間、ガクガクと体を大きく痙攣させ白目を剥くとドサ、と倒れてしまった。

 同時に精神波攻撃? は途絶え、倒れた女の大きく開いたままの口からは、何かがモゾモゾと這い出してくる。

 女の口いっぱい程の太さの大きなイモムシ……としか形容出来ないソレは、見た目からして大層気色悪い。

 色も、形状も、そしててらてらとぬめっているような状態も。


 トスッ。


 いつの間に用意したのか、蒼眞がイモムシに刀を突き刺していた。

 串刺しにされても、イモムシはまだ悪あがきのように体をくねくねと動かしている。


「―――無様だな、サトリ。……さよならだ」


 ぼうっと青い炎が燃え上がり、イモムシを焼き尽くしていく。

 白い灰状になり、形が崩れ、その灰すらも燃え尽きる。

 最初から、そんな物は居なかったかのように。


 全てが消え去った後、床から刀を引き抜き卿夜の方へ歩み寄る。


「卿夜、辰巳はどうだ?」

「まだ、息はあるけど……俺の術じゃこれ以上は無理だ……」


 もし、ここに居るのが俺では無くて治癒術の得意な雅だったなら―――。

 悔しそうに零す卿夜に、頭をポンポンと撫でると蒼眞が笑みを浮かべる。


「大丈夫。十分だよ、卿夜。あの精神波にもよく耐えたな」


 蒼眞が辰巳の腹に開けられた穴に手を翳す。

 患部に一際強い緑色の光が発生し、みるみる穴が塞がっていく。


「す、凄い……」


 光が消え、蒼眞が手を外した後には、血塗れで穴の開いたシャツだけが名残を残していた。


「―――う……ん、こ、ここは……?」


 辰巳が薄く目を開けていた。

 蒼眞と卿夜を認識したのか、ガバッと体を起こす。


「え、あ、あれ……俺……、どうして……?!」


 どうやら、腹を貫かれた事は覚えているらしい。頻りに穴があった腹の辺りを触っている。その様子に蒼眞が声を掛ける。


「―――辰巳は大幅な減点を覚悟するように。

 外見で惑わされ、重傷を負うなんて命が幾つあっても足りないぞ」

「う……は、はい……;」


 ガックリと肩を落とす。見た目が若い女性だった事で、つい油断したのは事実だ。

 だが妖魔にとっては外見など、変えようと思えば幾らでも変えられる。その手段が変身能力なのか、はたまた憑依や乗っ取りなのかは関係ない。外見だけで判断してはいけない、というのは基本中の基本なのだから。


「……さて、問題はこちらの方か」


 蒼眞が倒れたままの女へ歩み寄る。


「……死んだ、んじゃないのか?」


 顔色に血の気の感じられない女の胸には、サトリが突き立てた包丁が刺さったままだ。


「私に対する”人質”にするつもりだったろうから、そこまで深く刺してはいないだろう。

 それに、奴が教祖から彼女に乗り換えてから然程時間も経っていないようだし……。

 ―――まだ、間に合うか?」


 蒼眞が女に手を翳す。丁度包丁の刺さった辺りだ。


「まずは、傷を回復しよう」


 ほわりと緑色の光が灯る。卿夜と辰巳が固唾を飲んで見守っていると、暫くして包丁に動きが見えた。少しずつ、ほんの僅かずつだが、独りでに抜けて行く。やがて、完全に抜けきった所で蒼眞が柄を掴み、無造作に脇へ放る。

 見ているだけの二人もホッとしたように大きく息を吐いたが……。


「まだ終わっていない。

 これからサトリによる破損の修復と、汚染の除去をしないといけない。

 ―――少し緻密な作業になるから、辺りの警戒は任せるよ?」

「緻密、って……」


 思わず口にしたのだろう卿夜に、ボソッと蒼眞が返す。


「細胞レベル。」


「わ、分かったっ」

「こ、今度こそ、お任せ下さい!」


 それから重苦しい空気のまま10分以上が過ぎた頃、ふぅ―――と息を吐くのが聞こえた。女に処置を施す蒼眞を背に、警戒態勢を取っていた二人が振り返る。


「ありがとう、二人とも。作業完了だ。……とは言え、暫くは目を覚まさないだろうけど」


 疲れた笑顔の蒼眞の腕に、先程とは別人のように血色の良い女が抱えられていた。


「これで、任務完了……ですか?」


 おずおずと辰巳がお伺いを立てる。


「そうだねぇ。瘴気も段々濃度が薄れてきているし、後は……ちょっと待ってね」


 蒼眞が索敵術を掛ける。


「……うん、人間に危害を加える様なモノは残っていないようだけど。

 やっぱり処理班は入って貰わないと駄目だね。一般の……公的権力の人達には見せられないモノが多すぎるな」


 スマホを取り出すと、何処かへ電話を掛ける。


「―――みこと、任務完了だ。待機している処理班に入ってくれるよう伝えてくれ。

 清浄の札は持たせてあるよね? ああ、まだちょっと瘴気が濃いから。


 それで、是非ともキミの判断を仰ぎたい人物が一人居るんだけどさ……。

 うん、どうやら直近でサトリが教祖から乗り換えた女性みたいなんだけどね。

 ―――ああ、その辺はキッチリ処理してあるから問題は無いけれど。

 そこそこ能力が高そうなんだよ。本人が承諾すればウチに入れて鍛えてみる?」


 聞いていた二人がギョッとする。特に辰巳は腹に穴を開けられて死にかけたせいか、顔が強張っていたりする。


「まぁ、このまま一度本部に連れて帰るから、医療班に預けるよ。

 その辺の手続きはお願いしていいかな?

 ……うん、じゃあ、処理班と引き継ぎしてから戻るよ。

 ああ、また後で」


 通話を終えた蒼眞に、神妙な顔で辰巳が口を開く。


「蒼眞様……その女、組織に加入させるのですか?」

「本人が承諾すればね。無理強いはしないけれど。

 それより辰巳、『その女』は感心しないな。

 確かに辰巳の腹を風通し良くしたのは彼女ではあるけれど、サトリの制御下であった事も確かだ。

 そして根本原因であるサトリは魂核破壊に至っている。汚染も除去済み。

 それでもまだ、彼女を敵視するかい?」


 理詰めで諭されると、ぐうの音も出ないのか辰巳は


「す、すみません……」


 と項垂れた。



   ***   ***



 その後、村の外に待機していたと言う処理班が50人規模でやって来た。

 責任者に経緯を報告し、事後処理を託す。

 ”深きものども”に似た妖魔に関しては、別件で調査を依頼するよう手配をして貰う。

 それから問題の割れた蝋人形状態の教祖と、明らかに包丁で刺されて死亡している風紀部門長なのだが……。


「恐らく風紀部門長を刺したのは、サトリが乗り移った彼女だろう。

 それに、私も柄を握ってしまったし、細かい事だけどその辺もお願いしても良いかな?」

「委細承知しました。今回の件では警察庁や公安とも根回し済みですから、ご心配は要りません。上手く纏めますので」


 処理班の責任者、服部と名乗った壮年の男はからりと人好きのする笑顔で笑った。


「……それにしても、下級妖魔とはいえ氾濫レベルの襲撃があったとは。

 村外での待機と言われた時は不思議に思いましたが、助かりました。

 我々処理班は戦闘能力が高くありませんから;」

「―――よく言うよ; 服部さん、戦闘班から自分で異動したのだろう?

 東海支部長が酒の席で管を巻いて嘆いていたよ」

「はっはっは。支部長、絡み酒だからなぁ。アレに巻き込まれたんですか……。

 いやはや、流れ弾で申し訳ない」

「それは構わないけど、何となく分かったよ。

 残念ながら、処理班が戦闘班の狩り漏れで重傷を負ったりする事例は少なくない。

 君はそんな不幸なケースを防ぎたいんだね」


 服部は伏し目がちに頷いた。


「―――きっかけは自分の担当した任務における狩り漏れで、顔馴染みだった処理班の人間が再起不能にされた事でした。

 ご存知のように、処理班は戦闘班になれなかった者が回されます。

 押し並べて、戦闘力は低い……下級妖魔でさえ、脅威になり得ます。

 とは言え戦闘班は慢性的な人手不足で、彼らも精一杯やっている事も分かる……」

「根本的に索敵能力が上げられれば良いのだけれど、難しいねぇ。

 下級妖魔のレベルまで漏れなく拾うとなると、かなりの能力が求められるし」

「流石に蒼眞様レベルの索敵能力はなかなか持てませんから;

 おっと、いい加減仕事に戻ります。辰巳も、またな」


 服部が報告に来た部下と話し始める。その後ろ姿を見ながら、卿夜が隣で頭を下げている辰巳に聞いた。


「辰巳さん、あの人と知り合いなんですね?」

「ああ。俺の戦闘訓練の師匠みたいな人なんだ。

 突然処理班へ移ってしまって、不思議だったんだけど……理由が分かったよ」

「―――彼が戦闘班のままだったなら、この件が本部へ回ってくる事もなかったかも知れないな。

 東海支部では数少ない一級のベテランだから、支部長は未だに諦めきれないみたいでね……本当に嘆いてたよ」


 さっき『酒の席で』とか『絡み酒』とか話していたが、それがどれだけウザ……いや、不毛な時間だったかは、蒼眞のため息交じりの表情が物語っている。


「さて、私達の仕事は終わったから帰るとしようか。辰巳はどうする?」

「俺は一度借家へ帰ります。引き払うにしてもまだ用事が残っていますから。

 蒼眞様達は本部へ帰られるんですか?」

「そうだね、一度本部に戻らないといけないかな?

 詳細な報告も出さなければならないし、彼女の事もあるし……何より靴を置きっぱなしだしね;

 ―――おっと、私達も辰巳と一緒に戻らないと駄目だな。履き物を返さないと」


 そう。蒼眞と卿夜の足下はまだ借り物のままだ。

 本当に、なんとも締まらないなぁ……。

 卿夜は借りた誰かのスニーカーを眺めつつ、結果的に誰も欠けなかった事にホッとしていた。

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