第4話-6 やあ。久しぶり、でもないかな?
「は? 蒼眞の事を何故呼び捨てなのかって?」
春破の前には、先程顔合わせを終えた学生達と、兄弟達が座っているのだが……どうしても気心知れたと言うか、顔見知りが多いせいか雑談が多くなる。
「そうそう。シュン兄って蒼眞様の事、ずーっと友達みたいに呼び捨てだし……」
興味津々といった様子の妹に、春破は手にしていた丸めたプリントでパコンと一発叩く。そんな兄弟の会話にロゼッタがまた興味津々と言った表情で聞き耳を立てている。
「そんな事気にしてる暇があったらさっさと課題進めろ。
一番ビリッケツは補習とは別で明日の課題積み増すからなー」
途端に全員から『えーーーッ?!』と抗議の声が上がるが、想定の内だ。
「何か目標が無いと面白くないだろうが。
―――ああ、ええと、正式に術師の教育を受けていない人……雅様やタイチ君と一緒に来た彼女と、正冬の友達2人は除外だけど」
と言う春破に雅が隣に座っている環樹を示し、
「春破さん、彼女は”たまちゃん”ですわ」
「こらこら; ”たまちゃん”ってのは、こっちに引きずり込んだ蓮が付けたあだ名なんです。
夏邪さんとは前に会ってますよね」
泰智が生真面目に説明する。
「うん、商店街でね。あの時は蒼眞様も居たのよね~。
でも、実はあの後もの凄~く大変だったんだから~」
「あー、なんか、東北へ出張……でしたっけ?」
と泰智が合いの手のように挟むと、うんうんとその場に居た霧江の双子が頷く。
運転手役だった顕秋が呑気な顔でこんな事を言い出す。
「そうなんだよ~。何故か卿夜様は車に酔うし、東北支部長の紅蓮さんはガッハッハな人だし、でもキジ鍋はおいしかったなぁ~」
「―――何故か、って本気で言ってる? 顕秋……;」
「あれは俺も酷い目に遭った……。確かにキジ鍋は美味かったけど。
だけど、改めて準特以上との力の差を思い知った件でもあったな」
「そうだね……。単独結界もそうだけど、戦闘も凄かったもんね……。
アニメか?! って感じで、全然見えなかったし……」
顕秋による紅蓮の人物評が『ガッハッハな人』という、独特な言い回しにも異を唱えない辺り、慣れっこなのか、それとも全員の共通認識なのかは不明な所だ。
しみじみと物思いに耽る上の兄弟達に、正冬が呆れている。
「もー、兄さん達……講義するならそろそろ進めてよね?
時間が勿体ないよ?」
「おっと……すまんすまん。
因みにさっきの呼び捨ての件だけ答えると、本人がそうしてくれって初対面の時に言ったからなんだ。
さて、じゃあ進めるぞ~」
*****
一方。蓮の言う所の”爆速”で本部へやって来た二人はと言うと……。
「し、死ぬかと思った……」
「大袈裟やなぁ。まぁ、田舎の道で助かったかもな?
ネズミ取りも白バイも見かけんかったし」
悪酔いはしなかったものの、違う意味で肝を冷やす運転だった……と卿夜は本部の前で無事着いた事に胸を撫で下ろす。
いや、決して操縦が下手クソだった訳では無い。無いのだが……。
どうして俺の周りには、穏健な運転の出来るヤツが居ないのだろう?
もしかして俺の日頃の行いが悪いのか?!
などとつらつら考えていると、立ち止まっていた蓮の背中にぶつかった。
「! な、何だ?」
「オレは向こう、卿夜はあっち、らしいで?」
見れば正反対の方向に待ち構えている職員の姿がある。
「あ、ああ……じゃあ……」
「ん、また後でな~」
と、別方向にそれぞれ案内されていく。少し先にある和室に通されると、先客が居た。
「―――あ……」
「やあ。久しぶり、でもないかな?
今回の任務は私とコンビだよ、卿夜」
そこに居たのは、何故か蒼い筈の髪と紅い筈の目がどちらも黒い蒼眞だった。
「まぁ、まずは座って、お茶でも飲むと良い。お茶菓子もあるしね」
そう言われては、仕方ない。何となく気まずい思いを抱きながらも、彼の正面に座ると蒼眞が手ずから伏せてある茶碗を出して、急須のお茶を注いでくれる。
入れて貰った茶を一口飲んで、見慣れない色の髪を見ていると蒼眞に気付かれた。
「ああ、この色が気になるかな?
今回赴く場所は、なかなか閉鎖的らしくてね……奇天烈な髪の色だとそれだけで敵視されるかも知れないから、予防線だよ。
―――私はそんなに黒髪が似合わない?」
そりゃあ、似合う似合わないで問われれば、似合っているとしか言い様がない。
勿論日本人的に黒髪の方が見慣れているから、だけでもない。美しい黒髪の例えとして、”鴉の濡れ羽色”という表現があるが今の蒼眞の髪は正にそんな感じで。
本物の黒髪である雅(彼女の黒髪も綺麗だと思う)にも引けを取らない位には美しい。
だがしかしだ。
ずっと蒼髪赤目の姿を見てきていた故に、違和感が半端ない。
「……黒髪も似合うけど、やっぱり蒼い方が良い」
ボソボソと意見を述べると、蒼眞は「ありがとう」と柔らかく微笑んだ。
そしてその微笑みを消すと、どこか沈痛な表情で切り出した。
「―――今回の任務は、本来私だけで行く予定だったんだけど、命や君のお父上の希望もあって、二人で行く事になったんだ。
だから、先に言っておくけど、彼らを恨まないで欲しい……。
”いつか”があるなら、早い方が、そして私と一緒の方が安全だと判断したんだ」
「―――イマイチ意味が分からないんだが……」
意味不明だと眉を顰める卿夜に、蒼眞は儚い笑みを浮かべる。
「今はそれで良い。じゃあ任務の詳細を話すよ」
任務地は某県の里山に位置する、新新興宗教法人の本拠地。
その団体は十数年ほど前に、廃業した牧場の跡地を二束三文で買い上げた土地に、最初は粗末な小屋のような物を幾つも建てていったそうだ。
現在では出家信者と称する教徒達が、外部から見れば随分と非科学的・非論理的な教義に従って集団生活を送っている。その数、およそ200名に上るという。
地域の住民達は、寂れていく一方の過疎の村に人を連れて来てくれるなら、と最初は好意的に受け止めたらしい。
しかし、教徒達は地元住民との交流など一切行わず、逆に誰かが敷地に近寄ろうものなら凄まじい剣幕で、時には暴力的に追い払いに掛かるのだという。
おかげで今では地元民は誰も近寄ろうともしないし、顔を見ても目を合わせようともしない状態だという。
宗教法人を管轄する省庁内では、内々ではあるが既にカルト認定が下されている。
また公安や警察庁等とも連携を取り、近々強制捜査も予定されている。
元々霊感商法やら詐欺まがいの教徒集めに始まって、脅迫・監禁、果ては武器類や毒劇物製造等々まで、幾らでも叩けば埃の出る団体なのである。
「な、なかなかにカルトらしいカルトだな……」
「まぁ、人に迷惑を掛けないなら、まだ良いんだけどね?
神祇庁に内部から密告があったらしいよ―――日夜、儀式と称した殺人が行われている、と」
「―――え、殺人って……警察の仕事じゃ無いのか?!」
卿夜が当然の反応を示す。
「だから、確認に行くんだよ。
その殺人行為が現実にあったとして、行っているのが本当に狂気に走っただけの”人間”なのか……。
それとも、文字通り人の生き血を啜る”悪い妖怪”なのかをね。
只の人間だった場合は確かに警察案件だし、妖怪だった場合は即時討伐と言う事になる。
どちらにせよ、もう宗教法人としては法人格の剥奪が決定しているし、財産保全命令も出る。
教祖や上層部が居なくなれば、後は”洗脳された哀れな一般市民”だからね。
その後のケアと対処はその筋の専門家に任せるさ」
蒼眞の話を聞いていて、卿夜はふと思い至る。
例え人間だったとしても、後天的に”妖怪”になる場合だって、この間経験した事に。
「……最初は人間だったかも知れないが、”変生”した可能性は、ある?」
「―――ああ。大いにある。
そうか、卿夜はもう”変生”を知っていたね。
アレは夢の世界だったからそれなりだったけど、如何せん今回は現実だから。
もし”変生”だった場合は結構生々しい事になるかも知れないね……」