第4話-9 ……こんな所に住みたくないなぁ;
……お久しぶりです。なかなか上手く纏まらない;
全く人気の感じられない大きな門の前で気を引き締める。
「よし―――!」
さぁ、行くぞと、上部に有刺鉄線が張られた物々しい車両用の金属扉を睨んでいたら……。
「こっちだよ」
と脇にある小さな扉の方へ蒼眞がスタスタと歩いて行く。
思わず辰巳と二人、ずっこけそうになる。
「こ、こっちじゃないんですか?!」
「あんまり大っぴらに施設を壊す訳にもいかなくてね。
この後公的権力の皆さんが入る事を考えると、マスコミだって来るだろうし」
非公式組織の辛い所だよ、と零しながら蒼眞が何の苦もなく人間用サイズの扉を開けて中へと入る。雑魚妖魔の大量襲撃の際にこの施設をまるごとすっぽり結界で囲ったとは聞いていたが……中に入って思わず空気の悪さに顔を顰める。
「―――思ったより瘴気が濃いな。二人とも、この札を持っておくように」
ぼんやりと淡い光を放つ札を渡される。
「これは?」
「”清浄”の札だ。瘴気の影響を無視出来る。
このままこの濃度の中を動くのは、君達でも10分と持たないだろうから」
何気に怖い事をさらりと言われる。
「あ、ありがとうございます……」
そのまま進んでいくが、時折倒れ伏している”何か”には出会す物の、動いて襲ってくる様な気配はない。
「人間には死なせない為にも結界を張れるだけ張ったけれど、さて、どれ程生き残っているやら。タレコミしてきた当人もまだ分からないし」
「この……倒れてるのは、人なんですか?」
思わず辰巳が質問する。
「中には人間だった者も居るかも知れないね。
憑依されて、不幸にも”素”が合致して、更に不幸にも”本能”の部分が合致してしまったって所だろうか。
まだ実体を持たない弱小妖魔にとって、人間に憑依してその体を乗っ取るというのは常套手段でもあるからね。しかしながら、その場合未だ人間でもあるその肉体は、瘴気に対する耐性もまた人間に準ずる。術者なら多少なりとも抵抗力を持つ低濃度の瘴気にすら、耐えられない。
異形になりかけで事切れているのは、憑依した妖魔もろとも息絶えた証だよ」
淡々と話す蒼眞に気になった事を聞いてみる。
「……”素”って言うのは何だ?」
「ああ、今はそう言わないんだったか……”祖霊”と言い換えれば分かるかな? 人間には先祖代々、神格化された者や動物などに所縁を持つ者がかなりの数で存在する。
そう、例えば……卿夜の友人で言えば、タイチ君がそうだね」
「―――タイチ? アイツが?」
「彼の家系は元々蛟が祖霊だけど、もう随分血が薄まってる。
そんな中で、タイチ君は極端な先祖返りとも言うべき”力”を持っているんだ」
「そんな片鱗有ったか? 大体、蛟って確か、水蛇とか竜とかって感じじゃなかったか? タイチの奴は泳げないどころか、ドが付く程の超水恐怖症だぞッ?!」
顔を洗うくらいの水ならばまだ平気らしいが、湯船くらいの量になるともうダメらしい。
本人に聞いた話だが、泰智は子供の頃から水泳は見学で、プールになんて近寄りもしないのだと。
実際、海やプールに誘っても絶対に断ると雅が話していたし、今回の夏合宿だって”川で水遊び”にだけは頑なに拒絶反応を示していたと言う。
「……勿体ないよねぇ、折角の”力”なのに。心的外傷の扱いは難しいから。
とは言え、そろそろ克服してくれないと戦力としても頭打ちだし」
泰智は辰巳同様戦闘系、それも格闘戦を最も得意とするタイプだ。逆に術には殆ど適性がない。厳しいようだが、今の実力のままなら2級以上への進級は難しい。何処にでも居る一般術者並でしかない。
本人もその辺りは充分分かっているようで、内心燻るものがあるらしい。
「じゃあ、その心的外傷さえ克服出来れば……」
「そうなれば一皮剥けるだろうね。いや、一皮どころか大化けする可能性だってある。
―――っと、そろそろかな?」
敷地内の最奥に位置する、教主の館。他の建物が掘っ立て小屋並の結構ぞんざいな造りなのに対し、ここだけはやたら凝っていて、無駄に華美であり、そして悪趣味だった。
神社の朱塗りよりも派手で光沢を放つ真紅の屋根や柱、極彩色の看板、目に見える全ての物がどこか歪で醜悪だ。
「うわぁー……こんな所に住みたくないなぁ;」
辰巳が思わず零した。
「同感……。見てるだけでも何か、しんどいな」
「好みの感覚が違うんだろうねぇ。私もコレはちょっと御免被りたいけれど。
―――さぁ、入るよ」
ぎぃぃ、と扉を開けて中へ入る。
―――ヒュッ!
途端、空を切る音がしてすぐさまバチッという耳障りな音。
人の様な形はしているが、決して人間ではない何かが2体襲いかかって来て、防御結界に阻まれたらしい。
「*+&$”’!!」
それらは意味不明な声? を上げて一端距離を取る。
「二人とも、今のは減点。結界がなかったら一撃喰らってたからね」
冷静に指摘されて、ウゲェ……と卿夜の表情が歪む。辰巳は慌てて刀を構え直す。
「解くよ?」
「はいッ!」
「ああ」
一太刀と、青紫の炎を受けて襲ってきた何かは動きを止めた。
「……それにしても、こいつら、見た事ないタイプですね」
刀傷の方のそれを検分している辰巳が、首を傾げている。
確かに、やたら目の離れたのっぺりした顔に妙に生臭い匂いがする妖魔には見覚えがない。
「……まさか、”深きものども”じゃないだろうな?」
蒼眞が渋い顔で口にする。
「―――えぇと、確かクトゥルフ神話……ラブクラフト、だったか?」
「そうそう。Let's SANチェック! ってね。おっと、コレはTRPGか」
卿夜の問いに軽口で答えるものの、視線は変わらずそれに向けられている。
「この国でクトゥルフ系が生成するなんて、ちょっと思いたくないけれど。
もしそうなら、面倒臭くなるねぇ……」
ため息を付く蒼眞に、辰巳はまだ首を傾げていて。
「クトゥルフ、系ですか……?」
「ああ。アメリカのホラー作家、H・P・ラブクラフトが作り出した創作神話だよ。
彼亡き後も、影響を受けた作家達が築き上げた”名状しがたき”神々達の神話だ。
日本でも根強いファンが居るけれど、ここまでのモノが出来上がるまでになっているとは思えないんだが……特徴は、似ているな。
水棲妖怪だと河童が有名だけど、コレには水かきは有っても皿や甲羅がない。……それに本来河童達は攻撃性の低い気性をしている」
そう、河童達はイタズラはしても、人間に危害を加える事など殆どない。
「はぁ~。真祖だの、デュラハンだの、クトゥルフ神話だの、こうまで日本に縁も所縁もない筈のモノが次々出てくると頭が痛くなるな。
コイツらがもし本当に”深きものども”なら、”父なるダゴン”が居たとしてもおかしくないって事になってしまう。
そもそも”深きものども”も”父なるダゴン”も居るのは海底だろう……こんな里山に居るとか非常識過ぎる;」
やれやれとでも言いたげに頭を掻くが、切り替えるように首を振る。
「―――いや、取り敢えずはサトリだな。先へ進もう」
警戒しつつ進む。2度程あった襲撃を返り討ちにし、最奥と思われる部屋の前まで来た。
「随分静かですね?」
「気配は有る……が、数が合わないな。幹部全てが集合している訳ではないのか。
それとも、元々人間ではなかったか―――さて、入るよ」
カチャリとドアノブを回して、蹴り開ける。
果たして、そこに居たのは”要注意”とされた幹部の内の教祖補佐、会計部門長、製造部門長の3人に、横たわる教祖本人と風紀部門長。そして資料の中には居なかった若い女。
横たわっている内、風紀部門長は既に顔が土気色になっており、呼吸による体の動きも見られない為、恐らくはもう生きていないと思われる。
一方、だらしなく座り込んでいる教祖補佐と会計・製造の各部門長は失禁したのか股間が濡れている者、酷く怯えている者、白目を剥いている者と三者三様だ。そして誰かも分からない若い女は、一人、魂の抜けたような表情で突っ立っている。
見た所化粧っ気のないその女は、服装が派手な色味のキャミソールにホットパンツで何だか釣り合いが取れていない様な違和感がある。また、その裸足の足下に落ちているのはべったりとどす黒い血の付いた包丁で。
だがこの中で最も奇っ怪なのは、もう一人床に横たわっている教祖の状態だった。
と言うのも脂ぎったヒキガエルのような顔の男は正中線で真っ二つになっている。身に着けている僧侶のような服ごと、上から下まで―――それでいて、床に血が垂れている等という事もなく。
まるでそっくりの蝋人形でも縦二つに割ったかのように。